燦然たる黒歴史の溜まり場く(´(Å)`)ツルリ

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北陸の記事

最終話・31断章/29/317/end 現29/虚ヶ淵の幻

(うつろがふちのまぼろし

〜もうひとつの結末〜

虚淵幻 ×文・写真shanzhen 

「アイジアルク」

 結局、主人公なのに本編通して全く恋愛フラグが立たなかったヘタレ男・子安然を密かに慕う女性。

夢世界の、壁も天井も極薄である然の下宿のちょうど真上、二階に住んでいる。故に天井越しに雑談をしていた事があり、それで然に好意を抱いた模様である。蓼食う虫も好き好き、である(失礼)。

 しかし女性に恋愛感情をもたれた事が皆無で、持たれるなんて今更……と好かれる努力を早々に放棄した駄眼鏡の彼は、この敗者復活逆転満塁ホームランともいえる奇跡の恋愛フラグに全く気付かなかった。

 現エンド最終話でその想いを吐露するも、当の御本人は、現実世界にて秘密結社ザワークラウトの実験材料として捕獲。加えて危険視されて封印、哀れ串刺し状態である為に彼女の思慕を知る術も無いまま物語が終了してしまう。

 合掌。だが、その正体は……?

 

 

31断章/29/317/end 現29/虚ヶ淵の幻

「end 現29  エンドロールU」・最終話・


【夢/ルカ・雫・衛人・ルカ・アイジアルク】
 夢世界。丸本海流の研究室。
「どうした、勇者殿? 元魔王の配下に何か用か?」
 ルカは難しい顔で、手渡された魔導書『赤の箱舟』とにらめっこをしつつ、研究室を訪れた衛人に毒づいた。
 彼は然に破壊された神鎧の修理に来ていた。
「神鎧クラウソラスを修理しろ。あんたの馬鹿主が壊したんだ。それで奴は俺にビビって逃げやがった! 責任をちゃんと取れよ」
「全く、相も変らず大上段から振りかぶる物言いが好きだな。少しは主に爪の垢を煎じて飲ませてやりたかった。いや、足して割れば丁度いいか?」
「何でもいい。直るのか、直せないのか?」
「まあ、粋がっている割にこっ酷く壊されたな。いっそ真っ二つにやられた方がマシ。其方の方が余程修理に手間取らない。余の見立てでは、治すのには年単位になるな。融通の利く白のウルスラグナと違って、三原色の神鎧は最も初期に製作された神鎧らしい。酷く整備性が悪い」
「雑魚が」
「別にいいぞ。自己修復に頼ればより長い時が必要となるが?」
「冗談言うな。この世界を守るのは俺の他に居ない。また子安然の様な無駄な力を持った馬鹿が来たらどうするんだ?」
 ルカはこの難物の若者に散々然がてこずり、泣き言を言っていたのを思い出して、苦笑いした。
「解った、解った。いちいち上から目線で言うでない。たく、修理するのは余達だぞ……流石最強無敵の正義の勇者様は違う。裏方にも己と同等のレベルを要求する。黒アトラが好みそうな男だ」
「お前みたいな子供に言われたくないな。ませてんなよ」
「餓鬼が。へこませてやりたいと言う、主の気持ちが分かるな。あの腰抜け主は今はどこへやら、平和にやっていると良いがな」
「あんな馬鹿の事なんか知るかよ」
 物言いが尊大なのは、どっちもどっちだった。
「はいはい、お茶が入りましたよ〜だ!」
 雫が二人に手を振る。
「なんだ、雫も来ておったのか」
「うん! 甘味処『みを』で買ってきた御菓子もあるよお、若旦那入魂の作品なんだって名前は……『アストレイ・アーリー・スプリング』」
「何故、和菓子で横文字なのだ……そういう事ではなかろう」
「あの餓鬼なんとかしろよ。クラウソラスが直ったら、一緒に連れて行けと五月蝿いんだ」
 雫は将が居なくなってから、泣いてばかりいた。ルカは事情を知り、精神年齢も近いので彼女の相手をする事になった。
 最近は、ようやく立ち直って来た所だ。神鎧ならば『あちらの世界』に渡れる可能性があり、衛人がその神鎧を所有していると知って元気を取り戻した様だ。
「察してやれ、雫はあちら側にどうしても会いたい兄同然の男がいるのだ。まあ主の同輩だが、随分とましな奴だ」
「どんなロリコン野郎だ? そいつ」
「この状況で良くもそんな口が聞けるな。こんな所を夕霧に見られてみろ……フフ。奴の妄想力が激しいのは昔かららしいからな、そち達の付き合いに支障を来たすかもな」
 尊大だった衛人の顔が途端に歪んだ。彼は夕霧にベタ惚れしている。
 全く以って頭が上がらない。
「じょ、冗談じゃねえよ! 俺にそんな気持ち悪い趣味は無い! 誰が餓鬼なんか」
 言いかけて衛人が固まった。

「何だ、失礼な! 何度も言っているが我等が幼いのは外見だけぞ! 餓鬼扱いは……」
「ルカぁ、あの人こっちを物凄い目で見てるよ。誰かなあ?」

 雫が暢気に呟く。不審な気配に気付いて振り向く。かく言う彼女もこの部屋で書架の裏から盗み見した経験がある。
 書棚の端から夕霧が覗いていた。人見知りの特に激しい彼女は、挙動不審な衛人を尾行していたらしいが、出るタイミングを完全に掴み損ねたらしい。
 そうして、この『密会』の場に出くわした。そして持ち前のもう妄想力で勘違いした。
 夢世界の秘密研究室の警備はザルである。第一、普通に研究室として使っているという野放図さはこの世界の平和さを示していた。
「ふふふふふ」
 ルカは漸くこの若者に一泡ふかす好機を手にして怪しく笑う。
 そして、衛人が口を塞ごうとするのを軽やかに交わしてソファーに押し倒された形になる。策略。
 ここぞとばかりに幼い声を作って叫ぶ。この類の知識は兎から仕込まれているので抜かりない。
「ざまあ無いな、衛人。あれは完全に勘違いした顔だ、フフ。あ〜ん、そんなぁ、らめぇだよお〜お兄ちゃん〜! 『俺が一足先に大人の階段登らせてやる』なんてぇ〜! あっ、あっ、ひゃん!」

 罠に嵌められた衛人の頬には冷や汗が伝う。
「ちょ、待て、この野郎。何いってやがる! 只の餓鬼がそんなオッサンみたいな事」
「ルカってば、鬼〜」
 狼狽して、ルカと夕霧の顔を交互に見る衛人に、夕霧は必滅の台詞を放つ。

「そんな小さな女の子に手を出すなんて……このド変態!! 馬鹿!」
「はあ、子供扱いされるのは気に食わないが全く平和だな。あの男の弱点はやはり、あの女か。フフ、せいぜい有効活用させて貰う」
 ルカはご満悦。


 言い捨てて部屋を飛び出した夕霧を慌てて追いかける衛人に大きな体が立ちはだかった。
 丸本海流。
「おやあ? 儂の娘がどうしたのだね……」
 仏でなる人格者の彼の額には青筋が浮き立っている。夕霧の絶叫で勘違いをしたらしい。
「そこをどいてくれよ、爺さん」
「ほう、宜しい。君には特別講義をして差し上げよう! 朝迄! 来たまえ!」
「ま、待て、違うんだ。アンタ勘違いしてるって」
「良かろう、決闘じゃ。奥で、じっくりとその理論を拝見しようではないか。この丸本海流、老いたといえども、卑しくも万能の天才ダヴィンチの再来という尊名をいただいた事もある浅学の男。格闘技に関する造詣・興味も、未だ燃え滾っておるからの!さあ、肉体言語にて存分に語り合おうぞ。あくる日の朝が来ても!」
 襟首を掴まれた衛人は有無を言わせず研究室奥へと引き摺られていった。
 
「待っててね、お兄ちゃん」
 そんな大騒ぎの中で雫は、将との再会を硬く心に誓うのだった。

 

【夢/アイジアルク】
 同じく夢世界。子安然が住んでいた下宿。
「ずっと独りぼっちだった私の話し相手になってくれた君、居なくなって寂しいよ。だから、また会いに行くよ、待っててね――子安然君」
 二階の住人、アイジアルクと然に名乗った女性が誰も居ない部屋で呟く。その瞳は人ならざる輝きを放っていた。コンコン。誰も来ない筈の部屋の扉にノックが響く。
 アイジアルクの瞳に浮かんだ色は消えた。
「誰?」
「よお、『兄妹』。同胞の遺したこの世界で人の形を手に入れたのかい」
 アイジアルクは金の髪を靡かせて立ち上がる。
「貴方は……ええ、お久しぶりね。ここに来ていたのね」 
 開いたドアの先には、煙草を咥えた鍾馗が立っていた。
「ああ。おーさんは寂しがり屋なんでね。ここにはプリンちゃんが多いからな」
「そう」
「待ってやれ。あいつは鈍間だが、決して忘れてなんかはいないだろうさ、そう言う奴だよ、坊主は。だから、催促せずにのんびり待ってやってくれ」
「でも……我慢したの。我慢したけど……もう温もりを知ってしまったら、寂しくて」
「ああ、分かってる。坊主はきっと帰ってくるさ、兄妹。だから、急かしてやるな」
「……」

 嘗て人と邪神は、等しく『神』の子、兄妹として生を受けた。『神』に報いる為。二者は己の作り主を『神』と呼び、慕った。現生人類の信じる神と同一かは定かでは無い。『神』が信じた神もあったかもしれない。だが、今となってはそれを知る術もない。

 それは無量大数を超える宇宙、そのある星の一つでの出来事。
 一方は身近に仕える近習・神の似姿を与えられ、仮初の魂を持つ愛玩人形として。他方は神の願いを遂行する力を与えられた無機質の塊、無形無心で魂のない労役者として。二者はある時より離れ離れになった。人の叛乱。『神』の寵愛を受けんと切磋琢磨する為与えられた人の心がやがては嫉妬や妬み、憎しみを生み出したのだ。争いは広がり神々同士も諍いを起すようになり、『神』は星より去った。
 人に加担した女神の名前はボルガザルブ。女神が恋心を抱いてしまった人形は、今鍾馗と名乗っている。
 人は地に残り、人に邪神と呼ばれた一群は月にあり、人を監視する門番としての役目を仰せつかった。アイジアルクは月にあって唯一、神によって魂を与えられた邪神を総べる女王。『彼女』は永らく独りぼっちだった。彼女本体は地球へは行けない。だが、想いは募る。孤独に心が泣く。だから、堪えきれなくなった時、代りに端末的存在として邪神を地球へと送るのだ。孤独を癒し、愛を得る為に。

 その欠片から生まれた邪神タスカーは、孤独な邪神の女王を自らが作った夢世界に招いた。
 女王の名は、アイジアルク。子安然はそんな彼女の初めてのともだち。
「随分待ったんだ。もうちっと、奴が支度出来るのを待ってくれよ。奴ぁまだ生きてる」
「……そうね。貴方にはもう居ないものね、あの方は」
 アイジアルクは涙に濡れた瞳を鍾馗に向けた。

 

【夢/長村苗子・白雨直人】

 長村苗子は、まどろみから目覚めた。ベンチの上。春の陽気に絆されてしまったのか。
 元居た世界ではない。タスカーと言う名の邪神が生み出した世界。
 後輩の子安然が行ったままの場所。彼女は理屈ではなくそう理解した。
 そして、知る。ここに居るかもしれない人の事を。
 そう思うと居ても経っても居られなかった。彼を求めて駆け出す。戦乙女の鎧も、槍も必要はない。

 彼はそこに居た。
 早くも散り始めている桜の木の下に。
 舞う花びら達を儚げに見つめている。
「直人、おかえり。ううん、ただいまかな」
 彼女の声に振り向いた彼の胸に苗子は飛び込んだ。
 直人は優しく彼女を抱き締め、彼女はずっと言えないでいた言葉を告げた。
「お誕生日プレゼント……ありがとう。大好きだよ」
 彼が居なくなってから後、新市邸に遺されていた熊のぬいぐるみ。
 そして、一番聞きたかった言葉がそこにあった。
「誕生日おめでとう、苗」

 

【鳴金古書店】
「いらっしゃい」
 大学の裏にひっそりと佇む古書店の主人、鳴金時門は来客を穏やかに迎え入れる。
 今年も初めて見る若者達が大学の講義で使う本を探しにやって来る。得てして大学の教授陣が指定する本は漫画本やゲーム主体のチェーンストア展開している大きな古書店では手に入りにくい物が多い。大学生達はそんな意地悪をする教授達を口でくさしながらも、前期と後期の初めにこうして単位の為に著名な学者の書いた古い文庫本やら参考書を探し回る羽目になる。
 彼等は講義が終るや否や、もはや用済みになった本をまた売りに戻ってくるのが大半。別に場所を取り、難解に綴られた専門書を読み返しもしないからだ。彼等にはもっと大切な今があるから。目まぐるしくて煌びやかな色で満たされ、いや溢れている使い捨ての『今』が彼等を一つ所に留まる事を赦させない。
 本達は日の目を見たと思ったら再び過去の物に帰り忘れられる。そうしてこの古書店を軸として彼等は、再び若者達の手へと巡り、過去から今となる時を待つのだ。

「おかえり」
 そうして戻って来た本に主人は労いの声を掛ける。

 これは虚ヶ淵の幻と消えた物語。
 誰もが忘れ去って見向きもしない過去の一ページとなり忘れられていく。若者達の物語が綴られた古ぼけた本は古書店の書架の片隅に埃を被って納まっている。
 その本に差し込まれたままになった栞は待ち続けるのだ。
 再びこの本を取って栞の続きを読んでくれる者を――。
 
 【虚ヶ淵の幻・end現 完】

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31断章/28/316/end 現28/虚ヶ淵の幻

(うつろがふちのまぼろし

〜もうひとつの結末〜

虚淵幻 ×文・写真shanzhen

 

31断章/28/316/end 現28/虚ヶ淵の幻

「end 現28  エンドロールT」


【陰陽省管轄病院】
 関東地方のある施設。
「おかえりなさい! 正吾」
「ただいま、兎」
 病室に帰ってくるなり正吾は兎を強く抱き締めた。
「どうしたの……お花み……ちょっと痛いよお」
「離れてて解ったよ。やっぱ俺はお前が居なきゃ調子でないわ」
「何よ、恋の告白だったらもっとロマンチックして欲しいわ。でも、いいよ。約束守ってくれるんでしょ」
「俺はお前を離さない、だからお前も、もう俺から離れるな。俺がお前を守る。お前も俺の為に祈ってくれ」
「もう、大袈裟ね。やっとその言葉?」
 正吾は、医師から兎の部分的な記憶喪失と異能喪失の原因を告げられた。
 耐え難いトラウマから心を守る為、彼女は荒ぶる力も守れなかった記憶も、『もう一人の自分』にすっかり任せて忘れる事にした。『もう一人の彼女』は眠ったままだが、戦いに触発されて目を覚ます。全ての戦いと悲劇を否定するかの様に、全てを壊そうとする。哀しまない為に壊す。その行為自体が悲しく報われない事だった。そして、その度に彼女はまた際限なく傷付き、業を背負う。
 兎がいつまで経っても、この霊的にも厳重な結界が張られた政府の治療施設から、容易く出して貰えないのは、そういう理由だった。

 彼女が心の傷と対面するには時間と愛が必要だろうと。同じく戦火に巻き込まれた千法院恋は未だ眠りから覚めない。極限状況と特異な力が彼に眠っていた本来千法院家の女性に発現する可能性があるとされる詳細不明の異能『星見子』を呼び起し、それが彼に大きな負荷をかけたという。更に信じられない事であるが、肉体もその力に感化されて女性化しているのだという。
 正吾の上司は恋と兎が新戦力にならないジャンクだと残念そうに言った。公安部特殊課。それは表に出せない事件の調査・解明の他に先の陰陽省関係者による内紛の反省から、同省のカウンター組織としての役割も担わされている。上司の中にあるのは陰陽省や表の部署への対抗心と出世のみ。
 だが、正吾は彼女を離さない。守ってみせる。絶対に彼女を戦いで心を血で染めさせやしない。将という若者の別離と顛末を目の当たりにした彼は、そう固く誓うのだった。
 
【秘密結社ザワークラウト会】
 秘密結社ザワークラウト会。
「ストラット家のアンジェラ、力を持ちなさい。そして不条理だと思う事を自分で変えなさい。組織も人も、世界も。それが貴女が私や組織に出来る最大の意趣返し」
 シレーナと結んだ盟約を告げた後、フェイリンはシレーナにそう言った。
 王家にも似た様相の結社ザワークラウトの宰相格・フェイリンは約束を守った。彼女とて同好会の一件で、無益な粛清によって弱体化した結社を目の当たりにした。ここでストラット家の当主、アンジェラを手放す訳にはいかなかった。王の様に執着を見せるのは結社の繁栄に繋がらない。彼女が忠誠を誓うのは王ではなく、女王と結社だから。
 帰還したアドレルは将の一派を根絶やしにすると息巻いたが、ベアトリーチェに『弱虫!』と平手を食らい、フェイリンの畳み掛ける様な説得にしょげながらも応じた。
「……」
 フェイリンの思惑を知ってか、アンジェラは強い意志の篭った瞳を彼女に返した。
「丸本派の懐柔。それが貴女の野望の礎になるでしょう。丸本の思想を受け継ぎ、真っ向から散った武野将の恋人の貴女になら頑なな彼等も心を開くに違いない。悔しければ武野将の遺志を継ぎなさい。それが愛であり復讐」
「貴女に言われる迄もない。私はストラット家の女。愛と情熱に生きるわ」
 アンジェラは心に愛する者の姿を思い浮かべて決意を固めるのであった。

 

 【中華料理ちがさき】
 現実世界。中華料理ちがさきにて。
 河鴎空と、川辺市吾朗が店が試作した新作料理に箸を伸ばしていた。
 その名もぶっこみラーメンと葱豚キムチバター丼。
 から揚げ、餃子、チーズ、チャーシュー、豚カツ、エビフライ、ノリ、シナチク、ナルト、煮卵、バター、葱、モヤシ、バター、煮込みばら肉にその他……具のせいで全く麺が見えない。ありとあらゆる油ぎった具を満載した胃もたれ必須、脅威驚愕の大容量ラーメン。コスト度返し。
 そしてご飯が足りなくなる絶妙の按配の豚キムチ丼。どちらも腹を空かせた食べ盛りの学生向けの究極最終兵器だ。丼はともかくラーメンは頼む者がいるか正直疑わしい。
「ちがさきの大将の新戦力やな。あんま名物料理を増やされると、おいらどれを頼めばいいか迷うんよなあ」
 ラーメン担当の市吾朗は大容量を物ともせず、高速で食べ進む。
「そうだな。お前椎茸嫌いなのに、不思議とここの椎茸入り天津飯だけは食べれるもんな」
 丼担当の空はマイペースにゆっくりと味わう。
「そうやな。ここの天津飯は旨いし、量は本気やしで、食わん訳にはいかんのよなあ〜」
 二人は舌鼓みを打つ。

「そういや年上だったんだな、川辺先輩」
「いやぁ、言うタイミングを失ってのう。言いそびれたら、何か言い辛くなってなあ。先輩は抜きで頼むわ」
 空は切り出した。ここ何ヶ月言いかねていた事だ。
「まあ、そりゃ別にどうでもいいんだが。また抜け駆けしようとしてたろ」
「何の事かいな」
「たった一人で結社に乗り込んでどうする気だったんだ。映画じゃないんだぞ」
「いや、どうもあかんなあ。無念や。情熱君と冷静ちゃんの両立がおいらのテーマなんやけど。今回程、おいらの中の冷静ちゃんのボヤキが強烈なのは始めてやわ」
 市吾朗は結局、一人でも乗り込み気でいたが、察知したシレーナに止められ懇々と言い含められて断念した。
 先駆けは将には心の重荷になってしまうと辛らつ極まりないシレーナ節で言われれば、さしもの市吾朗も思いとどまるを得なかった。
「で、武野は一人で行ったまんまか」
「おいら達を恋路とか意地とかに巻き込みたくなかったんやろ。そういうやっちゃ。まあ、武野は秀才なのに真面目で優し過ぎたからなあ。エエ奴程逝くのが速いってホンマやったな……」
「友達甲斐が、とは言えないな。正直、オレは迷った。ここいらが潮時なんじゃないかってな。いい加減大人になれ、って言われた気がしたよ。考えたかないが、武野や踏み付けにされた意地と妥協を天秤に掛けた気分だ。で、選んだのはファンタジーに片足突っ込んだ世界ではじゃなかった。世知辛くも、平穏無事予定のライフプランさ」
「正直やなあ、大胆さと慎重さが共存する鉄人河鴎君は。こっちが自棄にならん様日常に戻る道は残されとったな。あちらさんも小魚にうろちょろされたら、本気で潰す程でもないが目障りやろ。うちの国もあっちも。悔しいが、落ち着いて考えると大人しくしとるのが三方丸く収まる方法やった。そら、苛められっ子に一方的にボコラレタのに、先生に喧嘩はいかんと、頭ごなしに怒られた気分ではあるわな。納得はいかん。気分的には武野とボコりに行きたいって気分もあるんよなあ」
 荒唐無稽が横行し刺激と危険に満ちた非日常はその分、己の生を実感できた。
 修羅場を抜けたとはいえ、それらと比べるとどうしても単調で平凡な日常に戻ってきた思いは安堵もあるが何とも複雑だった。
 これからずっと、考えても仕方が無いと知りながら、自分達の取った道が正しかったのかと問い続けるのだろうと、二人は思った。
「二択。どっちを捨てて、どっちを拾うか……いざそんな事に出くわすと、こんな複雑な気持ちになるもんなんだな。やはり何か大切なものを亡くしちまったんだよ。もう取り戻せない何かをな」
「そうやなあ、こうやって『大人』になるんかなあ、おいら達も」
「半里の美姫さんが言ってたな。『皆が揃ったらもう一回結婚式挙げる。妾はきっちりしなければ落ち着かない故』ってよ。あの人らしいよ」
「ほんまやな。もう一回やりたいもんやな……」

「お二人さ〜ん! どうだった? お姉さん感想聞きたいな、ワクワクドキドキ」
 雪江が食べ終わったのを見計らって感想を聞きに出て来た。
 厨房の奥からも直久が緊張した面持ちで顔を覗かせている。
「そうですなあ……ナイスチャレンジやと思いますわ。で、なんやけど……」
「ふむふむ、ふむふむ〜」
 市吾朗は、早速品評を始めた。
 モラトリアムは終った。とにかく選んだ道を前に進むしかない。彼はそう思い定めるのであった。

 

【平木大学】
 T大学学長室。
「あれれ、音叉君。どうして食堂に筋子がないのかなあ、僕ね、週五ペースで意見箱に要望入れてるんだけどねえ〜。君も言ってくれない? ピータン食べたいな、って」
「あの達筆は守田学長でしたか。いや、それはほぼ毎日ですが」
「そうだねえ〜」
 学長の椅子をくるくると回転させながら音叉剛に要望するのは、熊谷平八の後任として学長に納まった守田留治。守田涼の大叔父にあたる老人。
 熊谷平八、半里周馬、守田留治は通称三羽烏と呼ばれる、かの丸本海流の薫陶を受けた者の代表格である。
 その中でも守田留治は昆虫や植物に関しての研究で世界にTOMEJIの名を轟かせているのだが、違う意味でも大学で評判になっていた。誰しもが認める天才・偉人なのは間違いないが、変っているのである。例えるならば飛び切り落ち着きの無い、好奇心の塊。子供がそのまま大人になった感じである。
 捉え所が無い上に、神出鬼没。熊谷平八が還暦を迎えても筋骨隆々の武闘派、剛の人だったのに対して、彼は柔。とびきりの柔。

「武野将が戻ってきたら、目を掛けてやってくれ。彼がこれからの希望だ」
 そう熊谷学長は言い残して去って行った。
 大学は早くも変り始めている。写真同好会の面々は居なくなった。事務処理的には誰もが当たり障りのない理由で処理されていた。国の差し金らしい。また同好会関係者も、これまでの日々を忘れたかの様に日常に戻りつつある。秘密図書館・研究室はどうやら日本の方に所有権を勝ち取ったらしく、この部屋へ至る通路は先の事件後、政府によって霊的に閉鎖されてしまった。音叉自身もこの施設に気を払う様にと念を押された始末である。そしてもう関わらない様にと。
 市吾朗が新聞同好会を引退してから、構内に溢れていた活気が失われた。また自由で闊達な雰囲気も薄らいでいき、元々の地味で無難で無味乾燥で理知整然な一地方国立大学に戻りつつある。言うなれば、『宴の後』。単なる一学生が中心となってこれだけ大学や地域を盛り上げていたのが嘘のようだった。もっとも、新学長の気質がこの停滞ムードを変えるのかもしれないが。
 これと時を同じくして、裏では大学に不穏な空気が蔓延り始めていた。過激派や新興宗教、詐欺団体といった眉唾物の連中の活動が日増しに目に見える様になって来た。
剛は教え子達の居なくなった今も教鞭を執っていた。澪が亡くなった時と同じ様に。何もする事も出来なかったのも同じだ。この反骨の教授は派閥争いには身を投じて来なかったし、処世術を披露した事もない。争いは避けてきた。学者としてはそれらは違うと思ったからだ。そんな彼を尻目に多くの人が信じる道を進み、姿を消していった。館長三、澪、白雨直人、長村苗子、武野将……。
 教授の椅子は貰ってはいる。だが、それだけだった。
 
「守田先生! またちがさきから出前取ったでしょう。それはいいんですけどね……あのお店出前出来ましたっけ」
「だって食べたかったんだもん」
「な……そういう意味で言ったんじゃありません! 講義中はやめて下さいって言ってるんです! どこに講義中にラーメン啜りながら講義する教授がいるんですか」
 学長室に入って来た眞鍋美冬教授は、開口一番新学長を咎めた。
 学長は暢気に返す。
「君も食べたかったの〜?」
「違いますう」
「あ、君」
 プリプリ怒る美冬を前に、マイペースを崩していない学長はびっしりとワープロの細かい字で打たれた紙を手渡した。少年の様な満面の笑みだった。断る雰囲気を挫かれた美冬は怪訝そうに紙に目を通した。
「なんです……学長?」
 そこには名物、特産品、地域限定商品の名前がビッシリと綴られている。
「あのね、今度出張だよね。お土産楽しみにしてるね♪」
「もう自分で行って下さい!」

 剛は賑やかな学長室を他所に窓から空を見上げる。
「君達は今、幸せになれたのだろうか……」


 

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31断章/27/315/end 現27/虚ヶ淵の幻

(うつろがふちのまぼろし

〜もうひとつの結末〜

虚淵幻 ×文・写真shanzhen

 

31断章/27/315/end 現27/虚ヶ淵の幻

「end 現27  結末へと至る道」


 神鎧マイラスの操縦席。
 泰とアルカナそしてマイラスの見守る中、将は目を覚ました。
「くっ、頭が」
 体が軋み、頭が割れる様に痛むが、柔らかい光が額に当てられて苦痛も和らぐ。
「アルカナ」
「心配しないで。彼は大丈夫ですわ」
 泰は安堵し、表情が緩む。
「また起きなかったらどうしようかと思ったぜ。俺様はあんたに借りがあったからな」
「ここは、一体。何故お二人がいるのですか?」
 泰は将に水を飲ませてやった。
「気が付きましたのね、将さん。貴方は気を失っていらしたのですわ。無理もありませんわ。かの怨敵と戦い心身共に大きく疲弊しているのですもの。でも良かった」
「ああ、ここはマイラスの中さ。安心しな。アルカナが手当てもしてくれてる。やっぱ大した奴だよあんた」
「ええ、普通の人間であればかの脅威を敵にすれば心を壊しかねないそうですので、将さんは余程のお方なのでしょうね。神鎧に選ばれるだけの事はありますわ」
 
「イフロアーはどうなったのですか。シレーナさんは」
「……」
 泰は顔を曇らせ口ごもる。代わりにアルカナが重い口を開く。
「イフロアーはどうやら邪神を討伐した後、ムクアロンの攻撃を受けた様ですわ。そして、イフロアーはムクアロンと交戦後共に爆発。これを破壊し、消息不明ですわ」
「なんと言う事だ。僕はまた誰かを犠牲にして己の我を通そうとした挙句に生き延びてしまったのか……」
「シレーナさんは結社に王を逃がす代わりに貴方に今後一切手出しはしないという約束を結びました。あちらも将さんが結社本部に来ない限り、アンジェラさんを御三家の当主、そして結社の幹部としての扱いをする、と確約しました。ディナール家当主・フェイリンの言葉です。イフロアーを失い、戦いに倦んだ貴方にもう手出しをする理由もないでしょう。もはや、脅威にはなりえませんから」
「お二人は大丈夫なのですか?」

「気にしなくていいぜ。どうせ俺様達は舐められてるから。な、マイラス」
「玩具とは言ってくれるぜ、馬鹿殿の野郎。でもよ、見物だったぜ? さんざ調子のいい事を抜かしておいて最後はおめおめ生き延びて日本の連中の世話になってのお帰りだからよ。そりゃあもう、格好が付かないったらないぜ。それに比べてどうだい、最期迄テメエの意地を貫き通したキップに惚れたぜ。股の切れ上がったいい女だぜい」
「……」 

 将の頬に涙が伝う。
 泰は、自分なりに彼を励まそうとぎこちない笑顔を作って身振り手振りを交えて大袈裟な動作で彼を励まそうとする。
「どこへ行きたいよ? 好きな所へ連れて行ってやるぜ。まあ何だ、日本はまじーけどな。今回の騒ぎで文句言ってくるかもしれねえしよ。いろんな国を巡るのだって悪かねえ。細かい事は俺様のナイトロードの力で何とかしてやんよ。へへ、この力も上手く使えばマルチリンガルなんだぜ!? な、世界旅行としけこもうや。アルカナの兄貴探しも兼ねてよ」
「ですが」
「いいんだよ、それで。あの高飛車女、俺様に『田舎者』っていつも言ってたろう? だから、旅上等なんだよ。行こうぜ。なあ……辛い時はお互い様だろ? メサイヤがいればそういうさ」
 将には彼の不器用な思いやりを知る。
「いつも恋君の事をメサイヤ(救世主)と呼ぶのですね。何か謂れがあるのですか?」
 泰は少しはにかみ、少し笑った。
 恋の事を思い出しているのかもしれない。
「ああ……餓鬼くせえって笑うかもしれねえけどよ。俺様は最初皮肉を籠めて奴にそう言ってたんだよ。偉そうに説教垂れて改心しろだのって纏わり付いてくるからな……だけどよ、あそこ迄俺様に関わろうとしてくれたのは奴が始めてだったからな。だってそうだろ? 遊びや金目的じゃなきゃ、調子こいたおぼっちゃんの俺様とつるみたがる奴はいなかった。まともな奴なら近寄りたくない部類の野郎だったってのは分かってる。それを奴は……分かろうとしたんだ、俺様の事。何言われようが他人の為に全力になれる男は格好いいよな、今じゃ文字通りの意味さ。へへ、笑ってくれよ」

「いいえ。笑えませんよ。僕よりも貴方を良く知る稲坂さんも言ってましたが、変りましたね。僕は……日本に戻ります。そして責めを負う」
 泰はうろたえる。日本に帰って責めを負う。一瞬耳を疑った。
 自滅行為そのものだ。彼等が込み入った事情等理解する筈が無いからだ。泰の知っている大人達は少なくともそうだった。
 「お、オイ、何言ってんだよ!」
「僕の此度仕出かした事は、そういう事なんです」
「あいつ等は分かってねえよ、分かるモンかよ! いいじゃねえかよ、悪ぃって思ってんならよお! そんなトコまでいい子ちゃんでなくてもいいんだよ! アンタは良くやったよ、もういいじゃねえかよ……これ以上ボロカスになって誰が喜ぶんだよ、なあ」

「僕は『優等生』ぶっているといわれるのもこういう所なのでしょうね。だが、自分を罰して貰わなければ僕は僕として存在出来ない気がするんです……罪の意識から逃げる口実かもしれませんね。此処迄追って来た特殊部隊の隊長さんは高倉正吾という名前の方らしいのですが、稲坂さんの幼馴染みなんだそうです。僕は彼に投降します」
「冗談だよな……冗談だって言ってくれよ。結社の次は政府にいたぶられるとか、ねえって!」
「その気持ちはとても嬉しいです」
「だったらよ! ……アルカナ」

 泰の肩に、アルカナがそっと手を置いた。
 振りかえった泰に彼女は黙って首を横に振った。
「泰さん、これが彼なりの償いなのですわ」
「だけどよ、あんまりだぜ。コイツは弄ばれただけだ、それに真っ向から挑んだだけだぜ? どうしてだよ」
「彼の心は今、光の差し込まない暗雲に包まれています。それで少しでも晴れるならば。泰さんは将さんの心が私よりも良く感じ取れるのでしょう」
「…………メサイヤなら何て言うだろうな。俺様には奴の声が聞こえない」
 将の心は酷く疲れている。すっかり擦り切れてしまっている。今回の一件がとどめだったのだ。栞使いの力を持ってすれば体の傷はある程度ならば治す事は出来る。しかし、心の傷はそう簡単にいかない。目の前の男は、敢て辛い道を選ぶ。引きとめてやりたいが、出来ない。
 だからこそ、つらい。分かっていて何も出来ない事も理解できてしまうのがつらい。

「行かせてやりな、やっつぁん。お前さんの気持ち、伝わってるぜ。栞獣の力なんて無くてもよ」
 マイラス。
「将さん、焦らないで下さい。時が至れば、また再会も叶うかもしれませんわ。今は、ゆっくり休んで……」

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 正吾は陰陽の技術で作られた機動兵器『榛名』で投降した将を護送していた。その機体は物理的、霊的迷彩を纏い、母国へと向かって空を飛ぶ。
 参考資料で見たよりも将はずっと小さく見えた。
「本当にこれでいいのかい? 謎の物体との戦闘で消息不明になった、という事になってたんだけどな、俺の中では。今だってあの戦闘の余波でこの機体も覚束ない」
「お気持ちだけ頂きます。僕は日本にも友人にも迷惑を掛けました。やはり逃げられません。それだけの事をした。罪は償わなければならない」
「……すまない」
「……」
 正吾は罪人に頭を下げた。
「正直な所、兎を酷い目に遭わせた君に遺恨があった。だが、今は一人の男として深く恥じ入っている。俺は自国民すら、恋人の絆すら守れなかった。君にはこれから辛い日々が待っていると思う」
「貴方で良かったです、僕は。彼女達はお元気ですか?」
「ああ。また、仲間達と賑やかにやりたいと言っていた。俺を会わせたいとも」
「そうですか、その一言で少し、救われた気がします。ありがとう」
「俺は少なくとも、君は英雄だった思う。また、いつか全てのしがらみが無くなった時、花見をしてくれないか?」

 

  将は水平線を向こうを見て歌を詠んだ。
『東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな』
「菅原道真の詠んだ歌か」
 正吾は将が雷光を操る特殊能力から『天神』の通り名で呼ばれていたのを思い出した。
 元来の詠み手も陰謀によって貶められた後、荒ぶる神と為りその無念を訴えたという。その名を通り名に借り受けた青年が権力に睨まれ人生を棒に振るとは皮肉な物だった。
 彼にとっては『梅の花』が永の別れとなる恋人をさしているのだろうと、解釈するのにさしたる手間を要さなかった。

 

 武野将は自らが仕出かした事の責を負う為に、特殊部隊、実働部隊隊長・高倉正吾が所属する非公式組織を通じて、これ以上の行動を起さずに日本政府に投降した。彼は邪神との戦いと数々の失望により打ちのめされて心を病んだ。政府は彼に断罪者の厳かな顔の裏で密かに恐れながらも、隔離されたある精神科の病棟へ繋いだ。

 こうして彼が子安然を古書店に連れ出した事から始まった物語は終り、彼は世の人々に知られぬ英雄の一人となる。
 彼等の青春も終わりを告げた。

 兄弟姉妹達は暖かで居心地の良かった巣から翼を広げて風が吹き荒ぶ外界へ飛び立つ。

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31断章/26/314/end 現26/虚ヶ淵の幻

(うつろがふちのまぼろし

〜もうひとつの結末〜

虚淵幻 ×文・写真shanzhen

「シレーナ」

 

31断章/26/314/end 現26/虚ヶ淵の幻

「end 現26 それでも地球はまわる」

 

 旅の空。海沿いの街。日本ではない世界のどこか。
「……おい、やっつぁん。コイツはやべえぜ。黒船がやって来らあな」
 マイラスはいきなり新市泰に非常事態を告げた。
 手乗りサイズのロボット玩具の外見をしているマイラスは、これでも魔導書『紫の箱舟』に搭載された機動兵器だ。
 似非江戸っ子といった面持ちの彼は、言葉を発している所から分かる通り自律意志が存在する目下最も新しい『魔導書』。 
 泰ははぁ? と声を上げて小さな神鎧を見つめた。

「黒船だあ? 何だよそれ。食えんの?」
「船食ってどうすんでい。そもそもだな……物騒なだんびら腰にぶっ差したあっし達が作られたのはよ、そいつをぶちのめす為なんだぜ。こうしちゃ居られねえ、おかなちゃん悪ぃな。兄貴探しは一旦中断でぃ。いざ鎌!」
「鎌倉ってどこだよ。まさか、邪神とかなんとか言う奴か? 俺様達が倒すの、面倒くせえなあ。んなもん誰かがやってくれんじゃね。わざざわざ行かなくてもなんとななるっしょ。てか、何でこんな時に来るんですかー超意味分かんないんですけどー」
「ばきゃろ。知るかぁそんなもん。アチラさんがこっちの都合なんざ考えて都合のいい日に出直してくるもんかい。分かってりゃ暦にでも赤丸つけてらあ。気紛れに来られるから厄介なんじゃねえか」
「何で分かんだよ」
「虫の知らせって奴だ。それに、あっし以外の連中は先の戦で軒並みぶっ倒れてるんだろう。あっしらがやならくて誰がやるんでい」
「適当な奴だなあ。フラグってもんがあるんじゃね、ね、ね? イテッ」
「こまけえ事はいいんだよ!」
 泰はマイラスにぽかりと頭を叩かれた。
「よくねえよ。ロボット三原則とか知ってんのか豆神鎧」
「てめえ……たっぱの事を持ち出すたあ、いい度胸じゃねえか。 ヤイヤイヤイ。表ぇ出ろ」
「ちげえよ、そこじゃねえよ!」

「構いませんわ、泰さん参りましょう。此方が私の我侭につき合わせているのです。ソレがこの世界を壊す物なら私(わたくし)は見逃せません」
 アルカナはマイラスの意志を尊重する。
「そうかよ。俺様は気が進まねえ。なんで俺様達が貧乏籤ひかなきゃなんねえ。いるじゃねえかよ、そんなんボコるんで金貰ってる連中がよ。そいつら何やってんの」
 俯く泰。マイラスはぶん殴って活を入れてやろうかと考えたが、ある事に気付いてふと思いとどまる。
「やっつぁんは肝のちっちぇ野郎だぜ。四の五の言ってる場合じゃねえだろう……何かい、おかなちゃんがそんなに心配ぇかい? まあ、戦に連れて行く馬鹿はいねえわな」
 泰は照れ隠しなのかふて腐れた。アルカナは少し笑ってから、ツンと澄ました顔で言った。
「こぉら、私をお姫様扱いしないで。正直私の方がず〜っとしっかりしています」
 マイラスが頷く。
「だねぇ。確かにとっくの昔におかなちゃんのケツにしかれてるよなぁ。あ、アーッ!」
「もう!」
 今度はアルカナが照れ隠しにマイラスに平手打ちを放ち、まともに食らった小さなマイラスはたまらず海に落ちた。 
 アルカナは泰に向き直り、彼の両手を取って言った。
「武野将さんの事、気にしてるのでしょう。ならば、これは彼の為でもあると思いますわ。世界の為なんて茫洋とした事ではなく、お友達の為に、ですわ」
 実際泰は、将の事を気にしていた。自分を庇った形でアドレルの剣に斬られたからだ。そして戦いが終わり逃げるようにアルカナと旅に出た。
「アルカナ……」
「貴方は私の耳、私は貴方の翼、ね」
 にっこり笑うアルカナの顔に泰は引き込まれた。彼は改めて惚れ直したらしい。  

 この一人と一機と一羽は、秘密結社ザワークラウトの諍いの後は、独自に行動していた。
 別に結社への復讐を狙っているのではない。無論、神鎧マイラスは創造主である長三を体良く扱い、自分をも陰謀の出汁に使った結社には悪感情がある。しかし、この神鎧は自分の仇よりも故郷を亡くした少女の旅に出る事を願い出た。泰も同じだ。
 アルカナは故郷の消失の際に生き別れた兄が居るらしい。これは彼女の彼を探す旅なのだった。
 無論この世界に居るかもしれないし、居ないかもしれない。
 有翼人類の彼女自身、どうやら違う世界の住人で自分が何故この世界に飛ばされて来たのかも分からない。何か人智を越えた力が働いたのか。流れ着いた世界にも幸か不幸か人智を越えた力は存在した。ともあれ、多くの偶然を経て彼等はこの世界で出会った。
 
「しっぽりと所すまねえ……それじゃ、行くぜご両人。腹ぁくくったかい?」
「ああ」
「夫婦漫才はもういいかい?」
「余計なお世話だ」
「ヘッ、仲良き事は素晴らしきかなでぃ」
 神鎧にとってみれば、これが長三に報いる事になる。アルカナの兄捜しを手伝い、将の代わりに邪神と対峙する。
 言うが早いかマイラスはむくむくと大きくなり、ビルと見紛いそうな高さの巨人になる。
 二人の自らの体に収納した神鎧は目星を付けた地点へと飛び立った。

 ――そして、空を飛び続けて、太平洋上。
 一行は邪神の禍々しい波動を感じながら、戦場へと向かっていたが邪神落下地点に到着を待たずして異変が起こった。
 マイラスが訝しげな様子で二人に言った。
「……!? てやんでえ、邪神の反応がねぇぞ。それによ、邪神じゃねえ力を感じるぜ。こりゃ一体何がどうなってやがるんでえ」
「俺様達以外の神鎧か? とっくにぶっ倒されたっての?」
「神鎧の反応はある。他にも良く知らねえのが幾つか」 
「とにかくその地点に行って確かめて見る事ですわね」


 件の地点。
 虹色の装甲の神鎧と黒の装甲の神鎧が居る。
 虹の神鎧が黒の神鎧を遮二無二攻撃している所であった。
「!」
 泰はこの光景を見て、何か酷く空しい気分に襲われた。人類の敵と喧伝されて止まない存在を倒した途端、人類はまた争いを始める。
 こう迄露骨にその姿を見せ付けられれば、自分を棚に上げて嫌味事の一つも吐きたくなった。
 黒の神鎧はあちこちで爆発を起している。力を失う寸前迄来ているのは明白。
「チッ、鬼退治が終れればまたこれかよ!マヂおめでてーな。またぞろ降って来たらどうすんの? 誰が止めんだよッ!」
「あっし達は間に合わなかったみてぇだなあ……あんな妖怪仕留めたってのに、また神鎧同士の喧嘩かよ、全くなんつう連中でい」
 マイラスは大包丁を振りかぶる。
 包丁より炎の魔力を伴った可視の衝撃波が二体の間目掛けて飛ぶ。
「神鎧の使い方間違ってるんじゃねえか?」
 果たして双方から反応があった。

「フン、私闘だと。よもやガラクタから言われるとはね。このアドレルも舐められた物だな」
 アドレル・ハレヴィ。
「あ? 何。アンタ、やっさん!? 駄犬の癖していい所に来たじゃないのさ。アルカナに調教された成果?」
 シレーナ。

 泰は吠えた。
「あ、アンタ等何やってんだよッ。馬鹿じゃね、マヂ馬鹿じゃね!? 邪神はどうしたんだよ。んで、また何で馬鹿騒ぎしてんだよ! アンタ等アレと戦ったんだろうがよ。今更、同士討ちで滅ぶとか、ねーだろ。いい加減解ったらどうだよ」
「黙れガラクタ!」
 二者は戦っているいる様に見えたが黒の神鎧は攻撃をしていない。
 通常神鎧は空間装甲と言う物で覆われている為、本体装甲に損傷が及ぶ。
 反面虹色の神鎧の被害は少ない。

 アドレルは牽制する。
「黙っていろ、駄犬。邪神を滅ぼす力を持つ神鎧だぞ、やはり放置なんてとても出来ないね! この男の幼稚な過激思想に暴力が加わってみろ。失せろ! 貴様もスクラップになりたいか!」
 対するシレーナは怒っている。ハスキーボイスが更に低くドスが効いている。
「るせーよ腰抜け。邪神にチビってたチキンはどこの誰かしら? てか、アンタだろ。結局アタシ等がぶちのめすのをブルって見てただけでしょ。ダセー、今頃テンション復活して威張るとか、ハハハ、ウゼ。さっさと家に帰ってよしよしして貰いな」
 威勢の良い啖呵だったが、勝敗は誰の目にも明らかだった。
 黒の神鎧、イフロアーは緩やかに落下を始めている。
「やっさん……メンドイから念話通信」
 泰は持ち前の能力、念話通信のチャンネルを開く。
 一挙にシレーナの思念が流れてくる。
 今回の顛末。将の恋慕とイフロアーの再登場。日本と結社の厄介者になった将。このタイミングでの邪神登場と撃退。
 そして、邪神に対して何もしなかったアドレル操るムクアロンの攻撃。シレーナの無念と怒りが伝わってくる。

「お、おい、ちょっと待てよ」
 うろたえる泰にシレーナは笑う。
「駄犬から番犬に昇格してやんよ、やっさん。もっといい男になりな……惚れた女を守りたいなら。じゃあね!」
「……」
 気を失っているのか、青い顔でぐったりとした将がマイラスの操縦席に転送される。


「滅しろ、イフロアー! そして弱き者、武野将! 強く尊きものが生き残るのは理。貴様はこの最強の王アドレルに屈するのだ! フハハハハハハ……そうだ……そうだよ……このアドレルが最強なんだ!」
「フン、くだらないね。欲望の糸に牽かれる操り人形」
 放たれるエクスカリバーの突きは致命の一撃。
 イフロアーは避けない。王者の聖剣を体で受け止める。
 そしてムクアロンを放さない。両手をのばしてムクアロンを抱きかかえて逃がさない。
「さあ、やっさん。今の内」
「レテー、このイフロアーを捨石にする積り!?」
 黒アトラはそう言うが、シレーナはしてやったりと笑う。
「いいだろ、別に。アタシの勝手だろ。また無節操に、タイミング見計らっていきなり復活すりゃいいだろ、最強の神鎧様?」
「勝手な事を……」

「放せ! 放せ!」
「おら、アタシ程の美女が抱いてやってのよ。嫌がんなよ。ほらさっさとオネンネしちまいな!」
 ムクアロンは足掻く。しかし抱擁は堅い。
 未だ結社本部との通信は途絶せず。
「シレーナ、シレーナ、駄目よ。お願い、辞めて!」
「……ザワークラウトの幹部、約束しろ。この王様を半死程度で帰してやるから、もう手を出すな」
「御三家筆頭、フェイリン・ディナールだ。呑めぬと言ったら?」
「地獄。まあ、アンタはそっちの方がいいかしら? フィクサー気取りのフェイリンさん」
「……」
「フェイリン、このアドレルを助けよ! 王を救うが臣の務めだろ!」

「三つ数える前に決めな。こっちは甘ちゃんと違うんだ。別にこんな奴くたばっても構わない。さあ、決めな。一、二……」
「解った。神に誓い、誇りにかけて我が祖、ディナ・ディナールに誓おう。武野将や偽神鎧が此方に赴かない限りは、これ以上の遺恨は互いに忘れる。アンジェラもストラット家の当主として扱う。そちらも盟約を守られよ」
「癇癪を起さない様にはしてやんよ。約束は破るなよ。イチャモンもなしだ。アンタが信じる天国に行けなくなるぞ」
「……」

「オイ、マヂかよ! そんなん無しだろ、オイ!」
「アタシが居なくても地球は廻るさ、やっさん。あばよ」
 イフロアーが光を発し、ムクアロンもろとも爆ぜた。

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31断章/25/313/end 現25/虚ヶ淵の幻

(うつろがふちのまぼろし

〜もうひとつの結末〜

虚淵幻 ×文・写真shanzhen

 

31断章/25/313/end 現25/虚ヶ淵の幻

「end 現25  メンシンドローム」

 

「つまらなそうな顔をしているのねヴォラートン? 今回の作品は」
「そりゃ、そうさ。これじゃ陳腐な三文芝居にもなりゃしないよ。第一リアルじゃないだろう? 人間的個性が無いね。もうちょっと惑い惑ってくれなければつまらないよ。平板的過ぎる。観客が期待しているのは、もっと血みどろで欲に塗れた群像劇さ。そして大いなる悲劇が到来しなければカタルシスが得られないだろう、君はそう思わないかね」
 ベアトリーチェとヴォラートンは、モニターの向こうで繰り広げられる太平洋での一件を鑑賞していた。
 映し出されているのは将がイフロアーで周囲の者達を押し出して邪神との単独戦闘への準備を進めている所である。
 永の時を渡り歩いている怪異ヴォラートンには人の営みは飽き足らないショーと同義だ。暇潰しに見る劇が面白くなければ自ら、『盛り上がる』様な演出を加える事もしばしば。
 そうでもしないと退屈で退屈で仕方ないからだ。
 将の悲壮な決意も、この似非紳士にしてみれば凡俗でありきたりな漫画程度にしか映らない。
 紳士は溜息を付く。この『結末』に入れ知恵をしておいて気に入らないらしい。
「部外者は気楽なものですわね。ええ、お気楽。役者が人生を賭けて演じているのに、お気に召さないみたいね」
「当然だよ。君だって分かるんじゃないかね、この感覚を。何しろ科学技術の発展で自分が住んでいない場所の映像をリアルタイムで眺められる時代だ。演出された見世物に溢れている中で生きているのだから。他国の戦争の映像が酷く映画チックだと思った事はないかい。あちらは命賭けさ、それを座り心地のいいソファーに身体を預けて珈琲片手にモニター越しに眺めている我々さ。幾ばくかの感情移入や良心、理性が痛んだって所詮はそれが他人事。ならば、どうだっていい時間潰しに過ぎないさ。モニターのスイッチを切ればおしまい。今は便利だからね。社会的ペルソナを隠して、本性のままに匿名で言葉を垂れ流せる。どんな野放図な批判をしようと自由。良識人の皮を被った普段言えない事だって、フィルターを通さずに過激に思いつくままに好き放題に言えるのだからさ。それが他の野次馬に叩かれれば、汚れた仮面と手袋を処分して新調すればいいだけの事。そう言う意味では君も『ヴォラートン』と言う名の無責任な鑑賞者さ、麗しきベアトリーチェ姫」
 ヴォラートンはそう言うと紅茶が入ったティーカップに手を伸ばした。
 画面ではイフロアーが圧倒的物量で捕獲しようとしてくるおぞましい邪神に対してあらん限りの攻撃を仕掛けて抵抗している。
「ほら、見てご覧。我々にして見れば、数ある内のありきたりの娯楽作品だろ。まあ、魔術を用いた派手目の戦闘シーンではあるがね。そこらの映画館にでも足を運べばもっと心沸き立つ映像が楽しめるかもね」

「そうかしら。逆に珍しいのではなくて? 今時、他人事に命を賭けられる馬鹿なんて。結局彼は、欲しかった物を得られずに退場するのですからね。命の無駄遣いね。アンジェラもとんだ男に肩入れしましたわ。あんな弱い駒なんて、私要りませんわ」
「へえ、でも君の『王の駒』には好感が持てるよ。あれこそが当に人間という物だよね。神鎧に乗っていながら、危うい所は英雄願望に染まった男にやらせてるんだから。しかも、邪神相手に惨めに脅えている。だが、危機が去ればまたぞろいつものふんぞり返りに戻る。得てしてああいう物じゃないかね? 人間臭さと矮小さが垣間見えるじゃないか」
 ヴォラートンには結社も単なる他人事の一つなのだった。
 この場所でベアトリーチェとつるんでいるのも暇つぶしの一つ。
「飼い犬の話は少々不愉快ですわ。訂正なさい。出なければぶちますわよ……ああ、駄目眩暈がしてしまう。なんてか弱いのに気丈な私。恋人の危機に心痛めているのね……。ええ、天は私にどうしてこの様な試練ばかりお与え下さるのかしら? やはり選ばれし人間かどうか試練をかしていらっしゃるのですわね。ああ、私は受難に挑むか細い乙女。それを汚い目でと心で汚す民衆によって私の気高く繊細な魂は地獄に牽かれてしまうのね……。誰も私の悲しみを理解はしてないでしょうね。ええ、分かったふりはもう沢山ね。そういう人間こそ最下層迄堕ちればいいの!」
 ベアトリーチェも相変わらずである。然を捕獲し、力を封じた後は自らが望む世界へと変える準備を着々と行なっている。アドレルはその意味をあまり理解していない。ある意味、真の理解者はヴォラートン一人なのかもしれない。この怪異は長く人を眺めて来た成果か人の心を慮る事に長けている。ヴォラートンにとっては、安定した者よりも、葛藤を抱えて激しい事を行なう者が見ていて飽きないから面白い。
「大した役者だね、お姫様。そして興味深い脚本家でもある。面白いよ。君の描いた計画は胸が空く様な思いだよ。気入らない連中を億単位で根こそぎ断罪しようなんて荘厳でいい。『箱舟』の意志ではなくて、今を生きる現生人類のお姫様の意志による執筆だからいいのさ」
「酷いわ。どうせ私の想いなんて、たいした事は無い小娘の我侭とでも思っていらっしゃるのでしょうね。私を苛めて満足なのかしら? 満足なの? 正直に言いなさい! ええ、仮に私が偏狭だとしても、それは私が悪いのではないのよ? お分かり? 全ては周りの所為なの。私を産み落としたこの世界が悪いのよ。だから私が歪んだの? その責任も取らないのはおかしいとは思いません? 私をこんなに脆い心と体に貶めておいて、それをああだこうだと後ろ指を差してこそこそとあざ笑う人間の方が余程歪んでるとは思わない? 観客さん? ああ、もう苛めるから……涙が出てきましたわ!」
 家具調度類が彼女の感情の高まりに比例して浮き上がり、高速で飛び回る。それらは部屋中を暴れ壁にぶち当たって堕ちる。
 人は不ぞろいの林檎。どれもそれぞれに、それなりに歪んでいる。だから面白いし、愛でる価値がある。
 逆に完璧に近い物になる程に面白くない。答えが直ぐ出てしまうもの、ありきたりなのはつまらないと考えている。
 ただ、幸か不幸か彼女はその歪を助長させるべき力がある。権力、血筋、魔術、手駒。

 彼女に真っ向から戦いを挑んで勝利出来る人間など世界では数える程度しかいない。
 ヴォラートン自身が対なる存在と認める、あの『子安しのえ』が嫌がった程の最凶の女王。
 破壊力と気性――誇大妄想、被害妄想の激しさが結びついて誰もが畏れている存在だ。しかしあくまで彼女の中ではか弱い乙女らしい。
 そして周りは全て敵。何らかの理由で彼女を憎み妬み嫉む醜く愚かで狡猾な者共なのだ。
 そんな彼女はヴォラートンがお気に入りの『女優』。常にスポットライトを浴びて自分が主役で無ければ満足しない類の女。
「美しい姫君。涙も美しい。気にしなくていい、このヴォラートンは可憐で優しい君を苛めたりしないさ。何しろ紳士だからね。教養のあるレディには優しくせねばならないと考えているから。君は数少ない選ばれた人間さ。対等、いや対等以上かな? それで書いた処方箋がアレかね」
「ええ、弾圧される心美しき者達は喜ぶでしょうね。当に神の救済ですもの。私は神様の命を受けて、始めるの。子安然はその為の供物――巨大な獣。人々の糧となるの」
「……へえ。そうかね素晴らしい」
 心中でヴォラートンは舌打ちをしつつ、彼女の祝祭の脚本を採点していた。小娘は既成のオカルトや予言に基づいて計画を練っている。独創性にかける、減点。
 だが、構わない。この未熟ながらも着想と規模の大きさに脚本演出の協力をしてやろう。そうして満点とは行かないまでも楽しい楽しい祝祭を盛り上げようと思った。

「素晴しくないなあ。見物だけやったらつまらんで〜。飛び入り参加がおもろいんやんけ? 外野でペチャクチャ抜かす奴は、好かん」
 ヴォラートンは聞き覚えのある声に少々辟易した様子を見せた。
「しぶといね、君も。今回はちと復活するのが早いのでは無いかな? 君が神鎧プリヌスの暴走を止めて力尽きた時からそう間が無いが」
「お互い様やろボラ公。どこぞでいてこまれたんちゃうかったんか。ほったらまたどこぞから湧きよって、ホンマに懲りん奴やのう」
「『悪は不滅』と言う言葉があるだろう? 正義という言葉が持て囃される限りは私も不滅なのさ。今折角いい所だったのにね、無類の物好きだからね、私は」
「お生憎様やね。うちも、どうもしぶとく出来てるもんでなあ。良い子の皆に、余計な事を吹き込みよるオッサンが、これまたうっとうしくてかなんのや。人様になんぞ抜かす暇あるんやったら自分でやってみい。話はそっからやろ」
「へえ、それは価値観の違いさ。それ位は許容してくれないと困るよ、破壊神さん。君は正……!」 
「うっさいわ、ボケェ。寝言は寝て言え。聞いて貰いたいなら三行で言わんかい」
 ヴォラートンは壁を突き破って出てきた巨大な拳を真っ向に受け叩き潰された。拳は部屋の壁から壁を貫通して抜けた。
 文字通り問答無用の鉄拳制裁。御託を並べるのすら赦さなかった。
「あ、いかん。うちカップ麺にお湯入れたんやったわ。オッサンの講釈アホほど長いから、ちょっとイラチになってもた。あーもう三分たっとるかいな。あー腹減った」
 しのえらしき声はラーメンを気にしている。
「ウ、ウルスラグナ……どうして!? 術者も居ない、システムも凍結状態なのに、どうして、どうしていつも皆私の邪魔をするの! 嫌い! 大嫌いよ!」
「へー。そうでっか。まあ、あれやなお嬢ちゃん。気にいらん言うても、いきなし世界スケールとか辞めてんか? うちの尊敬する偉大な人もこうおっしゃっとるぞ『ちんまい事からやってこかあ?』ってな。もっとなあ、身近な事からやん。なんや根本原因がなんだのとか知らんけどやな……。先ずはアド様の調教からやったらどないかいな。何ぞたまっとるなら、発散したらええやん。バッティングセンター行け。腹減っとんなら食ったらええやん。金持ちなんやろ? カニ料理食っとけ! おっと口が滑った。あ、ラーメン伸びとるかなぁ〜、ほなな!」 
 一方的に機関銃の如く喋るだけ喋ったと思えば、拳が壁から引き抜いて、のっしのっしと神鎧が去って行く。
「出鱈目ですわね、この世界」
 呆然とするベアトリーチェを他所に撤収は素早かった。ヴォラートンは一撃でやられたらしい。『口程にも無い奴』という言葉が似合う男。
 この言葉をしのえが聞いたらどのような反応を示したかはわからない。彼女はラーメンを食べに戻ったから。

「ベアトリーチェ様! お怪我はありませんか! 先程、拘束中のウルスラグナが突如暴走したと聞きまして」
 騒ぎを聞きつけたのか血相を変えたフェイリンが、ベアトリーチェの癇癪に耐えうる様に設計された特殊合金製の扉を破壊して駆け込んできた。
 魔銃ケイローンをロケットランチャーに変化させて砲撃したらしい。フェイリンの中でベアトリーチェは、これしきの衝撃ではびくともしないという算段があるらしい。
 
「『カップ麺』……ってなんですの? フェイリン。どんな食べ物? どこのレストランのシェフが作るの?」
「は……はぁ……」
「私も食べてみたいわ。そんな美味しいものを私を除け者にするなんて、酷いわ。独り占めするなんて、赦せないの。絶対に。傲慢だわ、ずるいわ。さあ、今すぐ呼んで調理させなさい! でなければ絶対に赦さないわ。私は傷ついているのよ、こんなにも頑張っているのに。ああ世界が憎いわ。私からそんな物を隠していた人々が憎い。あぁ……体に力が入らないわ、今にも倒れてしまうかも……もう駄目かもしれないわ」
「……」
 ベアトリーチェが発した奇想天外な言葉にフェイリンもきょとんとするばかり。
 世界も世間知らずのお嬢様の癇癪で破壊を企まれては堪ったものではないだろう。

 太平洋を写した画面では激闘を制してなんとか生き延び、満身創痍の体で空に浮かぶイフロアーの姿があった。

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