燦然たる黒歴史の溜まり場く(´(Å)`)ツルリ

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2017年05月25日の記事

あめにこまいぬ550回目/町編

あめにこまいぬ550回目/町編

終章3◆

三十節〜忍術解禁〜

 

 獏は過度な期待はしちゃいけないと自身を律しつつも、思わせぶりなくのいちの素振りに一定の効果を望まずにいられなかった。
「立派な含み置き、自信があるのですね。うぎゃ」
「嫌、見ないで」
「ではまず私を凝視するのをやめてください。怒り心頭にまで恨まれる覚えはないです」
「こんな顔なんです。気にしないで」
 一瞬目を離した隙に、げに恐ろしき鬼女の面へ早着替えを遂げたくのいちがいる。霧状の墨の中、秋の作った灯りに照らされてぼんやり佇む姿は幽玄というよりも奇々怪々。乱れた遅れ毛は夫の不義を知り取り乱したかのようで、抑えきれない懐疑の吟味を尽くして舐めるような視線を発する金色の双眼。歯が見える口。
 蛸の壁とまた違ったぬめぬめした情念をたたえ、今しもぬっと両手が伸びて首を絞めてきそうな怪奇を発している。獏はちらと目線を離す、おもむろに見直してみた。だがくのいちは微動だにせずじっとこちらを睨んでいる。
「気にしますってば。相当怒ってますよね」
「いいええまだまだ怒ってないです。泥眼(でいがん)と呼ばれる面だそうですね。嫉妬に悩む女性を表す際に用いられるそうです。我が家で呪具として受け継いでいるので、詳しくは存じませんが」
「商いの道具なら途中なんとかで端折らないでちゃんと勉強してくださいよ。わざわざ面をしていることに意味があったんですね」
「私もびっくりです。御目通しは済みましたので忍術、遁術、ああどっちでもいいや、を試してみようと思います」
「統一してくださいよ。しまらないじゃないですか」
「ああ、ねちねちいびらないでなのりさん。私打たれ弱いので本来の実力出せません」
「すいませんね。悠長なようですけど時間押してるんで。本来でも未知でよいのでご助力ください」


 烏賊墨の霧は秋が出し惜しみしていた遠眼鏡でおおよそ攻略がなったといえる。機関銃という手数と射程の長い攻撃手段も得た。
 だが数が違う。蛸どもは銃弾の壁にめげずに悠々と包囲網を縮めていた。夕の突貫攻撃で中央がいくらかざわつき陣が崩れているものの、銃撃にもめげずに穴をすぐに修復しつつやってくる。
 真砂の一騎駆けがそれほどに強烈な印象を焼き付けたのだろうと獏は思う。水術に長けた徒党と目されているようだ。怪異共が強力な割りにしばしば付け入る隙があるのは、異界の地の利と自身の異能に傲慢なぐらいの自信があるからだ。訪問者あるいは招き入れた者は妖気に酔って容易に取り乱すし、妖刀その他の対抗手段がない限りまともに歯向かえない。ゆえに高度な連携も組まず、おちょくり倒す余裕がある。
 だがここの連中は違うようだ。学習能力が高く、きちんと対策を講じられる存在が異界に君臨しているとなると非常にやりにくい。数体ならまだどうにでもなるが、これだけの数に集結されるとやりづらいものだ。しかも人語を解する怪異がよくする長々とした無駄話もなし。
 どうにか意表をついて連携を乱し、反撃の糸口を見出さないと。

 

「水遁はやめておきましょうね」
 くのいちは舌で唇を湿らせたり、歩幅を調整してみたりして術をかける心の準備を行ってから頁を一気呵成に破り捨てようとした寸前、不評を受け少し上を破ってしまった状態で止まる。
「えっ。水蜘蛛の術をやろうと思っていたんですけど」
「やるつもりだったんですね。真砂さんが大暴れして警戒している様子ですから。水蜘蛛とやらが実際にどういった効果があるのですか」
「皆さんが軽い札から物を取り出すのと同様に忍具を呼び出すものではないかなと。板の真ん中に座って渡河するというのが無難な見解ですけど妖力潤沢な場所ならもっとすごい効果が起きそうなんです。あ、忍者は秘密が大事なんで謎なんです」
 獏はくのいちが指さした頁を見る。板をつぎはぎしてものの図解がでかでかと載っている。詳しい説明は特にない。首を捻る。使い道がぴんとこなかった。
「はあ。だからとて使用者も謎はいただけないですね」
「だって簡単にわかると教えられないじゃなすかあ。それに転写するうちに記述間違いだったり、読み手の読解力不足とか。実戦で使い道ないものは特にですよ。忍術秘伝書の講義をしてくれる先生も、書を著した人は必ずしも筆達者じゃないとおっしゃっていたし。きっとうっかり淵向けなのかなと目星をつけてて、ずっとやりたかったんです」
「じゃあ余裕のある時でお願いします」
 不満そうに唸るくのいち。やはり顔が怖い。夜道で背中を刺されそうな風合いがある。だが彼女は獏を暫時の指導者認定した手前、しぶしぶ却下を受け入れ、忍術書の次項をめくる。


「じゃあ次善の策いきますね。まず妖力の源を準備します」
「その前にしかと改めさせてもらいたいもんですね」
「いいじゃないの。なのりさん、おかめさんの閃きを信じてやってみましょうよ」
「現状打破に繋がればいいですけどね」
 出せといいたげな秋の手前、ぶつくさいいながらも獏が札を渡す。
 頁をびりと破き札とまとめて持つと、くのいちは書かれた呪文をうにゃむにゃと詠唱する。それからくしゃくしゃに丸めとやや遠目に放り投げた。紙屑が地面にぶつかるとぼんっ、と威勢のいい音を立てもうもうと白煙が立ちのぼり、黒い墨と混じる。
「なんですかね。私にはめっぽう大きな樽に見えます」
「私も見えます。水桶とありましたけど」
 秋が照明を向けると横倒しになった巨大な樽がぬうっと現れた。それが五つも。

「桶というよりか、樽っぽいですね。どことなく。私も正確な区別は知りませんけども」

 余所者に指摘されてかちんときたのかくのいちはつっつけどんないい方で応じる。

「じゃ樽でいいんじゃないですかねっ。ここに桶って書いてますけど」
「なに怒ってるんですおかめさん」
 樽は腰を屈めてなら二、三人並んで入れるぐらいの大きさがある。頑丈そうな金属製の箍でしっかり絞められている他にさしたる特徴もない。
「ああ、札が空っぽに」
「五つ揃ってお買い得、らしいです」
「文才はなくとも商才はあったようですね。術が織り込み済みの忍術秘伝書とは」
「術は買取式らしいです。現地で部材をもってきて組み立てるよりずっと合理です。希少な妖力札が確保できていて金に糸目をつけねばですけど。なので私がそれを先生から高値でまた買い取らされた次第で。此度の騒動まで箪笥の肥やしになってました。いわゆる八方出で商人の扮装は必修科目ですからね。危ない任務よりそっちに注力できるなら越したことないですよね」
「で、肝心の使い道は」
 くのいちから返答はない。彼女も健気に樽のふたを外して中になにかないか改めている。獏は溜息を吐きつつも機関銃の前に戻る。


「妖気で酔った分を差し引いても真面目にやってもらいたかったですね。お嬢様が勘当された以上、財源に余裕はありません。この無駄遣い、後で必ず請求しますよ」
「私は安くこき使われているんでとてもじゃないですけど払えません」
「はあ」
 樽から面だけをだして陰々滅々とくのいちが呟く。
「いい忘れたのですけど、お面の呪力が強くて気持ちを引っ張られちゃうんですね。そっとしておいてくれませんか。でなければ」
 幽玄の舞台にあって迫力は割り増しだ。獏は軽く身を引いて、おほん、まあ仕方がないですといい、更なる譲歩の言葉を探す。
「まず生き延びないと。どうにか真砂姫様に頼みましょう。どこで暴れているのやらはあ、そうですね。みんなで考えましょう。ただの樽なら採算合いませんしきっとあるはずです」
「中に入って転がってみたり隠れたりしますかね」

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