燦然たる黒歴史の溜まり場く(´(Å)`)ツルリ

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最終話・30終章/19/288/end 夢10/虚ヶ淵の幻

(うつろがふちのまぼろし

虚淵幻 ×文・写真shanzhen

30終章/19/288/end 夢10/虚ヶ淵の幻


「end 夢10 夢幻」


 然は諦めなかった。
 敗北を予期しながらも、武器を握っていない右手に剣を召喚し猛然と突き出した。
「……」
 プリヌスの切先はウルスラグナの首の寸前で止まっている。
 逆にウルスラグナの右手に握られた灰色剣はプリヌスの額に突き刺さっていた。
 タスカーとのリンクが切れてより侵食の魔力を失っていた剣、ジョワイユーズ。ベアトリーチェの暴露により、邪神種としての自覚が芽生えた事で再び使用可能となった。
 力の源泉は然自身。
「邪神の力か」
「いや、違う。それなら俺は負けてる」
 金色の神鎧が止まったのは、然の攻撃が勝っていたからではなく――。 

「遅いんだよ――どんだけ寝れば気が済むの駄眼鏡。あたしは待ちくたびれてたんだぞ」
「すまん」
 然は謝った。
 然の決死の姿に我を取り戻した兎が、プリヌスが繰り出した必中の攻撃をぎりぎりで止めた。
「もう大丈夫なのか?」
「うん、恋君とか聡子ちゃんとかがみんなの声を伝えてくれた。それに、あんたが目の前で頑張ってくれたから」

「フン、俺様もヤキが廻った。人の恋路の邪魔ばっかりしてたせいだろうな……フフ。娘、荷が重いと思ったらのならば、荷を分け合う相手を探す事だ。邪魔者は早々に退散する」
 プリヌスの守人、桃太郎は穏やかに告げた。どうやら戦意喪失らしい。

 言うだけ言って彼は姿を消す。そこに兎は慌てて全面否定した。

「お、オイ、ちょっと待て。あたし的には全くフラグが成立していないぞ、そこ。断固抗議する」
「稲坂……泣いていい?」
「ヒロインであるという解釈は正しい、と補足しておこう。だが、身も心も許した覚えは無い。あたしは安かないんだよ」
「泣きながら言う台詞じゃねえよ、それ」
「否、泣いてなどいない。これは心の汗だ」

「やっと、終ったか。エライ戦いになったもんや……ようけ死んだなどっちも」
 しのえは溜息をつく。


 被害を聞けば酷いものだった。人同士の諍いは無残。
 どちらも自身の正義を貫き、生き残ろうと懸命に戦った結果、双方に多くの死傷者が出た。
 客観的に見れば、巨大な秘密結社のザワークラウトが、写真同好会という栞使いの若者のクラブに過敏なまでに反応した。濡れ衣を着せてでも遮二無二潰そうと、または権力下に置こうとしたというのが事の発端である。結社側の理由としては同好会のメンバーが若くして強力な栞使いであり、尚且つ決戦兵器神鎧すら所有している事実に危惧したからとある。実際は結社上層部のストレス解消や権力の誇示、新体制の肩慣らし等と様々な理由があったらしい。
 だが、同好会のリーダー格武野将には争う意志はない。組織に染まらぬ学生の彼は純粋に青い理想を語った。だが、痺れを切らした結社側は将に致命傷を負わせ強引に同好会と戦端を開く。
 事もあろうに結社は、抵抗する学生グループに手を焼いた。そして、遂には逆に敗北を喫する羽目になるとは誰が想像しただろう。
 形的には同好会の勝利と言っていい。が、しのえの言う通り多くの人が死に、傷付いた。


 地下通路。アドレルは朦朧とする意識の中、名前で恋人の名前を呼びながら彷徨っていた。
 もう彼には何も無い。心の拠り所にする支柱を失った今、豪奢な彼女への貢物は意味を為さなくなった。世界一の女を手にするには世界一の男である必要があった。
 だからもう王の威勢はいらない。権力も金も、それらを得る為の陰謀も争いも全て空しく、何を犠牲にする事も無駄。競う理由もない。身も心も血に染めたのも、もはや――。
「リーチェ……」
 うわ言の様に呟き、彼女が永遠に眠っているという東洋の片田舎への道へ進む。


 そんな彼を阻む者があった。
 満身創痍のジェームス・ストラットjr。
 一人ベアトリーチェを止める為に戦ったが敗北し、長い間地下通路に投げ捨てられていた。あろうことかそこへ結社の王が通りかかったのである。
 ストラットは渾身の力を振り絞って立ち上がる。手には先祖伝来の赤い剣を握っている。
「待て、ハレヴィ」
「放って置いてくれ」 
「先祖達が交わした約束を覚えているか? 『ハレヴィが力に溺れ、世の害悪となった時はストラットが首を狙う』とな。今がその時だ」
「もう、ハレヴィではない。そんな名はもう棄てた。孤独な一人の男さ」
「そうかい。お前はくだらない理由で娘婿を奪った。そうして娘を悲しませた」
「どいてくれ、もう過去はない」
 アドレルは一度は放り出したエクスカリバーを召喚して構えた。
「そっちが勝手に忘れても、被害者は永遠にお前が為した罪を覚えている。天にまします我等の神と同じくな!」
「人は生まれながらにして罪を背負っているのだ。罪の追及等空しい事」
「そりゃあ勝手な理屈だぜ。うちの国じゃあ通らない」
 剣は交差。
 二人は互いの剣を強かに受けて倒れた。
「アン……」
「リーチェ……」
 愛する者の名を呟きながら、永久の眠りに誘われる。
 運ばれる魂の行く先は誰も知らない。


 
「さてと、ボラを鎌の中に閉じ込めてあるんやが、いい案はないかいな。またぞろ悪さをされても困るやろ。うちもここまま恋君の体を借りっぱなしでは不味いからのう。んまあ、恋君弄りはおもろいけどなあ……何や、照れてるんかいなガハハ!」
 しのえはご機嫌に笑う。けれど悲しみを忘れた訳ではない。ともすれば深い底に沈みそうになる気持ちをこうして紛らわせていると思えた。
 誰しもがそのような沈痛な気分であるので、彼女を責める者はいない。

「おねえさまが、恋君の体に入って、あんな事やこんな事を……いかん鼻血が出そうだ。耐なければ、あたし」
「全く、あんたもしぶといわね、兎。あんだけ暴れりゃすっきりしたでしょ」
「レナ」
「ちょっと、下ネタぶっこいたと思ったら、途端に目をうるうるさせてんじゃないよ。アタシを落してにゃんにゃんでもする気なのかしら?」
「でも」
「兎、アンタは頑張った。それに苗はきっとあっちで直人と幸せになったのさ。将もあっちで偉い学者にでもなるんでしょうよ。こっちじゃお別れでも夢じゃずっと一緒、でしょ?」
「うん……でもあたしは悲しいよ」
「そうね。アタシもさ」
 兎はシレーナに抱きついて泣いた。

 

「ヴォラートンの件、俺が月に持っていく」
 然が悩むしのえに申し出た。
「あ? 何やて。お前はかぐや姫か」
「人の不幸が好きなのはともかくとして、そこに首突っ込んじゃ炊き付けて喜ぶのは困りもんだからな。俺が里帰りするついでにあっちに住んでもらうよ。『俺達』は有能な門番だから」
「然」
「分かってる。自分の正体はね。ずっと正体不明の敵だと思ってたら、自分自身がその敵だったとは。けどもだ。思い出した今でも、俺は無為自然の然には変わりない」
「あたりきや! 然はうちの弟や」
「ありがとう、ねえちゃん。やっと過去に向き合って未来に進めそうだ」
「未来、か」
「俺は戻る。夢世界でも、あちらさんからお呼びが掛かってたんだ。待ってる、ってね。ここの皆とはしばらくお別れになる。ついでに邪神やら箱舟やらの謎も解き明かせるものなら解き明かしてみようかと思ってる。何で俺が地球に落ちたか、解れば抑制出来るかもしれないしさ」
「そか、自分で決めたんななら、何も言わん。達者で暮らせ」
「行ってくるわ」
 姉の言葉は短いが万感が篭っていた。


 ウルスラグナの機体内は騒がしかった。
 灰アトラが忙しげに機体修復と地球圏脱出に際しての再調整作業を行なっている。
「おら、お姉さま方もっとぴしぴし働けですう! やっぱしい『白の箱舟』の技術は箱舟一ィィですう!」
 陣頭に立ってブイブイ言うのは白アトラだ。

「よもや姉妹が集うとは、久しい事ですね」
 最も灰アトラだけではなく、神鎧ムクアロンの透明アトラ、神鎧プリヌスの橙アトラもが出向いて魔導書総がかりでせっせと作業をこなしている。


「出し給え。世界に眠る金銀財宝の在り処を君に教えよう」
「あ、問題ない。これから最高の宝物がいつでも見れる場所に行くし」
「なんてことだ。君はあろうことか人間劇場を取り上げるのかい?」
 ヴォラートンは封印瓶の中に居ても煩い。
「おお、美しいお嬢さん。ここから出してくれれば」
「ペチャクチャ煩い親父ですぅ〜。超マッハで作業は進んでますですう。なんと、まもなく出発できるのですう。もっと言えばボタンを押せば月まで一直線なのですう」
 白アトラが作業から戻って来た。
「流石ご都合主義の総本山だぜ。てか、ボラ出る気満々だな。さっきボロ負けしたばっかなのに超アグレッシブにもう脱出する為の垂らしこみを始めてるし。そんなに悪事がしたいのかと。それよりいいのかな、アトラ」
 然は封印瓶を更に遮断ケースにしまった。


「何がですかあ?」
 白のアトラは相変わらずの口調で返事をする。
「俺は敵だぞ。敵の言う事聞いてていいのか。神鎧は邪神を叩く為にあるんじゃなかったか」
「主さんは主さんじゃないですからあ。まあ、腐れ縁でおばかな後輩君位に思ってあげてますですぅ。それに『白の箱舟』は邪神退治の為でなくて『人類の未来』の為に編纂されたのですよお。戦いが目的ではないんですねえ。ちっちっち、そこ等辺勘違いしてると、丸本先生に怒られますよお」
「武野に『アハトアハト、違います。それは間違った解釈です』って訂正されそうだな」
「タク代ぐらいでガタガタ言う程、ケチじゃありませんからあ。月だろうが火星だろうが送迎してやってもいいですよお!」
「そうか、すまんな。頼むわ」


「こうしてみりゃ、駄目でも『人生』は楽しいもんだったな。沢山の友達がいた御蔭で。こんな『人生』なら悪くない」
 こうして然は――人間として暮らした邪神は、月へと還っていった。
 以降、邪神が降ってくる事は無かったという。


〜end夢・エピローグ〜

 残された秘密結社ザワークラウトは、ご隠居ジェレミー・ハレヴィのお墨付きの元、帰還したアンジェラ・ストラットが筆頭となって立て直しが図られる事となる。
 彼女は武野将の遺志を受け継ぎ、アドレル王権下では酷く冷遇されていた親丸本派の老人達に快く受け入れられる結果になった。写真同好会の面々はアンジェラの熱望により結社に留まった。
 以後、経験豊かな老人達と、経験皆無だが可能性に溢れた若者達が両輪となる事でザワークラウトは大いに発展したという。
 団体行動が嫌いなしのえはさっさと逃げ出そうとするも、元上司である稲坂兎の叔父、忍に捕まり懇々と今までにさせた尻拭いに関して説教をされ、たまには責任を負う立場になれと結社の名誉顧問的ポジションに渋々付かされた。後に何がどう転んだかは分からないがしのえが、シャルロッテ・ザワークラウトの末孫という事実が判明、有無を言わせずに窮屈な象徴的権威に祭り上げられてしまった。これにより新生結社は、元より裏世界での超有名人だった彼女の威光が加わり、鬼に金棒対外組織にも一目置かれる結果となった。

 

 また外交官となった川辺市吾朗は存分にその手腕を振るった。彼は外交で辣腕を振るう傍らでハレヴィ財閥の娘と結婚する等、世界一の玉の輿を決めた。しかもちゃっかりと武野将の自伝をでっち上げ大儲けしたとか、一連の出来事の映画化を企んだり、夜のワールドカップを開催しようとして財閥の力を使おうとする等、後々も様々な伝説を残す事になる。また財政面では河鴎空が意外な手腕を発揮し、浪費者にはくどくどと嫌味を垂れる当に倹約の鬼と化した。
 あろう事か守田涼も保安部に加わっての大所帯になった。涼は生き残ったラグネルに地獄のブートキャンプと称される訓練を初めとして、とことんしごきぬかれたという。音叉教授迄が招聘される等、T県の、もとい四国の平木大学で丸本海流の遺志を継いで魔導に密かに関わっていた面々(驚くべき事にかなりの数にのぼった)が人員不足でごっそりと引き抜かれて、上に下にの大騒ぎになった。
 半里美姫は結婚式を挙げ、早くも第一子誕生の吉報は、荷馬車の如く結社で働かされている一同に大きな喜びを与えた。服部奈々や眞鍋美冬は婚活を焦る。シレーナは映画スターを落すと息巻き、稲坂兎は陰陽省の面々や従妹の稲坂奈緒と組んで怪異相手に大暴れをした。千法院恋は念願の『星見子』の少女・烏丸聡子との初めての対面を果した。新市泰とアルカナそして神鎧マイラスは、結社の後援を受けてアルカナの兄探しを続けている。
 結社の大食堂は、稲坂父娘の来訪をきっかけに一件を知った、ちがさき直久、雪江夫婦が切り盛りする事となり『ちがさき』の味は世界の知る所となる。無論、えりんぎ&アンドロマリウスも一緒だ。
  
 
 更に後年には結社自体もその姿を大きく変え、邪神を始めとする未知の地球規模の脅威に対抗すべく、他国の勢力と緩やかに手を結ぶ国連管轄の世界的平和維持機関となる。
 これに際してザワークラウトは驚くべき事に魔導科学を平和利用すべく開示。社会システムはこれにより急速な進歩を遂げる事となる。特に医療関係の発展は目覚しかった。また、神鎧による夢世界の往来の目処が立つ。なんと死別した武野将や長村苗子にも再会出来る目処が立った。

 栞使い、彼等は過去の多くの厄介事を掘り起こしたがそれにめげずに奇跡を紡ぎ、未来へと進む。
 
 今や、ザワークラウトは広く開かれた、人類の未来の為に尽力する組織となった。

 邪神の研究も進み、邪神・然や彼から分かたれた魔神アンドロマリウスの御蔭で雪解けも近い。

 月は今宵も美しい。


 「奇跡とは心温まるべきものでなければならない」――武野将

<end夢 終>

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30終章/18/287/end 夢9/虚ヶ淵の幻

(うつろがふちのまぼろし

虚淵幻 ×文・写真shanzhen

30終章/18/287/end 夢9/虚ヶ淵の幻


「end 夢9 因縁」

「な、なんつう奴だ」
 桃太郎が吠えたのに然は呆れた。目覚めてから、比較的話の分かる部類かと思えば彼もなかなか腹中に溜めたものがあるらしい。
「気に食わなかったのさ、悪いか」
「良くねえよ」
「大した事もない、たった一時の槍働きでチヤホヤされて、いい女に愛される、そこらに転がってそうな渋面して如何にも糞真面目そうなお前の先祖が小憎たらしかったんだ。この俺様は未来永劫箱舟に縛り付けられ魔を狩り続けるってのにな! こちとら惚れた女としっぽり行けば、直ぐに『守人の眠り』だときやがる。子安左衛門は箱舟の呪いで化物になって、それまで散々頼りにしていた殿様から放り出されてな。あまつさえ、それをまあ、化物になったってのにあの女はまだ惚れてやがった。尚悪い事に餓鬼を孕んでやがった! 理不尽だろうが。すぐさまいい所で邪神が降って来やがった」
「御蔭で子安家は邪神憑きになったと。それがまわりまわって、俺、人間育ちの邪神が誕生したという訳か」
「面白い奴だ。二重の意味で敵な訳か、左衛門、いや邪神。ヴォラートンも邪神を宿した者の成れの果てだと言うぜ?」
「子安然、だっつーの。あんなのになってたまるか。俺はもっとハートウォーミングなのが好きなんだ」
「後は変態的なのですよねっ!」
 アトラが突っ込みを入れた。
「嬉しそうに事実無根な揚げ足を取るな……そりゃ男だから多少仕方ない」
「不潔!」
「泣いていい?」


「御託は終わりだ。俺様の前にひれ伏せ。これは簡単な理由だ。うじうじ悩む意味はないし、俺様はお前達が嫌いだ。お前は女を助けたい。俺様がお前を倒せば子安の末を倒した喜びに包まれ、破れれば、この賦役から開放される。利害は一致している。戦え、それが礼儀だ」
 プリヌスはすっくと立ち上がり構えを取った。兎の怒りのままに動いていた時とはまるで違う所作だった。
 神鎧での戦闘の主導権が桃太郎に移ったという事か。撒き散らされていた力と怒りが、静かで一点に籠められる怒りに変わる。
 一目みても手強さが分かる。然も負けるつもりは更々ない。先祖の思いは知っている。怪力無双で辛抱強く、情の深い男だった。
 桃太郎と名乗る男に邪魔されても愛は冷めず、夢世界の中でやっと咲姫と永久に結ばれた。
「俺も戦う理由はある。ご先祖様は恨んでなかったよ。長い時間の中であんたの苦しみが多少は分かった気がすると言っていた。だが、稲坂は返して貰うぞ」
「俺様に勝てないような腰抜けじゃ、この娘はまたぞろ不幸になるぞ」
「余計なお世話だ」

「ならば力で示せ、人の面した邪神」
「邪神だろうか守人だろうがなんだろうが関係あるか、俺は俺。子安然、無為自然の然だ」
 然はドリルハンマーではなく、ガラドボルグを召喚した。加えて青盾を二枚。
 短期決戦を挑む腹積もりだ。如何にワイナモイネンで強化されたウルスラグナとは言え、ムクアロンとの戦いで消耗はしている。
 プリヌスもしのえによって多少の損耗はあるだろうが、結社の魔力を存分に食らっている様子だ。優勢とは判断できない。
「いきなり切り札を出すんですかあ? 敵は格闘型ですよお、近接装備は不味くないですかあ。折角射撃装備も搭載してるんですからあ。セオリーは遠巻きに牽制して動きが鈍ったらズドン、ですよお」
「出し惜しみは出来そうに無い。ベアトリーチェとはまた違うタイプだが、手強い」


「ほう、鈍重な図体の癖してだんびらを選ぶとは大層なうつけだな。だが、それは元々俺様の獲物だというのを忘れていないか。お前の先祖に剣を突き刺したのもな」
 プリヌスの手には黒い刃が握れられる。ウルスラグナのガラドボルグと同じ。青盾も同じく二枚。
 フェイリンの神鎧オルガザトラを食らった際に奪ったのか。
「いざ!」
 ウルスラグナが剣を構えて突進した。プリヌスはそれを待ち受ける。
 黒と黒の刃が交わり、不思議な音色を奏でる。

 

「ウオら! ええ加減往生せいボラ公よ。何回目じゃ」
「無理だね、娑婆が騒々しくて安眠できんのだよ。何度でも帰ってくるさ、面白い見世物がある限りはね。こんな楽しい玩具があってどうして休んでいられるんだい。これは基本欲求なんだよ」
「あれえ、奇遇やねえ。こっちもやで。おまさんをぶちのめすのは気が楽やわ」
「失礼だね。まあ、叩かれるのも背徳的な快楽を味わえてベター。更にそこから立場を変えることで加虐的快楽も味わえてモアベター。死の瞬間はあらゆる絶頂に勝るものでベター。だが、殺人の瞬間に訪れる断続的絶頂はベストだ」
「おまさん、アド様とどっちの口がうっとおしいか試してみたらええんでない。後、背徳的の意味分かってないやろ」
 死神鎌と仕込み杖を振り回しつつ二人は宙を舞う。言葉を交わす度に刃が打ち合わされ火花が飛ぶ。
 不死者同士の決闘は壮絶。力と技に勝るしのえと奇策と姑息に立ち回るヴォラートン。
「さぁて、賭けでもどうだい? ポーカーがいいかな?」
「ギャンブルはとっくの昔に引退したわ。疾ッ!」
 しのえはボロ負けした折、執拗に調査を重ね不正が発覚した時点で、賭博場を即破壊したことがあった。
 最も政府要人が通う背徳の香り漂う地下違法賭博場の潜入調査中に負けたのだが。
 この騒ぎで上司の稲坂忍が事後処理で大変な目にあったのは言うまでもない。ただ、情け容赦のないしのえの悪名は日本政府の黒幕たちにしっかりと刻まれた。
 触れること勿れの女は未だ、健在。
 
 ヴォラートンが懐からばら撒いたトランプカードを、すかさず懐から一枚札を中指と人差し指で摘み出してはっしと投げつけた。
 トランプに相対してか、札は無数の花札と株札に化けて空に散らばる。トランプカードが怪しげな効果を発する前に打ち消す。 
 恋と聡子に与えられた霊能は敵の企みを喝破するのにうってつけである。敵の手ははっきりではないが、読める。ヴォラートンの様な力押しでは不安の残る変則タイプには心強い力である。
「おや、随分とはしっこい。何のトリックかな?」
「残念、そちらさんと違うてモノホンやんで。この札……エライマニアックなモンばっか、したためてんな。何に使うつもりやったんかいな」
「奇術対決とは、随分としゃれの分かるようになったのだね、がさつな君も」
 距離を離して暢気にパイプを蒸す。薄紫の煙が掻き消えるでもなく漂い始める。
「言うとけ」
 二枚目の札を投げると今度は白い紙吹雪に化ける。地面に落ちずに二人の戦闘領域あたりに散らばって浮かんでいる。
「おや、何だろうね、これは……」
 ヴォラートンは嘯いたが、直に効果を理解した。
 漂う紙吹雪が汚い茶色に変じてポトポトと落ちる。ヴォラートンが吐き出した煙はそれに比例して消える。
「小癪だねえ。出だしで潰されてはイリュージョンにならないではないか。野暮だね」
「そか。なら冥土の土産に大技を見せたるわ」
 今度はヴォラートンが仕掛ける前にしのえが仕掛けた。三枚目の札を宙に投げる。札には前の二枚と比べて複雑緻密な呪式紋様が描かれていた。
 札は優美な炎を纏った鳥に変化した。ヴォラートンの周囲を焼き焦がしながら飛び、嘴で持って頭を啄ばんだ。手足をじたばたと振り回して身悶えすれども万力の様で外れない。
 直後炎が紳士服に燃え移り、火達磨となる。
「盛大な火葬や。往生せい」
 再三再四に渡って平然と復活を遂げる不死者である。皮肉にもしのえは自身も同様の質であるので、念には念を入れた留めを用意した。
 アダマスの鎌、つまり恋の持つ死神鎌で首を掻っ切った。首と胴は離れてそのまま炎上して黒焦げにされるが、そこで攻撃は止まらず温度は上昇、肉体は耐え切れず灰塵となった。
 邪悪を浄化したと見た火の鳥は一声鳴いて姿を消した。
 これで魂も封じ込めた。封印が持続する限りは流石に悪さは出来まい。
 しかしこれだけでは安心できない。縛破りをこなした前例がある。
 しのえは素直に教えを乞うた。
「さあて、捕獲したはええが、この産業廃棄物をどない処理するかが問題やんな。電波のお二人さん、知恵貸してんかあ。あ、何々、陰陽省で厳重封印かあ……ベタやな。んなんしたら、脱走時にちゃっかりそっちさんで事件になってまうで。あ、何? あっちのメンバーはツワモノ揃いやから大丈夫やと? うち的には太陽にぶち込むかブラックホールに放り捨ててやりたい所やな。さすがの奴も冥土から帰って来れても、事象の地平線とか核融合真っ只中の超高熱やったら――前提からして飛んでるけ? 流石の物理法則無視の奴でも光よりはかはのろいやろ。アフォ言うな。この復活系ヒロインのうちが言うから間違いない! 適当に封印するっちゅうのはな、開放して下さい言うとるもんやで。ほら、ゾクゾクしてくるやろ? 開けるなとか言われたら。ほれ、うっかり解けてまったってのが物語のベタなスタートやんかぁ〜」
 地上のどこぞに封じ込めるという案が恋と聡子から出されたが、ヴォラートンにとって脱出ショーは手馴れた芸当に違いない。並みの手段ならまたあのうっとしい口上を耳にする羽目になる。
 しばし、執拗な悪党の処遇に頭を悩ませるしのえであった。

 

 二人の不死者に一応の決着がついた頃、白銀の光を発する神鎧ウルスラグナと金色の光を纏う神鎧プリヌスは激闘を繰り広げていた。
 双方とも獲物は剣一本のみ。直撃すれば致命傷を与えられる。
 となれば当然接近戦仕様、術者の格闘技を忠実にトレース、いや人間では出来ない動きすらもイメージに応じて補完する機能を有したプリヌスに分が上がる。鈍重なウルスラグナは細かい剣戟等は不得手中の不得手である。そもそもの製作者が何を考えたか定かではないが敵中に単騎突入して有り余る火力を無差別に開放し殲滅するという冗談の様なコンセプトである。一対多数前提、豪快過ぎた。それでも然は奮戦した。
「どうした! 手応えのない奴。今の時代の男は口先だけは達者なのだな」
「昔は良かった、なんて御免だ。これじゃ衛人のぶん回すティアーが生温く感じるわ」
 剣の直撃は避け続けている。が、かする度にワイナモイネンによって施された追加装甲が分解、または脆くなって跳ね飛ばされる。記憶の封印や覚醒といった状況で使用する事が多かった然にとっては、純粋に攻撃用に使用すればこれ程恐ろしい兵器はないと感じた。何しろこの黒い刀身は空間装甲を破り、防御結界を削る。解呪もこなす。幾重もの物理的、魔法的装甲、神鎧固有の空間装甲で接近時の防御力を確保するウルスラグナには、矢継ぎ早に繰り出される防御無視の剣は天敵。
 竹の子の皮を剝ぐ様にウルスラグナはどんどん細くなる。
「もっと、出力を上げろですぅ〜。あの成金野郎のドタマをブチ抜けないですうぅ! これじゃ当っても大したダメージにならないですよお」
「しかし、下手にやれば稲坂に当っちまう」
「もうぅ、そんな急所に当てられる訳ないじゃないですかあ。まぐれでも当りませんよお。というか何処が急所か分かってるんですか?」
「……」
「駄眼鏡ええ〜」
 ついに主とも呼ばれなくなってしまった然は攻撃をしのぎながら懸命に隙を狙う。此方が壊れようと構わない。
 寧ろ剣を刺させて動きが鈍くなった所を反撃してやろうと考えていた。しかしそんな思惑は完全に見抜かれている様子だ。
「待っていても好機は訪れないぞ。左衛門」
「然だっての」
 プリヌスは虚を突かれた。ウルスラグナは全身の纏っていた残りの追加装甲を自ら強制排除した。装甲版が弾き飛ぶ。
「食らえ」
 ここぞとばかりに然は剣を突き出した。


「……」
「惜しいな。もう少しだったがな。獲ったな」
 剣はそれ、プリヌスの左肩を貫いていた。
 プリヌスが握っている剣は右手。
 とっさに然は左手に剣を召喚するが、容赦なく敵の剣は振るわれた。 

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30終章/17/286/end 夢8/虚ヶ淵の幻

(うつろがふちのまぼろし

虚淵幻 ×文・写真shanzhen

30終章/17/286/end 夢8/虚ヶ淵の幻


「end 夢8 決着?」


「その気は、子安左衛門(さえもん)」
 プリヌスはウルスラグナに踏みつけられたまま呻いた。
「主さん、平然と名前を間違えられてるですう……」
「うむ。俺の名は子安・主人公・然だ。皆すっかり忘れていると思うが、一連の事件の発端となった男、つまり主人公だ」
「甲斐性無し・駄眼鏡・空電池ですぅ〜」
「元の名前の欠片もないぞ。恋君か、すまん寝とった。状況を教えてくれ」
 然は恋の姿を見つけて言った。恐るべき事に彼はたった一人で金色の神鎧と互角に戦っていたらしい。いや、互角以上か。
 兎、恋。どちらも神鎧の装甲を破るとは陰陽道は凄まじい。
 しかし、返事は然の予想外だった。

「オイ、誰やワレ!」
「俺、俺」
「そんな名前の奴は知らん!」
 似非関西弁。しかも物凄く不機嫌だ。答えを誤れば途端に攻撃されそうな勢い。
 然は余程怒っているのかと思った。当然だ。皆の危機に自分だけは安全な所でノウノウとしていたのだ。然は戦いに身を投じた後輩に素直に謝罪した。
「すいませんでした」
「あ? すいませんで済んだらパーポーはいらんのじゃ!」
「ヒィ! 姉ちゃんみたいだな」
「姉ちゃん……だぁ? お前、然か?」
「はへ?」
「オイ、姉の顔を忘れたんか!」
「いや、恋君でしょ。姉ちゃんの霊でも降ろしたとか、言うなよ? イタコじゃねえんだから」
「……然か。よう来たな。少し『変った』か?」
「姉ちゃんはいつ死ぬの?」
「弟よ……どついたろか?」
「いやもうこれ以上残念になりたくない」
 恋の顔で笑うしのえだが、殺気が濛々と立ち上っているのを然はしかと確認した。

「すまん、こちとらテンパててのう。弟を忘れるとは耄碌したわ」
「……そうだね。まあそれでも俺は子安然。ねえちゃんの弟さ」
 しのえがそう思ったのも無理はない。
 ベアトリーチェの言葉によって然の本質が変わり始めていたからだ。
 現在の然の肉体は、しのえの物。邪神タスカーとダモクレス01を封じる為に使われた。子安然という名前を貰う前の子の魂は、一連の衝動で抜け出して赤子に宿りベアトリーチェという結社の女王の家に生まれ直した。そして子安然と名前を貰った者は――己を人間だと思い込んでいた邪神。それでも霞やシレーナは自分を滅ぼそうとしなかった。
 タスカーがカイビト扱いだった理由。エディンムを保管していた理由。自分の本性を知ってしまえば偽るのは難しい。
 だが、それらは些細な事。今、己が為すのは、己をずっと守ってくれた友を救う事。

「……大きくなったなあ。頼りなかったのに、ちっとはマシになったみたいで、うちは安心したわ。然はうちの自慢の弟や、忘れるな。どないどんくさかろうが、生まれ変わろうが、や」
「ああ。状況を教えてくれ」
 然は心を読まれているのを知らない。彼の知る恋は念話は出来るには出来たが、心を全て読む力は無かった。今の恋はしのえや、恋を庇護する本物の『星見子』聡子によって霊能を開花させている。それだけに、弟の言葉にならない心の声を聞いての、姉の返事には万感が篭っていた。


「そうか、ねこ先輩と武野が……糞ッ」
 しのえは念話で今迄の状況をかいつまんで話した。
 然の悲しみが手に取る様に分かるのが却って辛かった。
「ああ、すまんかった。やはり、うちの手は壊すしか脳が無いらしいわ」
「一生懸命な奴程何で酷い目に合うんだ。俺は、あいつ等はのうのうと生きているのに……」
 然は下を見た。アドレル・ハレヴィとフェイリン・ディナール。あの気のいい三人の男達の子孫。彼等は時を捻じ曲げて迄助けに来てくれたのに、子孫と反目するとは思わなかった。
 なんとも無常な話だ。

「俺からも報告がある。アドレル・ハレヴィ。もう終わりにしないか? 稲坂は俺が止める。これ以上戦うのは止めよう、面倒くさい」 
「何を身勝手な! そもそもこの争いは写真同好会が噛み付いて来た事からだぜ?」
「その通り。我等は火の粉を払った迄、正当防衛」
 別に然は驚きもしなかった。ベアトリーチェの強烈な個性と先程迄、ずっと対面していたのだ。せいぜいこんな物だろうと思った。
 武野がこんな奴等に殺害されたのだと思うとやはりひたすらに哀しくなった。あんないい男は居なかった。いい男だから、悪い奴等に言い様にされたのか。
 こんな連中の為に、息吹は自死を決意したのか。館長三という男は利用されたのか。苗子が死んだのか。兎が怒りと絶望に捕らわれたのか。
 殺意が駆け巡り、頭に血が昇るのがはっきりと分かった。この人を食った顔をしている男と、自分が正しいと信じて止まないという表情の女が。
「どうした。神鎧で恫喝をかけようと言うのか! 卑怯者め、恥を知れ」
「双方の大将が討ち死にした戦いを続けるのか?」
「!」
「口から出任せで交渉を有利に進めよう等と……」
「交渉だと!? 今度は仇討ち合戦か? その次はそれで死んだ者達の復讐戦を延々とやるのか? どちらも失う悲しみを痛い程に知っているのに? もう御免だと思っているのにか? めんどくせえんだよッ! お前等頭いいんだろうが! お前等はまだこの期に及んでそれしか脳にないのかよ」
「当然だ。貴様もそうだろう? 己が利の為に動くのは人の道理」
 然は目を伏せた。
「考えてみたらどうだ。どうして俺がここに神鎧を狩って駆けつけられたか? ベアトリーチェは、あの癇癪の強い女は『自分の野望にしっぺ返しを食らった』よ。もうここには戻らない。絶対にな」
 証拠に彼女の獲物であった赤い剣、アスカロンをウルスラグナの武装として召喚した。地響きを立ててそれはアドレル達の目の前に落ちて、大地に食い込んだ。
「馬鹿なッ……これはまやかしだ」
「なら、解呪でもなんでも掛けてみろ。俺はあんたが思うとおり、馬鹿で間抜けだ。あんた得意のブラフで仕掛けて試せばいい」
 アドレルは口振り半面、証拠を信じたのかその場に力なくへたり込んだ。顔からは嘲りの色が消えた。
「……リーチェ」

「ベアトリーチェは言っていた。女王の任が重荷だったと。恋人が見ているのは私ではなくて『女王としての私』だってな」
 アドレルは剣を捨てた。
「どうした。戦うのなら戦え。ムクアロンなら返してやるぞ。決闘で俺の死が手向けになるのなら受けてやる。この下の他人のフンドシパクリ男、唆し野郎を片付けたらな」
「……このアドレルとて同じさ。彼女が見ているのは『王としてのアドレル』。誰にも屈しない強い男、頂点に立つ男、女王を守り、願いを叶え、その為なら全ての正義に背き人類をも敵に廻す男であらねばならないと思っていた……こうなってはそんな物空虚なだけさ。このアドレルが何故力に固執したと思う? どんな宝石よりもそれが彼女を繋ぎとめるのに効果的だと思ったからさ」
「戦いは辞める、な?」
「理由がないだろう?」
「だってよ、姉ちゃん。アドレル・ハレヴィ、俺が眠っていた場所へ行け。あんたには弔う権利がある」
「なりませんアドレル様ッ!」
 おずおずと立ち上がり背を向けたアドレルに甲高い悲鳴同然の声が掛かった。フェイリン。目が充血し真っ赤になっている。
 右手に魔銃ケイローンを握り、シレーナのこめかみに銃口を突きつけた。
「止めるな、フェイリン。お前が欲しかった結社――王でも女王の座でもくれてやる。もうフィクサーぶらなくてもいい。このアドレルも操り人形になってやるのはもう疲れたし、振るった剣で浴びる返り血に耐えられる理由がなくなった。お前の自由だよ、守人レテーはもう放してやれ。その女とて守人の定めに縛れて来たのだろうよ……」
 アドレルにもはや王として被っていた仮面は無い。もう、ただ不信の環境で孤独に脅える一人の男にしか過ぎない。
「いいえッ! あなたは最期迄王であるべきッ。誇り高いザワークラウト、女王の駒として責任を果しなさい。そして、リーチェ様にお会いするのはこの私ッ! 貴様の様な汚らわしい雄になど金輪際遭わせはしない。もう私のもの」
「……どういう事だ。何を言っている。もはやこのアドレルは王ではない。この結社の縁者でもない。只の男だ」
「本当にリーチェ様を愛し、尽くしているのはこの私を置いて他にない、という事よ。私が誓った忠誠は王ではない。女王ベアトリーチェであり、この古き歴史ある結社そのもの。誰が守銭奴のハレヴィが押し付けた王等に心を捧げるか。所有欲に溺れるままに踊る人形であるのなら、そのまま恥を抱いて消えなさいッ!」
「もうこのアドレルを開放してくれ。酷く疲れた気分なんだ、王はやる」

「お前が言う事ではないわ。お前の命令で累々と積まれた屍の寝台で休むといい……ッ!」
 フェイリンは引き金を絞るが、あろうことか銃は暴発した。
 
 思わずシレーナを手放して、しゃがみ込み腕を押さえる。
 その後頭部に銃が突きつけられた。
「おい、誰が休むだって?」
 しゃがれた声。
「レテー……おのれ。邪魔をしないで」
「レテーじゃない。アタシはシレーナ、長村苗子の親愛なる相棒。邪魔なんかしないわ。こいつよか早く、速達で大好きな女王サマの所に送ってやるよ。あばよ、二度と面見せるな」
 廃墟に一発の銃声が響いた。
 そして空しく叩かれる拍手も。
 


「誰じゃ、不謹慎な奴は!」
「ククククク……実に、実に楽しく儚い愛憎劇だねえ……事もあろうに三角関係だったとはねェ。全く、人騒がせな連中だ。やはり生きているからには見世物が欠かせないね。悲劇喜劇……人間というのは我欲が強いからこそ見物だよ!」
 奴は懲りずに立っていた。スーツ、シルクハット、片眼鏡。
「またオマエか。いい加減顔見飽きたで? どないしたら、湧いてくんねん。ボラ公」

「おやおや、なんとまあ。種明かしが必要かい? 最も、それは此方の台詞だよ。子安しのえ嬢。どうして君はそんなにもしつこいんだい? これじゃあ観客も興醒めではないかい? いい加減同じトリックはやめたまえよ。飽きてくる。まあ、少年の体を乗っ取るとは、随分手段を選ばなくなってきたじゃないか? もうその体は使い物にならないんではないかしら。例え君が離れたとて、肉体は女性化したまま、かね。クフフフフフ」
「まあええ。チケット代払うてもろうたら、直ぐに退場させたるわ。もう劇は終いやぞ」
「フヒャヒャヒャヒャ! 人に感情がある限り不滅! 楽しい楽しいショータイムがあれば何度でもいつでもどこでも駆けつける! それがヴォラートン、永遠の文学青年さ。人の右往左往する様は何度見ても見飽きない文学の金字塔。まあいいさ、天が君を対存在として選んだのならば……滅ぼしてくれよう」
「抜かせ、下郎!」
 黒バットが死神鎌の形に戻る。ヴォラートンはステッキから仕込み剣を取り出した。
 しのえとヴォラートンが空中で衝突する。

 

「あのボラ野郎。何度滅ぼされれば大人しくしてるんだ……」
「おい左衛門、こっちの勝負(インネン)は終っていない」
「なっ!」
 プリヌスが重石をかけていたウルスラグナを弾き飛ばした。
「ヴォラートンをつれて来たのはお前か? もうあいつはいいよ。いい加減名前を教えてくれよ。ついでに稲坂も返せ」
「俺様の名前は桃太郎さ。鬼を退治する。ナアニ、この娘に憑いていた奴を祓ってやったんだ。礼ぐらいしてくれてもいいんじゃないか」
「なんだそりゃ」
「あいつは人の激情を糧に大きくなる寄生虫みたいなもんなのさ。本体が滅んで後、この魔力の強い娘に植え付けられた胞子が激しい怒りと悲しみに賦活してたまたま復活した。『不滅』のネタはそれさ。培地がある限りは幾ら倒そうが幾らでも湧いてくる」
「キノコかよ。アイツは夢世界で灰塵になったのに。幾ら荒唐無稽だろうがあんだけやられりゃ普通ノコノコ出てこれんぞ」
「それはお前の血縁に言え。どちらも出鱈目さでは引けを取らない」
「てか何でそんな事知ってんだ。というか、誰だよ」
 桃太郎の意見に沈黙する。
「当たり前だ。俺様はお前よりもアイツを長く狩ってきたんだからな。『橙の箱舟』の守人としてな。お前の先祖が鬼化してやった時、狩ってたのものな」
「……守人だと。お前か、咲姫を寝取ろうとしたとか、糞いやらしい顔でご先祖様に拷問食らわしやがったのも」
「悪いか!」 

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30終章/16/285/end 夢7/虚ヶ淵の幻

(うつろがふちのまぼろし

虚淵幻 ×文・写真shanzhen

30終章/16/285/end 夢7/虚ヶ淵の幻


「end 夢7 鬼ごっこ」

 男の声。
 しのえは苛立ちを覚えた。金色の神鎧プリヌスの空間装甲を破り、精神干渉を揺るがした末に応じたのは兎とは異なるモノ。
「なんや、お前。うちはお前なんぞに興味ない。いね。とっとと兎を出さんかい」
「兎? あぁ。この哀れな娘の事か。随分な言い方だな?」
「おう、誰やワレ。うちは子安しのえじゃ!」
「子安、か。因縁というべきだな。また胸糞の悪い名前を聞かされたもんだ。大嫌いな名だ」
「ア? 世界の子安姓に喧嘩売るつもりけ。もったいぶっとる暇がおどれにあるけ、なんならこのガラクタをぶちめいで引きずりだしてもええんやで。これは脅しやない。マジやぞ。ノロマがうちを捕まえる前に金メッキが剥げる羽目になる。御託はさっきからもぅ散々聞かされてなあ。厭き厭きしとる」
 しのえは黒バットを振り被り装甲をぶん殴る。大きさから言うと人がマッチ棒で殴られたようなものだが、空間装甲を抜けて本体部分に僅かな切れ目が走った。

「全く、『鬼の子孫』が金棒とは笑い種だ。粗野な性根に良く似合っているぞ。俺様の名前が知りたいか? お前に名乗ってやる程の価値は無いよ。それと、この娘がわあわあ泣くものだから出てきてやったんだ。もう辛い目は嫌なんだと。だから、願い通り這い蹲る鬼共を残らず懲らしめてやるのさ。誰も居なくなればもう悲しまなくて済むし、揉め事も起こらないだろう? すっかり更地にしてしまおうとしていた所だ」
 謎の存在は名乗らない。
「オイ、お前はお呼びでないで。人の喧嘩を出汁に正義面してノコノコしゃしゃり出て来て偉そうに。まぁた話を混ぜ返すちゅうんか。いらんいらんオドレは邪魔や、すっこんでマス掻いて寝ろ」
「断る。鬼退治が俺様の性分でね。力がないが喚くのは逸品のカス共に変わってゴミを掃除しにやって来た。何せ綺麗好きなんでね、鬼退治の桃太郎、とでも呼べ」
「あかん。うちは潔癖症の男は嫌いや。そういうお前の正体が鬼臭いで?」
 桃太郎はケタケタと笑った。

「面白いな牛若丸。征伐する前に少しばかり話をしてやろうぞ。お前は分かっていない」
「ア? 牛若丸? うちがお前っちゅう鬼を退治したろか」
 しのえは話等聞かずに早速破壊活動を再開した。

「『鬼ごっこ』ってのはな、結局お遊びなのさ。誰かが誰かを『鬼』に仕立て上げる。『鬼』は征伐される。だが、征伐した者もやがては誰かに疎まれ『鬼』と呼ばれる。そいいう繰り返しのお遊びなのさ。正義の為良かれと鬼退治をしても、余人がその暴力を咎めて騒ぎ出す。そして又『鬼』ごっこが再開される。人は理屈を付けて鬼ごっこをする。ずっと昔からな。鬼を倒した者が鬼役を交代する。楽しい楽しいお遊びさ。まあ、俺様はずっと退治役だけどな」
「で? 何や。何が言いたいんや。出すんか、出さんのか、はっきりしい」
「今、お前は鬼退治をしている気のようだが……俺様から見ればお前こそが『鬼』に見えるがね。ここの結社の連中もお前が滅んで丸く収まるのを望んでいるのではないか? 疫病神」
「兎の記憶パクッて野次馬しとったと。うちは坊さんやないからな。悟った様な事抜かしても馬耳東風、馬の耳に念仏や。ついでにナニも馬顔負けやけどの! 兎を出せ。三回目は無いで」
「断る。この娘はもう痛い事は嫌だそうだ。もう耐えられないからこの殻に閉じこもっている。汚い空気だな、本当に。胸が悪くなるよ。全てを破壊し尽してやるから、端で見ていろ子安。そうすればおこぼれに預かれるぞ。焼け野原になってから何でも好きな物を建てればいい」
「……話聞けん奴がここには集るみたいやのう。まあデカブツを破壊するのは気持ちええかもな」
「話が早い。此方もお前の都合を聞く気等毛頭ないし、何を言われようがこのお遊戯の邪魔をする者は鬼と見ることにしている」
 黒バットが唸る。
 ノックで放たれた光弾がプリヌスの角に直撃してそのまま圧し折った。
 その後もプリヌスの攻撃をかわしながら弾を放ち続ける。プリヌスの巨体のあちこちで尋常ならざる爆発が断続的に発生した。だが、当の敵の声は別段窮した様子もなく、談話を楽しんでいる。
「式神弾か。攻撃が当たらないのは読んでいるからか? 一族に宿った鬼の気を鎮める為に陰陽の道に手を出し、そして今度は根本原因たる栞使いに辿り着いたか。褒めてやろう」

「知るかい」
「いつ迄その威勢が保てるのかな、子安の末?」
「お前のほくそ笑んだ面が泣きべそに変る迄やな」
 神鎧の装甲はあちこちが破壊されてはいるが勢いは衰えない。一方でしのえは内心焦りを感じていた。余りに力を引き出し過ぎれば、恋の体が崩壊してしまう恐れがある。
 今迄、己の進退を投げ打って究極の技を放って敵を退けて来たが今回ばかりは我が身も省みながら戦わなければならない。己の肉体ならばまだしも、前途ある若者の体を捧げる事は出来ない。
 幸い先見の力で攻撃は受けつけないし的確な反撃を行なえるが、こちらの攻撃も決定打、瞬間的な破壊力には欠く。武器攻撃から巨大な式、若しくは神仏の力を借りて退けるという手もあるにはあるが、本職一流の陰陽師には負ける。あくまでも本分は正攻法での破壊にあるのだが注ぎ込める力に制限が掛けられているので効果が薄い。争乱の決着が同士討ちなのもしのえをやり切れない気分にさせた。
「どうした? 急に無口になったぞ?」
「黙っとけや」
 星見子達の見解では兎を正気付かせるには、神鎧プリヌスや実質それを支配している男の力をもっと削がなければ閉じた彼女の心には辿り着けないという。
 現状はじりじりと攻撃をして削るしかない。


「別に手伝ってやってもいいんだぜ?」
「あ、なんやお前。逃げたんちゃうんか?」
 地上にはアドレルとフェイリンが立っていた。
「我々は、我々の所有する神鎧プリヌスを奪った稲坂兎を断罪する為に来た。その神鎧は我等の物。写真同好会の罪は重い」
「……おまさんらの根性には呆れるわ。そもそもこうなったんは誰の責任だと思ってるんや?」

「いつ迄『ありもしない過去』をあげつらって我等を非難しているのだ。そんな物がどこに記録されている? ないだろう? どこにもありはしない。我等は被害者。中途で首を突っ込んで身内の体を乗っ取った時代遅れの霊魂には物の道理が理解できないらしいな。保護者面で見える物も見えなくなっているのではないのか? 武野将の過激思想に基づく暴言、挑発恫喝発言。新市泰が仕出かした当方魔導書の盗難行為、稲坂兎のプリヌス奪取と本部破壊行為、加えて同好会員によるゲリラ攻撃。これが真実だ。単に結社や結社の構成員を攻撃したいだけのお前は裁かれるべき『悪』だ」
「口では何とでも言える、の典型やな。お前等」
「ハハハ、よせよ。こいつは冗談なんかじゃないぜ? このアドレルは神に誓ってでも己を恥じるようなことはしていない。騎士道と王たる務めに従って高潔に動いただけさ? ほら、みろよ? 今だって力が正義だと信じて止まない同好会の仲間割れにこうして忙しい間を縫い、酷い損害を負っているにも関わらず相談に乗ってやろうと言ってやっているんだぜ? いい加減に素直になれよ、アンタ」
「陰陽省やBWAPやジェレミー様にもそう伝えましょう。写真同好会という浅学浅慮の学生達が向こう見ずな刹那的思想に乗っ取って起した国際的テロ行為であると。これは裏世界の安寧だけでなく表世界にも悪影響を及ぼすと、ね」
 そういうフェイリンは、精根尽き果ててうな垂れたシレーナを引き連れていた。
「ああ、彼女は『保護してやった』よ。なんて可愛そうな、仲間を放り出してアンタが大好きな暴力行為に没頭してるんだからな。可愛そうに長村苗子はもう手遅れだった?」
「非人道的ですね、アドレル様」
「ああ、そうだね。我等結社とは大違いだ」 
暗に意図しない事をした場合、此方に敵意を向けた時の人質というのは明らかだった。だが、彼等はそうとは言わない。蛇蝎。


「八方塞がりだな、子安の末。俺様は構わないぞ。呉越同舟、蝿が少々増えようが変りはしない、目糞鼻糞共。通りでこの娘が泣き叫ぶ筈だ。無間地獄に落としても差し支えあるまい」
「チッ、どいつもこいつも好き勝手いいよって……」

「好き勝手? それはアンタだけだ。アンタの賛同者はどこにもいない。このアドレルに賛同して集う者はこれから後も絶えないだろうけどね?」
「その通りです。結社ともなれば大小の諍いがあるのは当然。私は失敗と成功を繰り返して学んでいく王の未来を信じています」
「才能がある者はつらいぜ」
「我等の高潔さを分かる者が写真同好会に居なかっただけの事。武野将も所詮、丸本被れの夢想家」
「くだらないな、古い考えを後生大事にする丸本派の石頭達と根は同じ。このアドレルを批難するのも丸本派に呼びかけたかったからかもしれないな。何だ、すっと謎が解けた。全てのパズルのピースが埋まったぞ! これは心地良いな」
「全てがストンと理解出来ましたね。彼等の野望の企みの全容が理解できた!」
 おおよそ破壊神を目の前にした者達の会話ではなかった。件の破壊神を防いでいるのは彼等二人ではなく、しのえ。
 二人は組上げた自分達に都合のいい真実をあたかも推理によって解明できたと、自慢げに語る。これ程しらじらしい物は無かった。

「つまりは、こう言う事でしょうね。武野将は御三家のアンジェラを篭絡した。そして自身が崇拝する丸本海流の思想を実現させようと目論んだ。表世界では破れた思想であるので、ザワークラウト会の権威を持って、丸本主義の旗印を掲げようとした。世界だの未来だのといった言葉は己の野望を覆い隠す為のオブラート。所詮は手を取り合うと言っても発言力や主導権を握りたかったでのしょうね。先ずはアドレル様が再構築して間もないザワークラウトを手始めし征服し、次いで弱小の裏世界の組織、機関を手中に納めようとしたのでしょうね。つまり、邪神討伐というのは合集と権力を一手に握るのに必要なお題目。欲しかったのはその指導者の地位と権力である、と。私もすっきりしました。どうしても野望が解せなくて不安だったのです。彼の言葉の全てを裏返して、真の意図を疑った、アンジェラが遣した書簡を何度も読み返した。あらゆる可能性を深読みし、再検討しました。どこかに真情を覗かせている部分がある筈だと、心理分析にも掛けてみましたが、ああ、納得が行きました。私はずっと彼の熱情の源泉が何かと不安で堪らなかったのです。真に人の為、世界の為に、骨を折る愚か者が居る筈はないのですからね! 子安しのえも悪趣味。身内の騒ぎを出汁にして、結社を潰すが如き取引を迫って来た。恐ろしい。何故そこ迄こちらを攻撃するのか」
「ああ、彼等はこのアドレル達に嫉妬しているのさ。力もない頭もない地位もない金もない。そういう連中は才能ある選ばれし者をついつい叩きたくなるんだよ、僻み根性をご立派な理屈で旨く覆い隠してね。こういう類が一番質が悪いよな、本当に」
 彼等にとって灰塵と化した本部は見えていないのか。大切なのは自己正当性だけ。
 見上げた根性といえた。

「武野……お前の誠意も脅えるこいつらには敵意としか映らんかったみたいやな。本当に骨折り損のくたびれもうけ、いやお前は儲けなんて求めてなかったろうに」
「犯罪者の親が『この子は優しい子だった』というのに似てるぜ、子安しのえ。第一、人の体を盗んで使っている者が言う言葉に真実なんて宿ると思うかい? なあ、そうだろう? 金にあくせくしている諸君等に目が眩むなというのが無理だったか。これは失礼だったね、フフフ」

「はぁ? 大人しく聞いとったらよ……おどりゃあおめえら何言うとんじゃ、んな言うんやったのう、おめえがやってみりゃあえんじゃわあ! 何もせんでぐちゃぐちゃ抜かしとんじゃねえぞ!」
 一同の会話をこっそりと聞いていた『彼』の口から方言が出る。
「また新しい鬼が来たか。騒々しいな、お前等。俺様の邪魔をするならば破壊対象に加わるだけだぞ」

「俺様がうっとおしくも幅を利かせて鬱蒼と茂る巨木共を切り倒して下の芽に光を当ててやらねばな。そうすりゃこの世界も少しは平和になる」
「よし、じゃあ巨木第一号はお前な! めんどくせえ事ごちゃごちゃ言ってんな。話が進まねえ、いや、進ませる気なんでナッシングか、ザワ民は」
「やる気ナッシングの主さん……もぅ『主さん』て呼ばなくていいですかあ?」
「じゃ、何て呼ぶのか」
「腐れ外道のご都合主義の似非偽善者のヘタレの自己中無気力身勝手な――駄眼鏡ですぅ! 人に言う前に自分が実行して手本を見せて下さいですう」
「もう俺は泣いている」

 声がした次の瞬間にはプリヌスは降ってきた物体により地面に叩きつけられていた。
 その名は丸本海流によって編纂された魔導書『白の箱舟』が擁する神鎧・ウルスラグナ。

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30終章/15/284/end 夢6/虚ヶ淵の幻

(うつろがふちのまぼろし

虚淵幻 ×文・写真shanzhen

30終章/15/284/end 夢6/虚ヶ淵の幻


「end 夢6 エグリゴリ」

「フェイリンの言う通りさ。危ない所だったぜ。このアドレルは素直な男さ。うっかり言いくるめられる所だったぜ。武野将は……残念だったな。好敵手として黙祷を送ろう。どうだ?
 悪の芽が摘まれた今なら此方主導で事態を収拾してやってもいいぜ? そちらさんが下げる頭を下げればさ。分かってるんだろ東洋人。東洋人が人にへりくだるのをあらわすのにどうするか、さ。全く教養のない奴は困るね。拳を振り上げれば言う事を聞くと本気で信じ込んでいる。こっちも対策打つぜ?」
「その通り。我等ザワークラウトは調停者の皮を被り虎視眈々と卑劣な野望を抱く悪魔には屈しない! 我々こそが正義なのです! あなたは人格攻撃・個人攻撃・人格攻撃を楽しみ、背後には陰陽省・BWAPに利益を齎そうと図っているのだ!」
「救いようがない奴等やな。まあええ、古狸共にその理屈、通用するとは思えへんわ。精々世界一の結社の癖して井の中の蛙で居る事やな。ほな、さいなら」
 アドレルは再び顎を前に突き出してしのえを見下す体を取った。人数が増えて気が大きくなったらしい。フェイリンも我が意を得たりとばかりに捲くし立てる。
 将を悼む言葉も嘲りを含んでいた。恋の心が深い悲しみに包まれるのをしのえは感じ取った。緊急時として体の主導権を握ったままであったが、もう一人の同質の異能『星見子』を持つ者の干渉により意識が覚醒しつつあるらしい。だがしのえとしては、こんな腐った連中を前に恋を矢面に立てる訳にはいかなかった。

「どこへ行く? 逃げるのか? 言うだけ我等を侮辱しておいて逃げるのか? 卑怯者! あなたが持ちかけた講和だろう!」
「逃げる? 呆れたんや。持ちかけた? どうしようもない連中に手を差し伸べてやっただけや。もうおまさんらには梃子せえへん事に決めた。武野将の心意気を汲んだろうと話し合いに来てやったけど、おまさんらはどうしようもないやっちゃわ。やっぱ上層部纏めて食われてまった方が、この結社にとってもええわ。やけどその男はあんたらがいびり倒して死んだ。もううちも大人になって果す義理はない。兎にもその屁理屈が通るかのう、試してみ?」
 相変わらず二人がくだくだと持論を喚きたてたが、しのえはもう振り返る事はなかった。
 将が命懸けで為そうとした事は彼等にあっては全くの水泡と化したと思っただけだ。こいつらに何を話しても無駄だというのだけははっきりと分かったのみ。しのえは外交官でもないし、同好会を痛めつけた敵にそもそも遠慮してやる義理はなかった。ただ、将の態度に若造ながら感じ入る所があったからそうしただけだ。しのえは強い。そもそも話し合い等せずとも捻じ伏せられる実力がある。彼等は結局己の腹が黒すぎて、他人の赤心を理解出来ないらしい。しらけた。そして将は哀れだ。丸本海流の後継者となる可能性があった男があんな連中の為に青春を賭けて散る羽目になったのだから。
 まだ彼等は喚いている。耳元で蝿が飛び回るのにも似た不快さだが、まもなく兎が駆る破壊の巨人・プリヌスがここを訪れて灰塵と帰す。どうせ手を拱いてみている他は無い。
 出来るのは声高に手前勝手な理屈を吐くか体のいい言い訳をつけて隠れる事位だ。

「無頼のうちも友達位は選ばせて貰わんとな」
 鎌を振るっても良かったが、あんな連中に触れるのは御免蒙りたかった。
 


「畜生……」
 シレーナは荒ぶる神鎧プリヌスの後ろ姿を見つめるしか出来ない自分に苛立ちを覚えていた。
 兎があんな風になったのは自分のせい。彼女はそう思う。
 フェイリンとの戦いの末、シレーナの相棒長村苗子は同好会の後輩達を逃がす為に命を散らした。結社の宰相格は同好会メンバーを逃して自らの醜聞が広まるのを恐れ遮二無二に口封じをしようとした。もっとも確実な手段は死を与える事だった。徹底的に隠蔽する事、それしか脳裏にはなかったと見える。容赦なく神鎧すら召喚してとどめを刺した。
「レナ、泣かないで。レナは悪くないよ。おっちょこちょいの私の側にいてくれてありがとう」
「アタシを泣かせてるのはアンタ。だから……逝くんじゃないわよ!」
「私はちょっと疲れちゃっただけ。直人と待ってるだもの、きっと悪い事じゃないよ?」
「苗、アタシはどうなるんだよ。アタシの涙は安かないんだよ」
「ごめんね……」
 苗子は微笑して瞼を閉じた。
 大粒の涙が数滴、苗子の頬に落ちる。

「魔導書『緑の箱舟』の守人レテー。主は死んだ。大人しく軍門に降りなさい。古来『緑の箱舟』はハース・ベルシラックと共にあった。戻ってきなさい」
「これが結社の正義だって? 笑わせるね。アタシらは隠蔽処理済みの過去って訳かい」

 

「オオオオオオゥウウウアアアア!!!」
 金色の巨人が絶叫する。
「神鎧プリヌス……この気は、兎!?」
 シレーナは神鎧が慟哭するのを初めて聞いた。
 兎が駆けつけるのに一時遅かった。苗子の亡骸を抱きかかえて涙するシレーナの姿を見てしまった。
 それが元より怒りに捉われて暴走していた心を完全に壊してしまったのだ。
 『また』友達を守れなかった。あまつさえ自分を守ろうとして死んでしまった、という事実はとても耐えられるものではなかった。その事実が彼女のトラウマを直撃し激しく揺さぶり、破壊者としての衝動を更に高めて後戻りが出来ない結果となった。彼女の駆る神鎧プリヌスは主の情動に呼応して狂乱の度を増しフェイリンの神鎧オルガザトラの放つ弾幕を平然と受けながらも接近。正しく獲物を目の前にした獣同然の所作で四つん這いになってオルガザトラの腹を食い破り、貪った。虚ヶ淵空間をその後破棄、結社の建造物を破壊し魔力を奪いながら暴れて廻った。フェイリンは神鎧を放置して逃げた。

「よお、本部に残っとる同好会の皆の衆〜返事せえ〜。こちとらちょいと恋君の体を間借りしとるしのえお姉さんやでぇ〜」
「しのえか」
「おう、生きとったか。生き残ったら二人でスナックでもやるけ」
「二匹の蝶かよ。アンタらしいわね。こっちが年上なのにママって呼ぶ訳?」
「どないしたん」
 しのえは異変に気付いた。
「苗がやられた。不味いことに兎にも見られてね。火に油を注いぢまった」
「そか。こっちは武野も死んだと聞いた。相互理解チュー事で結社の連中は兎から守ったろう思って声掛けたけど、一歩も譲らん。しまいには逆切れやわ。まあ柄に合わん事やってもうたわ。もうほかっとく。あいつ等もぶち上げた野望のしっぺ返し食ろうて、派手に大往生すれば満足やろ」
「最近ずっといい日和ですっかり忘れてたわ。戦争てのはホント嫌なもんね、人も心も何もかも理屈つけて簡単にぶち壊しやがる」
「耳に痛いな。まあ、兎は任しとけ! 何とかしたる」
 シレーナはこんなに頼りのある『任しとけ!』も無いと思った。子安の姉。ピンチにふらりと現れては去って行く人類最強の女。死すらも超越して何食わぬ顔で駆けつける。
 悪は不滅、なんて人をおちょくったり、不幸を見るのが大好きな怪異ヴォラートンが言いそうなものだが、それに待ったをかけるしのえもまた不滅。
「フフン! まあ、そーゆうこっちゃ。相対的にかたっぽばっかしが不滅やったらバランスとれへんやん♪」
「モノローグを読むなよ」
「すまんすまん。何しろ、恋君の力が尋常やないんやわ。この子具もとんでもないけど、素養もドエライもん隠しとってん。上物でっせ。尚ヤバイ事に、同じ力もっとる恋君のお友達とリンクしとるみたいでな。勇気凛々、てな感じ?」
「……アンタが言うと怪しい意味に聞こえるわ」
「そりゃ、お互い様やろ。酸いも甘いもなんとやら、大人の色気があるんは、うちとアンタだけやし」
 シレーナは鼻で笑った。さばさばした所は確かに自分と似ているかもしれない。
「フン、任せたわよ」
「合点」

 

 しのえは戦場に再び舞い降りた。
 眼前には怒れる神鎧プリヌスが建物を破壊している。癇癪を起した子供が玩具を手で横薙ぎにぶち壊しているのに似ていないとも言えない。
 シレーナに話した通りでしのえの力は増大している。彼女本来の肉体特性とも言える破壊力の増大ではなく、感知力、霊力という恋の肉体が秘めたる方向に。
 加えて恋と同じく『星見子』と呼称される能力を有する者がコンタクトを図ってきている。彼女は恋を上廻る霊能と聡明さで事情を理解し親愛なる友人の為に力を貸した。
「そか。おーきに。えーと、名前は聡子ちゃん? そっちは忍が一枚噛んでくれとるんやな。気が楽になったわ。何? 知り合いかって? ああ、元・上司や。ちびっとばかしの間世話になった。まあ、いっつも尻拭いさせてたけどな……嫁さんおらんかったらうちが頂きますしても良かったんやけどな。恋君はいい男になってるで。ナニも綺麗な顔に似合わんほど強烈でまあ馬な……何照れてるんや、かわいいのう、ガハハハハ!」


 『星見子』能力の共鳴励起。栞使いの力としのえの力が齎した未曾有の現象。それは戦闘局面において未来予知に近い超感覚を与える。
 それでも現状念話で兎に呼びかけてもなんからの力場に弾き返される。神鎧が邪神からの精神干渉を防ぐ為に防壁でも構築しているのか。

「さて、と。あいつ等に冥土でもあの調子でグダグダ言われたらかなわんからな。オーイ! こっちみんかい、ワレェ」
 しのえはプリヌスに大音声で叫んだ。プリヌスは無視してアドレルがいると思しき最深部の移動に執心している。神鎧とは思えない動物的な動きで地面を掘る。殴る。
 眼中にない様だ。完全に侮られているのか、そう思うとしのえは腹が立った。
「うちは無視されるのが一番嫌いなんよな? ……『まっ平ら』、『水平線』、『地平線』」
 プリヌスの動きが止まった。
 しのえは続ける。
「『フラット』、『まな板』、『平坦』……」
 プリヌスがしのえの方に向き直った。神鎧というのにソレはゼェゼェと嫌な音を立てて呼吸している。
 神鎧は術者のコンプレックスに強く反応している。
「おお、こりゃ……ないのう。揉むところがないなあ。たつモンもたてヘンなあ」
「!!!」
「胸がないなんて……なんて無念や、なんちって」
「グルアァァァァァアア!」
「うは、怒った怒った!」
 攻撃対象と認識された。金色の衝撃波と飛んでくる。それをしのえはかるがると避けた。是がプリヌスにとっては驚きであったらしい。本格的に挑みかかるが、プリヌスの攻撃はどれもが紙一重でかわされる。ひらりひらりと舞う花びらの如く。神鎧は花びらを捕まえられない。
 花びらは縦横無尽、風の吹くままに舞ってそれを掴み取ろうとする巨人の手をすり抜ける。
「まあ、どこに来るか大方予想はついとるからな。反応速度もビンビンやし。んなウスノロパンチが当たるかいな?」
 しのえは跳躍し腕の上に乗っかった。そこから頭上に駆け上る。
 そして死神鎌をつるはしよろしく天に振り上げて叩きつけた。
「!!」
 衝撃はあったが金色の装甲に傷は見当たらない。衝撃が手に帰って来て痺れた。
 無論只の打突攻撃ではなく、一撃必殺の魔力を込めたものだったが空間装甲の前には効果が無い。
「獲物が悪かったかいな。ほな、チェンジ。やっぱ馴染みのモンでないと気合入らんな。おら、どたまかちわったる」
 死神鎌が黒光する棍棒に変化し、再び脳天に炸裂。
 今度は額に大きな亀裂が走った。巨体からすれば些細な傷だろうが人間の身で空間装甲を突き破った者は武野将、稲坂兎に続いて三人目。
 しのえの思惑では神鎧を戦闘不能にしてから兎を引き摺り出そうというものだ。邪神すら葬った彼女らしい豪快な考えと言えた。完全に破壊しない迄も損傷を与えて活動を鈍らせれば、強化された霊能で兎の心に働きかける事が容易になるやもしれない、という目論みもある。暴れるプリヌスを尻目にしのえはあちこちをバットで存分にどついて廻った。
 プリヌスは初めて己にまともに楯突ける存在を認識して慄いている。敵が小さすぎ、はしっこ過ぎて捕まえられない。

「おーし。兎、ねえちゃんが来てやったで! 安心して後は任せい……?」
「……」
 しのえの力に加えて、恋と聡子、二人の星見子の力でプリヌスの精神干渉防御を押し退けて交信する。
そこで目の当たりにしたのは兎と交じり合う別個の怨念。


「また邪魔をするのか。子安……」

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