燦然たる黒歴史の溜まり場く(´(Å)`)ツルリ

誤字脱字発見有難いです〜グッドボタンに感謝〜

中国の記事

探偵春日六郎P10(終)+

 零細探偵社を営む冴えない男・春日六郎の元へ舞い込んだ、風変わりな依頼。

それは別段世間を騒がす大事件になりはしなかったけれども、彼のありふれた日常を少しづつ変えようとしていた。

 

探偵春日六郎プレストーリー・10(終)/短編/

<晩酌>


「これまた珍しいですね。何の風の吹き回しですか? 春日さん」

「残暑のせいだよ、河鴎君」

「お陰でビールが旨いです」

 

 季節でいえばとうに秋であるのに、その年はまだまだ暑かった。

 仕事帰りの人々で賑わう居酒屋にて。

 長身が目立つ二人の男が、カウンター席で椅子を並べて酒を飲んでいた。

 肩幅が広くすらりと背が高い、落ち着いた雰囲気を醸し出す年嵩(としかさ)の方は春日六郎という探偵で、その隣に座っているのは彼よりも幾分がっしりとした体付きで、いかにも活発そうな印象を与える若い男は警備関係の会社に勤める河鴎大地(がおうだいち)である。

 二人の年は幾らか離れている。しかし、春日にとって大地は数少ない気兼ねせずに酒を酌み交わせる友人だった。

 

「普段は俺が誘うばかりなのになあ。不思議な事もあるもんだ。何かあったんです? 臨時収入でも入ったとか、大船に乗ったような気で飲んでもいいですかね」

 冗談めかす大地に、春日は生ビールで喉を湿らせ一息ついてから、いつもの苦笑いで応じる。

「いいや、そういう訳じゃないよ。寧ろ危うく、重量オーバーといきそうな所でね。出来れば希望したいのは、いつもの様な互いの財布と肝臓を労わったささやかな晩酌で」

「重量オーバー、ってまさか」

「ああ。縁というのは不思議な物でね。少し以前から二人位に仕事を手伝っているんだ」

 しばらく、大地は神妙な面持ちで年上の友人の顔を眺めていたが、ふっ、と息を吐いて強張っていた肩を下ろす。


「一匹狼は飽きたんですか?」

「確かに子供の頃から友達は少なかった。夢見がちでどちらかというと引っ込み思案だったし、打ち解けるには私は周りの子とは違っていたから」

 ただ、高校か大学時代になってからは、反対にこの容姿に興味を抱く子が増えたけれど、と嫌味にならない程度に付け加えた。大地は肩肘でこの色男、相当いい思いをしたんでしょう、と茶化す。

「子供の時分ってのは確かにありますね。異質な物を排除する圧力みたいなの? それに春日さんもちょっと近寄りがたい雰囲気がありますよ。趣味の観光旅行だって、あれ殆ど全部がのんびりで気ままな一人ぶらり旅でしょ。ですけどちょっとは分かりますよ、あんな事があった後なら余計に人付き合いが煩わしくなるってのも……」

 大地は末尾を濁す。しかし、思いの他に春日は明るかった。

 

「実は最近は朝ご飯も一緒するのが日課になっている。いい子達でね、随分気が楽になった」

 大地は「へえ」と短い相槌を感慨深げに漏らしつつ、枝豆が高く盛られた小鉢に手を伸ばした。

 そして、ぐいと豪快に大ジョッキを呷ってぐびりぐびりと喉を鳴らす。春日の言葉は続く。

「何しろ空きテナントの入り手がいないから遊ばせておくのは勿体無いからって、うちのビルのオーナーが只同然の値段で部屋を貸してくれてるんだ。その関係でね」

「俺はですね。うっかり、念願だった『近所のお姉さん』の手掛かりを得たのかと早とちりしてましたよ。探偵になったのもそれがきっかけだって」

 春日は軽く瞼を閉じた。

 ガーデニングが趣味だった、彼女の優しくて若草みたいな匂いが薫った。

 サンタなんていないんだと、学校でからかわれた彼の為に、クリスマスの日にはサンタクロースの格好で現れたりもした――ある日突然行く先も告げずに引っ越してしまった。当時子供だった春日には事情も窺う術すら知らなかった。それが春日がそもそも探偵業に憧憬を抱かせたきっかけで、大きくなってからもどこか物足りない毎日を過ごしていた彼がふとした弾みに、実際にその道へと足を踏み入れさせる原動力にもなった。

 

「そっちはまだまだだよ。ちょっと躓いて立ち止まっていたけれど、気楽に行くさ」

「良かったです。あの事件で負った傷がやっと癒えようとしてるみたいで」

「ああ、随分とかかったけど。また歩けそうな気がしてきた」

「念ずれば通ずと言いますからね。忘れなければ想いは届くんじゃないですか? ほら七夕とかだってそうでしょう。俺は信じますけどね、運命ってのを」

 でかい図体の男は年の割りに低く渋みのある声で、見かけによらずロマンチックな事を言う。春日は彼のこういった繊細な所が好きだ。

 

「うちにも、ひたむきな奴がいるんですよ。最近入って来た奴なんですけどね、もうやる事言う事、地に足が付いてなくて、根は悪くないんだが型破りっつうか本人は世間様とのズレに全く気づいてないんだよなあ。奇妙奇天烈へんてこりんな信念を持ってたりで、まともな思考回路がすっとんでるんですよね。右といえば、左と返ってくる。いや〜ホント、あいつを育てた親の顔が見てみたい。困った奴で。いやあ、自分が入りたてで要領を全く得ない頃の迷走を思い出して変な汗が出ますね。うちみたいな大らかな所じゃなきゃ、とっくに首になってるわ〜間違いない」

「随分、その子が気に入ってるみたいだね」

 口ではこう言ってるが、大地は面倒見の良い男だ。

 

「いやいや。手を焼いてます。んでも、ウチの中でとっときガードが固くてツンケンしてる子に惚れちまって、見込みがこれっぽっちも無いのが明白なのに、ひたすらアタックアタック押しの一手ですよ。そんでも、ひょっとしたら、って思える不屈ぶり。あれの直向きさだけは凄いと思いますね。俺だったら心折れてますよ。春日さん、いや俺達だってぼちぼちでも諦めなけりゃ、そのうちなんか良い事ありますよ。世情は最悪ですけどね、今頃俺が子供の頃に流行ったみたいな、古臭い妙な噂や都市伝説が幅を利かしてたり」

「そうだね、私も少し前に噂絡みの依頼を受けたよ。風評被害に関わるから、とね」

 

「うちが長続きしなかったら使ってやって下さいよ。世間常識は欠落してますけど鼻と勘所はきくらしくてね、お試し警備に連れ出した初日早々に、曲者をとっ捕まえちまったんですからね。しっかり仕込めればいい猟犬になるかもしれない。ああ、すっかり忘れていたんですけどね……実はお呼ばれする前に、こちらから連絡をしよう思っていたんですよ」

「依頼かな?」

「ええ、ちょっとした事でも依頼を受けてくれる格安で堅実な探偵がいるって言ったら、興味を持った子がいましてね。お礼は、これでいいですよ? 春日さん」

 大地は、身振り手振りでお猪口でくいっと飲む仕草をした。

 

 春日は、その店とっておきの冷酒を注文し、大地のお猪口に注いでやる。大地も、春日のお猪口に注ぎ返した。二人は、遅めの乾杯をしてくいっと飲んだ。うまい。

「春日探偵社は、なんでもござれさ」

 そうして目を輝かせ、彼の話に聞き入った。

 

 

 

探偵春日六郎・プレストーリー <終>

 

 

※本ブログに登場する人物・団体・事件・現象は全てフィクションです。

 実在する事物とは一切関係ありません。

 また、プレストーリーという性質上、校正・改稿が行われる場合があります。

 タイトル横の数字記号は、大きな加筆修正を示しております。


この記事の先頭へ▲

探偵春日六郎P9+

 零細探偵社を営む冴えない男・春日六郎の元へ舞い込んだ、風変わりな依頼。

それは別段世間を騒がす大事件になりはしなかったけれども、彼のありふれた日常を少しづつ変えようとしていた。

 

探偵春日六郎プレストーリー9/短編/

<明鏡止水>

 

 陣容は充実したけれども、依頼の方はそれに比例して急増とは行かなかった。相変わらずのマイペースを崩さずに舞い込んで来る。仕事があるのは有難い事なのだが、実の所当初ノリオが内心期待していたような、巨大な陰謀や複雑な繋がりそうな――例えば二時間ドラマでありそうな依頼はやはり、来ない。

 彼は先日も、いなくなったペットの猫探しに土まみれになって奔走していた事を思い出す。
そうかと思えば、一転依頼の無い日が続く。

 

「先生って、小物好きですよね」

「旅先でこれは、というのを見つけるとついつい買い込んでしまってね。かといって、棄てられない性質らしいんだ」

 やる事が見つからなかったノリオは、事務所の棚に飾られた小物の塵でも払おうと危なっかしい手つきで腕を伸ばした。春日は応じて、どこからともなく取り出した、表面がざらざらと毛羽立った布を手渡す。

「ノリオちゃん、これを使ってみるといいよ」

「何ですかこれは?」

「不思議な程に汚れが落ちる素材と編み方をした……汚れ拭きだそうだ。ホームセンターで衝動買いしてしまったきり、出番を待っていたんだよ」

「先生は、そういうのも好きでしたね。この前、雑貨屋に入ったきりたっぷり三時間は戻って来ませんでしたもんね」

「私にとってみれば、あそこは正に玩具の宝箱だね」

 事務所の壁一面に散りばめられた雑多な品々は、差し詰めその延長と言う事か。

 

 武田信玄の『風林火山』の旗のミニチュアや、小さい奈良の大仏や大阪城や五重塔、金閣寺や銀閣寺のまである。それらを坂本龍馬像が新撰組のミニ羽織や札幌時計台のタペストリー、気合だの根性、努力の文字が刻まれた木刀、スノーボールその他ポスターやキーホルダーが沢山……まるで修学旅行の土産コーナーと化している一角もある。

「キッカ君も初めて来た時にはびっくりしたみたいだよ。話をする前に、色々と手にとって検分していた。私もそれが嬉しくてつい長々と一つ一つの物について講釈を垂れてしまってね。肝心の面接に移ったのは二時間後だった」

 どうも彼女はお手軽サイズで復元された『風林火山』の旗がいたくお気に入りだったらしい。面接の最中にもチラチラと布に染め抜かれた漢字盗み見ていた。

「へえ、そうだったんですか〜。意外だな。そそっかしい僕と違って、落ち着き払った感じの秋山さんが……」

 いつも気弱な発言をするノリオである。探偵社に来たのは彼が先ではあるけれども、秋山キッカは派手な外見に反して浮ついた所が無い。就業経験の差だろうが、早くもノリオの中で姉的存在になっていた。

「そんな事はないさ。誰だってうっかりする事はある。当の彼女だって、肝心要の履歴書に自分の名前を書き忘れたままで持ってきたからね」

「とろろ昆布が好きなんて、お前は分かってるにゃ〜ね〜」

 その彼女は外でしゃがみ込み、おやつをねだる猫にとろろ昆布をじらしつつ与えている。


 春日は秋山キッカが遣って来た際の会話を回想した。

 ノリオの様に大袈裟に取り乱すでもなく、彼女は「はあ、いやはやあこれはしたりでありますね。肝心要な事を忘れていましたね……」、と妙な言葉遣いをしつつも何事も無かった様に淡々と名前を書き足したのだった。

「先生もお好きなんですかね?」

「ん」

「お城廻り古戦場往来等々、歴史史跡巡りにご興味があるのではと」

 少し前にTVで騒いでいた歴史好きの女性、略して『歴女』というものらしい。

「特に対象を絞ってはいないけれどね。行く先々で、ちょっと粋な小物を見るなりついつい手放したくなくなってしまうんだよ」

「それで、このインテリアの山でありますか。ふむふむ、少々骨董の類も混ざっておる様ですね」

 キッカは金髪に隠れ気味の眼を輝かせる。

「特に金目の物を買った記憶が見当たらないのだけど」

「お金は溜まらないけれども、物は溜まる一方で捨てられない、と」

「そうだね」

 はにかむ春日に、キッカは薄く笑って言った。

「平木城のお土産がないですよ。地元を見逃しているなんて、まだまだですねっ」

「……くっ」

 後日平木城跡……山城公園の資料館に馳せ参じてしまった春日であった。地元の小学校の児童達が遠足がてらに館内を縦横無尽に駆け巡る中で、彼は地元の歴史について再確認をした。

 その両手には、土産物で一杯になった紙袋が提げられていたという。



「どうしたんですか先生? 地元のお土産なんか買って。県外からどなたか来るんですか?」

「――温故知新だよ、ノリオちゃん。我が県が興味深く、虚実入り乱れた正に伝説・伝承の宝庫だというのが分かったよ。丁度、『平木の空想文化史・不思議と奇跡の伝説展』という展示があってね。太古、箱舟が山に乗り上げたとされる説から始まり、高天原平木説、平家の隠し財宝……果ては新しいもので丸本海流の遺した秘密文庫とかね、相当突飛な物が、それこそオカルトの域に足を踏み入れているものが多かったけれど信憑性を置き去りにしても、なかなかに愉快で子供心や夢、浪漫を搔き立てる展示内容だったよ」

 照れ隠しも兼ねてか春日は、ノリオに展示内容を熱く語ったのであった。



「ひぃっ」

 春日は、甲高い悲鳴で我に返った。声の主はノリオだ。

 ノリオは俯いている。目線の先には飾ってあった古い手鏡が転がっている。余程打ち所が悪かったのだろう、鏡面には皹が入ってしまっていた。これでは用を足せない。

「す、すいません……」

「ふむ」

 無精ひげを撫でる春日に、怯えた気弱なノリオは汗水垂らして釈明する。

「それが、ふと覗いてみたら鏡に自分の顔が映っていなかったもので、面食らってしまって」

「ああ……」

 春日の表情は硬い。おざなりな返事をしたきり、壊れた鏡を眼を剥いて凝視している。ノリオは頭がくらくらするのを感じた。

「あの、幾ら位するものなんですか。その勿論弁償は出来る限り……」

「元々、値が付けられない物でね、これは」

「……」

 ノリオは青ざめた。穏やかな春日が顔を強張らせる程に高価な物なのか。改めて自分が駄目にしてしまった鏡を素人なりに鑑定してみる。別段華やかな装飾が施されている訳でも無い。古ぼけた代物で大した値打ちも無さそうだった。いや、金銭的な価値なだけでは無いだろう誰かの形見、という事も在り得る。元々、被害妄想の強い彼の「想像は深刻さを増して加速していく。もしこの失敗がとめどなく春日の不機嫌を誘うならば、自分はここにいられなくなるのは間違いない。そうだ僕はいつもこうなのだ。口では真面目腐った発言を繰り返してもやっている事は正反対なのだ。またやってしまった――僕が子供の頃、父さんが大事にしていた綺麗な日本人形に何の気なしに、軽い悪戯気分で落書きをしたことがあったっけ、あの時と一緒だ、普通の人ならばちゃんと注意もするし、浅はかな行為に出ることも無いのに、僕はまた繰り返すのだ。極端な彼は恐慌を来たした。

「ちょっと、ノリオちゃん。落ち着いて、落ち着いて。私は怒ってないさ」

 今度は、春日の方がノリオを正気付かせる番だった。ノリオはショックの余りに、自分の世界に行ってしまっていた。肩をポンポンと叩くと彼は我に返り、怯えた瞳で周囲をキョロキョロと周囲と窺う。

「僕には責任の取り様が……」

 

「それじゃあ思い切って、武士の情けで切腹でもしてみますかあ」

 いつの間にやら騒ぎを聞きつけたのか、キッカが大袈裟に頭を抱えたままで挙動不審に動乱するノリオに対して、平静の口調で際どい台詞を投げかけた。切腹の二文字が耳に入るなりひた、とノリオの動きが止まった。

「キッカ君、手厳しい事言うね。こら、ノリオちゃんも冗談を真に受けるんじゃない。誰にでも不注意はある。その度に腹を切っていたら私なんて、失尾(尾行失敗)の度に切らないといけなくなる。探偵なんて暢気にやってはいないさ」

 台所にふらふらと足を向けるノリオを止めた。

「これはノリオちゃんが心配する様なそんな値打ち物じゃないし、切腹でないと取り返しの付かない位に凄い物でもないよ。骨董品だけれど、価値は付けられない対象外なんだ。ただ、何とはなしに気に入ったから飾っていただけさ」

 

「え?」

 

「君は『姿が映らない』、と言ったね。その通りなんだ。そもそも、見えそうに見えて……実は曇っているのか人の姿はきちんと映らない欠陥品だったりするんだ」

「……それじゃあ、家一軒建てられる位の値打ち物だっていうのは?」

「テナントビルが豪勢な事務所に思える私には分不相応だよ」

 妄想から解き放たれたノリオは気が抜けたと同時に腰が抜けたらしい。力も無くペタンと床に座り込んだ。

「でも、あれ。秋山さんが余裕で髪を整えていたような気も……いつもの僕の思い込みか……」

 

「ふふふ、ノリオちゃん良かったですねえ、磔獄門を免れて。そうだ、これを機に高校球児に倣って、潔く丸刈り〜にでもしてみますか? まあ、かの戦国武将は『負ける度に頭を丸めていては、いつまでも毛は生えぬわ』って一笑に臥したと逸話が伝わっておりますが。私達、戦国武将じゃないですからね……にひひ。そのボサボサ髪をお味噌に詰まっている妄想とまとめて一掃しませぬか? 四文字熟語で言う所の『気分転換』ですね」

 怪しく笑うキッカの手には、バリカンが握られており、これまた不気味に開閉する。

 ついつい衝動買いをしてしまう春日の持ち腐れの道具の一つであった。わざとらしくにじり寄るキッカに、腰が抜けたままのノリオは哀れ抵抗する術を持たない。

 

「うしし、これより断髪式を始めます〜♪」

「最近の認識では髪を切ることもセクハラに入るんですよ……ちょっと、いやあああ」

「成る程。それではノリオちゃんは幸せ者という事ですね……フフフ」

「きゃあああ。先生助けて下さい!」

「……」

 答えは無い。何故だか春日の表情には陰が指していた。微かに震える両手には、散発用のシートが揺れていた。どうも、これもまたバリカンと同じく陽の目を浴びなかった便利グッズであるらしい。事実上の黙認とも言える。更に、床には広げた新聞紙がスタンバイしてある事にもノリオは気づいてしまった。哀れ彼の両肩はむんずと掴まれて、新聞紙に着陸する。続いて、キッカがこの上なく妖艶で、怪しい笑みをクスリと漏らしたが、それに見蕩れる場合では無かった。

「あ、それっ♪」

「いやー」

 幽霊屋敷のショックが大き過ぎたのか、すっぽりと法律知識と一般見解を忘れていたというのだが。それでも流石に弁護士(の卵)崩れのノリオであった。

 

 昼下がり、事務所にキッカの握ったバリカンがキラリと光って再びノリオの悲鳴が響く。

 半刻後には、やや虎刈りながらも爽やかな頭をした、泣き顔の好男子が誕生したのであった。

 

 

※本ブログに登場する人物・団体・事件・現象は全てフィクションです。

 実在する事物とは一切関係ありません。

 また、プレストーリーという性質上、校正・改稿が行われる場合があります

この記事の先頭へ▲

探偵春日六郎プレ8

 

探偵春日六郎プレストーリー8/短編/

<繰言>


 大きな屋敷の玄関口にて。

 来訪した男は額の汗をハンカチで拭い、家主に頭を垂れた。

 外見は四十代後半から五十前半位か。中年腹が出ており、背は低め。セルロイド製の大きな黒縁眼鏡を着用し、薄い髪を無理矢理に七三分けにしている。これと言って特徴の無い男で、ねずみ色のスーツに腕を通している。

「うちはセールスお断りだぞ。別に欲しいもんは無い。この年になって信仰の押し売りも要らん。わしゃ、仏教徒じゃ。帰れ帰れ、わしゃお前と違って忙しいんだ」

 老人のけんもほろろな対応に男は怯むでもない。

「いやあ、家主様。アタクシ怪しい輩では御座いません。こういう者でして……」

 男が差し出した名刺を、老人はフン、と鼻を鳴らして胡散臭そうに覗き込む。受け取ってからは胸ポケットから取り出した老眼鏡で会社・役職名を確認する。

 名刺には『(株)コンバンワーク 不動産活用ネットワーク お客様アフターサービス課 地衣数太郎(ちいかずたろう)』とある。


「なんだ平か。正社員だろうな。で、何用だ。口だけの奴は嫌いだぞ?」

「先日は弊社をご利用下さりありがとう御座いました。此の度は、ご成約後の挨拶も兼ねまして改めて御礼に参りました次第です。今、お時間大丈夫でしょうか? 諸所のご報告と、今後のご要望、ご意見等を伺いたく参りました。残暑がまだまだ厳しいですが、御代わりはありませんでしたか?」

 慇懃無礼な物腰で言い置いて、地衣は手に提げた紙袋から綺麗な包装紙に彩られた箱を取り出して、老人に渡した。

「ほう。来るのが遅かったじゃないか。わしはいつ顔を見せに来るのか、待ちくたびれて忘れかけている所じゃったわい。で、中身は何じゃ? 幾ら位のものなんだ。どうせ安物なんじゃないのか? 自腹か?」

「甘味処『みを』の水羊羹ですよ。大した物ではありませんが好物だと伺いましたので。自腹を切る、と、という程ではありません」

「フン、まあいい。物で釣ろうとは浅はかな奴」

 老人はまんざらでも無い様子だった。包装紙と箱の大きさから、甘味処で取り扱っている中でも特注の贈答品だと分かったからだ。大声で婦人を呼んで、箱を受け取らせた。地衣は奥からやって来た彼女にもお邪魔しております、と頭を下げる。



「恐縮です」

「で、あの土地はどうなった? よもや氏素性もはっきりせん輩に売ったんじゃないだろうな? 人聞きの悪いもんは建ててくれるなよ。売ったから知らん等と無責任は抜かすな? あの辺りにはわしの地縁が多いんじゃからな」

「ええと、ですね。今資料をお出しします」

 地衣は使い古したと思しき黒いかばんから書類を取り出した。別段遅くは無いのだが、老人は背急かす。

「はよ、せい。とろとろしやがって。客を待たせるんじゃない。だからお前は出世出来ないんだ」

「あの土地一帯は、建物を取り壊して地域企業の福利厚生関連の施設が立つ予定になっていますね。O2製薬、ご存知でしょう? 地元でも有数の優良企業です。つい先日も画期的な研究成果を発表していましたし」

「そりゃそうじゃ! そんなことわしが知らぬとでも思ったか。字が小さくて読めんぞ! みみずが這ってるのかこれは!? 読める様な字で書かかんかい。隅々迄確認しておかねば、騙されては堪らない。大事な事に限って、こんなちんまい字で長ったらしく書きやがって……若い連中が自分の目線以外を持っていない証拠だ。だから業績が伸びないんだ、お前の所は。係に良く言っとけよ」

 ぶつぶつ不満を垂らしつつ、老人は老眼鏡で事後報告書類に目を通す。

 老人とは正反対に、穏やかさを絵に描いた様な婦人が微笑を絶やさずに再び現れた。今度は、お盆に麦茶を載せて持ってきた。氷が浮かんだ細長のコップには水滴がぽつぽつ滴っている。

「どうぞ、外は暑いでしょう」

「奥様どうも、これはご丁寧に。恐れ入ります」

「こいつは仕事で来てるんだからな、当然だろうが。軟弱め。いいか、わしが若い頃はな……」

 老人は、嫌味もそこそこに麦茶に手を伸ばしてぐいっと飲んだ。


「弊社がご案内致しました、家具リサイクル・買取サービスの方はご満足頂けたでしょうか?」

「二束三文だったわい。足元見腐りおってからに。踏み倒された家賃の足しにもならん。小僧共の漫画やゲエムなんぞの方が余程マシが値が付くとは世も末じゃな。まあ、あの薄気味悪い人形は傷がなんだで散々買い叩かれたがそこそこにはなった。――全く、物を大切に使おうという気が無いから、あんなぞんざいな値段になるのじゃろうが。わしの若い頃は、物は大事に大事に、壊れても自分で直して使っていたもんじゃ。作れるだけ作りっぱなしの、壊れたら捨てるという考え方からして、糞忌々しいことに、近頃の奴は適当な年数を経れば勝手に壊れると来とる。わしが若い頃に買ったラジオなんぞ、いまだ現役じゃわい!  あの頃は良かった。お前ら団塊世代には分からんだろうがな、わし達は……」

「いやはや、焼け野原からの急速な高度成長も先輩方の努力して打ち固めた土台の上に成り立っているのは紛れもない事実ですね。アタクシ、学校で社会科の教鞭を執っていた事がありますので、お歴々の偉大さは良く分かっているつもりです。アタクシも中学を卒業して集団就職の列車に揺られて、働きながら夜間の高校に通い、幸いにして大学まで行かせて貰って教員になる事が出来ましたが」

 男をずっと侮っていた老人の眼が少し変わった。

「ほぅ。まあ、わし程じゃあないが、やはり嘴が黄色い若いのとは少々違う、あんた先生だったのか。通りでどこか平のセールスマンの癖に妙にお堅くて変わった奴だと思っていたのだ。で、なんでこんな所でセールスマンをしてるんだ。不祥事でも起こしたか? 近頃の餓鬼は聖職を舐め切っているからな。まあ、あぶくに浮かれて育った親も親じゃが。わしらの様な苦労をしらんからな。あんな連中のせいで残酷な事件がひっきりなしに新聞を賑わすのだ。わしらの頃はお巡りさんも、もっとおおらかなもんだったぞ。全く、立派なおつむで楽をしようとしか考えてないから碌な事にはならん」

「世情を憂える声、ご尤もであります。アタクシも力及ばず、教職を去る事となりましたが、コンバンワークになんとか拾って貰ったのが不幸中の幸いですよ。この年になると、再就職は難しいですから。そりゃあ、働き口ならありますが、食べていくには覚束ないものが大多数で……冷たいものですよ。世間は年金が受け取り間近になった年寄りには冷たいですからね。さっさと逝ってしまえと遠まわしに言わんとしている様です」

「まだ若い癖に何を言うとるか! わしゃお迎えが近いが、あんたはまだまだこれからだろうが! まあ、世間じゃわしらの恩を忘れて邪険にしよるがの。日本が豊かになったのが誰のせいだと思ってる。わしらの流した血と汗と涙があったからだろうが。これからどうせ碌な世の中にはならん。恩知らずの若造共、今は良くても、いつかはツケが回ってくる事が分からんのだろうよ!」

 感情が昂ぶって、声が大きくなる老人に、地衣はまあまあ、と宥めた。

「お客様にはいつまでも長生きして貰わないと困りますね。やはり、人生の熟練者は敬われるべきです」

「ふう、あんたのせいで血圧が上がってしまったじゃないか。どうしてくれる」

「老いてなお血気盛んなお方ですね……案外少し、ほんのちょびっと血を抜けば、すっと気が楽になるかもしれませんね」

「ははは、まだ負けはせんぞ。冗談抜かせ、献血は若いもんの仕事じゃろうが」

「ふふふ、これは失礼をば致しました」

 地衣は、にかっと一本たりとも欠けていない白く健康な歯を見せて笑う。


「いい歯じゃ。健康な肉体に健康な魂は宿るという。最近は胡散臭い連中がうろついていて困る、連中仕事もせずに訳の分からん御託を抜かしよってからに、親の顔が見たいわ」

「『胡散臭い連中』、と言いますと?」

「最初、アンタが来た時にそうじゃないかと思ったんじゃが。良く変な奴らが回ってくるんじゃよ。宗教の勧誘なんだろうが、支離滅裂もいい所よ。神様仏様やらキリスト教やらヒンドゥー教やらごちゃまぜの説教を垂れよって、終いには宇宙人が神だとか、お釈迦様もキリストも、孔子もマホメットもみんな宇宙人だとか出鱈目を平然と言いよる。しっちゃかめっちゃも極まっておるわい。こっちが耄碌しておると、侮っている態度がひしひしと伝わってきたわい。わしゃ、見下されるのは好かんのだ!」

「はあ」

「頭に来て叩き出してやろうとしたら、何と言ったと思う? 神がもうすぐ迎えにやってくるだの、不信心者は滅ぼされて魂は地獄に落ちる、今に地球は滅ぶ、我々選ばれた民と共に間違った教えを棄てて目覚めないと未来永劫救われないぞ、それでもいいのか? だと。抜かしよるわ、たわけが! 事もあろうに、若造共め、この年長者を悪びれも無く脅しにかけよった! 思い出すだにあの小賢しさにはらわたが煮えくり返るわ。連中こそ、地獄で閻魔に舌をひん抜かれてはお得意の弁説が出来なくなった時が見物じゃわい! 『オレオレ詐欺』といい『催眠商法』といい、老人を見くびり過ぎじゃ、片腹痛い」

 老人は忌々しさを隠そうともせずに、握りこぶしを作って床をバシバシと叩く。そして、地衣にも「幽霊騒ぎであんたらも安く買い叩こうと不埒な気分を起こしたのう? わしゃ見逃さんかったぞ」と、流し目をくれた。話を聞いていた地衣は曇った眼鏡のレンズをハンカチで拭った。


「はあ、『マーリンショック』以降、世情が不安定ですものねえ。価値観も多様ですし、現行の社会システムもひずみが目立ってきていますし、人々もより強く心の拠り所を探し求めるのでしょうか。きっとそれはそれは、退廃的かは存じませんが、それなりに刺激的な教えであるのかもしれませんねえ。お客様の様に壮健且つ賢明であられれば宜しいのですが、そのような人達だけではありませんからね、この世の中。アタクシも離職してより、余りの心細さに一時期は危うかったのですから、人事とは思えませんけれど」

「ひ弱な連中じゃ。己の研鑽と金は裏切らぬわ。大体滅ぶ滅ぶと騒ぎ立てて、何度目になる。人は放って置いても、勝手に生まれて勝手に死ぬもんだ……」


 老人の話は、いつ終わるとも無く続きそうである。地衣は適当な間で、締めくくりの言葉を入れた。

「アタクシの属するコンバンワークは、『揺り籠から棺おけまで』の経済サポートを旨としておりますから、今後も御贔屓にお願いします」

「暇な時なら、あんたの世迷言を聞いてやってもいいぞ」

 戻ってきた言葉に、内心苦笑しながら、地衣数太郎は、低身低頭の態度を崩さず老人の家を辞した。


「歴史を経て熟成されたワインと、憂いを知らない瑞々しい果実……果たしてどちらがアタクシの好みなのでしょうかねえ。これは一度、並べて賞味する必要がありますね。比較対象がおかしいでしょうか? いいえ、それは物の捉え方次第なのです……」

 彼が舌なめずりして放った言葉は、喧騒に掻き消えた。

 

※本ブログに登場する人物・団体・事件・現象は全てフィクションです。

 実在する事物とは一切関係ありません。

 また、プレストーリーという性質上、校正・改稿が行われる場合があります。

この記事の先頭へ▲

探偵春日六郎プレ7

 

探偵春日六郎プレストーリー7/短編/

<おはようのことば>


「うー……あー」

 須田ノリオは、低くうなり声を発した。目ヤニがにかわのようにへばりついて、ろくすっぽ開いていない寝ぼけ眼を擦りながら――他方の腕では涎を拭いつつ、体当たり同然の体勢で年季の入ったおんぼろドアを押し開ける。

「ああ、朝だけは、爽やかで涼しくていい太陽だなあ本当に。ずっとこの按配で日中行ってくれればいいのになあ」

 残暑は留まる事を知らない。居座って一向に秋に席を譲る気が無いらしい。もうすぐ十月にもなろうというのに、だ。そう言いつつわき腹をぽりぽりと掻く。

「あっ!」

 ぐだぐだとぼやく彼は、危うく急なコンクリートの階段を踏み外しかけた。バランスの崩れた体が落下するのを、活気の無い灰色の壁に手を貼り付け、顔を真っ赤に染めつつもなんとかかんとか踏ん張って堪えた。これをきっかけにして夢うつつでぼんやりと低空飛行を続けていた意識が、かっと、総身に走った電流にも似た危機感(アドレナリン)に焦がされて、途端にしゃきっとなる。ついでに大事なことを思い出す。

「あ、忘れてた……掃除道具。ほんまわいはどんくさくてかなんなあ」

 ノリオはぼさぼさの頭を掻きながら、どこで覚えたのか似非関西弁でぼやきつつ部屋へ逆戻りをした。



「お〜、おはよう! ノリオちゃん! よっ今日もぼ〜っとしてるな!」

「あ、おはようございます、オーナーさん」

 階段を下った先、ビルの前にはビルのオーナーがいた。

 掃除はさておき、煙草でのんびり一服をしている。

「いやさ、はりきって全部やっちゃうとノリオちゃんの仕事取っちゃうからねえ〜ハハハ」

 ノリオが働き出して以来、彼とは毎朝こうして挨拶を交わす。ひょっとすれば春日よりも顔を合わせているかもしれない。

「ど、どうも、すいません」

 ノリオは言葉少なくおどおどと返事をした。ペコペコ頭を下げながら、おずおずとビルの前に出て、アスファルトの道路を箒でぎこちなく掃き出す。

「掃除仲間じゃないか。そう怯えなくてもいいって。おじさんそんなに怖い顔してるかい? これでも蝿すらも邪険にしない男だって評判なんだけどなあ〜」

「あ、いえ、その……すいません」

「謝るこたぁないのに」

「す、すいません」

「うーむ」

 力一杯やっているがその分細かい埃が却って撒き散らされ、蛇行しているせいか、掃きむらが所々に残っている。それでも本人には手抜きをしている意識は無いらしく、汗まみれになっている。後からそれに気づいたらしく、彼は顔を赤くしてやり直す。掃除機を掛ければ四隅に遣り残しが出来てしまうタイプなのかもしれない。

 雑だ。他人の粗は良く目立つものだが、彼はなかなかどうしてこれから苦労しそうな感じがした。

 気の毒にも、彼をあざ笑うように、野良犬が狙い済ましたかと思えるタイミングでやって来た。掃除済みの電柱付近に朝のお通じを済ます。ノリオはまだ気づかない。


 彼が来て二週間ぐらいになるだろうか。煙草をのんびり吸いつつ、ビルのオーナーは、未だ万事に付けてぎこちなさの抜けない若者を見守っていた。何とはなしに悪い青年では無いだろう事は分かった。

「しかし、時期が悪かったよなあ。やっとバブル崩壊から立ち直りかけてたのに」

 日本は一昨年の「マーリンショック」より発した世界規模の経済不況から、未だに抜け出せずにいた。国のトップも打開策を講じて経過を伺う期間すら与えられずに何度も変わっていく。しかし、その都度、地に足着かない政策をぶちあげるはいいのだが、誰もがそれの足の引っ張り合いに終始して改善どころか実効性がありそうな対策の目処すら立たないありさまだった。復調の兆しはまだまだ見えない。先行き不透明所か、暗中模索、一寸先は闇といった体である。

 ビルのオーナーは、TVで繰り返される責任の擦り付け合いのバトルロワイヤルの渦中にある彼らエリートにさしたる期待はしていない。アルコールが入れば、この時期、誰がなっても同じで、トップになった奴は貧乏くじを引いたようなものだ、なんて訳知り顔で語ってしまう。

 達観――と言えば聞こえがいいが、詰まる所、巷と同じで諦めムードだった。

 大枚叩いて金星へ向けて打ち上げられた探査機が失敗に終わった事は、近未来の宇宙開発を描いた素晴らしいイラストに心躍らせた世代のオーナーをいたくがっかりさせた。


 当然こんな調子であるから就職戦線も雪解け間近と思わせて、スノーボール・アース(雪球地球)状態を維持したままである。そんな時分じゃ、そもそも優秀な学生は別として、普通の学生は言うに及ばず、彼の様に少々抜けてそうな印象を人に与える若者ならいっとう酷な季節だろう。

 でなければ、まがりなりにも地元・平木大学卒の肩書きを有する『俊英』がわざわざこんな裏路地の零細ビルに入った探偵事務所へ足を向けたりはしないに違いない。彼にしてもこの展開は予想外だったのではないか。


「ノリオちゃんも、一服していきなよ」

「僕煙草吸えないんで。お気持ちだけ貰っておきます」

「あ、そう」

 まあ、人生山あり谷ありで思ったとおりにいかないから楽しいのだ、と齢が中年の域に達したビルオーナーは思ったりするのだ。良く磨かれた石は、案外玉に化けるかもしれない。

「お〜いノリオちゃん、新聞、新聞〜また忘れてるよ」

 掃除が終わるなり頭をちょこんと下げてから、駆け足で急な階段を駆け上って行こうとするノリオに、オーナーは声をかけた。

「あ〜、またこんな事すらも忘れてしまったあ!」

 う〜、あ〜と唸りながら大げさな仕草で両腕をぶん回してノリオは悔しがった。ただでさえ、ボサボサの髪をかき乱す。良く見てみれば足元は部屋用スリッパ。かなりのうっかりさんでもあった。


「ま〜、その、なんだ。あれだ。一人喜劇っていうか、ノリオちゃんはテンパリストだな。まあまあ、いいじゃない」

 新聞如きでがっくりと肩を落とすノリオ。オーナーは、バシバシと肩を叩くので、その都度更に肩がずうんずうんと沈む。このまま叩き続ければ釘みたく、床に体が刺さるかも知れない。オーナーは話題を変えた。

「そういやあ、ノリオちゃん。君んとこはいつから探偵事務所から、キャッシングのお仕事に鞍替えしたんだい、ん?」

「へえ?」

 発言の真意が掴めなかったのか、ノリオは気の抜けた返事をした。

「だからさあ。ほらほら、いるじゃない。白肌に黒髪で清楚そうで……清潔感と誠実感を全面に持ってきたイメージ作りをしてるいかにも金貸し関係のCMに出てきそうな綺麗なお姉さんが」

「はあ」

 ただ、返済が滞るや否や、さわやかなお姉さんは影も形も無くなって、荒い口調のお兄さんが「借りたもんはきっちり耳揃えて返すのが人の道ちゃうんか、ボケえ。会社・親類にも催促の電話しますよーいいんですかー」と、丁寧に誰でも分かるように催促をしてくれるのだが。美人局と言えば言い過ぎになるので言わないが公然の秘密ということにでもしておこう。そんなお兄さんが素直に出演するCMを視聴した記憶は無い。しかし、それはそうだとしても、押しの弱い春日やおどおどしたノリオにそんな強面の役が務まらなさそうである。

 貸した相手に、ペコペコ頭を下げながら、低姿勢で返済をお願いするノリオが荒っぽい客に怒鳴られる光景が浮かび、次に暢気に返済を待ってやる春日の姿が浮かぶ。どうにも彼らの様なお人良しでお節介な連中には無理な商売かもしれない。


 ひとしきり妙な想像をして楽しんだオーナーは、「ほら」、とノリオが分かるようにビルの二階を指差してやる。その窓際に女性のシルエットが映っている。ノリオはやっとの事で得心したらしく、大きな声を出して頷いた。

「あー、秋山さんの事ですか」

 オーナーはそんな暢気な彼を肘で小突く。

「どうだいあんな清純な別嬪さんと働けると思うと、心がワクワクドキドキしてくるだろう? 何事も気のもち様だって、ノリオちゃん。ほら、毎日が楽しくなるだろう? やいやい、おじさんはうらやましいぞ。このこの!」

 ノリオは要領を得ずにキョトンとしていたものの、数瞬の間を置いてから何らかの妄想をしたらしく、赤面した。

 ビルオーナーは青年の反応に対して、ウンウンと頷いた。青春とはこういう物だ、エネルギッシュであまずっぱくさわやかにラブ&ピースでなけりゃ。俺の頃もそうだった――と思っているからだ。

 そんな満足げな彼に、ノリオは答えた。

「ああ、でも……秋山さん。マッキンキンの派手な金髪です。ちょっとそういうCMには」

「ああ……そう」

 細かい事はいいんだよ、と言いたくなったオーナーであった。




「おはようございます先生、今日はいい天気ですねえ」

「おはよう、キッカ君」

 金色に染め上げた長い髪を後ろで纏め、健康的な小麦色の肌をした彼女は、奥の台所で朝食を作っているエプロン姿の春日に挨拶した。ノリオの加入からまもなくして入った事務希望の女性だ。

 名前は秋山キッカ(菊花)、と言う。古風の名前の割には、今時な洋風の服装が好みであるらしく耳たぶには小さいピアスが納まり、つけ睫毛がどっさり乗っている。地味さを絵に描いたノリオとは真逆の華やかさで以って、所帯じみた場末の探偵事務所の雰囲気を明るくしている感じだった。


 最近までたった一人での自転車操業をし、いや余儀なくされ、所長が自嘲の言葉を零していた探偵事務所も、お化け屋敷の探検以降個性派の二人を加えて急に賑やかになった。

「るんるんるん〜♪」

 キッカは事務所の鏡で髪型が決まっているか、鼻歌混じりにチェックして手で微調整を加えた。

 台所からは、ウィンナーの焼けるいい匂いが漂ってくる。

 

※本ブログに登場する人物・団体・事件・現象は全てフィクションです。

 実在する事物とは一切関係ありません。

 また、プレストーリーという性質上、校正・改稿が行われる場合があります。


この記事の先頭へ▲

春日プレ6++

お題ブログ:【イベント】あなたの新作neneカラーパレット&Petitコーデを見せて!

新着非表示・もんだい・・回避・・??

 

春日プレストーリー6/短編/++

※前回のUPが新着に反映されなかったので再UPしました。
<憑き物>

 

 『彼』は差し込む朝の日差しに顔を照らされて、頭を揺り動かした。
「う、う〜ん」
 彼は寝ぼけ眼を手でこすりつつソファーベットより上体を物憂げに起こす。ふと目をやると小さなモニターに映し出された朝のニュース番組が適正なペースを崩さずに淡々と申し送りを消費していた。いつもの光景だ。
 ジュウジュウ耳を賑やかして鼻をくすぐるのは焼けるウィンナーの匂いだ。後、コーヒーの香りとパンの焦がす音。ありふれた平穏の風情だ。
 ニュース番組は佳境に入って、今日の占いを発表する。『ラッキーな星座は、ラッキーな血液型は、ラッキーカラーは、ラッキーナンバーは、ラッキーアイテムは……』
 朝は涼しい。窓から流れ込んで来る風もまだ優しく頬を撫でてくれる。窓際に並ぶ小さな鉢植え。そうして、再びまどろみが襲う。変わりない安息。
 そう何も恐れる事の無い日常に包まれて、愛すべき惰性の波に身を任せて生きる幸せ。

「チーン!」
 トースターが雄鶏の代わりに朝を知らせて、パンは宇宙目掛けて発射された。
「ザザ……」
 ブラウン管の左半分に帯状のノイズがちらついて、視聴者に代わって早起きした分しばしまどろむ。

 彼はもう一度目覚めた。ここは違う。居心地はいいけれど異質だ。包み込む優しさは我が家と似ているけれど、別のものだ。
 彼はゆりかごからいきなり叩き出された気持ちになって動揺した。彼は問いかける。
「ここはどこだ」
「さて、次のニュースです……O2製薬が画期的な特効薬を……平木大学の……」
 返事は無い。前のニュースからバトンタッチした次のニュース番組は淀みなく語りだした。
「僕は一体」
 良識者代表は目の前の自分を置き去りにして、『もっとしっかりしてもらわないと困る』と眉を潜めて誰かを非難する。明確な回答は無い。頭がずきずき痛む。彼は両手を押さえる。
 記憶がぐるぐる廻り出す。けれども、流失する映像は一向に要領を得ない。反転覆転……ネガが歪む。

 そうだ、燃える様な瞳で此方を見下ろしていた。
 彼女は存在をとめどなく否定してくるのだ。傍に居るだけでで心が焼き焦げる。
 破邪。絶対者。悪魔を見下す天使の眼光。異教徒を見据える信仰者の眼。黄昏ではなく、朝日が顕現する未明の空の色。夜明けの色だ。落伍者を許さない。おちこぼれを再教育。熱で溶かされ鋳型に嵌められる。規格の外は跳ね除ける。そう雑草を抜くみたいに。空薬莢に火薬を充填。彼女はイレギュラーを厳しい基準で駆逐する。
 自分もその認可されない弾かれ品。お前はNO!NO!NO!NO! 僕は狩リ立てられる。
 そうだ。あれは。こんな風だった。開け放しの窓に髪を揺るがせながら立っていた。月明かりを背にして暗がりに潜んでいた。
 うすべにいろをした、ひとみのくろかみのおんなだ。
 血が逆流する天地が動転し途切れる。 

「おはよう」
 場違いに穏やかな声が彼を救った。その声が起こした風は、彼の周囲にたむろしていた蒸し暑い空気を一掃した。
 そうして彼は飛び起きた。
「あれ、夢?」
 呆然。彼に声を掛けた男は朝食を満載したトレイを抱えていた。


「僕は」
「うなされていたみたいだけど。朝御飯でもどうかな? 飲み物がオレンジ? ミルク?」
「ああ……あ、すいません。麦茶で」
 喫茶店のモーニングセットの形容が良く似合う軽い朝食といいにおいのするコーヒーがソファー前の机に置かれる。
 にこやかな表情を崩さない男は、「麦茶ね」と確認してから飲み物を取りに行った。
 戻ってきて良く冷えた麦茶をガラスのコップに注ぎ、彼の前に置く。

「おまたせ。では、頂きます」
「あの、僕は」


「寝起きで混乱していると思うから、簡単に説明しようか。幽霊の噂がある――いや、保存状態がいいからその言い方は少し違うね。君と私は幽霊が出るって噂のある無人家にいたんだ。そこで、君は何かに動転して飛び出してきて、私の知り合いと暴れた末に気を失ったんだよ」
「はあ、すいません」

 彼は気まずそうに頭を下げた。

 男は気にしなくていいと、手を振る。
「で、私は探偵。名前は春日六郎(かすがろくろう)。家主の方に幽霊騒ぎの真相を確かめる様に、依頼をされてあの場に居た次第だ。屋敷の探索中に散々お化けの仕掛けに出くわしていた所で、とどめに君との刺激的なランデブーだろう? 驚いたよ。その後、すっかり精根尽き果ててしまったらしい君をあそこに放置して行くのも良心が咎めたので、こうして多少なりともはマシだろうこの事務所で休んで貰ったという訳だ」
「僕は、須田ノリオ(すだのりお)と言います、どうもご迷惑をお掛けしたみたいで」
 ノリオは縮こまった。


「ノリオちゃんか! ……ああ、馴れ馴れしい言い方をしてすまない。昔近所にそう呼ばれていた子が住んでいたもので、つい。まあ、苦労といえば君を担いで階段を登った事位でね。おっと、パンが冷めてしまう。後は腹を満たしてからゆっくり話そう。何より私も空腹でね」
 春日はそう言うと、半分に切り分けた食パンの上にブルーベリージャムを塗って美味しそうにほお張った。
 ノリオも自分が空腹なのを思い出した。途端に腹がぐうとなる。
 ウィンナーやスクランブルエッグを口に運ぶ度に、暖かい味わいが舌に広がる。丁度、昔友達の家に泊まりに行った時に友人の母親が作ってくれた質素で美味しい朝食の感じに良く似ていた。野菜に掛かったドレッシングは普段食べない種類のものだったがこれも美味しかった。
 夢中でもぐもぐと顎を動かす事に終始する事数分。人心地がついたノリオはやおら顔を上げた。

「ごちそうさまでした」
「いえいえ、やはり食事は一人よりも二人の方が美味しい」
 美味しそうに食べる相手の様子を眺めながらの食事は良い物だ、と春日は続けた。
「あの、調査って。結局どうなったんですか」

「ああ、幸運にも『本物』はいらっしゃらなかった。幽霊の噂にかこつけて悪さをしていた連中が居たのは確認できた。彼等が、他の侵入者を驚かしてやろうと色々念入りに仕掛けをしていた事が余計に評判を広めてしまったらしい。私と同行した雑誌の記者さんも、警鐘を鳴らす記事を書く予定だと言っていたし、家主さんとしては、一度噂が付いた上は、家財道具を処分してさっさと売り飛ばしたいと仰っていた」


「そうですか。じゃあ僕が見たのも仕掛けだったのかも。夢で見てみると心底ぞっとしたけど」
「君が居た部屋も訪ねてみたけれど、妙な物は発見できなかった。あんな場所だから、ひょんなきっかけで取り乱しても不思議じゃない」
「僕は好き好んであんな場所に居た訳じゃ無いんです、昨日平木駅で柄の悪い連中に絡まれて……僕も虫の居所が悪かったというか自暴自棄な気分だったんで。売り言葉に買い言葉でボコボコにされて、気づいたらあの家の中に居たんです……」
「ふむ。そんなに畏まらなくてもいい。私は一介の探偵だから。尋問なんてしない」
 成程、腕っ節が強そうな外見にはとても見えなかった。気の毒に思えるほど、すっかり卑屈になってしてしまっている。

「本当なんです。出口は見つけられないしそこらじゅうに変な仕掛けがしてあって、無我夢中で逃げ回ってたら、知らぬうちあの部屋に辿り着き閉じこもって。アレを見た……」
 早くも薄れかかっているものの強烈な夢の印象を思い出してノリオは青白くなる。

「アレ?」
「黒髪の女。扉が閉まっていた筈なのに、そこに居て、僕を射竦める様な目で僕を睨むんです。瞳の色が尋常じゃなかった。そこでまた訳が分からなくなって、とにかく逃げなきゃって」
「うーん、成る程。他にも息を潜めていた人が居たのか。私もまだまだ修行が足りないな」
 春日は難しい顔をした。複数の潜伏者の気配を確実に察知しきれなかったのは探偵としては不合格だ。
 二階に居た眼光鋭い女。春日が現場に駆けつけた時には姿形も無かったが、窓は開け放しとなっていた。そこから逃走者の影も覗えなかったが。
 ただ、そこからうまく屋根を伝って脱出敢行を図る事も出来そうだ。
 身軽で運動神経に優れているか、高所での活動に慣れている者ならばの話だが。大胆な逃走振りから想像するに案外ノリオと出くわして肝を潰したのは相手だったのかもしれない。
 

 

「あの、突然なんですけど僕をここに置いてくれませんか!?」

「え!? それはどういう意味かな?」

 脈絡も無く、突飛な事を言い出す若者に、考え事の最中だった春日は驚いた。

 思わず聞き返す。
「僕は、置き去りにしなかった春日さんと一緒に働きたいと思ったんです。お願いします! 僕には他に行く場所が無いんです」
 事もあろうに、それだけ労多く実り少ないこの職種で、更に将来有望もとい無謀な、この探偵社で働きたいとは。先にも従業員がたったの一人もいなくなったものなのに。

 余程困っているのか、切羽詰まった事情があるのか、それとも世間知らずなのか。春日には彼の意図を理解しかねた。


「いきなりだね。トラブルも多いし、うちのような零細では特に、職務上どうしても長期の肉体労働にならざるを得ないし。君だったらもっと良い仕事に就けるんじゃないかなあ」
 ノリオは額に汗しながらも、ポケットから四つ折りでよれよれになった履歴書を震える手で取り出した。
「そこを何とかお願いします!」
 何気なく春日は目を通した。字は汚い、古代文字の解読をしている様な気分にさせられる。
 内容の不要領さも目立っている。どうにも不器用な青年らしい。とはいえ、所作が無様でも目の前の彼からは、真剣さというか切迫した様子だけは伝わってくる。

「ええ!? 将来有望な弁護士の卵がどうしてまた、初対面の貧乏探偵に弟子入りになるんだい」
 春日は学歴の項で面食らった。

 最終学歴・国立平木大学法律経済学科卒業 弁護士司法試験現役合格――。

 

「僕は不器用ですから。それにこれはきっと天の巡り合せなんです!」
「いや、不器用と言ってもだね。自分で不器用なんて言う君が、合格するのには大変な苦労をしたんだろう?」
「春日先生、僕みたいな奴が言うと生意気でしょうが、今の世の中そう甘かなかったんです」


 ノリオが語る所によれば、従来弁護士の卵が経験を積んだり顧客や仲間・専門家同士のコネクションを構築したりする為の重要な受け皿となって来た、弁護士事務所の数が絶対的に不足しているという。難関試験を突破しても立ちはだかる更なる狭き門。これに失敗すれば、文字通り裸一貫で放りだされての船出となる。経験の蓄積も、人脈も依頼のコネも無く、設備や勝手の行き届いた活動拠点も無い。ひたすら国選の仕事を待つのみ。

 新聞にそんなはみ出た新米弁護士の悪戦苦闘振りを三面記事で取り扱っていたのを思い出した。

 この兆候は何も平木県に限った事ではないらしく、全国的なものらしい。

 彼もその例に漏れず県内全ての事務所で断られて、すっかり炙れた。

 駅に居たのは県外へ活路を見出そうとの思惑があったというが、地元県での完膚無きまでの敗北が、まるきりタフでもハングリーでも無い、このインテリ青年をうちのめし悲観的にし、自暴自棄に走らせた。
 
「僕は本当に駄目な奴なんです。『お勉強』以外何も出来ない。要領は最悪で、根性も無い。そんな性根が面にも出て、こんな貧相に」
 ノリオすっかり泣き声だった。自分に自信が無いタイプらしい。

 その後も、自分の不甲斐ない所をつらつらと上げては、その度に勝手により深みへと落ち込んで行く。春日が知らぬ間に、面接ではなくカウンセリングの現場と化していた。


「なかなかうまく行かないものだ。母県の弱み――知名度の低さと張り合っては貧乏振りを自嘲する困った探偵がいたりするのにね。ともあれ、こんな時代だ。自分の安売りは宜しく無いと思うんだが」
「……呪います。もしここで駄目なら、人徳者で多分探偵として色んな人々を知っている春日先生に見込みが無いと言われるならば、その通りなんでしょう。ここの屋上からおさらばします」
 思いつめた形相は鬼気迫っていた。良くもまあ幽霊よりも厄介な物に憑かれている青年を連れて来たものだ。
「こらこら、いやはや。こりゃあ、参ったねえ。そうきたか、それでなくても人が寄り付かないのに」
 春日は困ったねえ、と言いつつ、いつもの苦笑いをして頭をポリポリ掻く。先の老人みたく「甘えるな! 若造」と一喝できる激しさをこの男は持たない。

 

「にゃあ〜にゃ〜」
 じれったいよ、やりたいと言うのならやらせてやればいいじゃないか、とでも言いたげな声。突然現れた猫は机に駆け上ったと思ったら、ぺたんとノリオの顔写真あたりに肉球でスタンプを押した。
「うちの相棒が『とりあえずやってみろ』って言ってるみたいだね。早速『初仕事』らしい」
 猫はあっけに取られて固まるノリオの足元にじゃれついて朝のミルクをせっついた。

 

「それじゃあ、先生……! あっ、痒い」

 喜ぶ間も無く、ノリオは首筋をポリポリと掻いた。春日は例の素早さでどこからともなく、数種の虫刺され薬を取り出して彼に渡した。

 

 そんな彼に、顔を向けた鏡が一つ。曇ったその表面には何者すらも浮かんではいなかった。

 

「にゃあ」

 猫はのろのろしている彼にもう一度催促をかけた。 

 

※本ブログに登場する人物・団体・事件・現象は全てフィクションです。

 実在する事物とは一切関係ありません。

 また、プレストーリーという性質上、校正・改稿が行われる場合があります。

この記事の先頭へ▲

お名前メモする