燦然たる黒歴史の溜まり場く(´(Å)`)ツルリ

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2017年07月の記事

あめにこまいぬ555回目/町編

あめにこまいぬ555回目/町編

終章3◆

三十五節〜虎斑(とらふ)と金輪〜

 

 夕は健脚と拳銃で、蛸への牽制と移動を繰り返す。虎児は得意の脂ぎった火球を宙へ吹きあげては、蛸たちの脳天へ落とす。
 虎児の肩乗り砲台、この作戦はつぼにはまった。蛸たちはここぞという時でないとすばしっこく動かないし、たいして長続きしない。夕は回避に適当な距離を保つ。海棲にも関わらず地を這ってきた連中といえど火炙りは身に堪えた。十、二十とたちまち大火傷にのたうつ蛸たちが出来上がる。
「うしうし順調」
 捨て置けじと前にも増して蛸の軍団が壁を離れてわらわらと向かってきている。ようやっと歩調を乱せるまでになってきた。
「かふっ」
 虎児の吹いた火球は小さくて頂点に達する前にかき消えた。そろそろ弾切れらしい。


「ちょっと。がんばんなさいよ、もう終わりぃ」
 そういう夕も疲れてきた。片方の肩に乗られっぱなしというのもあって、次第に重みが増していくようだった。しかほど激しい動きをしていないのに息が乱れている。これしきでへばるはずもない。彼女に思い当たる節がある。
「もしかしてあんた、いたいけな乙女から精を吸いとっているんじゃないでしょうね」
「ふがっ」
 人間臭く、罰の悪さを表明されて夕はふうと息をつく。
「やっぱりか。このどら息子。勝手に親の財布から抜き取るみたいだわ。寝てるだけの飼い主からとんなさいよね」
「くうん」
 困ると虎児は犬になる。勘弁してくれと泣きを入れた。夕の鼻柱にぴちょんと水滴が落ちる。ぽた、ぽたぽたと勢いがつくと、たちまちざあっと土砂降りになる。真砂が水の術で派手に暴れた反動か、乾きひび割れていた赤い大地の筋目に水が流れていく。
 蛸に水気はよろしくない。蛸たちはにわかに活気づき脚をにゅるうと伸ばす。人が背伸びをするように、草木が生長するように潤う悦びを体中で表現する。銃で狙われているのも忘れてはしゃぐ。
 他方、夕の士気は鎮火気味だ。彼女の常識内だと鉄砲は水気に弱い。火の術も同様。着物が濡れて肌にくっつく。
「あれもあんたの仕業じゃないよね」
「ぐるう」
「余計な真似を。いい線いってたのに。火遊びでやめときなさいよ。まったく、あれもこれもとやりたがってどれも半端でちらかしてる。悪い癖までそっくりね。あいつが定寸二刀流なら、あんたは火と水。親子ねえ」
「ぐるがあ」
 悪戯をとがめられた子供のよう。叱ってくれるな理由がある、一方的にどやしつけられるのに不満気な唸り。

「なにさ文句あるならいいなさいよ。あっ、ちょっと」
 とたたと肩から腕を伝って手首へ降りていく。羽衣の下帯で結界が貼られていても柔肌に爪を立てられると不機嫌にもなる。放り捨ててやろうかと思った時、虎児は懐刀に姿を変えた。

 

 大きな物体がごおろ、ごおろ転がっていく。樽はとても大きいので窮屈ではないが居心地はよくない。獏も序盤は中で歩いていたがすぐにすっ転んでしまい、以後そのまま。居心地の悪いことになっている。妖術の力を受け頑丈な鉄の輪が地面を噛んで進んでいく。
「こんな珍妙なからくり樽に乗り込んでで切り抜けられるんですかねえ」
 同乗したくのいちは四つん這いのはいはいで対応中。秋と蝸牛はいない。別の樽に同乗している。
「私だって不安です、桶で」
「変に細かいですね。棺桶にならないことを祈るまでです」
「縁起が悪いといい張るんですね。でしたら樽でいいです。とろいの樽で」
 転がっている最中も、くのいちと獏はこの乗り物は樽か桶のどちらかで少し揉めた。職人なら一目瞭然だろうが彼女らは此度の件があるまでは興味もなかった。曖昧な知識をぶつけ合うので決着はつかない。
「とろとろ、牛歩ですね。走ったほうが早いです。おかめさん、後々詳しい方にまた尋ねるということで棚上げにしましょう。怒るなんて不毛です」
「違うんです。外洋から入ってきた童向けの物語に左様なものがあるんです。箪笥や長持ちに隠れて、油断したところで奇襲を」
 くのいちの新しい面が怖い。角と牙がにゅっと突き出している。般若のようだったが、彼女は生成(なまなり)です、まだまだ怒りは本番じゃないですよ、といった。獏にとって充分ご立腹に思える。細かい違いがわからないので曖昧に頷いておく。
「あんまり怖がらないで。面の裏側は可愛いんですよ。板目を灯りに照らしてみましたがなんの木だかわかりますか」
「そうですか。私は疎いので」
 どう答えればいいのやら。


「別の話題にしましょう」
「次郎さん邪魔」
「寝てますけど」
 くのいちにぞんざいな仕打ちを受ける次郎は哀れ布団でぐるぐる巻きにされたままで樽の奥側にうっちゃられていた。前以て、頭の補強なり眠り薬で措置をしておいた。緩衝材のお陰で痛みは薄いが揺れはいかんともしがたい。無体な扱いをされても起きず転がされている。
「現状、病み上がりで下手に起きられて騒がれるとかえって迷惑ですからね。変にやる気をだしてもらう場面でもないので」
「なのりさんって、次郎様がお好きなのですね」
「どう転がるとそうなりますかっ。いいえ誤解です。訂正しておきます。お客様、金づるですから。私の理想の伴侶から最も遠いですよ。秋さんもいないので転がりながら恋話はやめましょう。緊張感が大事です」
「私たちの企みが失敗したら、あられもない姿できっとはしたないめ目に遭うのです、よよよ」
 息を弾ませるくのいち。獏はげんなりしながら答える。
「想像逞しくするのはやめましょうね。男運ないといいましても蛸に好かれても。そんなに堕ちてもないです」
「ああ、帰ったら奈良漬の湯漬けが食べたい。あいたっ」
 くのいちはそう答えてから注意を怠り、面の角部分をぶつけて痛がった。
「飛びましたね、突然。他の桶に引っかかってくれるのを願いたいです。あちらはやや単純ですけど、こちらの桶の不思議な忍術、使い物になりますかね」
「体験者の喜びの声は聞いていないですね。なにせ使う場面が限られているので。私の直感を借りた神仏のお告げだと思います」
「それでよく選びましたね今更ながら。いえやめましょう。喧嘩は沢山です」
 ぽちぱち、急な雨の音が樽を叩く。
「雨の慕情ですね」
「そんないいものですか」

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あめにこまいぬ554回目/町編

あめにこまいぬ554回目/町編

終章3◆

三十四節〜補給〜

 

 薄暗闇に突進してきた虎児。はあ、つかれたといって。ぼろぼろの着物でぺたんと座る夕。
 夕は虎児を撫でてやる。くうぅんとかにゃあとかいってみせた。しきりにまとわりついて、赤くなっている箇所をぺろぺろ舐めたがるのでくすぐったくてしょうがない。猛獣の癖に滑らかな舌だ。しまいに股座に潜ろうとするので脇下に手を差し入れて離す。
「犬か猫か、統一しなさいよねあんた」
「ぐるう」
 そんなこというなと唸る。
「駄目だよ。飼い主みたいな甲斐性なしの好色漢になっちゃあ」
「がう」
 一緒くたにするなといいたげに吠える。これは治療だと抗議しているようだ。それでも太ももにすり寄る虎児。獣なのに妙に人間臭い動きをする奴だ。夕はあんまり期待できないなと思った。こいつは虎の皮を被ったませ餓鬼ぐらいに考えておこう。
「ま、寝てたまんまのあいつよりはいいわ」
 弾の補充ができる。まだまだ蹴散らしてやれそうだ。専守型な蛸どものことだから一杯一射なので見えない的に撃ってこないと思いたい。薄暗闇をゆっくりと包囲して待ち構えているだろうか。態勢を立て直そう。
「見えにくいわ。灯りを頂戴」
 虎児がぶっ、と鼻水を飛ばすと地面に落ちて小さな種火になる。
「よろしい」
 夕は灯りを頼りに拳銃二丁に弾を装填した。
「腕ごとやっちゃうのが欲しかったけどまあいいでしょ。よしよし、六発づつ、十二発が撃てちゃうな」
 虎児がもってきた補給物資には三枚の札が含まれていた。獏が手ほどきしてくれたのを思い出しながら札に念じてから地面に落とす。ぽんと煙と共に現れたのは竹筒、小壺と小皿、そして残りは札のまま。
「あれっ、これ不良品かな。なのりは行商人より香具師よりだからなあ」
 札を拾う。種火に透かして見れば、陰陽師の呪符めいた崩し文字は桑原桑原と読めなくもない。
「雷ねえ。なんでこれなのよ」
 獏族ご用達の札を逞しい前足で小皿をかりかりと引っ掻きしきりにおねだりをする。
「なになに、一丁前にあたしにお酌をしろっていうの。旦那でもないのにさ。あんたときたら図々しさは親譲りよね。まあいいわ、助けにきてくれたご褒美はあげないとね」
 栓をきゅぽんと開けると、小壺を傾けて餌皿に並々と注いでやる。虎児は尻尾を振り振りそれをぺちゃぺちゃ熱心に舐める。夕も我然、興味が沸いてきた。壺をくんくん匂ってから、小指の先を浸して、ちょろっと舐める。
「うわあ。これ油かな。しかも結構いい奴じゃん勿体ない。ああ、あんたでも化け猫の体裁だけは守ろうとすんのね」
 灯心の油を舐める化け猫ならぬ化け虎の図。香ばしい匂い、原料はなんだろうと思案した。
「そんなに飲んだら喉乾くでしょうが。持って帰って豪勢な揚げや炒め料理に使いたい」
 数寄者の門左なら舶来の油を使った奇妙な調理法を知っていることだろう。夕は動き回ってお腹が空いた。自分に魔の手を伸ばしてきた蛸を食い物にするかどうかは悩みどころだが。
「ねえ、後でこれで蛸焼いてあげるから食べなよ」
「うう、がう」
 半端な返事をもらった。竹筒はよく冷えた柑橘の匂いがする飲み物で満たされており夕の喉を潤してくれた。出所は獏族だろうから即席の滋養効果が望めそうだ。たちまち体が軽くなった気がした。

 それから着物。飛んだり跳ねたりの大立ち回りに邪魔だから脚は自分でまくったけど意図しない露出が諸々増えてきている。兄が熱を出して寝込む。これはこれで腹部の守りが厚くなっているということなので無意味じゃない。蔦みたいにぬらぬら巻き付いて締めあげてくる相手は相性がよくなかった。
「人の肌着をまとうのって嫌なんだけど。悠長もいってられないんだよね。うわ生温う」
 夕曰く、羽織った布地を甲冑並に変える力があるというのだから補強はしておいて損はない。くのいちの所有物と思しき黒地の長い長い下帯を脇差で裂いて手足の気になる箇所にぐるぐる巻きつけて繕う。長いのは忍術に用いるからだろうか。多分、本来の用途は覆面代わりにするのかもと思ったが実行はためらわれた。
「さあてと、いきますか。あんたもきてくれるんでしょ」
「がう」
 また擦り寄ってくる。こいつの扱いは心得たつもりだ。
「よし。もし百杯狩ってくれたら女湯につれていってあげるからね」
「ふんごふんがっ。ふぐふぐ」
 鼻をもごもごさせた。総身の毛を逆立てて、犬みたいに尻尾をぐるんぐるん荒々しく回す。囲炉裏に手を当てているのかと思うほどの熱気がぶわっと小柄な体より放たれる。とても本気になった。
「はっ」
あからさまな豹変ぶりを夕は冷めた顔をして鼻で笑う。
「一丁前に。なにが楽しいんだか」
 虎児はというと飛んだり跳ねたり、積もった雪にはしゃぐ犬のようで夕の周りを駆け巡る。ひとしきりの興奮がすぎればぴょんこらと夕の左肩に乗っかる。
「なにすんの。遊んでる暇ないんだから。いたっ」
 がっきと爪を立てて固定。振り落とそうとしても梃子でも動かない。

 空はいよいよ暗くなってきていた。黒雲が天を覆ってぐらぐらと不穏な唸り声を発している。
 小休止を挟んで気分も切り替えた夕はさっそうと打って出た。予想通り、蛸はゆっくりと夕たちを包囲しようと布陣している。間合いは数十歩以上もある。悠長なものだ。
 腕を高く掲げて銃眼よろしく少しの隙間を開ける。投射ができる腕は前へぴんと伸ばし、出てくる夕を網漁よろしく待ち構えていた。数は二、三十ぐらい。遠縁から見る大包囲のほつれはややあるものの、決定的ではない。そろそろ増援が尽きて欲しい気持ちだ。腕を恐ろしく早く振るったり瞬発力はなかなかでも長い間走り回ったりするのは苦手らしい。数でうんとこ勝る連中は慌てる必要もない。反撃の手が尽きたところをもみくちゃにしてしまえばいいのだから。
「急に動くと疲れやすいのかな。降りなさいって」
 肩を振るが虎児は嫌々をする。
 
「あたしの価値は三十杯ぽっちかあ。見くびんないで。それっ」
 夕は勇ましく腕を掲げると惜しげもなく二丁同時に発砲する。蛸はそれを腕の簾で防ぐ。腕を自裁するのを許さずあわやという間に延焼、わらわらとくねらせる様が盆踊りのよう。枯れた地面に腕をこすりつけるが火の手は大きくなかなか消えない。夕は露わになった胴体へ容赦なく弾を浴びせて黙らせた。
 虎児が重心を傾けながら爪先を軽く当て夕になにかを伝えようとしていた。
「え、なになに」
「かふっ」
 器用に射角をとると斜め上へ拳大の火球を吹きだした。それは蛸の腕を通り越して頭上から襲う。着弾すると軽く爆ぜてばちばちと燃え続ける。
「へえ、やるじゃない」
 どうだと問答無用と力を誇示して咆哮する。虎児が油をたっぷり食していたはこのためだったのかと夕は合点した。虎児は再び火球を吐いて脳天へぶつけた。蛸たちは窮屈な防御姿勢でほとんど動けなくなっている。それをいいことに夕も動着回って暴れる。
「あんなにおっきいんだもの。巧く仕留めたら、干して炙っていか徳利みたいに蛸樽とかできないかな。無理があるか」
  飲み食いのことが頭に浮かぶ夕であった。いか徳利というのは徳利風に成型して干したものだ。いかの産地で作られている粋な逸品。平木は港があるのでそこから入ってきた。紹介してきたのは無論、呑兵衛の門左だ。
 雷雲蠢く暗い空。干物づくりに向かない天気。

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