燦然たる黒歴史の溜まり場く(´(Å)`)ツルリ

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2017年08月03日の記事

あめにこまいぬ556回目/町編

あめにこまいぬ556回目/町編

終章3◆

三十六節〜ごろごろ〜

 

 ごろごろ天が轟く中で銃弾を再装填を終えた頃、いよいよ本降りになってきた。土砂降りの雨に打たれた額を拭う夕。
「でもさあ。あたしの露払いを待ってくれなきゃなんだよね」
 立派な白虎の毛皮がついた拵えへ話しかける。無論、化け虎児が変化、本来の姿になったものだ。
「短っ」
 背丈を気にする主と根っこは同じか、毛がわしゃわしゃ逆立ちむくむくと膨らむ。
「がう」
 まん丸の毛玉がぶわりと弾んだかと思えば、獣に戻った虎児は毛がほんのり赤い。夕の腕から宙返りで地面へ跳び降りる。
「あ、戻った」
 鞘に納めた脇差をひったくられた。がしがし齧り始める。
「あんたねえ、怒ってんでしょう。小童の玩具じゃないの、大した家柄じゃないうちにしてみたら結構高いんだからねそれ。あっ、骨をしゃぶる犬じゃないんだからやめな。歯が欠けるよ? 喉刺さるよ? よくもまあ蛸入道に囲まれて食欲が弾むわ」
 ばりばり、ごくり、平らげてしまった。兄に見つかったら大事になる。普段は甘々だけどあんまりにも過保護だ。
「げふ」
「おならとか糞はやめてよね、お願いだから」
 尻尾を振りふると、ぴょんと夕の頭まで跳ねて肩にのぼる。跳躍を見せびらかしたかったようだ。またがしがしとよじ登り、刀に化け直す。虎児の毛皮で覆われた鞘は尻尾のよう、見ろ、と強く促すようにみょおんと伸びていた。ほんの少し。
 鞘を払おうとすると鯉口が切れない。
 ごろごろ喉を唸らせる。
「犬だか猫だかはっきりしない虎だわ。遊んでるんじゃないよ。機嫌直しなさいったら、ちっちゃい器だね」
 刀になった虎児にいった。機嫌を損ねた刀のどこをわしわししてやればいいと悩む。
 次郎が健在なら秘すべき技をべらべらと喋ったろう。派手な代物。天候とあの頭の考えそうなことぐらい容易に察しがつく。
「あのうっとおしい雲。あんたらの仕業でしょ」
 ふて腐れている虎児の柄をぎゅっと握る。だんまりだ。
「へえ。いいんだ」
 かちんときた。柄をこちょこちょ指でひっかく。最初は我慢していたが柄がむくっと膨らみ懸命にこらえているようだった。更にしつこくやると白い拵えがうっすらと赤みを帯びてきた。
「あんた、夕様に盾突こうなんて百年早いのよ。やせ我慢はよして、やるならやんなさいよ」

 つつと、虎児が蛸の本陣へ導く。なんとなくなが大立ち回りをしてやろうというのは熱く拍動する握った柄越しに伝わってくる。 
 いつ止むともしれない重い水滴の一粒がばたばたと身を打てば、火照った頭皮が温い水を首筋に落とす。夕は結ってあった髪を乱雑にほどいた。秋がしているように長い髪を垂らすとばさばさ振った。
「いいよ、ちまちま倒すのも飽きてきたもんでさ」
 大地を急速に潤す雨を蹴り、夕は敵中へ駆ける。
「で、どうすんの。ごろごろびっしゃん、なんでしょ」
 右手が痺れる。変貌した懐刀は稲光が独鈷杵の形をとったようだ。仏像がもつ法具はびかびか輝く。硬い蕾のようでもある。
 虎児の仕返しなのか独鈷から伝わってくる血の川を蹂躙する濁流に夕は唸り歯を噛みしめて耐えている。ばりぼりと貪欲に貪り食おうとする音を発して揺らぐ。確かに凄い、十やそこらは軽々となぎ倒せそうな雷撃の迫力を感じる。でも夕は少しがっかりした。もっと壮大で壮絶な幕切れを期待していたからだ。
「まあすごいよ。うんすごいけどさあ。できたのが串焼きじゃ焦らしたほどじゃないね」
 兄がお土産を持ち帰ってきてくれた時にいつもする会話だ。相手がにこにこ寄ってくるからこちらもついうきうきして期待を膨らませてしまう。発破をかけられ独鈷がばきばきと一層凄まじく鳴る。
 気が急いて大勢と接敵しすぎてしまった。蛸の壁が一斉に夕を見ていた。嫌な腕が自分に向けられている。下帯といい、妖刀といい気持ちが舞い上がってしまう不思議。
 ままよ。
 虎児は使い道を解説してくれなかったので痛みに曲がるか怪しい腕に負けじと力を込める。えいやと掛け声と共に独鈷を敵中へ放り投げる。
 敵もさる者、受け取った蛸は腕で独鈷杵を器用に挟んだ。
 思ったよりもさらに下回る威力にしまった、夕が思った時、独鈷がびょんと急激に細く長く伸びた。ぶつっと蛸の腕を抜け、胴体を刺す。上部も如意棒もあわやの伸長で天を衝く。
 独鈷を伝って雷が落ちる。黒雲中の全ての稲妻を導いて蛸の壁へ炸裂する。
 渦巻く稲光が真っ白に染め、と大木も切り裂きそうな轟音がつんざく。雷の幕のように広がった。不味い。そのあおりを夕も食って吹っ飛んだ。
「ううっ」
 馬鞍から跳ね飛ばされたかという衝撃。投げ出された体で辛くも受け身をとる。軟泥が些少なり打撃を和らげた。
 独鈷は四度、五度と執拗に落雷を呼び入れる。どん、びしゃり。その都度、大筒を並べて放ったような音声が砕けた。その都度、あちらこちらから絡みあった腕で輪を描いていた同胞たちへ雷を伝えていき電熱を浴びせ続ける。
 夕は腕で顔を覆い隠す。土砂降りの雨が作った泥水に腰を濡らしながら後退する。お嬢様と違いとっかえひっかえできるわけではない。大事な着物がいよいよ滅茶苦茶になっていると思うと悔しくて、叫んだ。ぐにゃりとなった蛸を盾に雷雨が去るのを待つ。

 目が慣れてきた夕を待っていたのは黒焦げの壁だった。壊滅に近い有様。大戦火に気怠い腕を掲げて勝鬨をあげる。利き腕はまだひりひりした。地面はべとべとに濡れているが黒雲はそそくさと去り、からっとした晴れ間が覗く。
 雲の切れ間から差した光が、地面に突き刺さった懐刀を照らす。うんとこさ縮んだ気がする。床結いの剃刀くらいしかない。
「ようし、上出来。みたか。ざまあみろよ」
 兄が鼻を鳴らすだろう、下品に腕をぶん回して憂さ晴らし。
 突出組を主として蠢いているのは二十ぐらい。連中もなかなか賢いから惨状は理解していよう。退却余儀なしだ。士気の衰えた蛸など物の数ではない。蜘蛛の子散らして逃げていく。長時間の早歩きは得意でないのに脚を懸命に動かす様は哀愁を誘う。
「うひゃ」
 着物は汚れたというよりも破れ放題の簾を泥水で染めた格好になってしまっている。露わな素肌も泥だらけ。汚れたというよりひりつく手首から発する数十匹の猫に襲われたようなひっかき傷が生々しい。たっぷりお湯を使ったお風呂に入って頭まで浸かりたい。髪を合間をわしゃわしゃ洗いたい。
 しかし相当数の増援たちがせめて前面だけでも陣を立て直そうとしている。
「しつっこいわね。こんな格好の乙女に恥かかせようってのあんたら」
 もうおしまいの気分の夕。はしたなく舌打ちした。
 
 ずりんずりん。
「さあてと、あれなんだ」
 通り過ぎていく巨大な木樽群を見とがめる。
「飛ぶ烏賊に助平蛸。次は樽。どこにあったのさ」
 醤油の醸造樽ほどのものが五つが通り過ぎていく。ぬかるんだ泥土を幾重の輪が噛む。こちらのごろごろは天のいななきに邪魔されていよいよ近くに迫るまで気付かなかったが、この図体は目立つ。


「あんなおっきいの。押して進むなんてね」
 打ち合わせがあったわけではない。そいつらは進路はおろか歩調もてんでばらばらでとって外へ逃れようとしていた。やけっぱちを疑う。獏の国のお嬢様が実家と揉めて、手妻の種がなくなってしまったとぼやいていたような。だからってあんながらくたは破れかぶれ。どんな賑やかしを隠してるか知らない身では絡みとられてうねうねされる姿が思い浮かぶ。
「はい、じゃさ。後はよろしくね」
 夕は手足をぴんと伸ばして大の字に寝ころんだ。

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