燦然たる黒歴史の溜まり場く(´(Å)`)ツルリ

誤字脱字発見有難いです〜グッドボタンに感謝〜

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懐古編二十一【虚ヶ淵の幻】

・懐

(うつろがふちのまぼろし・そうしゅうへん

〜アンドロマリウスはかく語りき〜

 

虚淵幻 ×文・写真shanzhen

北海道カテゴリにて連載中の「虚ヶ淵の幻・懐古編」は

関西カテゴリで連載中の本編「虚ヶ淵の幻」1〜200話のあらすじ(総集編)です。 

■本編>TVシリーズ ■懐古編>ダイジェスト劇場版

 

懐古編二十一【虚ヶ淵の幻】

虚淵懐古編二十一/完結 (対応章:〜二十二章)

<懐古編・終第二十一話:かたらい>

 

<不破衛人>

(※此方はハンゲームアバターを元にしてイラストを起こしてもらいました。

 

 中華の匂いと共に梨乃は回想の世界から現実に戻ってきた。

「と、ざっとまあこんな所だ」

アンドロマリウスがまだ頭が朦朧としているらしい梨乃に言った。直久はコップに銘水を汲み直して卓の上に静かに置いた。梨乃はありがとう、と言って乾いた喉を潤した。

「兄は夢の世界で魔神狩りを?」

「そうだな。俺達が見た時、然は夕霧と衛人を追って高天原遺跡へと向かっていた。そこで何があったのかは分からない」

「白と黒の巨人と言うのは何?」

「白の巨人の名は神鎧ウルスラグナ。黒の巨人の名はウルスラグナの紛い物ブーシュヤンスターだ。然は二つの邪神を身に宿していたのさ。人に寄生するうちに母性を獲得したタスカーと父性を志すダモクレス。タスカーは戦いに巻き込まれて目覚めていたが、ダモクレスはルカが振るった封印剣ガラドボルグによって記憶を取り戻すと同時にしのえが箱の中に封じていたダモクレスとそれに類する記憶も開封された。然から分かたれたダモクレスはエディンムと名を変えて、半身を倒そうとした」

「仕留めたの?」

「奴がばら撒いた分身の一つが……この俺だ。エディンムはウルスラグナによって倒されたが、七十二柱の魔神はとり逃した。だから衛人や直久、涼も戦いに首を突っ込む羽目になった訳だ。俺は魔神とはいえ他の連中みたいに『現実世界の偽物は否定する』とかなんとか偉そうなことを抜かす気にはなれなかったんでね。まあ、いつの間にかここに居候しちまってるが」

「あのヒーロー男が……」

「おや、梨乃ちゃんは涼を知ってるのかい」

「別に。暑苦しい、騒々しい、うっとおしい」

 梨乃はあっさり涼を斬って捨てた。彼女の眉間にビシッと深い縦皺が走ったのを直久は見逃さなかった。どうやら涼は随分と嫌われているらしい。

 確かに言われた通り少々元気を持て余す男ではあるが。

「誤解だ、涼は」

弁解の語を続けようとする直久を梨乃は手で制した。梨乃の眼は何故か怒っていた。彼は一体何をしたのかと直久は首を捻った。

(ヒーローも形無しだな。恋は叩いて伸ばすだけじゃ駄目だからな。俺が言う事じゃないが)

 嘗ては夢の世界で涼と組んでいた事もあるアンドロマリウスは苦笑いしつつ直久の心に話す。今現在、魔神の力を失った涼が夢での記憶があるかは定かではない。

「写真同好会はどうなったの?」

「ザワークラウト会の招きに応じたようだ。出発前に皆で来てわいわいやってたよ」

「その後は……」

「俺ですッ!」

「え」

 

 梨乃の表情が険しくなった。何故なら噂をすれば何とやら騒々しいと評判の「奴」がやって来たからだ。涼は降ろした看板にもめげずに入り口をがたがたと揺する。スムーズに侵入出来ない手際の悪さが彼らしい。そのうち力任せに戸を開けようと気合を込め始める。

「う、うおお、うおおおおお!」

「こっちの世界でも相変わらず熱いのは分かったが。アイツは何がしたいんだ? 直久」

「遅れて昼飯じゃないのか」

「夢の世界ならともかく……こっち側ではドンキホーテ状態だな。泣けるぜ」

 アンドリマリウスは涼の暴走振りに梨乃とは違う観点の反応をする。魔神である彼にとって、涼は最初に出自を度返しして「ヒーロー」としての熱い魂を認めてくれた友だった。タスカーが作り出した夢の世界の中での活躍と比べて、現実での彼の空回り振りはどこか滑稽で哀れに思えた。

 生まれて間もない魔神は現実世界では「正義を貫くより」も「厄介事に関わらない」ように生きる事の方が賢いとされているらしい事を直久と共に暮らす事で知った。その癖、物事には色々と表裏がある。涼のような男は弾かれて然るべき存在であろう。

 魔神が時流を得ないで変人同然の涼や世間の世知辛さについて考えを巡らしている中、涼の妄想と暴走は「己の正義」という謎の概念によって加速していく。

 

 涼は戸に攻撃を仕掛けつつ大声で唾を散らしながら「説得」を始める。

「梨乃さん……今、俺が助けますからね! ウオオ、悪の秘密結社め、今度はちがさきを占拠したとは。だが、俺の曇らぬ瞳は節穴ではないぞ。どんな些細な悪事すら見逃さない。そう空き缶のぽい捨て等は最たるもの! 俺のささやかな良心を逆手にとり時間内に会社へつかせまいとする姑息な罠! 雨の日出勤の日にダンボール箱の捨て猫も然りだ! 悪はいやらしく揺さぶりを掛けて偽善者か職務怠慢の二択を迫ってくるのだ」

「はあ……うっとおしい」

 梨乃はうんざりした様子でコップに水を汲んで、呑んだ。

 涼の気合に関わらず頑丈な設えの戸は音は騒々しく立てるけれども、びくともしない。ただ、ガタガタと揺する音が昼下がりに空しく木霊する。端から見れば抜け目のない空き巣というよりも鍵を失くして必死になるどじな家人に見えた事だろう。うんともすんとも言わない店内に彼は叫ぶ。

「ウヌヌ。出てこい悪党め。梨乃さんが此処にいるのは判っているのだ。何、俺が怖いのか? 裏でこそこそやってないで白昼、御天道様の元で正々堂々勝負しろ。そして魂を燃やしつくした末に互いを認め合おうではないか! いいぞー野原に二人で大の字に寝ころがるのだ」

「寒いし」

 梨乃は面倒臭そうに大きなため息をつきつつ短く突っ込む。彼女にとっては、もう馴れっこで見飽きたいつも通り熱血全力投球の涼の騒々しい登場シーンらしい。

「あいつバラしたら、ここの食材にしてくれる?」

「何故居場所が分かってるのかの方が聞きたいにゃ。悪の秘密結社って何かにゃ……やっぱりこれはストーカーなのかにゃ。視野が恐ろしく狭いにゃ。梨乃しか見てないにゃ」

 相変わらず戸外は騒ぐ涼を他所にまんざら冗談とも思えない梨乃の呟きに、えりんぎは暢気に欠伸して一応突っ込み入れた後に、にゃあと鳴いた。

「涼、静かにしろ。お前の勘違いだから皆無事だよ。今開けてやるから落ち着けよ」

「ヌッ、一人で飽き足らず大将迄も人質をとるとは……おのれ猪口才な! この親近感は『なんたらスンドーム』のせいだ大将! 身代金? 爆弾? そんなもので俺の意思は砕けないぞ」

「原型を留めてないぞ……」

「細かい事はいいのだ、フィーリングなのだ。ニュアンスが通ずればよかろうなのだ!」

 

 益々、勝手にエスカレートする涼の妄想を鎮める為に直久は鍵を開けに戸の方へ向かった。鍵を開けると同時に、暑苦しい涼の顔がにょきりと店内を覗き込で、周囲をぐるりと見回す。息遣いは荒い。

「無事ですかっ!」

「無事だよ。今日は特別なお客さんが来てたから暖簾を下ろしてたんだよ」

「ほう……………………そうですか。最悪の事態でなくて何よりです……グウ」

 俄かに納得し難い事実だったのか「ほう」と言ったきり暫く黙ってから涼は納得した。気が抜けたらしく、体がフニャリとなる。力尽きて梨乃の隣の椅子に腰掛けようとしたが、梨乃は横に座られるのが気に喰わなかったらしく席を立った。座った涼の腹が情けなさげにグウと鳴る。

「店内温度が三度程上昇したにゃ。でかい声で言わなくても聞こえるにゃ」

「げ、幻聴か! 猫が喋っている。これはまさか……敵の罠! やはり時限爆弾が何処かに!」

 えりんぎによって再び思い込みスイッチがONになった涼が大声を出す。カサカサと店内を這い回っては耳を澄ます。どうやら彼の妄想ビジョンでは時計仕掛けの爆弾が仕掛けられている状況のようだ。

 次の瞬間、流星の如く階段を駆け下りる影。涼は四つん這いから、立ち上がり腕を構えた。

「そうか、時計仕掛けの……オレ……ぬ! 出たな! 黒幕……グフッ!」

 状況説明を自ら行いながら、彼は「黒幕」の勢いがついたウエスタンラリアットを首にまともに受けて転倒した。打ち所が悪かったらしい。彼の気絶によって店内は落ち着きを取り戻した。

「昼寝を邪魔するなんてプンスコプンスコ! なんだからね。ねーえりんぎ〜!」

「にゃ。二度寝するにゃ、雪江」

「貴方、激しいプレイなら夜にしてよね!」

雪江は邪魔者を沈黙させると眼を擦り欠伸をしながら寝室に戻っていった。えりんぎも跡を追って二階に消えた。

「完全に誤解だ……どこをどう間違えばそうなるんだ」

「なんて直久は幸せ者だ。俺は早く子供の顔が見たいから励んでくれ」

「おい、勘弁してくれ」

「フッ」

 梨乃は意味有り気に鼻で笑う。涼は無視してそのまま帰ろうとするのを直久は止めた。

 

「うちの回鍋肉を食べていってくれないかな? お客さん」

「カロリー気にしてるから」

「涼の奢りにすればいい」

「アイツに借り作りたくないし」

「ウオオ! 梨乃さん! デートならば是非ご馳走しま……ウオゥ!」

 起き上がりかけた涼を梨乃は下段突きで再び落した。加えて踵落しを決める。やはり一連の騒ぎで著しく気分を害していたらしい。口が開いたままの直久に梨乃は椅子に座ってから、事もなげに言った。

「慰謝料って事にするから回鍋肉定食二つ」

「はい、ホイ二つ!」

 直久は嬉しそうに厨房へと向かった。

<懐古編 了……?> 

 

 

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懐古編二十【虚ヶ淵の幻】

・懐

(うつろがふちのまぼろし・そうしゅうへん

〜アンドロマリウスはかく語りき〜

 

虚淵幻 ×文・写真shanzhen

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懐古編二十【虚ヶ淵の幻】

虚淵懐古編二十 (本編対応:十九・二十章)

<懐古編第二十話:いざない>

日が沈んだ市街地で衛人はティアーと名付けられた剣を振るい巨大な黒塊を斬って落とした。白熱する剣は蠢く黒塊を炎上させる。程無く、黒塊はビニールが燃える時に発する悪臭を立て燃え尽きた。

色男、余裕だな 」

「フン、余裕の内にも入らない」

衛人は鍾馗に鼻を鳴らしながら答える。

飲み込みの速さは認めるが相も変わらずブッキラボウな奴だぜ

「人除け音波を散らして、黒塊を閉じ込める檻なんて便利な物があるのな。あんたらが居た世界はさぞかしご立派なんだろうな。あのデカブツなら俺は奴みたいに遅れは取らないぜ」

皮肉が好きな野郎だ。いちいち突っかかるなよ 」

「餓鬼扱いするな」

虚ヶ淵空間は役目を終えて緩やかに崩壊する。一月の間で葬った黒塊は30。高校生が為したとしては錚々たる成果であった。いつものチグハグな会話を交わして衛人は次の獲物へと向かって歩き出した。

  不破衛人(ふわえいと)は公園の変事以来、黒い怪物が活発になる夜に狩りを繰り返していた。高校生に過ぎない衛人が戦いに身を投じる所為になったのは黒の巨人と白の巨人の争いの最中に起った。黒の巨人が撒き散らした黒塊は人を襲い、侵食する。けれど、黒塊が撒き散らされている最中も普段と変わらぬ生活を送っていた人々は忍び寄る危機に無頓着だ。黒塊の化物が害を成すと理解しているのは多分衛人位なのだろう。時を同じくして衛人の前に現れた鍾馗という男は剣に変化するという異能の持ち主だった。

黒塊は活動期の夜に更なる仲間を増やす為に犠牲者をえり好みしつつ彷徨う。俊敏極まる黒犬、豪腕を翳す黒熊、急降下で襲ってくる黒鳥……果てには空想の産物に姿を変えた。

衛人が歩を止めて呟く。

「黒塊の反応が消えた。俺の他に狩猟者……まさかアイツ」

目的地に立ち昇るのは虚ヶ淵空間が放つ人除けの気流。

衛人には思い当たる節があった。巨人。世界に災厄を持ち込んだ謂わばロールプレイングゲームの魔王。大騒ぎを繰り広げた挙句、退場したいい加減な全ての張本人。衛人にとっては雑魚よりその巨人と術者に対する怒りの方が強かった。

予定調和で人生は進まねえよ。魔法も同様に万能では無い。そう奴を責めるな 」

鍾馗が宥める。彼の言う事も分かる。自分自身が感情的に成っているのも理解している。けれどあれ程の人智を超越した力を手にしていて何故、と言う思いが頭から離れない。苛立ちが募る。

「庭を荒らされて黙ってる奴の方がどうかしてる」

自分以外に連中を狩れる存在と言えば、白の巨人の術者以外に思いつかない。そいつのふてぶてしい面を拝んでやる。衛人は崩壊を開始した虚ヶ淵空間へと急いだ。

 

男は一人佇んでいた。ぶらりと下がった手には黒く美しい光沢を放つ剣。土と泥で汚れた着衣が温い風ではためいている。

彼は黙って星空を眺めている。月明かりと街灯に照らし出された彼の表情は喜びとも哀しみともつかない複雑な物。衛人は彼に見覚えがあった。子安然。

「子安先輩。何でここにいるんだよ」

 

最も殺伐とした闘争の場に相応しくない茫洋且つ落ち着きの無い男。年下の自分よりも幼い無邪気な表情でいつも笑っていた気取らない大学生。衛人が失いかけて必死に守ろうとしている笑顔。衛人は初め、自分の見間違いだと思おうとした。

「やあ、おじさん。久しぶりだね」

だが、何時も通りの覇気の無い声が彼の願望を幻へと追いやった。「奴」は鍾馗を、嘗て白の巨人の術者に仕えている剣呑な剣の精霊を知っている。何より虚ヶ淵空間を展開できるのが証。

坊主も相変わらずの様だな。オーサンは昼寝してたらネバーランドに来ちまったい

剣から人型に戻って話す鍾馗には年来の友、とりわけ父が子に話す風で、衛人を苛立たせる。

気にするな。こっちの世界もなかなかどうして悪くねぇ。住めば都さ

「あんたが鍾馗が力を貸してた前任者だってのか、ならあのデカブツも……

然は頷いた。

「おじさん、次の主に衛人を選んだのか。彼には大切な友人達がいる。何故巻き込んだ」

色男の他に適任者はいねえ。坊主が骨身に沁みて分かってる事だろ? 」 

衛人は頭に血が昇るのを感じた次の瞬間には怒鳴っていた。

「巻き込んだって、尻拭いって何だよ! あんたが原因だろ。あれだけの力を持ってた癖に手緩い真似をしたお蔭でこのザマだ!」

「衛人。君は友達と一緒に居ればいい。戦うな」

語気を強めて然は言った。眼の光は鋭い。衛人はこんなの然を知らない。

「人様に迷惑を掛けておいて孤高を気取ってんじゃねえよ。知った事かよ!」

「何も悪くない君が首を突っ込む事件じゃない、だから手を引いて大事な人だけを守れ」

危機は身近に迫っているのに、悠長な。到底衛人が聞き入れられる内容では無かった。

「衛人!」

言っちゃ悪いがあらゆる面で坊主は遅れを取っている。飲み込みの良さ、戦闘センス、魔力、知力、体力……なにより意志力。おまけに面もタッパも腰のナニも何から何迄上だ

「ついでに、視力も付け加えておいてくれ」

然が捲くし立てたのに負けず、衛人は言い返す。

「ヘマを仕出かしたんなら大人しく家の隅で泣いてろ。これ以上余計な混ぜくり返しは邪魔なんだよ」

衛人はティアーの鋭い切先を然に向けた。更に、炎龍スルトを召喚する。溜息を一つ付いたものの然は揺るがない。

「妹にも言い負ける俺だから君みたいな一本気を説得出来ないか。

言う事はもっともだと思う。けど、此処は退けない。君は勇者で俺が魔王。

光が踏み込む必要は無い。闇は闇に任せろ。連中は君よりも知ってる。何しろ惨事を起こしてる連中は俺の一部だったんだからな」

「自分の尻も拭けない詰めの甘いあんたに任せておけるか!」

「平行線……なら叩きのめされて大人しく帰るんだな」

然は黒曜の剣ガラドボルグを鞘に納めた後、衛人に突きつけた。

「俺を舐めてると痛い目にあうぜ、雑魚野郎」

「視野が狭いな……正義は人の数だけある

「そうかい。鍾馗、あんたのお守は要らない。剣になってるだけでいい」

あいあい。餓鬼同士好きなだけやれ 

 

然の挑発で衛人は燃え盛る剣ティアーを振りかぶった。

轟音と共に、火炎放射が一直線に伸びる。加えて衛人の背中に出現した炎龍スルトが火炎放射を強めるべく炎を吐く。二つの炎が組み合わさって大気を焦がしながら然を襲うが、彼が無造作に鞘を振るうと今しも全身を包み込もうとしていた炎は胡散霧消する。衛人は、反則的な所業に絶句する。

「大人ってのはずるいんだ」

衛人はすぐに頭を切り替えた。炎が効かなければ剣がある。ティアーを構えて間合いを詰める。

然も応じて鞘を大上段に構える。剣が届く間合いになった瞬間に鞘は豪速で衛人を狙った。予想済みの衛人が鞘を交わし剣戟が始まる。

然の一撃は栞の助力で重く速いがセンスと要領の悪い無様な剣戟だと衛人は思った。打ち込みを衛人はいなしつつ、剣戟の間に蹴りを割り込ませる。

「怖い子だ。まるで容赦が無いね。ヴァジュラ!」

不意に然は全身から鈍い衝撃波を放ち炎の槍を弾き飛ばし、衛人を後ずらせた。t衛人にダメージは無い突風に吹かれてよろめいた程度。

「即席で稲坂の真似をしてみたけどやっぱり本家に遠く及ばないな」

然は頭をポリポリ掻く。衛人は嘯く然に言った。

「あんたさっきから守ってばっかりだな。んな物で俺を納得すると思ってんのか」

「ボコボコにしなきゃ納得できないか。苛めみたいで気分悪いけどな」

然が言った途端、空気が変わる。虚ヶ淵空間の形成。栞使いのリングが出来上がり衛人も然も魔力の充実を実感する。続いて然が孕む気が変容する、完全に崩れていなかった牧歌的な雰囲気が一掃される。衛人は距離を取って次なる物に備える。今度こそ然は本気で来る。衛人には確信があった。然の周囲に存在する虚ヶ淵空間の潤沢な魔素が吸い上げられていく。

 

距離を取ってティアーを構える衛人を他所に然は変身を完了した。毛髪は赤に染まり、頭には牛を思わせる双角が生じる。背には赤い翼。体には濃厚な魔力が漲っている。

衛人には彼の姿が魔王に見えた。魔城で勇者を待ち受ける傲岸な悪党。

「遊びは終りだ衛人。カイビト・ラマッスの力で存分に叩きのめしてやる」

眼は退く事を知らない闘牛のそれ。剣をしまった然は翼が生み出す飛翔の魔力で地面擦れ擦れに飛び出した。衛人目掛けて突撃を敢行する。数メートルの距離を一挙に詰める然に衛人は炎の魔力で迎撃するべく剣に力を込める。

「突進? 馬鹿かあんた」

衛人はスルトと共に炎を放った。初めの火炎放射よりも強烈な豪炎。丸太の太さに増強された腕を横に薙いだだけで炎は掻き乱された。だが衛人も、剣を構えてグイと前へと突き出す。

火の粉を纏いながら然はティアーの横ッ面を拳で思いっきりぶん殴った。這い蹲る衛人を睥睨する然の背中にスルトが炎を吐きかける。

「スルトの名前は飾りか?」

然は再び突撃の姿勢を取り、スルトの炎に構わずに一直線に炎龍を狙う。火炎を吐きながら距離を取ろうと謀る炎龍に追いすがり左手で太い胴を握り締めた。両手でガッシと尻尾を支持し、ハンマー投げの要領でグルグルと振り回す。充分な遠心力を与えられたスルトは遥か遠くに放り捨てられた。

「クソ」

然の攻撃がスルトに向かっている間、軋む体を叱咤し剣を支えに衛人は何とか立ち上がる。

突撃。衛人は剣を構えるが体がよろめく。然は首を振り、頭の角で剣を弾く。剣は手からするりと抜けて大地に刺さった。

「王手。圧倒的な暴力を前には無力。君が挑もうとしてるのはそういう不条理の塊だ」

拳が衛人の鳩尾に吸い込まれた。衛人はカイビトが齎した剛力の前に再び地面に倒れ伏した。呼吸が旨く出来ない。加えてスルトに注ぎ込んだ魔力を根こそぎ奪われた彼は衰えない戦意諸共、意識を刈り取られた。

坊主。やっと、モノホンのカイビトを見つけたのけ

人型に戻った鍾馗は倒れたまま気を失っている衛人の体調を確かめる。後遺症が残らないように然が手心を加えた痕跡が窺えた。

「俺の不手際に不満を抱いていた彼には力で勝利して戦いを諦めさせる事しか出来ないと思った」

やれやれ。理屈を吐く仏頂面を見る事になるとは思わなかったぜ 」

「折角タスカーがやり直しの舞台を整えたってのにまた争いに巻き込むのは嫌だったんだよ。しかも俺の至らなさが起こした事件を代わりに解決しようとしてたんだ、ほっとけないさ」

役目を終えて崩壊する虚ヶ淵空間の中、然は衛人を背に乗せて歩き出した。

 

 

然は家の呼び鈴を押した。

「どなた様でしょうか?」

玄関の監視カメラに顔を向けて然は答えた。

「子安然だ。夜に済まない。ちょっと降りてきてくれるかな」

「子安先輩……ちょっと待ってください」

玄関に立つ然にも、夕霧がバタバタと階段を降りてくる音が聞こえた。

「……」

出てきた夕霧は然が背負った蹲る衛人に気付いて言葉を失った。血色のいい顔がさっと青くなる。

「どういう事ですか」

夕霧の問いには怒りが篭っていた。眼にも抗議の光が灯る。然は黙って玄関で靴を脱いで衛人をソファー迄連れて行った。彼女の家に両親は居ない。

然は以前、二人は長期出張中で姉の玲奈と暮らしていると聞いていた。夕霧はソファに寝た衛人のあちこちに出来たかすり傷を見て救急箱から消毒薬、脱脂綿、絆創膏を取り出して甲斐甲斐しく手当てを始めた。

「一体これはどう言う事なんですか?」

「喧嘩で……つい大人気無く遣り過ぎちまった。目が覚めたら謝って置いてくれないか?」

夕霧は思わぬ告白に目を丸くした後に、沈痛な表情を浮かべて然の顔を凝視した。然はいたたまれない気持ちになったが弁解は何もしなかった。

彼女の返答は平手打ち。然には今迄で一番堪える物だった。

「貴方は力任せで我侭を通す人じゃないって思ってました。私、見損ないました」

涙が今にも零れ落ちそうな面持ちの夕霧に然は黙って頭を下げるのみで家を後にした。

 

門の角で煙草を吸っていた鍾馗は然に言った。

すっかり嫌われちまったが、いいのかよ……ありゃあ『お嬢ちゃんだろ』? 

「どう言う経過があったのかは分からないけど、夕霧(ゆうき)は霞だ。衛人は……ファエト。俺は二人のささやかな日常と幸せを壊したくない。事件に巻きこまめば、きっとつらい事を沢山思い出す。俺が騒いで蒸し返さなくてもいい」

ひりひりと痛む頬に手を宛てた然は自嘲気味に呟いた。

柄にも無く格好付けやがって……で、坊主に知恵をつけてるのは誰よ?

「ルカだよ。黒塊の連中は俺の元に居た気取り屋だからな。特に力のある連中はソロモンが使役したとされる七十二柱の魔神を自称して粋がってやがるのさ。おじさんは衛人達を守って欲しい」

一方的に伝えるべく事を話して然は鍾馗に背を向けて去っていった。鍾馗には息子同然の彼が重荷を背負ってよろよろ歩いているように見えた。

全く、親の顔が見てえよ 」

鍾馗は煙草を揉み消してから携帯灰皿に押し込む。誰にも聞かせるでもなくポツリと呟いた。

 

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懐古編十九【虚ヶ淵の幻】

・懐

(うつろがふちのまぼろし・そうしゅうへん

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虚淵幻 ×文・写真shanzhen

 ご挨拶

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懐古編十九【虚ヶ淵の幻】

虚淵懐古編十九 (本編対応:十八、十九章)

<懐古編第十九話:いざない>

 

「頭痛がしますね……」

昨日の記憶が朧気だ。将は頭を手で抑えながら目覚めた。久々の鯨飲で酔い潰れてしまったのだろうか。よく分からない。起きたばかりではさしも精密な頭脳も立ち上がるのに時間がかかるようで彼はダブルサイズのベットで上体を起こしたままでぼうと、鳥の囀りに耳を傾けていた。

ちゅんちゅん、ちゅんちゅん。

少々の頭痛と枕の抱き心地が普段と違う分を除いては久々の快眠だった。カーテンから漏れる日差しの中、朝のコーヒーが飲みたくなり眼鏡を探して掛ける。そこで回転運動を始めた頭脳と視力矯正を行う眼鏡が異変を察した。

「さてはて、ここは一体何処なのか。まぁ……それはさておきとりあえずコーヒーを飲みながら考えるとしましょうか」

彼は、一瞬考えたが相変わらずのマイペースでベッドから降りようとした。が、何か腕に僅かな抵抗を感じて目をぱちくりさせた。

「う〜ん」

「?」

加えて何かが、唸った。正体を確かめる為に彼はゆっくりとシーツを捲った。彼は正体を確かめた後にまだ眠ってい相手を起こさない様静かにシーツを戻した。如何な彼でも思考エラーが起こる難問。

 彼が目の当たりにしたのは滑らかな白い肌。

「アハトアハト……」

冷静、マイーペースで通っている彼は脂汗を掻くのを感じた。一体全体どう言う成り行きでこの結果になったかが分からない。

ブルルルルル! 事実関係の整理を始めようとした矢先、誰かの携帯が振動する。

「う〜ん」

女性が寝返りを打つ。将は携帯を取った。

 「おはようになるかな? おいらのプリンちゃん!」

訛りのある英語だ。将には100%の意味で理解はできなかった。それでも秀才の彼はたどたどしい物の英語で受け答えする。

「僕はプリンではありませんが」

「ちょ、ちょっと待て。貴様何者だ! おいらの可愛い娘の携帯に何故男が出る」

「落ち着いてください。理解と返答に時間が掛かってしまいますから。ビートルズを口ずさみながらでお願いします」

相手の男は怒り心頭の様子だが将のペースは相変わらず。ひとしきりの本場のスラングで捲くし立てられるのを、受け流して怒鳴り疲れるのを待っていた。喚く間、ケトルをクッキングヒーターに掛けてインスタントコーヒーを探す。果たして息遣いが荒くなった男は罵るのを辞めた。

「落ち着かれましたか」

「オーライ。初めから行こうか。おいらはジェームス・ストラットjr。娘は何処にいる」

「あー……彼女なら僕の隣で寝ていますが」

絶句したのか、スッと息を吸い込んだ音がしたきり声が途絶えた。ガチャリ。電話越しに音が聞こえたのはポンプアクション式散弾銃の操作音。映画でよくあるアレだ。

「よし、お前そこから動くなよ。この狼野郎。今すぐ蜂の巣にしてやるからなっ!」

「失礼、僕は銃器の売買はしません。コーヒーが冷めるのでお暇します」

将は電話を切った。日課になっている朝のコーヒーを煎れて一杯飲んだ。

 

「将、おはよう」

「おはようございますアンジェラさん。唐突ですが僕は少々混乱しています。いったい昨日は何があったのでしょう、頭痛がするばかりで何も思い出せないんです」

「馬鹿!」

将は強かな平手打ちを受けながら思った。女性の心程難しい研究テーマは無い。ともかくも唯一の証人がおかんむりでは昨夜の事は分からず仕舞いであった。不機嫌な顔でYシャツを羽織るアンジェラを見ながら彼は平手打ちの威力を算定していた。稲坂兎にも匹敵する。

「あら? さっき携帯が鳴ってた様な気がしたんだけれど」

コーヒーを啜りながらアンジェラが聞いた。

「ええと、アンジェラさんのお父さんからでしたよ。僕は悪い虫との印象を与えてしまったようです」

「いけない、今日来るって言ってたんだった」

「数時間後に僕は蜂の巣ですかね……ハニートーストもいいですね」

 将は暢気な物だった。彼の思考は朝食で何を食するかに移っている。

と、突然ベルとノック連打が始まった。相当苛立っている様子だ。ピンポーン。ドンドンドンドン!

「ハロ―、アンジー。僕の赤頭巾ちゃん。パパが悪い狼を退治に来たからね」

「さて間男は弁解に参りますか……」

「アンジー。どこかなあー」

アンジェラは将のシャツを裾を引っ張って止めた。

「ああなったパパは誰にも止められない。迎撃準備が必要ね」

ノックとベルの嵐が止んだ。

「アクション映画みたいですね?」

マイペースに答える彼に、心配そうな顔をした彼女の髪がそよ風に靡く。

  無論窓を開けた覚えは無い。疑問に思った瞬間にはもう蒼い盾を展開していた。

「ハ〜イ、アンジー」

鼓膜を震わせる銃撃音が響き、テーブルの上の細長い花瓶が粉砕される。

  

 窓際に立つ男は30台後半に見えた。肩幅は広い。スーツの下にはジムで鍛えたのか締まった肉体が有るに違いない。体から放たれる、生気が若さの秘訣なのだろうか。アンジェラが言った通り完全に頭に血が昇っている。交渉等、到底通じる状態では無い。銃口が向けられトリガーに指が掛かっている。

ストラットは言った。

「アンジー! 何だい、そのはしたない格好は。まさか……」

あられもない姿の娘を見た父親は大いにうろたえ、憤慨した。そこに野暮にも将がマイペースで弁解して火を注ぐ。

「酒を過ごしたせいで完全に記憶が飛んで前後は分かりませんが、一夜を共にしました」

羞恥に顔を赤らめるアンジェラ。怒りで顔を真っ赤に染めるストラット。父親にとって娘は最愛にして永遠の恋人である。娘に悪い虫が付いた時、欲望が見え隠れする薄汚い男にかっさらわれた時の怒りは

万国共通の事柄らしい。男は平気な顔をして言い訳をし娘は男を庇う。ストラットは大いに怒った。

 sit! 狼には狼の事が良く分かる。ママに泥棒は駄目って教わらなかったのか? オイタが過ぎる、ナニをちょん切ってやるぜ!」

 

 盾が素早く銃口間際へと飛び、ピタリと密着する。この状態では撃てない。散弾が盾で弾き返される。

「トリガーを引けば、己の怒りで亡びる運命になりますよ」

「運命だと? 運命の女神は荒々しい勇者を好むのさ。こそ泥には分からないね」

「マキャべリ、君主論の言葉。どこに君臨される気ですかね?」

「手塩に掛けた可愛い子羊に襲い掛かる狼共を総べる為さ」

 

ストラットはさり気無くショットガンを手放した。銃は地面に落ちる。ほっとした将が盾を手元に翻そうと盾に念を込めた瞬間にストラットは素早く動いた。銃のロックは外されたまま。銃型とは言え、実物を手にした事の無い将には其処までは分からない。

果たして常人離れした凄まじい瞬発力でひざまずいたストラットは地面擦れ擦れでショットガンを拾いトリガーを引いた。盾がカバーしていない、家の壁を貫いて散弾が襲い掛かる。

「パパ!」

アンジェラは水壁を前面に発生させ散弾を包んで術者を守る。

「プリンちゃんは下がってなさい。これは狼と狼がどちらの序列が上か競い合ってるんだよ!」

「その様ですね。序列を決めるのに決闘とは原始的ですね」

「だが、シンプルだ」

脂の乗り切った大狼は、軽々と窓枠を乗り越える。砕けたガラスをバリバリとブーツで踏み拉きながら若い狼に向かって咆哮した。

「尻尾を捲いて帰り給え、若造!」

 

 息巻くストラットの手にはシングルアクションのリボルバー。栞獣の気配と煙硝の香りがコーヒーの香りを打ち消して強く漂う。それはさながら獣のマーキングであり、危険な気配が漂う。祖先のストラットと同様彼も現役のベテラン栞使いと言う事か。将は気の抜けない真剣勝負に備えて虚ケ淵空間を形成する。

相手方も異存が無い様で黙ってそれを見守っている。剣呑な雰囲気の中、将は他愛も無い世間話でもする調子でストラットに話しかける。

「これは又……本当に愛好者がいるんですね」

「信頼性と早さ、これが一番馴染むんだよ」

「成る程」 

将もケイローンを失った後に得た、二挺拳銃カストール&ポルックスを両手に生み出す。

「それがゲストに対する態度かね? ジャパニーズ」

「ならば煎れ立てのコーヒーはいかがですか? お父さん」

「生憎、朝のコーヒーはブラック・ノンシュガーと決めていてね」

「これは失礼、良ければと思ってアメリカンを煎れたのですが」

「ハイエナにお父さんと呼ばれる筋合いは無いね。薄くて甘いコーヒーはお断りだ若造!」

二つの銃声が洋館に木霊し、将の肩に銃弾が捻じ込まれた。

「オイオイ、君ぃ。守りがなってないな。しかも栞獣による魔銃とはいえ、蝿が止まる弾の遅さ……箸でも摘めそうだぜ?」

……

将は嘲笑を無視しトリガーを引く。肩を押さえながら距離を取る将にストラットは弾を避けて不敵に笑う。将は動きの少ない胴部を狙って双銃を乱射するが、命中しない。いや、正確に言えば命中直前でストラットが持つ防御結界に阻まれて軌道が反れる。逆に将の結界は容易く抜かれる。

「顔はここだぞ若造。小さい玉で当たらないんじゃ、キャノン砲でも持ち出して来たらどうだい」

「お言葉に甘えさせて頂きます」

「フン、イエスマンは好かん」

「日本にはこんな名言があるのですが……ご存知ですか? 『ストラットさん、後ろ後ろ!』」

「何だい、そりゃ?」

後ろを咄嗟に振り向いたストラットは蒼い砲頭が魔力を収束している様子を見て愕然とした。守りがなっていないのではない。守りの魔力を此方側に上乗せして機会を狙っていたのだ。

「クーゲルシュライバー!」

ストラットを捉えた極太魔力ビームが放たれる。一瞬、狼狽するもストラットは帽子を脱ぐ。

「Hahhhhh!

ビームは全て帽子に吸い込まれて消えた。

「これは驚きました……」

クーゲルシュライバーに廻した魔力が丸ごと防がれた事への対しての

精神的な徒労感は大きい。メンタルのダメージは魔力の運営状況に負のフィードバックを起こす。だが彼も退くわけには行かない。注がれる熱視線に応えねば男が廃る。

「父たる者は娘婿の力量を確認した後は潔く勇退すべきでは?」

ストラットは拳銃を冷静に撃ち込み、防御に専念する将の防御に罅を入れる。

「力量? 此方は薄いコーヒーの香りしか嗅いでないぜ」

「では、香ばしいベーコンとトーストも添えましょうか。焦げ目付きでね」

将はカイビト・天神を発現させた。応じてストラットもカイビトを繰り出そうと身構える。

と、彼等が思いもしない何かが、突如虚ヶ淵空間を震撼させる。

「ぬ」

二人はざらついた視線を一瞥させ、戦闘を休止した。何かが近づいている。閉鎖された虚ヶ淵空間に強引に参入しようとする者だ。間も無く濁流が空間の壁を突き破った。出現したのは無数の水流を従える神鎧・アプス。

「わりい子はいねえが〜!」

アプスから声が響く。

「シ、シレーナさん? 早速、神鎧を実戦投入するとは……」

シレーナは極めて不機嫌らしく、水流で出来た竜が空間を飛び回って二人を威嚇する。

「女の子の家で野暮な男が二匹騒いでると聞いてジャッジにきてやったのよ、感謝なさい」

「それは、失礼しました。しかし何故?」

「パパ、娘の部屋に土足で入るのはマナー違反じゃない?」

「有罪」

「ア……アンジーそりゃないぜえ」

アプスが敵と認識したらしく水蛇が攻撃を開始する。帽子をひっかぶったストラットは逃走準備にかかる。出来る男はいざ見切りを付けるとなると引き際も華麗。

「え、まさか僕も入ってます?」

笑顔が引き攣りながらも将はアンジェラに哀訴した。

 「レディーと二人きりの夜に、酔っ払って講義を始めるなんて……」

「アンジェラ、あんたも相変わらず苦労してんね。判決は……有罪!」

「ごめんねえ〜。でも喧嘩は駄目だよお」

苗子の申し訳無さそうな声。将は戦慄した。女性という物の真の恐ろしさを垣間見て、成る程これにはどんな哲学者も敵いそうも無いと思った。自分は恋という学問がからっきしだという事も。

「アハトアハト」

 尚、都合が悪い事に彼は哀れカナヅチだった。

そして虚ヶ淵空間で、術者と神鎧アプスは遺憾無き能力を発揮した。本来の高出力で稼動したアプスは荒れ狂いた。放出した水竜が何匹も飛び回り、水塊が乱射され最期には空間を埋め尽くす巨大な水渦に飲み込まれた。

「水もしたたるいい男。フッ、ゲイシャもイチコロ、罪作りナイスミドルなおいら」

溺れた将を引っつかんでストラットが浮上する。虚ヶ淵空間はプールと化していた。

「あの、ストラットさん、質問いいですか」

「何だ。カナヅチ栞使い」

「来日の理由を窺いたいのです」

 ストラットは濡れた髭を扱いた。

「ザワークラウト会が君達栞使いを呼んでいる。是非本部に来てもらいたい」

「二言を許さない口調に聞こえますが?」

「黒の箱舟のファエト撃破に始まり、タスカー開放。終いにゃ神鎧アプスの所有。そんな連中がつるんで好き勝手やっている。ご老体方が心配を始めた」

「危険視されていると? まるでテロリストに投降を勧告している様に受け取れて極めて心外です」

「もしお前が親だったら餓鬼に銃を持たせるか? ミサイルのボタンを玩具にさせないだろう」

「その子等に手を差し伸べようとしない都合の良い教育論には賛同できかねます。貴方達が素知らぬ顔で傍観した御蔭で我々は尊い犠牲を払いました。次は遣り過ぎだと追及する。ザワークラウト会の皆さんは随分と身勝手な理屈を仰る」

 将の声は抑揚に乏しいが、選ばれた言葉はどれも彼の怒りを表明していた。

「末端のおいらを血祭りに上げてもたかが知れてるぜ? 立派な『大人』てのはそんなモンだ。だが、勘違いするなよ。考えるんだ、これは提案なんだぜ。闇に葬られるのも自由だが……アンジーは良くやっていた。義憤は大人の事情で黙殺される。歴史を勉強してりゃ分かるだろ? インテリ」

「断れば、敵対。皆の為に穏便に頭を下げろ、とは何とも人道的で波風を立てない素敵なアドバイスですね」

「ワサビみてえに辛らつな皮肉をどうも」

 将は、彼の提案を受け入れた。

 

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懐古編十八【虚ヶ淵の幻】

・懐

(うつろがふちのまぼろし・そうしゅうへん

〜アンドロマリウスはかく語りき〜

 

虚淵幻 ×文・写真shanzhen

 ご挨拶

目を留めていただいて有難う御座います。

北海道カテゴリにて連載中の「虚ヶ淵の幻・懐古編」は

関西カテゴリで連載中の本編「虚ヶ淵の幻」1〜200話のあらすじ(総集編)です。 

■本編>TVシリーズ ■懐古編>ダイジェスト劇場版

 

 

懐古編十八【虚ヶ淵の幻】

虚淵懐古編十八 (本編対応:十八、十九章)

<懐古編第十八話:めざめ>

 

「将………神鎧は『空間装甲』を有しているのじゃないかしら?」

 将の眼鏡に変化したアンジェラがレンズに分析情報を投影する。

「空間装甲……。虚ヶ淵空間を纏っていると」

「ええ。私達が怪異を狩る為に『栞』から与えられた能力の発展版。私達も戦闘時には捕獲・魔力強化その他の為に小規模・一時的な虚ヶ淵空間を展開できる。もしかすると、神鎧がダウンサイジングされたものが『栞』かも」

「ふむ、対抗手段は虚ヶ淵空間貫通という極めて特殊な属性を帯びた攻撃か超高出力の技になりますね。となるとアンジェラさんと僕しかしませんね」

「そうね。私達だけね」

 

「ちょっと。聞きづてならない事言ってるわね、後ろのカップル。ねえバース!

『アンジェラさんと僕しかいませんね』『そうね。私達だけね』。戦場にラブを持ち込むなよ!」

 前線で炎の闘気を発散して大蛇を蹴散らしつつ兎は二人の物真似をする。武具に変化したバースが合いの手を打つ。

「嬢ちゃん、やってまえ」

「この稲坂の拳は全て打ち砕く」

兎は不敵に笑い、召喚していたハンマーを消す。そして構えを解き、深呼吸と共に眼を閉じた。渾身の気合と魔力を込めた右拳に注がれる。ゲームでよくあるボタン長押しの溜めパンチにも似て、拳が眩い光の鼓動を立てる。アプスは「蟻んこ」の小癪な企みを察知して、巨大な剣を突き出した。剣圧で風が吹き荒れる。

「オイ! 腐女子! よけやがれ! バラバラになっちまうぞ」

 ようやく、大蛇の拘束から開放されて這い蹲った泰が、ノーガードで眼を瞑ったままの兎に叫ぶ。彼には一連の動作がスローモーションの様に見えた。彼女の身長以上の幅を持つ剣が真正面から突き進んでくる。他の仲間達は大蛇の群れに防戦一方で援護が出来ない。瞼を閉じる事すら躊躇われる衝突の数瞬前、兎はカッと目を開いた。途端に強烈極まりない殺気が噴出する。その殺気を受けて泰の目は更にスローになる。

 兎は右拳を剣の切先に、何気なく突き出した。巨大質量に弾き飛ばされる。泰が思った瞬間、ニヤリ。兎は凄絶な笑顔を浮かべた。道を譲る気は微塵も感じられない気概。

 果して道を譲ったのはアプスの剣だった。拳に触れた金属が彼女から逃れるような形となって裂ける。亀裂はどんどん進む。兎は立っているだけだ。突き出された剣は遂に根元から真っ二つに分かれてひん曲がる。

 兎はそこまで来てやっと動いた。突き出した右拳を引っ込めて、正拳突きの構えを取った。

 そのまま眼前を覆うアプスの右拳をぶん殴る。いとも簡単に金属の塊がへしゃげる。

ドゴォ! 轟音が遅れて聞こえる。

空間を付き抜けてアプスの腕部表面装甲を破壊した所で、泰はスローモーションから開放された。

 

「一番槍はあたしねっ! あんたら……御託叩く前に敵を叩きなよ!」

言い捨て兎は空間跳躍・八艘跳びの奥義を拳に込めて連打し始める。腕部装甲がみるみるうちに拳の形にへしゃげて行く。金属製のアプスの指が捻じ曲がる。

「アンジェラさん、先を越されましたね。巨大ロボットに拳と拳を打ち付けた末に破壊なんて、質量とかいう問題を軽く超越しています。格闘ゲームのボーナスゲームも真っ青です」

「鉄パイで車叩き壊したり……おいら、あんな派手にされると嫉妬するわ」

市吾朗は手にした紅剣にカイビト・風神の力を出来うる限り込めた後に、ウオッ!とハンマー投げよろしく気合の怒号を鳴らして投擲した。紅剣は回転に伴って恐るべき炎竜巻を発生させ脛部装甲に突き刺さる。

「どんなもんじゃ! 人間気合やぞ」

間髪入れず市吾朗制御の発火するナイフの束が切り裂かれた箇所に殺到して装甲を傷つけた。

「稲坂さんは、虚ヶ淵空間に限り空間跳躍的な体技が可能と聞いていましたが。恐ろしい。難色を示した次の瞬間に根性論で乗り越えたと……アハトアハト、今時のスマート&クリーンな方には嫌悪されそうな展開です。さて、僕達も熱く愛の共同作業をするとしますか」

「馬鹿……」

蒼盾が砲頭に変化し、魔力が収束し始める。魔力の変化を、装甲を打ち抜かれたアプスは見逃さない。多くの水蛇が行き交う戦場で、一際巨大な水蛇が将に襲い掛かる。迎撃する電撃を受けながらも一直線に砲塔の射線を塞ぐ。

「ぬっ、流石目聡い。これでは、気が散っていけません」

将の目の前に水蛇が迫った時、急に蛇の軌道が変わる。口当たりに大きな釣針が刺さっている。

釣り針は糸を介して空の釣竿に繋がり、彼は水蛇をいなし、リールでグイグイ巻き上げる。

「食いついた。こいつは大きいぜ! 20m級の大物ゲットだ」

空は満足気に得物を手に取る。膨大な魔力を注ぎこまれた筈の水蛇はビチビチと跳ねるばかり。河鴎空のカイビト・太公望の力。

「キャッチ&リリースだな」

針を外した蛇は、主の筈のアプスに突進していく。迎撃されればされる程に水の魔力を吸って巨大化し勢いも増す。自身の魔力をお返しされて空間装甲は意味を成さなったらしい。肩部の装甲が弾け跳び、腕がだらんと垂れ下がる。

 

「いでよ・……アナト」

兄神を慕う余りに恐ろしい力で敵対者を滅ぼしたとされる古代の乙女神アナト。彼女には悪神はおろか父神も冥府神でさえ叶わない。カイビト・天神にアナトが加わって砲頭に一層凶悪な勢いで魔力が集っていく。規模も元来の二乗。

「此れならば、嘗て僕が放ったかの奥義も制御が出来るでしょう。皆さん、射線を空けて後退願います。効果発揮後こそ趨勢を決する鬨です」

「将、チャージ完了。いつでもいける」

「了解しました」

恋の奥義・蜜虫と泰の奥義・紅雲で生み出された赤と黒の蝶群が敵の追尾を撹乱し味方の後退を助ける。

「嘗て権力欲に憑かれた男を解き放った技です。神鎧の暴政もこれで終りを告げ、革命が開始されます……魔素疎外斥力砲/二式:エントフレムドゥング・Entfremdung

蝶と雲が影響力を失い、アプスが再び攻撃にかかろうとした最中、アンジェラの手で完成の域に達した究極奥義が青白い雷光を迸らせながら遂行される。稲妻は魔術文字の形になって神鎧アプスの全身に纏わりつく。魔術文字が薄れるのに同期して天神とアナトの力で空間装甲に作用し、穴だらけする。加えて不安定になった魔力が爆発を起こす。しかし神鎧アプス自体の魔力全てを奪い、機能停止させる迄には至らない。

「外掘りを埋められ、兵糧を奪われた巨城。孤独な篭城戦ですね」

「丸裸……おいら的にはすげえええ言葉やな」

「あたしは、巨大ロボ壊しの称号をも獲得した。次は何を狙おう……小惑星破壊か」

 将の勝利宣言を受け、仲間達は歓声をあげて一気呵成に攻勢に出る。雨霰の攻撃を受けたアプスの姿が薄れて行く。アトラの戦意は消えた様で代わりにシレーナを真似た姿を現す。

 

 

「決意を理解して貰えたなら、内輪揉めはお開きにしましょう。共倒れで喜ぶのは我々共通の敵――邪神だけですから」

「君達は、化け物ね。気が遠くなる程の箱舟運用の果て、神鎧すらも打倒しうる種が産み落されたという訳ね。けれど本気で、正体すら定かでない邪神共を征伐しようと?」

 アトラは眼鏡を拭く将に言った。

「無論、敵の事を分析すらしない戦いに勝利は遠い。征伐する前に、あなた方が持っている邪神群の情報を提供して頂きます。対話で解決が見られないという結論に達した場合は仕方ありません。

我等が協力する事は大いに利が有る。我々は舞い散る花びらの様にパッと美しく咲いて散る花です。これ程の戦意、戦力も手を拱けば再び合間見える事は難しい。早急な英断を望みます」

「神鎧アプスは、守人と邪神を駆り立てる術者の手に委ねるわ」

 

 

彼等の後姿を腕組みして眺めていた泰は鼻を鳴らして隣に立っていた恋に言った。

「おい俺様は外の空気が吸いたくなった。付き合え。ついでに煙草買って来いや」

「煙草はお断りします」

「ケッ、気の利かないメイドだぜ」

「女装もお断りします」

それをきっかけに苗子以外の人々が何かと理由を付けて外出を始めた。

 

「ちょっとあなた達、さっき迄敵で争い合ってた者を信用するの? 見くびると痛い目を見るわよ。少々お気楽過ぎるんじゃなくて」

兎が扉の前で振り返って、待ち人と同じ姿をしたアトラに言った。

「絶賛『眠り姫中』ダ眼鏡が起きてたら多分そうするから」

「代わった連中」

「我々は変わり者でお人良しですから深くは考えない事です」

「将、今日は私の家に来てよね」

「いやはや。丸本先生の蔵書が」

「武野将。丸本海流の最大の遺産にして末娘・白の箱舟と神鎧を継承するに相応しい男だった筈。何故、子安然に託した?」

「僕は、先生の『偉大な魂』を受け継ぎ、果てない道を己の足で歩んだ果てにある答えを求めていますから。え、答えになっていませんか? あ、あいたたたた」

「たまには私も熱視線で見つめてよ……馬鹿」

 将はアンジェラに耳を引っ張られたままで、体毎引き摺られ去って行った。

 

 

秘密研究室は苗子とアトラだけになった。

苗子はアトラがティーカップの紅茶を飲み終わる迄黙って待っていた。

「おいしい茶とお菓子だったわ」

苗子は頷いた。アトラは頁を開いた緑の写本にゆっくりとつま先を載せる。沼に脚を浸した時の様に、アトラの脚はゆっくりと頁に呑み込まれて行く。脚だけではない。体も、腕も全て。

「緑のアトラは君達の為す事をずっと見守っている。たまには羽目を外すのも心地良い物ね。それでは、短い間だったけれど御機嫌よう」

笑顔でアトラは頁に呑まれて消え去った。

「ご機嫌ようアトラ。貴女もきっとタスカーの揺り篭に揺られて、安らかに」

 苗子は、箱舟の為に作り出された擬似精霊にさよならを告げた。しのえの記憶の継承者、恋と夢から帰ってきた泰に教えれられた、「夢の世界」を思い起こして呟いた。苗子は邪神が人の心に感化されて新生した女神にアトラを胸に優しく抱いてくれる事を祈った。

 

代わって頁から浮き上がってくる女は、鏡で合わせ様に同じ姿形。

彼女は眠っていた。微かな寝息を立てて胎児にも似て身体を小さく丸めていた。

苗子は敢えて彼女を揺り起こそうとはしなかった。

 

やがて、時間が経ちうっすらと瞼を開いた。

「おはよう、レナ」

「あたし夢見てた。また人間として生きてる夢。笑ったり泣いたり怒ったり、皆と同じ時間を過ごして行くの。妹も家族も居て、友達も居る。マスター、苗も居る夢。よく出来ててあたし、ここの大学に通ってるんだよ。それで、毎日馬鹿やってさ……あれれ、おかしいなあ。あたし泣いちゃってる?」

気取った笑顔で取り繕ろうとするシレーナの眼から雫が転がり落ちる。

「いいの。これからはずっと一緒だよ。ここでも夢でも」

苗子はシレーナを抱きしめる。涙を零しているシレーナの方が苗子をよしよしとしてやっている。

「そうね、それも案外悪く無いかも、って思ってた所なんだよね。基本独りが好きっちゃ好きなんだけどいつもそれだったから飽きちゃうし。ほら、君達はよわっちー癖に、甘ちゃんだから心配じゃん」

「私、おなか空いちゃった。またレナの特製オムライスが食べたいな」

「こら、料理位練習しなさいって言っておいたでしょ」

苗子はチロッっと舌を出した。レナは髪を弄る。

「あーこれじゃどっちが主だか分かんないな。怪我人出る前に覚えなよ」

「私は私、レナはレナ。それに、私そんなに料理下手っぴじゃないもんね〜」

「はいはい」

 

親友は肩を寄せ合って家路に着く。「運命は変えられる」

いや、存外彼女等は変えられる事を胸の奥で密かに焦がれているのかもしれない。

城の奥で窓から外の森を見ては白馬の王子が自分を連れ出しに来ると夢想する乙女の様に。

 

「レナ、私ね。料理頑張って作ったのよ、レナのレシピで!」

誇らしげにピョンピョンと跳ねる苗子を見てレナは首を傾げた。思い当たる節が浮かばないらしい。

「え? あたしなんか書いてたっけか」

「うん、もやしシャーベットだよ! みんな喜んで食べてくれたの。それとね、火薬クッキーと爆発ホットドッグも!」

苗子、本日一番の笑顔だった。だが反対にシレーナの顔色はみるみる暗くなる。

冷や汗すら掻いている彼女の様子が理解出来ず苗子は只きょとんとしている。

「もや……お゛う゛ぇ゛」

シレーナは真っ青になり激しく嗚咽した。胃液が上がって来たらしく、近くの水飲み場で盛んにうがいを始める。

 

「え、レナ!? どうかしたの!? もしかしておめで……」

「んなわけねーじゃん。なんであたしが……おうえええ。

あれはまぢでやべーよ。シャーベットてか、もやし以外の何者でも無いし。あれは兵器だ。他二つに至ってはもろ兵器だぜ。」

「ええ? モクモク煙が立って面白いお菓子だったよ〜」

「……もう被害者が出たようね。まあ過ぎ去った過去はしゃーない。とりま今晩は鍋ね!」

「え〜鍋え?」

「鍋。鍋だよ、君。挑戦者なら闇鍋だよ苗。あたしは、長い断食生活から開放されて腹ペコなの。オムライスは朝したげるから」

「うー! オムライス食べたいもん」

大人びた顔をくしゃくしゃに崩して駄々を捏ねる相棒にシレーナはクールな表情を保てずにぷっと吹き出した。そして愛おしそうに頭を撫でた。

「あたしはもう消えたりしないからさ、安心しなよ……てか普通レシピ見た瞬間気付くだろ。あたしと美姫が冗談かまして、でっち上げたネタだってさ」

「知らないだぬ〜! そこまでいうなら、力をみせるだぬ〜 私が鍋作るだぬ〜!」

「あたしも(どうなっても)しらないだぬ〜!」

 分が悪くなったと見た苗子がタタタと走り出した。シレーナは直ぐにバランスを崩して転びそうになる彼女を追いかけて走る。この後、冷蔵庫の整頓を兼ねた闇鍋は凄惨を極める事になったのだった。

 

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懐古編十七【虚ヶ淵の幻】

・懐

(うつろがふちのまぼろし・そうしゅうへん

〜アンドロマリウスはかく語りき〜

 

虚淵幻 ×文・写真shanzhen

 ご挨拶

目を留めていただいて有難う御座います。

北海道カテゴリにて連載中の「虚ヶ淵の幻・懐古編」は

関西カテゴリで連載中の本編「虚ヶ淵の幻」1〜200話のあらすじ(総集編)です。 

■本編>TVシリーズ ■懐古編>ダイジェスト劇場版

 

<魔導書・緑の箱舟>

 

 

懐古編十七【虚ヶ淵の幻】

虚淵懐古編十七 (本編対応:十七、十八章)

<懐古編第十七話:めざめ>

 

T大の虚ヶ淵空間に存在する、図書館併設の研究室。写真同好会を中心とした栞使い達が集っていた。

武野将が小講義室さながらに持ち込まれたホワイトボードにつらつらと文字と説明図を書き込みながら、後ろの長机に座る仲間達に丁寧に説明していた。

「ふぅ……さて皆さん、僕がまとめた資料に沿い、二時間に渡って説明を行った訳ですが質問はありますか?」

将は、掛けていた眼鏡を外しながらいい、ジャケットから取り出した柔らかい布でレンズを丹念に拭きはじめる。

真面目に聞いていた千法院恋は左右の鼾を確認してから答えた。

「武野先輩、新市泰と稲坂先輩が熟睡してます」

「何時からですかね?」

「開始五分からです」

恋が指摘した通り、将の長い講義が終わったのにも気付かず二人は完全に寝ていた。更に白虎バースも稲坂兎の傍らに寝そべって鼾を立てている。

「これはいけませんね。まだ僕の技量が未熟だという事か……クーゲルシュライバー」

眼鏡を拭き終えた将は容赦なく必殺技の発射コードを呟き、収束魔力砲を小規模で放った。

「ギャア!」

「うご!」

魔力ビームは居眠りの二人と一匹に着弾し、小爆発を起した。白煙がもうもうと上がる。

「ううむ。今プリンちゃんとええとこやったのに。まあええか……くぅ〜、効くわ〜

 欠伸と背伸びをした川辺市吾朗はポケットから目薬を取り出して点薬した。横に座っていた河鴎空は小さい声で言った。

「川辺、眼を開けたまま寝てたろう?」

「いや。エコしてただけやわ。肝心なトコはちゃんと聞いてたで。ほら見てみい?」

 空が吾朗の手元の資料に目を遣ると本人の言う通り肝心な箇所には書き込みがされている。溜息をつく彼を見て吾朗はニヤリと笑う。

「どこまで要領いいんだお前は……」

「なら、早速説明ヨロシク。あたしは裏表ある言葉よりも、肉体言語が得意だから。ほら、人間向き不向きってもんがあるじゃない!」

 眼を覚ました兎が悪びれた様子も無く吾朗の肩を叩いた。

「気が合うなあ。おいらも肉体言語が好きやで。寝技中心の……」

「おい誰かこいつをつまみだせ」

「稲坂、おちちつけ! 場を暖める為のいわゆる一つのジョークやって。心に余裕やって」

「温まるのはお前の下半身だけだ。秘孔なら幾らでも突いてやる」

 市吾朗はさりげない所作で、側にぼーっと立っていた泰の背中に回りこんだ。兎の驟雨の如き突きは哀れ泰に打ち込まれる。

「超いてー! テメー俺様に何しやがる!」

「いかんなあ。おいらカフェイン切れてきたみたいですわ。ちょっと貰ってくる」

 何事もなく市吾朗は無傷で戦線を離脱した。一部始終を眺めていた恋は興奮気味に呟く。

「流石、川辺先輩。まるで罪をうまいこと秘書に擦り付ける政治家みたいです」

「恋君。奴から処世術を見習うのは結構だが悪用するなよ。武野や、こりゃ川辺の言う通り一息いれて仕切り直しがいいんじゃないか?」

 空が机の資料を見直しながら恋を嗜めた。

 

「彼の意見に同意だ。これは改めて簡潔に説明する必要が出てきたな。命の遣り取りになりかねないのだ。きちんとしておかねばならない」

 半里美姫はせわしなくボールペンをクルクル廻す。将は頷いた。

 

「じゃあ、おやつの時間だね。えへへ、私クッキー焼いて来たんだあ。みんなで食べよお」

 長村苗子が満面の笑顔を湛えつつ椅子横のカラフルな手提げ袋からクッキーが入った箱を取り出した。彼女の笑顔に反比例して一同の顔は苦渋の表情に変わる。誰にでも得手不得手があると心得てはいるが、世間一般の男にとっては、料理以外ほぼ完璧に近い彼女のバランスを補うような不得意振りであった。将も自らの表情が強張るのを実感しつつ話題を戻した。

「ええと、僕は今中華饅と烏龍茶の気分でして。しかし、新市泰君。君の提案には驚きましたよ」

「じゃあ次、頑張ってチャレンジするね」

「……」

「フン、テメーらは、あーだこーだ廻りくどい屁理屈だの綺麗事ばっか言ってっからだ。俺様ならさっさと箱舟をフルボッコにする」

「至極もっともです。しかしながら、我々はどちらかというと果断な部類に入ると思います」

「へー。俺様はグダグダ言うの嫌いだから、さっさとしろや、な?」

 泰は苗子のクッキーを口に放り込んだ。

「あ、クッキー」

 ドワン。くぐもった爆発音の後に、泰の鼻と口からモクモク煙が昇る。泰はパイプ椅子からコロリと転げ落ちた。かませ犬として何度も死線を潜ってきた栞使いの彼の命に別状はない。

「ガンパウダー配合……何故この様な兵器を製造し得たのでしょうか……アハトアハト」

 件の製造者は市吾朗とお茶の支度に精を出していた。

「今迄死傷者が出なかったのが不思議ね。将、そこのホットドッグも食べてみたら?」

 黙って資料を検討していたアンジェラが冷ややかに言った。

「不思議です。これすらハンドグレネードに見えてきました。串を摘まんで放り投げれば爆発しそうな気がしてなりません」

「今晩は私の家で爆発しないディナーでもどう?」

「いやしかし僕は丸本先生の初版本が……ああ、了解しましたから威嚇するのは辞めて下さい」

 アンジェラが将に突きつけられていたホットドックは、転がっている泰の口に投入された後爆発した。

 

 

「で、や。簡単にいうとどないな話になってたんかいな?」

 コーヒーを飲み終えた市吾朗は長い脚を組んだ。

「これから行うのは魔導書「緑の箱舟」の守人シレーナさんの救出作戦です。そもそもの現在予想しうる魔導書の存在意義は『強力な怪異の収集』と『飛来する邪神の迎撃』であります。守人はこれらの労働を補佐し、術者とのコミュニケーションを図る存在といえましょうか。現在把握している守人は麗しき美女揃いですし。あいたたたたアンジェラさん痛いです、今宵の業務に差し支える恐れがあります」

「馬鹿!」

 耳を引っ張られた上に、今度は足をヒールで踏みつけられた将が悶絶する。泰は二人の小競り合いを鼻糞をほじりながら眺めている。

「おい、バカップル。俺様が持ってきた作戦をさっさとお披露目し……フガモゴ」

 汚い手でガムを口の中に放り込んでクチャクチャと噛む。が、後の言葉が続かない。口の中で膨張したガムが異常な粘性を発揮しているらしい。苗子が「わ〜」といいながら両手をパチパチと叩く。

「ガムも作ってみました、えへへ〜」

「続けます。我々の友人、シレーナさんは『守人』です。彼女は二つの任務に際して姿を現して術者を導く役目を負っていると思われます。現在は怪異の収集を終えて箱舟の中で休眠状態にあります。僕としては、この隷属関係は捨て置けませんね。非人道的です。彼女の生を、人としての生を永年に渡って捻じ曲げる箱舟のシステムはどうにもおかしい。スッとしませんから」

 兎が拳を天に突き上げた。

「レナだけに辛い役目はさせてあたし達があぐらを掻いて知らん振りなんてさ。あたしはこの拳でしがらみを撃ち砕く。堂々巡りの箱舟のシステムも、よくわかんないけど邪神って奴もぶったたく。そしたら、箱舟も不要でしょ?」

「で、です。然君が『タスカーの胎内』に旅立って以来我々はこの図書館で守人を解放する術を模索していたのですが、新市泰が齎した作戦は『至ってシンプル』です」

「というと、なんじゃ? 妾には分からぬが」

「箱舟に喧嘩を売れ、という事です。我々が神鎧を引き摺り出し、痛撃を与える程の脅威であれば、その制御システムの一角であるシレーナさんも必ず影響を受ける筈です。また彼女以外に意志決定・交渉役がいれば対話も望めます」

「恫喝とは極めて幼稚で原始的な手段に出る訳か。あれ程調査をした上での結論とするには少々粗雑が過ぎるのではないか? まさに鍵の掛かった宝箱を力任せに破壊するような物。そのような事、そこいらをうろつく童でも思いつく」

 溜息をつく美姫に、眼鏡を掛け直した将は言った。

「残念ながら、正確に言えば……発案者は新市泰であり、彼は丁度今、妙手に打って出た所です」

「なっ!」

 

「ふがもご!」

 緑の箱舟に、泰が死神鎌サタイアを振り下ろす。魔力を伴った衝撃に留め金が外れ、光が漏れだ出す。果たして光の中に浮かび上がる影は人型のモノ。シレーナと瓜二つ。

「レナ!」

「案ずるより産むが安しやったな〜。泰(やすし)だけに」

吾朗が微かに笑った。

「オイ、テメーらの探してのはこのねーちゃんか?」

「いいえ。新市泰、外見はズバリですが纏っている風が違う……」

「おいら的にも、もうちょいでかかった気がするのう」

 

「始めまして、皆さん。お察しの通り、私の名前は緑のアトラ・ハーシス。緑の箱舟のサブインターフェイスにして保全・防犯の担当者です。早速ですが貴方の鎌には明確なシステム破壊の 悪意が感じられた。神鎧を害し、守人簒奪の意思。敵対者と断定、排除します」

 虚ヶ淵空間にある図書館の中に、アトラによって更なる戦闘領域・虚ヶ淵が展開をはじめた。

「オウオウ! やっと出てきたのかよ! 高みの見物とはおめでてーなあ。やっぱお偉いさんはちげーなあ。汚ねえ仕事は下っ端にやらせてりゃ訳ねえし」

「ここは、僕が。僕の名前は武野将。簡潔に言います。守人シレーナを任務から解放していただきたい。代償として、諸姉方が孤軍奮闘されてきた邪神討伐を現代に生きる者として我々栞使いが遂行します」

「では此方も簡潔に。却下。ちっぽけな生餌風情には無理」

「聞く耳はないと。致し方ありません。では、自慢の神鎧で我々の力量を測っていただきたい」

 

「ご希望とあらば、踏み拉いてあげる。いでよ! アプス!」

緑の写本を開いた時以上に虚ヶ淵が眩い光に包まれる。光が爆ぜた。

 

 

現れ出でたのは巨人。緑の箱舟と名の付く通り青緑の装甲で身を包んだ騎士。

重厚長大でゴツゴツとした、華奢で流線型を取り入れたデザインだ。あちこちに魚のヒレを思わせる突起があり、水の排出口らしき機構がある。偉容に圧倒される面々を巨人の肩に乗って眺めていたアトラが侮る口調を含ませて言った。

「これが緑の箱舟が有する、神鎧アプス。

あたしが操った場合は出力は本来の半分以下。その程度で膝を折る様なら、あなた達の決意と覚悟も知れたものね」

 

「いやはや、まさか僕が幼少の折に見ていた怪獣映画の様ですね。

現実世界では対抗勢力によって演出された悪が多くありますが眼前の敵は全力を出して初めて対抗できる相手。対話を打ち切り、我々の力を試す存在。これ程の凄まじき兵器を相手にするならば僕のカイビト・天神も良心の呵責が原因で起こす負荷すらも発生しないでしょうね。魔力に弁論を載せて存分に闘争に没入しましょう!」

将の周囲にカイビト・天神の気配が色濃くなる。

「バース、あたしはあのデカブツをブッ倒す。インフレ上等! まどろっこしい事抜きでかかってきな」

虎の武具に身を包み、竜の翼を生やした状態の兎が挑発した。

大きさこそ劣る物の偉容と迸る気合で彼女は決して遅れを取っていなかった。

兎は思い出していた。自身のライバルであり、友だった女を。兎と戦った後煙草を咥えて消えた姿が浮かぶ手が届く所にレナはいる。目の前のハリボテを打ち抜けば。

泰は鎌から魔力を迸らせながら叫んだ後三つの鍵爪が備えられた鎌に魔力を集中すべく構える。

「へっテメー等にしちゃあ上等だぜ。俺様の最強必殺技を食らわしてやらあ!」

「君に言われなくても、ボクもそのつもりです」

「俺様のフニッシュブローを喰らえや、ボケ。

超聖竜神……

「くらいな! デカブツ」

技名を言い終わらぬ後に、兎は金色の衝撃波を放ちアプスを攻撃する。衝撃波は魔法金属の装甲に到達して爆縮の魔力を開放する。手を休めず兎は装甲に取り付き、拳の連打を浴びせる。

「ちょ、おま! 何、俺様の超絶秘技の邪魔してくれてんの。おまいら空気読めよ」

「おうりゃ。名前は、まぁ後で考えますわ。稲坂、おいらの愛の嵐が行くで〜」

吾朗が放った紅剣を核とした炎竜巻が胸部に炸裂した。危うく回避した兎が抗議する。

「何やってんのよ! あたし迄巻き込むつもり?」

「クソ、雑魚は引っ込んでろや!

「超熱縛爆聖竜神究極月光悪魔王刃天地最強太陽無敵斬第零式封印全滅粉砕獄炎……呪解武!」

 赤い波動が巨大な神鎧を覆うほどに膨らんで爆ぜた。

「ヒャハハハ! どーよ! 俺様の超絶技は! 無敵だろーがよ」

「おい、かませ犬。全くの無傷だぞ!」

「う、嘘だろお……」

 兎が指差したアプスに損傷箇所はない。魔力が衰える気配もない。各々が最大火力の攻撃を惜しみなく解き放つ。対してアプスは嘗てシレーナが使用した水の大蛇を幾重に生み出して栞使い達に嗾けた。

さらに鋭い水流の矢を散弾銃の如く打ち出して接近を阻む。

「うむ、妾達の攻めはさしてたる効き目が無いようじゃ」

敵を避けながら美姫は呟く。苗子は執拗に追ってくる大蛇に狙いを定め矢を命中させる。

大蛇は木っ端微塵に炸裂し地上に雨を降らせた。

「威力は問題無い筈だけれど簡単には抜かせてくれないわね」

アプスの巨大な剣が風切音を響かせて苗子を狙う。視界全てを覆う程の一面の鋼。地上から魔力を込めたナイフを放つ吾朗も影に覆われて刹那、空を仰ぐ。此方の動きを予測したとしか思えない恐るべき速度と正確さ。冷静に苗子は防御結界を張りつつ直撃を避けたが、巨大質量を受けて後方へと飛ばされる。虚ヶ淵の端に叩きつけられる前に辛うじて留まった。

地上で手持ちの栞獣で弾幕を貼る将とアンジェラは言葉を交わす。

「虚ヶ淵も私達が展開するものと違うみたい、将。内在する魔力の桁が違う。空間の展開強度も比べものにならない」

「神鎧は展開できる特殊空間そのものからして水準が異なるという訳ですか。此方の打撃も手ごたえが感じられませんね」

「バリアが貼られているみたいね。本体装甲に攻撃が届いてない」

 魔力に物を言わせてアプスは、攻撃を継続する。大蛇に呑まれかけの泰が喚く。

「オイ! 熱々バカップル! 何とかしやがれ……ゴボボボ」

 

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