燦然たる黒歴史の溜まり場く(´(Å)`)ツルリ

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2017年08月の記事

あめにこまいぬ557回目/町編

あめにこまいぬ557回目/町編

終章3◆

三十七節〜損無し〜

 

 虎児は手乗り文鳥よりも小さい。付近の蛸たちは落雷で一掃したが第二波がやってくる。おちおち刀の姿で骨休みもしていられないと思ったのか、夕の元へ駆け戻ってくる。
 元気のない足取りで狭い歩幅を動かし、大きな水溜まりをぴょんと飛ぶ。踏切位置が不味かったせいで前脚が届かない。ばしゃんと控えめの音を立てて落ちる。びっくりした虎児は水溜りをかりかりひっかきながら脱出した。体を捩り毛皮から水を跳ね飛ばす。
「くうん、くうん」
 犬の鳴き真似をしながらやってくる。
 ざんばら髪で大の字になった夕に脇腹を擦りつけ、頬を舐める。構ってくれないので腹の上に乗っかる。うっちゃれた虎児はぴょんこら腹や胸を飛び跳ねた。
「だあ、もう煩いわ。あたしゃ疲れてんだってば」
 半身を捩って振り払ってから年寄りじみた言葉を漏らす。ぶっつけ本番で妖術を放つ依代になったせいで体が重い。大群を薙ぎ払う前のやる気が沸いてこない。第二波が敗残兵を収容して戦線を建て直し、攻め手を差し向けるまではちょっと休みたい。
「きゅう」
「はい。頑張ったよしよし。終わり」
 虎児が鼻をひくひく、小さな瞳をうるうるさせじっと見つめてきたが放っておく。また腹に乗り、足の一本橋をとことこ渡ろうとする。抗議のつもりらしい。
「後で風呂に連れてく。だからもういいでしょ」
 起き上がった夕の膝で丸くなる虎児。転がっていく五つの大樽。あいつらが何をしたいのかぴんとこない。あれだけの図体の樽は高くつくし、目立ってしょうがない。どうぞ狙ってくださいといいたげな進軍速度。何をしでかすか見守ることにした。

 樽は焦げ臭さの漂う蛸の陣地へ向かう。醤油や酒を仕込むのに使っていそうな寸法の樽は避けて通るなんてしない。虫の息の蛸たちは道をあける気力もない。樽も待たず、そこのけそこけとごりごり踏み潰す。だがそのうちひとつが蛸で滑って乗り越えに失敗した。進み直すかと思いきや、正反対の向きにごろごろ転がっていく。
「なにがしたかったのよ」
 どこ吹く風で出戻る樽の背中へ疑問をぶつける。しゃっきっとしろと蹴りで押し返す元気はまだない。ここでやっと豪雨が煙幕を綺麗さっぱり洗い流してくれていたのに気づく。しかし秋たちの影も形も見えない。どこへ隠れたというのだろう。藩お抱えの一族出らしきくのいちがいる。かといって逃げも隠れもしない樽はいかがなものかと思う夕だ。

 残る樽は四つ。
 もっとも急ぎ足の樽は第二陣の分厚い個所へと向かう。
 通さぬと立ちはだかる先触れとぶつかった。立ちはだかる数杯の蛸が一本の腕を構えて白礫の発射姿勢をとって射程範囲に入るのを待っている。昇る煙に夕は目鼻を突くあの臭いを想像して鼻をもぞもぞさせた。
 構わず進軍してひねり潰す。
 飽くなき前進を続けようとする樽だが速さは知れていた。同じく普段は鈍足の蛸たちも歩調を合わせてとりつきやすいとみえた。不愉快な侵入者を押し留めようと、負けじとも左右から寄って集ってへばりつかれる毎に遅くなる。
 気力のあった夕なら小走りで追い越せるぐらいのものだ。回転面に押し潰されてもへばりついたままの豪胆な勇士がいる。士気が高まったのか、援護射撃が加わり体を張った阻止に参加する。大挙する蛸たちの活躍により本陣深くに食い込まんとする意気は阻まれ、手前でとうとう力尽きてしまった。
 制圧したぞと誇らしく樽の上に乗る蛸多数。岩場でたむろするそれに似ていた。群れで狩りをするなんて初見だが。水棲生物でもおのぼりさんはいるらしい。がっしり体を固定しつつ、残った腕を高々と掲げて誇らしげだ。
 側面に集まってきた鈍重な連中は二本腕づつを掲げる。集中砲火を浴びせられる。蹂躙される樽に目を覆いたくなるがばっちり見ていた。
 寒気が走る。突破口へ決死隊がなだれ込んでいく。
「あっちゃあもう駄目ね。あたしもやられてたらああなったのか、うはあ」
 樽はうんともすんともいわなくなった。居心地がいいのか入った連中はでてこない。我も我もと入居者は後を絶たない。
「大ざっぱな蛸壺漁だよね」
「がう」
 夕たちは他人事の感想を述べた。

 残り三つ。続けて樽が縄張りに侵入する。蛸たちは賢い。慌てず騒がず、がやがやと進路方向へ陣を構えて待ち受ける。避けずに突っ切ろうとしたところにまとわりつく。二つの大樽の動きで、とるに足らないでくの坊だと学習したようだ。人海戦術ならぬ蛸陸戦術だとあれよあれよとくっつく数は増え、労せず動きを止めてしまう。
 比較的弱い側面へ溶解液を飛ばし侵入口を形成、がやがやと侵入を果たす。手際がとてもいい。また失敗。いや成功すればどうなるのか夕は知らない。ふと彼女はある可能性について思い至った。
「あん中に隠れてないよね。まさかね」
 川に大きな桃が流れていても老婆が拾うくらいなのに戦場を転がる大樽を素通りさせてくれるとも思えない。
「がう」
「でもさあ。ぱあっと妖気で騒ぎたくなっちゃうんだよね」
 虚仮淵であの下帯を身に着けると誰だって矢も楯もたまらず走り出したくなるのだと思う。ただ悪ふざけのやり方がよろしくなかったということだ。どうにか家族に口実を作り女友達で芝居見物や、夜半の茶会にこぎつけた際の舞い上がった気持ちに似ていなくもない。大技の影響で胸の晒しと腰巻がほつれ破れているためかちょっぴり夕は冷静になれた。
 斬り込んで助けに入っても勝算が薄い。刃物は虎児に食われてしまったし。決死隊に魅力を感じないが、つかの間の友情に応えて身支度をする。拳銃二丁の装填の確認。雨に降られた後なので従来の火縄なら湿気っているところだ。
 桑原の札は黒焦げで字が読めない。
「あんたはやれそうにないね。ちびっこじゃ」
「くうん」
 面目なさそうだ。空は雲ひとつ浮かんでいない。
「どれにいるかわかんないからね。まあ悪あがきぐらいはするもんだと思うけど。音沙汰がないようなら困るね。通りすがって無理そうだったら諦める。姫様を呼びにいって弔い合戦をする、いいね」
「にゃうわう」
 剃刀に化けた。焼き毀れ、がたがたに欠けてしまっている。
「はは、犬か猫どっちかにしなさいっての。抜き身でもたさないでよ」
 渋々小さい虎児に戻る。掌に載せるとのそのそと居場所を探し谷元に潜った。夕は呆れたが苦笑で済ませてやった。
「よっし、いくよ」
 小走りをすれば太ももが引きつる。夕は顔を少ししかめながら、うなだれた蛸の輪を飛び越える。着地でよろめいたが踏ん張って駆けた。一手が遅い盤面の中で彼女だけは香車の如く突き抜ける。

 絡めとられた最初の樽へ近づく。銃を構えて内部へ入っていく蛸に狙いを定め、引き金を引く。火の気たっぷりの弾が出てくれた。狙いは少し逸れて穴の中へ入る。夕はしまったなと思った。次の瞬間、樽が突如大爆発をした。木の板を弾き飛ばしながら大きな爆炎を伴ってまとわりついた蛸を焼き焦がす。夕もとっさに腕で顔を覆う。
「やっちゃった。でもでも火薬を仕掛けた樽に同乗したりはないよね。松永弾正じゃあるまいし」
 落城寸前になって、助命嘆願でよこせといわれた名器の釜。それを渡したくないあまり、敵に見せびらかしつつ我が身諸共爆破した梟雄が戦国乱世にいた、と兄がいっていた。派手好きだな。
「あれ、茶入れだったかな、九十九髪茄子」
 茄子の名で恋に貪欲な異国のお嬢様が頭をよぎる。囮になるなんて殊勝な性格でもないだろう。あの樽は外れだと思うことにした。流れ玉で着火したのではない。当たりでも楽にしてやったと考えよう。
「くうん」
「大丈夫だって、多分」
 割り切って夕は第二の樽へいく。大がかりな反抗の跡は見られない。最初の樽の爆発でざわめきはあるが基本居心地がいいらしく、野生の縄張り意識はどこへやら入居者が殺到している。雑魚みたく群れたがりな蛸らしい。

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あめにこまいぬ556回目/町編

あめにこまいぬ556回目/町編

終章3◆

三十六節〜ごろごろ〜

 

 ごろごろ天が轟く中で銃弾を再装填を終えた頃、いよいよ本降りになってきた。土砂降りの雨に打たれた額を拭う夕。
「でもさあ。あたしの露払いを待ってくれなきゃなんだよね」
 立派な白虎の毛皮がついた拵えへ話しかける。無論、化け虎児が変化、本来の姿になったものだ。
「短っ」
 背丈を気にする主と根っこは同じか、毛がわしゃわしゃ逆立ちむくむくと膨らむ。
「がう」
 まん丸の毛玉がぶわりと弾んだかと思えば、獣に戻った虎児は毛がほんのり赤い。夕の腕から宙返りで地面へ跳び降りる。
「あ、戻った」
 鞘に納めた脇差をひったくられた。がしがし齧り始める。
「あんたねえ、怒ってんでしょう。小童の玩具じゃないの、大した家柄じゃないうちにしてみたら結構高いんだからねそれ。あっ、骨をしゃぶる犬じゃないんだからやめな。歯が欠けるよ? 喉刺さるよ? よくもまあ蛸入道に囲まれて食欲が弾むわ」
 ばりばり、ごくり、平らげてしまった。兄に見つかったら大事になる。普段は甘々だけどあんまりにも過保護だ。
「げふ」
「おならとか糞はやめてよね、お願いだから」
 尻尾を振りふると、ぴょんと夕の頭まで跳ねて肩にのぼる。跳躍を見せびらかしたかったようだ。またがしがしとよじ登り、刀に化け直す。虎児の毛皮で覆われた鞘は尻尾のよう、見ろ、と強く促すようにみょおんと伸びていた。ほんの少し。
 鞘を払おうとすると鯉口が切れない。
 ごろごろ喉を唸らせる。
「犬だか猫だかはっきりしない虎だわ。遊んでるんじゃないよ。機嫌直しなさいったら、ちっちゃい器だね」
 刀になった虎児にいった。機嫌を損ねた刀のどこをわしわししてやればいいと悩む。
 次郎が健在なら秘すべき技をべらべらと喋ったろう。派手な代物。天候とあの頭の考えそうなことぐらい容易に察しがつく。
「あのうっとおしい雲。あんたらの仕業でしょ」
 ふて腐れている虎児の柄をぎゅっと握る。だんまりだ。
「へえ。いいんだ」
 かちんときた。柄をこちょこちょ指でひっかく。最初は我慢していたが柄がむくっと膨らみ懸命にこらえているようだった。更にしつこくやると白い拵えがうっすらと赤みを帯びてきた。
「あんた、夕様に盾突こうなんて百年早いのよ。やせ我慢はよして、やるならやんなさいよ」

 つつと、虎児が蛸の本陣へ導く。なんとなくなが大立ち回りをしてやろうというのは熱く拍動する握った柄越しに伝わってくる。 
 いつ止むともしれない重い水滴の一粒がばたばたと身を打てば、火照った頭皮が温い水を首筋に落とす。夕は結ってあった髪を乱雑にほどいた。秋がしているように長い髪を垂らすとばさばさ振った。
「いいよ、ちまちま倒すのも飽きてきたもんでさ」
 大地を急速に潤す雨を蹴り、夕は敵中へ駆ける。
「で、どうすんの。ごろごろびっしゃん、なんでしょ」
 右手が痺れる。変貌した懐刀は稲光が独鈷杵の形をとったようだ。仏像がもつ法具はびかびか輝く。硬い蕾のようでもある。
 虎児の仕返しなのか独鈷から伝わってくる血の川を蹂躙する濁流に夕は唸り歯を噛みしめて耐えている。ばりぼりと貪欲に貪り食おうとする音を発して揺らぐ。確かに凄い、十やそこらは軽々となぎ倒せそうな雷撃の迫力を感じる。でも夕は少しがっかりした。もっと壮大で壮絶な幕切れを期待していたからだ。
「まあすごいよ。うんすごいけどさあ。できたのが串焼きじゃ焦らしたほどじゃないね」
 兄がお土産を持ち帰ってきてくれた時にいつもする会話だ。相手がにこにこ寄ってくるからこちらもついうきうきして期待を膨らませてしまう。発破をかけられ独鈷がばきばきと一層凄まじく鳴る。
 気が急いて大勢と接敵しすぎてしまった。蛸の壁が一斉に夕を見ていた。嫌な腕が自分に向けられている。下帯といい、妖刀といい気持ちが舞い上がってしまう不思議。
 ままよ。
 虎児は使い道を解説してくれなかったので痛みに曲がるか怪しい腕に負けじと力を込める。えいやと掛け声と共に独鈷を敵中へ放り投げる。
 敵もさる者、受け取った蛸は腕で独鈷杵を器用に挟んだ。
 思ったよりもさらに下回る威力にしまった、夕が思った時、独鈷がびょんと急激に細く長く伸びた。ぶつっと蛸の腕を抜け、胴体を刺す。上部も如意棒もあわやの伸長で天を衝く。
 独鈷を伝って雷が落ちる。黒雲中の全ての稲妻を導いて蛸の壁へ炸裂する。
 渦巻く稲光が真っ白に染め、と大木も切り裂きそうな轟音がつんざく。雷の幕のように広がった。不味い。そのあおりを夕も食って吹っ飛んだ。
「ううっ」
 馬鞍から跳ね飛ばされたかという衝撃。投げ出された体で辛くも受け身をとる。軟泥が些少なり打撃を和らげた。
 独鈷は四度、五度と執拗に落雷を呼び入れる。どん、びしゃり。その都度、大筒を並べて放ったような音声が砕けた。その都度、あちらこちらから絡みあった腕で輪を描いていた同胞たちへ雷を伝えていき電熱を浴びせ続ける。
 夕は腕で顔を覆い隠す。土砂降りの雨が作った泥水に腰を濡らしながら後退する。お嬢様と違いとっかえひっかえできるわけではない。大事な着物がいよいよ滅茶苦茶になっていると思うと悔しくて、叫んだ。ぐにゃりとなった蛸を盾に雷雨が去るのを待つ。

 目が慣れてきた夕を待っていたのは黒焦げの壁だった。壊滅に近い有様。大戦火に気怠い腕を掲げて勝鬨をあげる。利き腕はまだひりひりした。地面はべとべとに濡れているが黒雲はそそくさと去り、からっとした晴れ間が覗く。
 雲の切れ間から差した光が、地面に突き刺さった懐刀を照らす。うんとこさ縮んだ気がする。床結いの剃刀くらいしかない。
「ようし、上出来。みたか。ざまあみろよ」
 兄が鼻を鳴らすだろう、下品に腕をぶん回して憂さ晴らし。
 突出組を主として蠢いているのは二十ぐらい。連中もなかなか賢いから惨状は理解していよう。退却余儀なしだ。士気の衰えた蛸など物の数ではない。蜘蛛の子散らして逃げていく。長時間の早歩きは得意でないのに脚を懸命に動かす様は哀愁を誘う。
「うひゃ」
 着物は汚れたというよりも破れ放題の簾を泥水で染めた格好になってしまっている。露わな素肌も泥だらけ。汚れたというよりひりつく手首から発する数十匹の猫に襲われたようなひっかき傷が生々しい。たっぷりお湯を使ったお風呂に入って頭まで浸かりたい。髪を合間をわしゃわしゃ洗いたい。
 しかし相当数の増援たちがせめて前面だけでも陣を立て直そうとしている。
「しつっこいわね。こんな格好の乙女に恥かかせようってのあんたら」
 もうおしまいの気分の夕。はしたなく舌打ちした。
 
 ずりんずりん。
「さあてと、あれなんだ」
 通り過ぎていく巨大な木樽群を見とがめる。
「飛ぶ烏賊に助平蛸。次は樽。どこにあったのさ」
 醤油の醸造樽ほどのものが五つが通り過ぎていく。ぬかるんだ泥土を幾重の輪が噛む。こちらのごろごろは天のいななきに邪魔されていよいよ近くに迫るまで気付かなかったが、この図体は目立つ。


「あんなおっきいの。押して進むなんてね」
 打ち合わせがあったわけではない。そいつらは進路はおろか歩調もてんでばらばらでとって外へ逃れようとしていた。やけっぱちを疑う。獏の国のお嬢様が実家と揉めて、手妻の種がなくなってしまったとぼやいていたような。だからってあんながらくたは破れかぶれ。どんな賑やかしを隠してるか知らない身では絡みとられてうねうねされる姿が思い浮かぶ。
「はい、じゃさ。後はよろしくね」
 夕は手足をぴんと伸ばして大の字に寝ころんだ。

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