燦然たる黒歴史の溜まり場く(´(Å)`)ツルリ

誤字脱字発見有難いです〜グッドボタンに感謝〜

東北の記事

雄鶏Aあとがき5/5

あらすじと人物紹介はこちら
http://blog.hangame.co.jp/B0000310095/article/35345044/
 駄文目録はこちら
http://blog.hangame.co.jp/B0000310095/article/35624547/
 
 
 ※本ブログに登場する人物・団体・事件・現象は全てフィクションです。実在する事物とは関係ありません。
※物語上、多用な価値観をとりあつかったり、公序良俗に反する描写が含まれますが、如何なる犯罪行為や差別を助長するものではありません。反面教師として見て頂けると幸いです。現実に行うと、罪に問われる場合があります。

決して真似なさらいようお願い致します。

 

 

〜『雄鶏A』を読破して頂いた方々へ〜
〜あとがき〜

(ネタバレ回避用に反転してあります)


☆☆☆☆☆


雄鶏A第七十回(ed)
8−5:ぼくたちのぼうけんははじまったばかりだ!(雄鶏A)

 

 

 

「どうしたね、鳴金君?」
「意識を回復した矢先に脱走されました。まさに恐ろしい力であります。『常日頃から、悪の組織に捕まり改造されても、洗脳される寸前に脱走するように自己催眠を掛けるトレーニングをしていた』『戦う為だけの存在にされた悲しみと怒り』『二輪免許がないから格好がつかない』とかなんとか喚きながら、警備員数名を蹴散らし……」
「暴走か?」
「はあ、どうやら寝ぼけているようでして。言葉裏腹、喜色満面でしたが……困りましたな」
「元気なのは何よりだ。万事を手堅くこなせる人材よりも、小さくまとまらず破天荒な大物の方が面白いじゃないか」

 モニターには、地下迷路に誘導された男が、徒手空拳で壁をぶち壊しながら進んでいく姿が映っている。大津忠吾は、いささか辟易している鳴金と違って機嫌がいい。むしろ面白がってさえいた。
「諸刃の剣ですな。彼の安全の為には、しばらく拘束してデータを収集するべきかと。鎮圧部隊を送って頂けますか?」
「人間にはなりたいものになろうとする力と同時に、自己認識や常識の壁による抑制も強く働くものだ。今は夢現の境にあってその戒めが緩いのだろう、正気付けば大人しくなるさ。アレらはそういった類の力だ。刺激せずにしばらく放っておけ」

「分かりました」
「そうか。社会復帰の手配をしておこう。君は彼の監視と分析を続けるように」
「愛郷心溢れる我々が悪の秘密結社扱いとは……やれやれですな」

 


 樹々が去った後、泣き疲れた秋津は眠りについた。
「ヒーローは打ちのめされても立ち上がる。勇気が心にある限り、決して負けないのだ!」
 鍵をかけたドアから、あの懐かしい声と騒々しいノックの音がするのを待ちわびながら。

 

 秋津は夢を見た。

 家の奥まった所にある図書室で、見知らぬ少女と一緒にいる。
 外では蝉がみんみん元気に鳴いている。本のインクがつんと鼻の奥に突き刺さる。
「秋津ちゃん、お姉ちゃんが本読んであげるわ」
 肩よりも長い黒髪に白いワンピース姿。外見不相応の大人びた物言いをする少女が、秋津に背を向けて本棚の絵本を物色している。
 姉か。

 正直、家族が死んだあの事故のショックが大きすぎたせいで、家族との思い出は消えてしまっていた。後からアルバムを見たり、祖父母から聞いて補っていたが、自身の記憶そのものを無理矢理こじ開けようとはしなかった。
「どの本がいいかな?」
 秋津はそんな姉を名乗る少女の呼びかけに応じず、ただうつむいていた。

 丸くて背の低いちゃぶ台テーブルの上にはオレンジジュースが三つ。誰が飲んだのかは知らないけれど、そのうち一つは空っぽだった。カラフルなストローつきのガラスコップも暑いのか汗をかいている。
「あれれ、秋津ちゃん、ご機嫌斜めだね〜。どうしたのかなあ」
 少女は秋津の方に振り返る。幼くして亡くなった姉はこんなに柔らかく笑うのか。
「なんちゃってね♪ 私はちゃんと覚えてるよ。ちょっと待ってて」
 少女は部屋の隅から、綺麗な包装紙に可愛いリボンがかけられた小箱を取り出して秋津に渡した。
「お誕生日おめでとう、秋津ちゃん」
 あれだけ泣きあかしたというのに、どうしてだろう。また涙が流れ出す。
「そんなに泣いたら美人が台無しね。ほらほら、開けてみて」
 秋津は綺麗なリボンの紐を解き、包み紙を開いて、箱の蓋に手をかける。
 そこで秋津は目を覚ました。

 

 代わり映えしない天井の模様。そういえば、自分の誕生日をすっかり忘れていた。
 いつの間にか枕の隣に置かれている見慣れない箱。
「あれ……『オドリャンDVDBOX』?」
 秋津の趣味からかけ離れた物が何故か置いてある。
 窓から涼しい風が吹き込む。ここ数日の間に、季節はようやく秋に切り替わっていた。
 しかし、窓を開けた覚えはない。

 

「秋の夜長に、それはとてもいいものだぞ!」
「どうして……」
「部屋には鍵が掛かっていたからだ!」
「違うよ。なんで生きてるの」

「俺は生きて、ヒーローの実在を証明し続ける」
 窓から侵入してきた不審者は白い歯を見せて笑った。

 

この記事の先頭へ▲

雄鶏Aあとがき「改」4/5

 

あらすじと人物紹介はこちら
http://blog.hangame.co.jp/B0000310095/article/35345044/
 駄文目録はこちら
http://blog.hangame.co.jp/B0000310095/article/35624547/
 
 
 ※本ブログに登場する人物・団体・事件・現象は全てフィクションです。実在する事物とは関係ありません。
※物語上、多用な価値観をとりあつかったり、公序良俗に反する描写が含まれますが、如何なる犯罪行為や差別を助長するものではありません。反面教師として見て頂けると幸いです。現実に行うと、罪に問われる場合があります。

決して真似なさらいようお願い致します。

 

 

〜『雄鶏A』を読破して頂いた方々へ〜
〜あとがき・

(ネタバレ回避用に反転してあります)


☆☆☆☆


雄鶏A第六十九回(ed)
8−4:雄鶏Aの雄叫ぶふくろとじ

 

 
 黄昏色の空。

 三途の川は、一般的な河川のイメージと比べるとあまりにも長大で、向こう岸が窺えない。
そんな川岸に佇む無人のフェリー乗り場で、涼は無心に自分のポケットをひたすら叩いていた。
「あのさ、涼君。何してるの?」
「増えるかもしれない!」
「……え?」
 突拍子もない涼の発言に、少女は思わず聞き返した。
「ここが俺の心象世界ならば、現実にも増して、こうでありたいと願う強い意志が影響力を持つに違いない。故に、ユーモア溢れるかの歌の如く、奇跡を起こす」
「ううん、違うよ。あの歌の意味は……」
「人は空を鳥のように飛びたいと願ったが、翼がないからといって諦めはしなかったぞ」
「だって」
「俺は弱い。『ヒーロー』とは何か、考えれば考える程に分からなくなる。しかし、それしきで俺を止められると思ったら大きな間違いだ」
 少女は口をつぐんだ。涼は歌を口ずさみながら、冥銭の入ったポケットを叩きまくる。
「……」
「ぬう、なにやら催して来た」
 難しい顔で思案していた少女は、小さな手を涼の前に差し出した。
「じゃあ、お手洗いに行ってる間に、私が叩いててあげる」
「任せた」
 涼は微笑んでポケットの中にあった古びた六文銭を渡す。
 こんな曖昧な世界でもきちんと襲ってくる排泄欲求。全自動トイレに辿り着いて用を足しながら、現実世界で漏らしていたらどうしよう、そんな不安が胸をよぎる涼であった。涼がトイレから戻ると、少女は両手を後ろに回してにこにこしながら待っていた。
「どうした?」
「何でも試してみるものね」
 後ろ手に隠していた物を差し出す。「この世」行きの片道乗船券だった。

 

 便が来るまで、待ち時間があったので、二人は暇を潰すのに何をしようかと話し合った。
「じゃあ、あれ」
 少女が展望台へと続く緩やかな階段を指差す。
「ぬ?」
「グーで勝ったらグリコで三歩進むの、チョキならチョコレート、パーならパイナップルで六歩ね。あそこの双眼鏡にタッチしたら勝ちね」
「また懐かしい」
「それじゃあ、せーの、じゃんけんぽん!」
「ぬぐあ。敗北」
 少女がパーで、涼がグー。
「パ・イ・ナ・ッ・プ・ル」
 元気よく言いながら、少女は斜陽のさした階段を駆け上がっていく。
「グ・リ・コ!」
 次は涼の勝ち。抜いたり抜き返されたり、二人はじゃんけんを繰り返す。涼はこの懐かしい遊びで童心に戻り、昔の事を思い出していく。

 学校の行き帰りに陸橋などでよくやっていた。陰険な連中は、断れない口実を捻り出しては、ランドセルを弱い奴に持たせたりしていた。それを見過ごせなかったあの日、親や先生の手前、あからさまに嫌がらせはないが、分の悪い遊びを提案されて惨敗し、いじめられっ子と一緒にそいつらのランドセルを担いで歩いたっけ。
 相手を征服するのが不快だったから、格闘技も弁論術も学ばなかった。

 だから、いつも理不尽の前に身を晒して、ただ打たれる以外に方法を知らない。

 しかし、連中は他者の痛みを感じない。邪魔されても、懲りずにまた繰り返す。

 自分がもっと賢明ならば、先輩の憤りに気付けた

 もっと強ければ、刀を振り回すあの男の暴力を封じ込められたはずだ。あのいじめっ子達を言葉で打ち破れていたら。樹々を襲った連中をあの時点で叩きのめせていたら。
  今までの偽善は単なる自己満足。自分のあやふやな正義を押し通して誰かが傷つくのを恐れるあまりに、守りたい者達を無力に踏みつけさせていいのか。

 烏枢沙摩明王(ウスサマ)は不浄を焼き尽くす炎を発するという。自分に力があったなら。力が欲しい……。
「これで涼君と同じ背になったね。あの頃はよく背比べしてたんだけどね」
 嬉しそうな少女の声で涼は我にかえった。階段の上に立つ少女は、二人の頭の高さが同じ事を手を並行移動させる事で示した。
「ほらね」
「ああ……」
「お前は俺の名前を知っているのに、俺はお前の名前を知らない。いや、正確に言えば知っている気がするが、思い出せずにもどかしい。そろそろ良いだろう、名前は何という?」
「私に勝ったら教えてあげるよ。ほら、じゃんけんぽん! チ・ョ・コ・レ・イ・ト」
 少女は階段を登りきった。
「ぬう」
「はい、パ・イ・ナ・ッ・プ・ル」
 据付型の双眼鏡目掛けて、飛び跳ねて歩数を刻む。この後、数戦交えたが先に辿り着いたのは少女の方だった。
「ああ、やっぱり思い切り遊ぶのって楽しいね」
「降参だ」
「もう。自分で思い出すまで内緒」 
 不意に強い風が吹き抜ける。少女があっ、と小さい声を上げて麦藁帽子を抑えた。フェリーが凱旋の汽笛を鳴らしながらやって来る。この船だけが世界の理を超えて彼岸と此岸を往復しおおせるのだ。

 

「かの船には、だ、脱衣BARなる紳士の社交場が存在すると聞いたのだが、本当か?」
「え、聞いた事ないよ。奪衣婆の間違いじゃないかな」
 奪衣婆(だつえば)は、渡し賃を持たずに三途の川までやって来た死者の衣服を剥ぎ取るとされている老婆。今の所それらしき人影は見えない。
「何で震えているの?」
「む、武者震いである」
 涼は唾を飲み込んだ。
 船は数百人は軽く乗せて運べそうな観光三階建てのフェリーといった概観で、間近で見ると結構な迫力である。接岸から橋の設置まで何から何までが自動で行われる。高い所にはやたらと登りたがり、己の無力も省みずに悪漢達に立ちふさがる彼も、船着場からフェリーに渡されたライトグリーンのビニールで屋根が付けられた足場をおっかなびっくり渡る。
 おそるおそる、一歩ずつ足を踏み出す。急かす客はいない。乗降口は二つに区切られているが降りてくる客もいない。川の流れは穏やかで、地上よりも涼しい気がしたが、涼にそんな風情を楽しむ余裕などなかった。手すりをガッチリ握る手がぐっしょり汗ばむ。たかだか数メートルの距離を渡る時間は、とても長く、船が遠く思えた。それでも足を踏み出し続ければ、いつかは辿り着くと念じながら涼は進む。
「ふう、どうだ。俺は試練を乗り越えた」
 大きなため息をついてから振り返ると、少女は遠くにいた。

 橋を渡らず、船着場で優しく微笑んでいる。
「嘘ついてごめんね。二人のお金を合わせたら丁度一人分だったんだ」
 涼は言葉を失った。



「ほら、見て。私の体はもう何年も前に、燃えちゃってるから駄目なの」
 少女の脚はひざ小僧辺りまでが薄れて、向こう側の景色が微かに透けていた。

 水上の恐れも忘れて、迷わず駆け戻ろうとする涼。
「秋津ちゃんに約束したんでしょ!」
  少女が叫んだとたん、靴底が船に吸い付いて離れなくなる。
「ほらね、私ってお化けなんだ。でも、涼君は違う。きっと帰れる。大丈夫だよ」

「金縛りをといてくれ」

 出航を報せる汽笛が鳴る。
「私はお姉ちゃんだもの。秋津ちゃんは本当は泣き虫なの。うんと背伸びしてるだけ」

「二人で帰ろう」
「いいの。私の大好きな人達が笑顔で生きてる、それだけで……」
「誰かを犠牲にしなければ掴めない幸福など、俺は選べない」
 ゆっくりと橋が折り畳まれ、船が出航準備を始める。麦わら帽子がうつむく少女の顔を隠す。
 涼の脚は動かない。


「くそっ、俺をここまで導いたというのに、これはあんまりだろう。動け脚」
「涼君がここに来たのは、みんなを守ろうとしたから。これはそんな素敵な大人になった君へのプレゼントなの、笑顔で受け取ってよ」
 フェリーがゆっくりと動き出す。涼は手を差し伸ばすが届くはずもなく。
「こんなのはいけない!」
「約束守ってくれてありがとう、嬉しかったよ」
 元気でね、と手を振って見送る少女が小さくなっていく。
 麦わら帽子が風で飛んでいく。気がついたら少女は泣いていた。
 涙が宝石みたいにきらきら光って、落ちる。


「守田、亜季」
「思い出してくれたのね。ずっと待ってて、よかった」
 少女はにっこりと笑った。

 

 心の底に沈めた、記憶の小箱。パスワードは守田亜季。
 親戚の家で探検をしていた小さな涼が見つけ出した宝物。大きなお屋敷の奥まった本棚に四方を囲まれた部屋で、彼女は本ばかり読んでいた。
 難しい言葉や色々な物事を知ってたり、随分と大人びた物言いをするけれど、体が弱くてなかなか外に出られない女の子。あの幼い頃の幻から遠く離れて、いつの間にか忘れていた友達。時の果て、やっと再会を果たしたけれど、もうお別れ。

 

 小さな涼はモップ頭を汗で湿らせながら、蒸気機関車の如く荒い息を吐き出し街中を走っていた。 周りの景色はあやふやで、申し訳程度のリアリティを留めてどんどん後ろへと流れ去っていく。涼は、焦れていた。体の奥のエンジンがすこぶるに猛っている。

 周辺で一番高そうだと目星をつけた大きなビルの階段をひたすらに駆け上る。エレベーターを待つのはもどかしい。がむしゃらに無機質な白い壁で囲まれた階段を登る。子供の足では、階段は果てしなく続くように思われたが、とうとう目の前にどんよりとした灰色のドアが現れた。ドアを押し破る勢いで扉の外にまろび出る。
  
 思った通りだ。ここは周辺のビルの中でも高い。

 百貨店の屋上には、垂れ幕を吊るした丸いバルーンが浮かんでいる。

 大きなステージや、ゲームコーナー、ペットショップなどがあり、親子連れで賑わっている。

 フランフルトのケチャップやわたあめの甘い匂いが鼻をくすぐる。

 彼は一面青く澄んだ空を見上げた。今日は、遠くに行っていた大事な友達が帰ってくる日だ。本当は空港まで迎えに行きたかったが、子供にはそこまで行く為の運賃はない。
 それでも出迎えたいという気持ちは抑えられない

 電話で、帰ってくる時間とか、飛行機が大体どこを通って飛んでいくかを聞いていた。飛行機に乗った事のない子供なりに真剣に考えた結果、高いビルから手を振れば、彼女の乗った飛行機から見えるはずだと思った。

 

 涼は飛行機を見逃すまいと、父親から借りてきた方位磁石で方角のあてをつけ空を睨む。すると、遠くから飛行機が飛んできた。涼は、わあっと歓声を上げた。
「おかえり〜! おかえり〜! 亜季!!」
 夢中になって手を千切れんばかりに振る。彼女とは、手術を受けて元気になったらまた遊ぼうと約束をしていた。だが、飛行機は急速に高度を落として行く。
 涼は柵をよじ登って、そこから飛ぼうとした。
「坊や、危ないぞ」
「嫌だ、俺は飛ぶ。飛んでいって助けるんだ、離せ!」
 涼は、たまたま近くに居た大人に取り押さえられた。 

 彼女を乗せた飛行機は持ち直す事なく、そのまま市街地から外れた小山の方へと吸い込まれていく。ぼん、とどこか他人事のような音を立てて火柱が上がったのを、涼はどこか現実離れした光景として捉えた。 

 テレビではそのニュースが繰り返し伝えられた。墜落は自爆テロによるものだと言う。それに怒った大国が仕返しをしてもっと沢山の人が死んだ。

 何が正義で何が悪なのか。幼い心では整理が付けられない悲劇を心の小箱に押し込めた。 そうやって彼は、つらい出来事とその鍵になる友達の女の子の名前を忘れ、以後他の子の名前も覚えなくなっていった。

 代わりに、TVで流れているヒーロー物にのめり込んだ。常に自分側に単純明快な大義名分があって、理解者に恵まれ、何度窮地に陥っても、その度に乗り越えて強くなる。最後はとうとう悪い奴が改心して、ハッピーエンド。無残な現実を忘れる為のはかない幻想だった。

 残ったのは常に焦燥感や無力感と隣り合わせの、自分がヒーローになってみんなを助けたいという気持ち。

「俺は生きて、本当の正義が存在し続ける事を証明する」
 大切な事を忘れたまま、涼は家族を失って泣きじゃくる彼女の妹に約束した。


 
 フェリーは岸を離れ、亜季が遠く薄れ見えなくなっていく。

「俺に、俺にもしもあの時、翼があったなら助けられたのに」
 「ヒーロー」になりたかった。大切な人を救う為の力が欲しかった。翼が欲しい。
 人間は空を飛べない。だから代わりに空を飛ぶ機械を作り、それに乗る事で夢を叶えた。
「おんどりゃあ!」
 気合一発、金縛りを解除した涼はフェリーの三階まで駆け上る。 ここが己の心象世界ならばこそ、意識のリミッターも溢れ出すこの感情と決意によって外せるはず。今度こそ運命の枷を外して、飛び出してみせよう。翼が生えなければ、尾ひれを生やして泳いでやる。

「変えられる、今度こそ変えてやる……俺はヒーローに変身してみせる!」
 ヒーローは柵によじ登り、墜落の危険など省みずにそこから思い切り飛んだ。

 

 その白い翼は何故だかカラスのそれに似ていた。
「どうして、戻って来たの……帰れなくなったらどうするの?」

 涼は少女を胸に抱き締めたまま舞い上がる。
「なんとかする」
 彼らは輝く飛翔体となって、奈落の底から水平線に浮かぶ太陽を過たずに射抜いて消えた。

 

 

 きらきらした羽が舞い落ちる中で、二人の旅立ちを見送る者が居た。
「おいおい。実行に移すかよ、普通? ヒーローって奴は仕方ねえなあ。こりゃ、常識もたまったもんじゃないぞ。気合でなんとかなるなら冥府はいらねえよ。命は不可逆的なんだぞ」
 荒唐無稽な世界においても、さらに掟破りの行為をやってのけた涼。子安然は学友の出奔を見届けて呆れたものだと呟く。

 だが、星座が瞬き始めた空を見上げる顔は明るい。
「でもさ、こんなズルならたまにはいいよな、梨乃?」

この記事の先頭へ▲

雄鶏Aあとがき3/5

あらすじと人物紹介はこちら
http://blog.hangame.co.jp/B0000310095/article/35345044/
 駄文目録はこちら
http://blog.hangame.co.jp/B0000310095/article/35624547/
 
 
 ※本ブログに登場する人物・団体・事件・現象は全てフィクションです。実在する事物とは関係ありません。
※物語上、多用な価値観をとりあつかったり、公序良俗に反する描写が含まれますが、如何なる犯罪行為や差別を助長するものではありません。反面教師として見て頂けると幸いです。現実に行うと、罪に問われる場合があります。

決して真似なさらいようお願い致します。

 

 

〜『雄鶏A』を読破して頂いた方々へ〜
〜あとがき〜

(ネタバレ回避用に反転してあります)


☆☆☆


雄鶏A第六十八回(ed)
8−3:雄鶏Aの舞台裏(ふくろとじ)

 

 


 大津忠吾の私室。

 守田留治が、事件の裏で暗躍している忠吾と会談をした頃よりも少し前。
「お父さん、あなたはご自分のなさっている事の意味が分かっていますか?」
 くせっ毛を頭の後ろでまとめ、よれよれの白衣姿の女が、安楽椅子に体を預けて葉巻をくゆらしている大津忠吾に食ってかかっていた。彼女の顔は不健康そうな青白い肌で、眼の下には隈を作っている。申し訳ばかりの化粧はそれらを隠しおおせていない。
「成程。その顔では、あの曲者で鳴らす彼がポーカーフェイスを保てないはずだ」
 研究者然とした彼女の名前は大津いろは(五郎八)。その名前は戦国大名伊達政宗の長女・五郎八姫に由来している。
 大津忠吾の娘であり、大津大育の双子の妹。川辺市吾朗の恋人。若くして優秀な研究員である彼女は極夜病に罹った長兄の為、寝食を忘れて治療法を探す日々を送っている。
 
「研究熱心なのは大いに結構だが、体を壊しては元も子もないよ。たまには休んではどうかね?」
「お父さんには、分別って物がない! 兄さんが病気になって最初にやる事がどうして後継者探しなの?」
「おや、余計な事を吹き込んだのは誰かな?」
「関係ないでしょう、そんな事」
「O2グループをまとめる、いや平木県を守護する大津家の家長としては当然の事だ。こんな時だからこそ、次世代の人材育成を見据えて動かなければ。お前には武野君を選んで欲しかったのだが……」
「辞めて。私を野望の道具にしないで」
 息巻く娘に対して、大津忠吾はいつもと変わらない返答をする。
「大津家はね、平木をずっと昔から支え続けている由緒ある一族なんだよ。企業経営者となった今でも、多くの従業員や傘下企業を抱え、平木の経済や福利厚生を担っている。ただの庶民の娘ならばともかく、我々には代々受け継いできた重責がある。いささか時代遅れだと思うだろうが、政略結婚も後継育成も致し方ない。『位高ければ徳高きを要す』と言う。先代、先々代と築いてきた富の上に胡坐をかき、安楽していればいいと思ったら大間違いなのだ」
「いつもそう。私にこんな名前をつける位だもの。お父さんは戦国時代にでも生まれていれば、さぞ幸せだったでしょうにね」
「出羽陸奥の地より天下を夢見ていた政宗公の気持ちが私には痛いほど分かるよ。お前も、いつかは私を理解する日が来るだろう」
 平木県の殿様のように振る舞う時の父親が、彼女は昔からあまり好きではなかった。
「お断りよ。殿様ごっこがしたいお父さんとは違う。私は研究者として、誰かの役に立つ一生を終えたいの」
「随分と感情的だね。誰かの役に立ちたい、お父さんも同じだよ。やはり、規則正しい食事と睡眠、運動と余興、そのどれもが不足しているな。少し休んで出直して来なさい?」
「お父さんこそ、家族では飽きたらずに愛する県の人達を利用してでもお爺様に勝ちたいの」
「父親に向かって随分と酷い言い方をする。私が単純な私利私欲だけで動いているとでも?」
「そうね。言い直すわ、お父さんの郷土愛は本物。でもそれは二番目よ。本当はお爺さんに負けたくない一心で、その為には手段を選ばない。何が何でも郷土に名前を残す名士になりたいのよ。マーリン社の人材を獲得してあんな研究を進めているのも」
 大津忠吾は手入れされた口ヒゲをいじる。
「……おや、その事まで知っているのか、いけない子だ。あれには実に多くの意義がある。もっと柔軟な見方をしなさい。県民全てに福音を齎すかもしれないのだよ。考えが凝り固まっているのは、疲れ過ぎているせいだよ。また、むやみに他者を攻撃したくなるのは自分に余裕がないせいだ」
「倫理に触れるわ」
「『倫理』か、また研究者らしからぬ事を言う。丸本叔父様が遺した悲願の研究課題でもある。人が単に物理的進化の頂を登るだけでは駄目なんだ。薬と毒は紙一重、力も扱う者次第。同時に心の位階を高める第一歩でなくてはね」
「メカニズムも解明出来ていないのに……怪物を産み出すつもりなの?」
「TVのリモコンを操るのに原理を詳しく知る必要はない。叔父様は、戦乱と陰謀の中で次々と子供達を失っていった。愚かな欲望に身をやつす人間共には、万能の天才と呼ばれた叔父様ですら踏みにじられる。最後には末娘をも失った叔父様の悲嘆が今ならば、少し分かるよ。娘を取り戻したいと願う親心の何がいけないのかね。遺志を継ごうとした武野君も行方も知れない有様だ。私が彼らの無念を継がずして何とする? 私の後にも志を継ごうとする者が必要なのだよ」
「立派な目的があれば、その過程で何をしてもいいとは思わないわ」
「この世の中にはお前が知らない事が沢山ある。少なくとも研究分野以外では、私ほど多くを知らない。一面だけを見ているから、そうやって安っぽい正義感で以って憤慨するのだ。ただし、世には知るべき事以上に知らざるべき事の方が多い。全てを一人で把握しようとせず、そういう事を任せられるパートナーを選びなさい。その点私も、彼についての見解を改めつつある」
 物事を知れといいながら、余計な事は知ろうとするなと言う。相変わらず、自分に都合のいい説教だといろはは思う。
「彼を巻き込まないで」
「違う。姫と王国を手に入れようと望んだのは彼さ。ほら、君の騎士殿のお迎えだ」
 扉の向こうからノックと川辺の声が聞こえた。

 


 沢山のコードに繋がれた男が一人眠る真っ白な病室、それをマジックミラー越しにモニターしている部屋。
 モニター室には多くの機器が並び、画面上に様々な情報をリアルタイムで表示している。
「聖騎士殿のご機嫌はいかがかね?」
 大津忠吾は白衣姿で白髪頭の中年男性に話しかける。
「驚嘆すべき治癒力です。心肺機能も再び機能していますし、脳も。欠損箇所はほぼ全て修復されたと言えるでしょう」
「鳴金君、よくやってくれた。叔父様も君の父上もきっとお喜びになるだろう」
「ただし、断ち切られた意識は残念ながら、まだ戻る兆しがありません。どこの研究機関もこの辺りまでが限界点でしょうね」
「だが、我々は違う。この平木から、再び全てを始める。彼はその先触れの一人となってもらう」
「一度は死した肉体をも修復しおおせる程の効果があったにも関わらず、暴走の兆しがなく、彼は類を見ない程に高い適応値を示しています。まるでアレと以前から慣れ親しんでいたかのようで」
「あの事件とは関わりがないとはいえ、この成果からすると彼も少なからずアレの影響を受けていたようだね」
「埋め込んだエミュレーターで保持したエフェメラをデータ移行する作業を行っています。それにより彼は夢を見ているのかもしれませんな。この試みがうまくいけば、以後は常にバックアップを取る事で、主要器官を破壊されたとしても、アレの再生能力を用いた復元がより容易となります。厳密に目覚めた彼が以前と同じ人物であるかどうかは微妙な所ですが」
「果たして彼が神に愛されし者か否か、本当に楽しみなのはこれからだ。進展があれば、また報せてくれ」
 そう言って、大津忠吾の足跡が遠ざかる。鳴金と呼ばれた研究者はモニター室に一人残された。

 研究者・鳴金は、鏡越しに眠っている男へ話しかける。
「君が選ばれたのは、その勇気が運命の女神の目に留まったからだろうね。さて、君が新たな使命に目覚めるまで、少しお話をしようか」
 研究者は男の状態を示す計器類に視線を落とす。

 取り立てて大きな変化はなく推移している。
「君の体をほとんど元通りにした立役者は、子供が大きくなった時の為にと親が残した遺産さ。上手く使えば、君が望んで止まなかった超人となり得る可能性を秘めている。歴史の裏側で、それを用いて暗躍した者もいた。今回のような使い方は珍しいようだがね」
 鳴金はテーブルに置かれた男について調べた資料を手元に引寄せ、ペラペラとめくる。
「だが、子供は子供のまま。何百年、何千年、何万年経っても、図体は大きくなり悪知恵はついたが、欲深で乱暴で浅はか、底意地が悪いのは変わらない。何でだろうね、幼児期の親の躾が悪かったのかねえ。はるばる遠くの星からやって来た異星人の侵略を受ける、と言うのが古典的SFにはよくあるが、今の人類の品性では侵略を待つまでにとっと自滅するのが関の山かもしれないな」
 自分で言っておいて、彼はいや、と方向転換をする。
「その激しさが人を霊長だと自認させているのかな? 君の復活劇を演出したのが、全てを望み、征服せんとする欲望の賜物だと考えればね。親心子知らず、孝行したい時には親はなし、と言うが。これを遺した親は子供を置いてどこへ消えたのか。今をときめく暁星教団によると、親は金星におわすそうだ。探査機を送っても失敗したのはそのせいだと。全く、人類の偉業に付き物の試行錯誤をそんな理由で、茶化して欲しくないね」
 独白は続く。
「新しいおもちゃはとても楽しいものだ。最初はどうやって遊ぶのか分からなくても、いじっているうちに仕組みや法則を見出していくものだ。この研究は、大人の物品を隠れて見ている時のような背徳感による興奮があるね。ちなみに父は古本屋をやっていてね、色気づいた悪友達に色々便宜を図るようにせっつかれたものだった。これはかつて丸本先生の弟子として研究を助けていた父の悲願でもあってね。先生は愛娘を、父は母を、蘇らせたかったのだろう。私も、君が帰還者となってくれるのを願っているよ」

この記事の先頭へ▲

雄鶏Aあとがき2/5

あらすじと人物紹介はこちら
http://blog.hangame.co.jp/B0000310095/article/35345044/
 駄文目録はこちら
http://blog.hangame.co.jp/B0000310095/article/35624547/
 
 
 ※本ブログに登場する人物・団体・事件・現象は全てフィクションです。実在する事物とは関係ありません。
※物語上、多用な価値観をとりあつかったり、公序良俗に反する描写が含まれますが、如何なる犯罪行為や差別を助長するものではありません。反面教師として見て頂けると幸いです。現実に行うと、罪に問われる場合があります。

決して真似なさらいようお願い致します。

 

〜『雄鶏A』を読破して頂いた方々へ〜

〜あとがき〜

(ネタバレ回避用に反転してあります)

☆☆

 

雄鶏A第六十七回(ed)
8−2:雄鶏Aの特異点(ふくろとじ)

 

 


 夕暮れ。
 涼は河原のベンチに座って、雄大な川の流れを眺めていた。
 不可思議な街。意味深な言葉を残して去った学友。バスの終点は向こう岸が見渡せない位にとても大きな川のほとりだった。
「この川が終着点とは。どういう事だ」
 星は、時空を歪ませ物体を引き付ける重力を持っているが、あまりに大きな質量の星が死ぬとブラックホールに変じる事がある。そうなると、中心部には一般的な物理法則が適用出来ない特異点が発生する。重力が無限大になり、光の速さでも逃れられないから、通常の方法では外より観測不能。星の最後の姿。ブラックホール同士はぶつかると合体して巨大化する。 そんな巨大なブラックホールが銀河の中心に存在するのではないかと考えられている。
 人間の魂も、星の一生と似ている。そんな意味深な言葉を残した学友、子安然。
 涼には彼の謎掛けの答えが分からない。あの男は、大して物知りでもない。聞きかじりの知識で補強したふわふわとした主観。辞書を引いて、齟齬を探して指摘をするのはあまり意味がない。例え話でこの場所の有り様を伝えたかったのだろうから。
「光すら吸い寄せて逃さない、外からは窺えない常識の通じない場所。老いた巨星が行き着く姿……そんな星達と人の魂が似ているだと」

 

 つぶやく涼の隣に少女が座る。
 涼を揺り起こしてバスから連れ出した少女は麦藁帽子に白いワンピース姿だった。背丈はおおよそ百三十〜四十センチ。年の頃は小学生三、四年位か。黒髪は肩よりも長い。どことなく知性の宿っていそうな瞳と聡明そうな表情が、幼い容姿とのギャップを生じさせる。
 少女は答える。
「ここは肉体が死せる魂が行き着く場所。あちらとこちらの境目かな」
「なんと」
 少女から突拍子もない返事を貰って、涼はうろたえた。
「眼下に広がる大河は、まさか三途の」
「多少現代風だけれど、この国の通俗的な死生観から遠くはないよね」
「それでは、俺は死……」
「私とお話しているって事は、そうなるかな」
 記憶がゆっくりと蘇って来る。
 樹々を襲ったならず者の学生達が大学祭で更なる悪事を企んでいるのを察知した涼は、大津大育と協力して彼らを懲らしめるつもり気でいた。
 だが、大学祭の最中に、錯乱して脇差を振り回していた会社の先輩に腹を刺されたが、使命を果たそうと大津の元へとはせ参じたものの、刀を持っていたならず者から秋津を庇って背中を斬られた。そこで意識が途絶え、目覚めたのは花畑の中。あのまま死んでしまったのか。しかし、混乱しながらも思考している自分が存在して訳だから実感が沸かない。
「いや、これは抑えきれぬ己の想像力によって、空想世界にバッドトリップしているに違いない」
 ひょんな事でスイッチが入ると、特撮ヒーロードラマ風の世界や、荒廃した近未来の世界に没入する自身の特性からして、此度は斬られたショックで意識が飛んでいるに違いない。このままずるずると妄想世界に留まっていては、秋津達の命が危ない。うろたえた彼は右往左往するあまり、石ころだらけの河原に足を取られて転び、頭を打った。
「刺激が足りないのか。起きろ、起きろ」
「涼君、落ち着いて」
 少女は、河原をゴロゴロと転がる涼を諌めるようとする。
「ぬう、誰だ貴様は。どこかで見知った顔だが……俺はここで油を売っている訳にはいかんのだ」
「そんな事したって駄目だよ」
 涼は、混乱していた。確かにこの少女を知っている気がするのだが、名前が思い出せない。そもそも女子の名前を覚えるのは苦手なのだ。
 普段は飛躍だらけの妄想に浸っている彼でも、急な展開に思考が追いつけずにいた。
「私も色々試していたの。本当はね、涼君よりも私の方がお姉さんなんだ」
「……何者だ? 不思議と知ってるような気もする」
 幼い少女の顔には、年不相応に倦み疲れた表情が刻まれていた。
「何十年も経っちゃってるみたいだし、忘れてても無理ないよね。あっちの世界とは時間の流れが違うの。だから、慌てても仕方ないと思うよ?」
「生きて、正義が存在し続ける事を証明すると俺は宣言した。約束を守れずに秋津を泣かせてしまったかもしれぬ」
「涼君は、よく頑張ったよ」
 いい大人が子供にそんな慰めを受けるのはとても妙な感覚だ、と涼は思った。
「ここがあの世へと続く場所ならば、ヴァルハラは、アヴァロンはどこだ。ニライカナイは」
「わからない。私はあっちに渡った事ないし、戻って来た人も知らないから」
 北欧神話におけて勇者達の魂が導かれるという神々の宮殿・ヴァルハラらしき建物はどこにも見えない。アーサー王が眠っているとされる伝説の島も見つからない。この川の向こうには何があるのだろう。常世、根の国、黄泉の国、極楽浄土。それとも今までとさして変わりない日常が待っているのか。涼が拾って投げた石は、川面に当たってすぐ沈んだ。

 

「三途の川を拝んだ所で帰るとするか。ちょっとやそっとの衝撃を与えた位では戻れんらしいが、約束は出来うる限り守らねば気が済まない」
 涼は川に背を向けて歩き出した。あっち側に渡れば戻れない。ならば、反対側に行けば戻れるのではないか。
「でもどうやって。帰るあてはないんでしょう?」
 涼は何気なくそう言ってのけ、少女を驚かせた。
「まだ、ここが彼岸への渡しだと確信していないからな。俺の白昼夢かもしれん。色々と試してみなければ分からないさ」
 脚は勝手に動き、思わせぶりな人々の台詞や不思議な風景に惑わされ、はっきりと思い出せない記憶のもどかしさに苛まれる。単純明快を好む涼には、ここは謎に満ち、自分以外の意志に翻弄されているようで居心地が悪い。
「そういう所、変わらないのね。でも、本当に大きくなったね。あの頃は私の方が高かったのにな」
 歩いていればそのうち着くだろう。少女が涼の隣に並ぶと、親子に見えなくもない。
「涼君は目を逸らさず、みんなの為に立ち向かった勇気のある人。私達の誇りだよ。秋津ちゃんもきっと」
「私達?」
「少し下った所にフェリー乗り場があるの。ここまで来たのなら、見ておかなくちゃ。行こ!」
 涼の質問を遮るように手を引っ張って、少女は歩き出した。

 


 フェリー乗り場。
 待合室には、オレンジとブルーのプラスチック製の椅子が沢山並び、土産物屋や自動販売機、マスコットキャラクターの像や名所スタンプがあったりする。動いている人間がいない以外は、観光地とさして変わらない。本来賑やかであるべき建物が、がらんどうであるのは、少々物悲しい。
「ほら、あそこ」
 少女の指差す先には自動券売機が立っていた。涼はそこへ殺到し、両手で券売機の端を掴んで画面を覗き込む。鉄道などに設置されているそれと同じで自動券売機の前に立つと、省エネ構造なのかビンとアラーム音が鳴って真っ暗だった画面が明るくなる。人が殆どいない街で、電気はどこから賄われているのか。


「ぬお、ヴァルハラ!」
 彼岸と此岸を結ぶルートは一つしかないと思いきや、タッチパネル式の液晶パネル上には小さな字で、非常に多くの行く先が表示されていた。
「生まれる時は境遇を選べないのに死んだ後は選べるなんて。ちょっと皮肉だね」
 涼が叫んだ、様々な神話や地方の異界、天国や地獄が行先候補として名前が載っている。「来世」や「浄土」というものもある。どうやら厳密な宗教や神話で語られる死後の世界の他にも、通俗的に語られるあの世へも自身の選択で行けるらしい。
「流石俺の世界。俺は、少しのおかずだけでご飯三杯いける。大まかな雰囲気さえあれば、細かい事は適当に補完して楽しめる質だからな!」
 未だ涼は、自分が今いるこの世界が斬られたショックで突入した妄想世界なのだという希望的観測に縋っていた。自分が死んでいく身であるなんて認めたくない。鍵となる何らかのリアクションを起こせば、意識を取り戻して現実世界へと復帰できるはずだと信じている。
「涼君……」
 涼は、指で選択ボタンをなぞりながら、行く先を読み上げていく。
「あれしきの傷でヒーローはネバーダイ。立ち止まってたまるか、俺はまだ守らなければならないものがある」
「もう、頑張らなくてもいいんだよ? 何かに追い立てられるように生きなくてもいい。これからは安らかに暮らせる場所を選べばいいのよ?」
 少女は優しく言う。もしかすると、彼女は死神の化身なのか。本当にここが人生の終わりの場所だとしても、あがかずにはいられない性分だった。
「人の想いは、死ぐらいでは奪えない」


 涼は、行く先の読み上げを止めない。聞き慣れない名前が延々と続き、とうとう指先は一番下の行の端で止まった。
「……『この世』」
「諦めなければ……あるものだね。私の時にはこんな候補すら出なかったのに」
「うおっ、うおっ!! あったあ!」
 興奮して叫ぶ涼と、その横から背伸びをして券売機を覗く少女。
 彼女は冷や水を浴びせるような一言を放った。
「あれ、でも。これって他のよりも高いね」
 生まれるのも死ぬのも何かにつけて金がかかるのに、死んでからも金とは。まさに世は金、地獄の沙汰も金次第。自分の財布の中身をすっからかんにした張本人、梨乃の冷めた言葉が頭の中で木霊する涼であった。

 

 貨幣単位が見慣れない記号で表示されている辺り、あの世への切符は円では駄目らしい。
 隣には各国様々の冥銭を統一通貨に自動両替する機械があった。さらにその隣には変換レートがデジタル表示された大きなモニターが立っている。それによると、あちら側に渡るには六文、一オロボスで一人分。その他、中国のならいくら……とずらりと見慣れない通貨単位が並ぶ。そういう所は妙に国際的だった。あの世の渡しでも貨幣経済とは。
 試しにポケットをまさぐってみるも、面ファスナー式の財布はない。河原で落としたのか。もっとも、バリバリと乾いた音を立てて開かずとも中身はたかが知れているし、現行通貨は両替出来ないようだ。何故か代わりに入っていた六文銭。「あの世」らしき場所へ行く券ならば問題ない額だ。しかし、「この世」行きの切符を買うには足りなかった。
「川にでも飛び込んでみるか。こちらで危うくなれば、意識が戻るやもしれない」
「無茶だよ。さっきだって転んでも痛いだけだったでしょ? 大きくなっても無鉄砲なままね。これじゃあ、秋津ちゃんも苦労するよ」
「題名は忘れたが、そんな落語が……あったような気がする」
「気がする、って。ふう、反対に酷い目に遭うなんて創作もあるんだよ」
 実際に生きて戻って来た人間はおらず参考にしようもないが、教養分野での知識量は大人並らしい少女は、涼をたしなめる。

 

 涼はこの世界が、あの世とこの世の境などではなく自分の想像の産物であって欲しいと願う一方で、彼女もまやかしに過ぎないのだと思うと、胸が少し痛んだ。

この記事の先頭へ▲

雄鶏Aあとがき1/5

あらすじと人物紹介はこちら
http://blog.hangame.co.jp/B0000310095/article/35345044/
 駄文目録はこちら
http://blog.hangame.co.jp/B0000310095/article/35624547/
 
 
 ※本ブログに登場する人物・団体・事件・現象は全てフィクションです。実在する事物とは一切関係ありません。
※物語上、登場人物が公序良俗に反する描写が含まれますが、如何なる犯罪行為や差別を助長するものではありません。
反面教師として見て頂けると幸いです.現実に行うと、罪に問われる場合があります。決して真似なさらいようお願い致します。

 

〜『雄鶏A』を読破して頂いた方々へ〜

〜あとがき〜

(ネタバレ回避用に反転してあります)

 

☆ミ

 

雄鶏A第六十六回(ed)
8−1:雄鶏Aの後書き(ふくろとじ)


 大の字に寝そべっている涼の鼻がひくついて、周囲の匂いを嗅ぎ取る。
 彼は芳しい花の香りに鼻をくすぐられて瞼をゆっくりと開く。眩しさにうろたえた視覚は嗅覚に少し遅れて、ぼんやりと像を結ぶ。青い空を白い雲がのんびり泳いでいる。傍らには名前こそ知らないけれど、四季の花々が咲き乱れている。どうやらのどかな光景で日向ぼっこをしているうちに、すっかり眠っていたらしい。ここはどこだろう。どうして色んな花が咲いているのだろう。そんな当たり前の疑問よりも、その風景に涼は心を奪われていた。

 

 花畑のあった公園を抜けて、街中を散策しながら涼は奇妙な感覚に捉われていた。疑問だらけの環境だというのに、勝手に脚が動いていつか親の手を引かれながら歩いた散歩道へといざなう。
「あっ」
 涼は息を呑んだ。大規模な区画整理でとっくの昔に失われてしまったはずの風景が広がっていた。脚は観光ガイドのように、思い出の場所を連れ回す。子供の頃に通っていた小さな駄菓子屋や小学校近くの文房具屋。秘密基地を作った雑木林。探検した事が親にばれて怒られた廃屋。年を経て、足が遠のくうちに、いつのまにか全国チェーン店の画一的なデザインへと変わっていたのに。思い出の場所達は記憶していたよりかは、どことなくちっぽけに思えた。
「ああ、そうか。あの頃からすると随分背が伸び、目線も高くなったのか」
 観光ガイドは、そんな疑問に答えるように、あの頃の涼が背丈を計って書き残した柱へと案内した。そこには自分以外の名前も刻まれていたが、顔は思い出せなかった。
「『アキ』? この子は元気にしているのだろうか」
 まるで古き良き街並みの雰囲気を、上手に再現した映画のセットみたいだ。
 現実離れした世界を彷徨っているという認識はある。ここは平木県であって、平木県ではない場所なのだろう。
 ならば、ここはどの県でどの町か、今は何年何月何日の何時なのか。
 どうしてここで目覚めたのか。それまで何をしていたのか。ぼんやりと頭に霞がかかったみたいで思い出せない。そしてこれからどこへ行き、何をしようとしているのか。脚は知っているようだが、涼には知らされていない。乱れ咲く四季の花、過去の記憶を再現したような景観、車が走っていない道路。誰もいない映画セットのような街。夢の中か。
「いや、そういう問題じゃない」
 違和感を指摘し、現状認識する事が重大なようでいて、それらは表面をなぞるだけの些細な問題に過ぎなくて、実はもっと大切な事を忘れている気がしてならない。
 
 そんな折、主の意志を差し置いて舵取りをしていた脚が止まる。
 女性は丁度、家庭菜園へじょうろで水を撒いている所だった。涼はこの街で始めて動いている人間を見つけて声をかける。
「精が出ますね」
 顔を上げたのは二十代後半と思しき女性だった。
 表情に乏しい女性の青白い顔を、涼は無遠慮にもしげしげと見つめた後、大声で叫んだ。
「誰かに面差しが良く似ているような……そうだ、我が友人の犬飼樹々にそっくりなのだ!」
 その名前を聞いて女性の能面のような顔がわずかに変わる。頬に少しだけ朱がさしたように思えた。
「……親戚です」
  蚊の鳴くような声で答えた。口がほとんど動いていないように見える。
「いやあ、袖すりあうも他生の縁と言いますが、世間は狭いですな」
 女性は涼に少し待つように言い置いて奥へと引っ込み、しばらくしてお盆に飲み物を載せて戻ってきた。一緒に休憩しませんか、と薦められた涼は、一礼してから縁側に腰掛けた。
「丁度のどが渇いていたのです。生き返った心地がします。そういえば、彼女にもこうして飲み物をご馳走になった事がありましてね」
 涼はゴクゴクとおいしそうにのどを鳴らして、桃ジュースを一気に飲み干す。
 豪快な飲みっぷりに、無表情だった女性はぎこちなく笑顔を作った。
 質問する相手を得た涼は、とりあえず疑問に思っていた事を尋ねてみた。
「この町は人の往来が著しく乏しいように思えます。何か事件でも起こっているのですか?」
 女性は伏し目がちに、やはり聞こえるか聞こえないか位の小さい声で女性が答えたので、涼は聞き返すニュアンスを含ませて言った。
「いえ、他意はありません。良ければ俺も助っ人にと……」
「……伝染病なのです。ここでは決してなまものを口にしないで下さい」
「なるほど、それで皆さん用心には用心を重ねて外出を控えていると」
 女性はこっくりと頷いた。
 それだけでは説明しきれない静けさであった。しかし、彼女はそれ以上詳しい事は知らないと言い、涼に早く帰る事を薦めた。もよりのバス停までの道のりを教えてもらった涼は席を辞し、お別れの挨拶をした。
「あの、樹々は元気ですか」
 そういえば、彼女は親戚づきあいに乏しいから、毎年恒例の行事を一族総出で楽しんでいる守田家を羨ましがっていたっけ。となれば、樹々はこの女性の間でも音沙汰がないのだろう、と考えた涼は気を利かせて答えた。
 「実は、最近ある事件をきっかけに彼女と知り合ったばかりなのです」
  涼は樹々が悪漢に襲われそうになった所を通りかかった縁で仲良くさせてもらっていると、馴れ初めを紹介した。その他、現在は平木大学の一年生だとか、彼女はへまが多いのを気にしているが、実際は温和で優しい女性である事、今は互いに支え合えるような、素敵な友達に恵まれている事を伝える。それを聞いた女性はありがとうと言い、今後も樹々をよろしく頼みますと、深く頭を下げた。
「いえいえ、いつも俺の方がお世話になっていますから。では、失礼をば」
 去り行く涼の背中を女性はいつまでも見守っていた。


 バス停でしばらく待っていると路線バスがやって来た。早速、乗った場所を数字で示した整理券を機械から引っ張り出し、最寄の座席に腰掛けると、ドアが閉まり、巨体がゆっくり動き出す。全く不思議な事が良く起こる日だ。たまにはそれに身を委ねて流れるのも悪くない。
 窓から入る風に涼はまどろみ、目を閉じた。
「よお、ヒーロー」
 寝入ろうとしていた涼は呼びかけられて後ろを振り向く。
「ぬ、貴様は子安然(こやすぜん)」
「そうそうオレオレ。あれから何年か経つけど、覚えていてくれたんだな」
 後ろの座席には大学時代の知り合いがいた。セットを怠ったぼさぼさの黒髪に赤い瞳、長方形の眼鏡。人柄は良さそうだが、それ以外にいい所を見つけ出せなさそうな貧相な雰囲気。お気に入りの紐ネクタイはあの頃と変わらない。
「しかし、奇遇だな。ここに住んでいるのか?」
「まあ、そんな所かな」
 涼にとっては彼は、川辺市吾朗や河鴎空の友人の友人的間柄で、飲み会になるとよく集まって騒いでいた。大学を卒業して以来疎遠になっていた中の一人だ。
「伝染病が流行しているとか。災難だな」
「折角だから、一杯やりながら積もる話でもしたいけど、これじゃあな。早く帰った方がいいぞ」
「しかし夢とも現とも知れぬ珍妙な所に居着いたものだ」
「まあな、虚ヶ淵はちょっと変わってる」
「それがここの名前か?」
 おっと危ない忘れる所だったと言いながら、子安然は停車ボタンを押した。
「ああ、そうだ。妹が世話になってるらしいな。兄貴がこんなんだから、梨乃がその分しっかりしちまった。血は繋がっていないけど」

 涼は鼻息を荒くして、子安然の両肩を掴んで揺さぶる。
「な、何ィ!! 貴様の義妹が梨乃さんで、つまり俺のお義兄様だと」
「急に大声出すな。後、お義兄様とか呼ぶな。俺があいつにぶった斬られるじゃないか」

「梨乃さんを俺に下さい!」

いや、二人仲良く串刺しにされるかな

 

「何故貴様はここに来た。帰れるのか」
 子安然は、少し真面目な顔をして答えた。 
「……星はな、時空を歪ませ物体を引き付ける力、重力を持っている。その力は質量に比例し、質量のとても大きな星は死んだ時に暗黒星(ブラックホール)になる時があるんだ。そうなると重力はますます強くなり、中心部では重力無限大の特異点になるんだと。光すら逃げられない領域、今まで築き上げてきた経験や常識、法則がぶち壊しになる場所。この場所や、人間の魂もそんな星達と似ていると思わないか?」
「思わせぶりな話だが、貴様の言う事は要領を得ず、さっぱり分からん!!」

 子安然はありゃあ、そうかあと言いながら頭をボリボリ掻いた。
「この場所と現象について表現したいというニュアンスだけ、感じ取ってくれればいい。いわゆる『これは個人の感想です。効能を謳っているものではありません』って奴な。正しい知識が知りたいならセルフサービスで頼む」
「相変わらず適当極まる奴だ」
「俺も詳しい事は知らんから、単に自分で感じた事を例え話で説明しようとしただけだ。まあ、そうだな、何事も自分で確かめるのが一番だ。うん、それがいい! 終点まで行ったらいい」

「フン、勿体ぶった挙句がそれか。いちいち面倒臭い奴だな。竹を真っ二つに割ったような、簡潔な受け答えをするべきだ」

「俺の場合は自己完結してるからな。でだ守田、目糞鼻糞って言葉を知ってるか?」


 バスが止まり、子安然は席を立つ。
「短い間だったけど、話が出来て楽しかったよ」
 バスを降りる彼の背中に、涼は言った。
「知っているか? 光より早いものが存在するやもしれんと学界が騒いでいる」

「へえ、そりゃすげえな」

「暗黒の無限の吸引力? 俺は屈しない。光を超える速さで打ち破ってくれるわ」
「そういう答え、守田らしいよな」
 子安然は振り返って、微笑んだ。彼を降ろしたバスが出発する。

 

「終点だよ、起きて」
「うーむ……まだロスタイム。俺はまだ戦える」
 誰かに肩を揺り動かされる。どうやら熟睡していたらしい。目をうっすら明けると顔に西日がさしていた。小さな手に引かれて、寝ぼけ眼のままでバスと降りる。
「ここ、段差あるから気をつけてね」
 降車すると、バスはすぐに走り去る。
 涼は目をこすりながら、周囲を確認する。そして、驚きの声をあげる。
「なんだ! この大河は」
 目の前には、向こう岸が窺えない程に広大な川が流れている。


「おはよう、涼君」
 涼を連れ出した麦わら帽子の少女が笑った。

この記事の先頭へ▲

お名前メモする