燦然たる黒歴史の溜まり場く(´(Å)`)ツルリ

誤字脱字発見有難いです〜グッドボタンに感謝〜

九州の記事

サクラ色の日々のなかでI冬A〆

〜サクラ日々なかで〜

ブログ特別編集版:冬A/後日談

 

 

「お久しぶりね、池田由耶さん。どうやらあなたの恋物語の中で私はキーパーソンではなくて、単なる脇役扱いだったようね」
 あたしは、再び椎名詠と同席していた。クルスが刺されたというニュースを聞いた時にいてもたってもいられず、ご馳走するつもりが初対面の彼女を置き去りにして、ファミリーレストランを飛び出した。お勘定を押し付ける形になってしまったまま、その後ずっとごたごたしていたものだからすっかり忘れていた。
 ここは、家族連れで賑わうバイキング。広い店内には焼肉、お寿司がメインで、うどんやそば、ラーメンにパスタにご飯ものにおかずとめぼしいものは一通りそろっている。スイーツもあるけれど、女の子二人で食べるのは少し恥ずかしい場所だ。無添加野菜や雑穀を扱ったビュッフェスタイルのお店も知っていたけれど、彼女の食べっぷりを考えるとヘルシーが売りの場所よりも、こっちの方が遠慮なく楽しめそうだったから。
「この前はごめんなさい。今日はお詫びのつもりでご馳走するから」
 椎名詠は小皿に盛ったお寿司をどんどん口に放り込んでいく。
「いいの、慣れてるし。情報通って他校でも噂になる割には私自身の存在って地味、いいえ希薄よね。遠足の写真とかもなかなか写してもらえなかったものよ。後ろで見切れたりすると心霊写真と間違われたりね、フフ」
「落ち着きのある子が好きな男の人も多いよ」
 例えばソージとか。アサガオこと朝野香織先輩も華やかというよりか、しっとりとかおしとやかみたいなイメージの人だ。
「いいのよ、慰めは。かといって付けまつげを増量する気にもなれない。派手な格好も」
 暗い笑みを浮かべて自嘲する椎名詠は空になった皿を両手に携えて席を立つ。喋り出すと独特の個性が発揮される彼女だけど、元々影が薄いのも手伝って、なんとなく幽霊っぽいかなって思った。もちろん失礼なので黙っておく。
「遠慮せず、沢山食べてね」
「よかったわ。大食いキャラとして辛うじて覚えていてくれたみたいで。あれで忘れられてたら踏んだり蹴ったりだもの」
 お盆の上にぎっしりと並べられたお皿にはうずたかくお肉が積まれている。今回はきちんと先払いしてある。


「さあ、あれからどうなったのか、じっくりと聞かせてもらうから」
 網の上で、じゅうじゅうと汗を流しながら焼肉が踊る。なんて感想を言ったら、こうソージは訂正するだろうな。
「肉汁が滴り落ちる、の方が適切だな」

 お肉とお皿に山盛りにしたご飯物を変わりばんこに口に運ぶ椎名詠の前で、あたしは今までの成り行きを順を追って話していった。
「お互いの恋人を交換していたわけね。それで結局、恋人の命に関わる事故や事件がきっかけで元の鞘に納まるなんて、ありがちな携帯小説みたい」
「天の川の彦星と織姫みたいに離れ離れになっても、本当に好き合っているのなら必ず再会できるんだよ」
「あの大脱走は恋の力なのね」
「人を好きになった時って、何でもできるって気がして力が沸いてくるの」
 心の悩みや迷いが尽きない世の中で、恋する気持ちはあたしに生きている実感をくれる。
「ちょっと私の相談を聞いてくれないかしら。私が同級生の男子に相談されたのだけれど、私一人じゃちょっと判断に困るのよねえ」
「え、どんなこと」
「お世話になってるアルバイト先の先輩とのことだそうよ。和気藹々と仕事をする間柄で、この前二人っきりの時に、さりげなく休日のランチを誘ったとか。あわよくばその後も、映画とか周辺散策とかを狙ってね。ほら、見たいのがあっても一人で行くのって寂しいじゃない。そしたら、今月はお姉さんと姪っ子が新居が完成するまで実家に戻って来るから受け入れ準備で忙しい、また来月って。観たい映画が今月までの上映だし、やっぱり誘いをかわされたのがちょっとショックだったみたいでね。これってどうなんだろうかって相談されたってわけ」
 ずっと動きっぱなしだった箸が止まり、頬杖をついた椎名詠はふう、と一息つく。
「前後関係が分からないとね。もっと詳しく」
「ひっかかってるのはまあ、曖昧な返事ね。また今度っていう断り方なら手応えが薄いって分かるけれど、来月なんて反応をされてもね。普段から質問とかにはそっけない返事をする人らしいから、迷惑なのかそうでないのか判断に迷うわ。その場では、それ以上追及できなかったそう。これってどうなのかしら。貸しを帳消しにするのを条件に、あなたのアドバイスが聞かせて。後日、それを伝える予定だから」
 どこか冷めた感じというか相談役のイメージがあった椎名詠が、物憂げにため息をつく姿はいじらしかった。
「来月ってことは十二月、クリスマスね。折角街に出るんだし、映画とランチだけじゃもったいないよ。おいしいスイーツのお店とか雑貨屋さんとか。あ、そうだ二人で地元の情報誌をパラパラめくりながら面白そうな場所を探すのも楽しいよね。でも、本当はあなたがそうやって誘ってほしかったんじゃないの。月末までなら、代わりに映画を観にいってあげればいいのに」
「飛躍しすぎ。私は陰陽師の刑事が大暴れする映画なんて御免よ」
「ちゃんと調べてるんじゃない。予行演習のつもりでデートに付き合ってあげたら」
「不純ね。そもそもあたしにはそんな下心なんてないんだから」
 不自然に慌てる椎名詠。ソージにはけなされたけど、恋愛で生きる張り合いが出るなら悪くはないわ。あたしたちは舌鼓を打ちながらお互いの恋話に花を咲かせた。


 

平森宗治(ヒラモリムネハル)/イラスト:虚淵幻

 

 

 初詣。

 ソージのアドバイスに従う形で地元大学を第一志望に据えたあたしは、合格祈願も兼ねて神社に繰り出していた。いつもは閑散としている神社も、この日ばかりは参拝客でごったがえしている。新年のスタートはソージに里帰りした先輩とクルスを加えた四人で迎えることになった。
 「おい、そんなに人をじろじろ見るのは失礼にあたるぞ」
「威厳を保てているつもりなんでしょうけどにやけてるよ、顔。鼻の下も伸びてる」
 仰々しい紋付袴姿がちょっとおぼつかないソージ。昔、校長先生をしていたおじいさんのお下がりらしい。隣の朝野先輩、通称アサガオは艶やかな紅の振袖姿。いつもの先生風の威厳はどこへやらで、手にした扇子をせわしなくいじっている。
「あ、赤くなった」
 今まであたしの前では絶対に見せなかった姿だ。
「残念だったな。これは甘酒のせいだ。体を温めるのに最適な飲料だからな」
「アサガオ先輩が隣にいるせいだと認めたら」
「馬子にも衣装というが、アサガオと芋子、まさに月とすっぽんだな」
「余計なお世話よ」
 そう言われてみれば、ソージはクルスにしきりに勧められて甘酒を大量に飲まされていた。
「おお、綺麗ですね、先輩。こいつにはもったいない」
「ありがとう」
「貴様あ、じろじろ見るんじゃないぞ」
 ソージは自分の恋人に見とれるクルスに警告を発した。
「けちだなあ」
 あたしというものがありながら。クルスの耳を思いっきり引っ張ってやった。

「なあ、四人でプリクラでも撮らないか」
「こんなハレの衣装を纏っためでたい新年に、プリクラで済まそうだと。街の小粋な写真館で後々まで思い出に残る一枚を撮る方がいいのではないか」
「いきなりなんだそれ。大丈夫かよ、先生」
 思いつきで行動する軽率なクルスに、常識人のソージが手堅い突っ込みを入れる、いつものリズムはどこへやら。クルスはソージの顔を心配そうに覗き込む。ソージの言動がちょっと怪しいのは、お酒の力で陽気になっているからかも。あれ、甘酒ってアルコール入ってったっけ。
 ソージのお陰で、疑問に思ったことはすぐに調べる習慣がついていたあたし。携帯にキーワードを打ち込んでみる。そうしたら、ネットの百科事典や、甘酒を造っている会社のQ&Aのページがヒット。それっぽい記述をナナメ読みする。
『法律上、アルコール分が1%未満の飲料は清涼飲料にカテゴライズされる。甘酒は酒と名前が付いているが、アルコール分を1%未満に抑えて未成年が飲用しても差し支えないようにしたものが多い。それでも、原材料や製造過程で微量のアルコールが含まれる時があり、小さな子供や抵抗がない者が大量に飲むと酔う場合もある。上記の理由から、車のドライバー役は飲用を控える人が多い』
 ざっとこんな感じだ。
 ソージがお酒に弱いことは意外だけど、甘酒で酔っ払うなんて迂闊ね。普段、厳格な先生ぽく振舞っている分、抑圧された部分があるのかな。綺麗なアサガオ先輩が隣にいてくれて舞い上がったのか、照れ隠しか。クルスに煽られた勢いもあって、きっと飲みすぎたにちがいない。
「緊張を紛らわせるのはいいけど、絡み酒はやめてね。どれだけ飲ませたの」
「いや、俺もまさか甘酒なんかでこんなに酔っ払うなんて思わないからさ。この前の対決シリーズの続きで、一気飲みを」
「よくもまあ、あったかい甘酒で飲み比べしようなんて思うわね。成人したって、本物のお酒でそんな恥ずかしいことやらないでよ」
「はいはい、アルハラね。分かってますよ由耶先生」
「失敬な連中だな。俺は酔ってなどいないぞ」
 ソージがむきになって神社の階段を早足で下りようとする。慣れない下駄履きのせいで危うくバランスを崩しそうになるのを、すぐに追いついたクルスが横から支えた。
「それを酔ってるって言うんだよ。全く仕方ねえなあ」
 ひょっとするとこれが、恋人の前での肩肘張らない振る舞いだったりするのかもね。その後、ちょっと風の当たる場所で、ソージのほろ酔いを覚まそうってことになった。

 

「あれ、詠さん」
 あたしは、人ごみの中に椎名詠を発見した。手にはあの幸福のレターセットを持っている。こちらに気付いていないようで、レターセットを見つめてうっとりした表情をしている。後ろからの呼びかけに、椎名詠の肩がびくっと震えた。
「あの人と文通でもするの」
「違う。淡い色合いが気に入っただけ。それに噂とか怪談、都市伝説の類に興味があるって言ったじゃない。こういう地元のおまじないとかも収集対象なの」
 目が泳いでいる。手近にあった甘酒の入った紙コップを引寄せて、ぐいっと飲む。

「あんまり飲むと、甘酒でも酔っちゃうよ」

「まさか」

 他の人の恋愛相談は得意なのに、自分のことになると不器用になる不思議。彼女の恋も始まったみたい。

 

「それで、芋子は何か興味持てそうなものでも見つかったのか」
「うん。樹医とかいいかなって」
「呪医ってお前、いくらおまじないが上手くいったからといって、突拍子すぎるぞ」
 昔にもソージを睨んだ時に、感染呪術とか言われたっけ。
「違うよ、木のお医者さん。桜の紅葉がとても印象に残ってて」
「否定する気はないが、まず大学で見聞を広めてからでも遅くないぞ。しかし、木ねえ。渋いな。時にこの前盆栽市に出かけたのだが」
 どうやらソージの守備範囲内だったらしく得意の薀蓄を披露し始めた。こういう時のソージは本当に活き活きしている。アサガオが幸せそうにくすくす笑う。彼女がそこに相槌を打ったり、予備知識を入れると話のテンポは絶妙になる。二人でお餅つきをやらせたら、きっと息が合うでしょうね。
 それにしても、不思議な縁で結ばれた四人。
 アサガオはソージの笑顔のためにお菓子を作ったのがきっかけになって、都会でクルスと知り合った。アサガオと別れたソージは地元で塾のバイトをしながら先生の道を模索していたせいで、あたしの担当に。
「由耶までおぼろげな目標を見つけたのか。俺は元々は由耶にふさわしい男になりたくて、背伸びして地元を離れて都会の難関に行こうと思ったのがきっかけだったからなあ、具体的なものがないんだよ。俺だけ置いていかれた気分だなあ」
「初めて聞いたよ。もう、そういうのは言ってくれなきゃ分かんない」
 今振り返ると大げさだけど、受験に失敗した時は目の前が真っ暗になった。クルスとも離れ離れになったし、夢や目標を見据えて頑張っている人たちと比べると、色々と出遅れて何もかもおしまいだって。
 でも、あたしが回り道をしたからこそ、こんな素敵な人たちと友達になれた。恋人たちが再会できた。それはとても素敵なことだと思う。
「クルスが待ってくれたように、あたしも急かさないよ」
「お前らはのんびりしている」
「人生ってあみだくじみたいなものだから、どこでどう繋がるが分かんないけれど。長い道のりを歩くためには、あたしたちに合ってる歩幅を見つけなきゃ」
「お前にしては含蓄深い。褒美に焼き芋一本な」
 ソージが珍しく褒めてくれる。
「離れ離れになると、却って人の大切さが分かるものね」
「あっちの花火も素敵だったけど、こっちの花火を思い出して恋しくなったんですよね」
 アサガオの言葉に、クルスが頷きながら笑う。
「今年の花火はみんなで観ましょうね」
「お前ら、今度は逃げるなよ」
 あたしとクルスは苦笑いした。それを見てソージとアサガオが笑う。
「あ、雪だ」
 あたしたちは寄り添い合って空を仰ぐ。真っ白な雪の花びらがひらひらと舞い始めていた。

 

 

その後、ある地方都市でこんな噂が広まった。

古びた駅の今はほとんど使われていない伝言板に桃色のチョークで恋歌を書き込むと思いが通じるというものだ。また、恋人が上の句と下の句を分担して書き込めば遠距離恋愛が成就するとも。

<おしまい>

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サクラ色の日々のなかでH冬

〜サクラ日々なかで〜

ブログ特別編集版:冬

 

 

 

 あたしたちは仲直りした。

 お互いの気持ちを確かめられたことで、二人はより強い絆で結ばれた。地元に戻ってからがちょっと大変だった。駅では仏頂面のソージが待ち構えていた。それは心配してくれてた裏返しみたいなもの。先輩に謝られていたけど、今度は一転、あたしがひたすら謝る番になった。

「恋愛体質に振り回される身にもなって欲しいぜ」
 前歴があるだけに、最悪の事態に直面したあたしがヤケになった時のことも考えてたんだろうな。家まであたしを連行したソージは玄関に上がり込み、古典の教訓を引きながらのお説教をはじめた。玄関で縮こまって正座をさせられるあたし。クルスの事件にあたしの二度目の失踪が重なって、それこそ地元は上へ下への大騒ぎだったんだって。ソージは詳しい事情を知っていただけに、家族にとりなしたり気苦労が絶えなかったみたい。
「全く、人様が心配している間に男といちゃつきやがって。散々騒いだ結果が雨降って地固まるかよ。あちらで乳繰り合った分を取り返すために、これから塾で追い込みだからな」
「すいませんでした」
「こんな塾生を受け持つ気にもなってみろ、このバカップルが」
「すいませんでした、ソージ先生」
「だから、ムネハルだと。あの太閤秀吉と一戦交えた、かの猛将清水宗治と同名だぞ」
「テストに出ないもん、そんなの」
「またそれを言う。歴史も古典も一つ一つの点だけを覚えるのではなく、点と線そして面を理解してくのが本当の勉強なんだと、どれだけ語れば」
 結局、ありがたいお話は朝まで行われた。


 そうして、駆け足で冬がやってきた。
 進路も、彼や家族と改めてきちんと話し合った。遠くても気持ちは繋がってるのが分かったし、正直一緒にいたいけど、それだけじゃ駄目なんだよね。やっぱり互いの将来を思ってやってかなきゃ続かない。だから、彼と同じ大学にこだわらずに、これだと思ういくつかの進学先に出願することにした。もちろん地元の大学にも。それでも周りの人と比べたら目標がぶれてるし、季節と同級生にも追い抜かれた周回遅れのあたし。だけど、いいんだ。その場で足踏みをしながら悩んでいくのが、自分と向かい合うことなんだって思うから。


 あと、それから。先輩とは友達になった。
 最初に顔を合わせた時は、勢いで乗り切れたのに、文通では逆に改まってしまって、ちょっとぎくしゃくしている。先輩はとても綺麗な字を書くのに、あたしが子供っぽい丸文字だったりするのもあるけど。
「私も由耶ちゃんたちみたいに、先に進まなきゃって思ってるの」
 先輩は年上なのに気取らないお便りを返してくれるのが嬉しい。田舎者と思われまいと我慢してた彼が、うっかりサークル活動中に方言を漏らしたのが、仲良くなったきっかけと聞いていた。 だから同郷なのは知ってたけれど、まさか住んでいる街まであたしたちと同じだったなんてね。  世間は狭い。
「大学に受かってから、もうずっとそっちには帰ってないのだけれど、懐かしいお土産のせいで恋しくなっちゃった。由耶ちゃんと再会するのも楽しみだし、年末は帰ろうかな」
 最新の手紙にはそう書かれてあった。あたしも再会する日が楽しみだ。

 

 未だに彼女がいないソージに誰かを紹介してあげようかしら、なんて。口には出さないけれど、これでも世話を焼いてくれたことをありがたく感じているのだ。

 当のソージは、学校の先生になるという夢を本気で追いかけ始めようとしている。二年次からは古文を専攻分野にした上で、国語の教員免許を取得するという抱負を抱いている。
「団塊世代が一斉退職して以降、教職枠の拡大が予期されている。俺はその時流に乗る」
 あたしは記念すべきソージ先生の生徒第一号だ。電車の時は教え子だって言ったくせに、その事実をソージは否定したがっていた。
「黒板に残した歌の選択は悪くなかった。褒美に焼き芋を奢ってやる。が、屁はこくな」
「はいはい、ソージ先生」
 やっぱり不器用で失礼な奴だ。あたしを口説こうとしたあの幻の台詞のことを口にすると、本気で怒る。椎名詠が教えてくれたハルとしての顔はどこへやら。

「もっと優しかったらあたしも危なかったのにな。ハルさん」

 ソージは口に含んでいた緑茶を吹き出す。あたしが齧った石焼芋に飛沫がかかる。

「ちょっと、何してるの」

「縁起でもないことを言うもんじゃない。お前といると、穏やかな俺も突っ込み役にならざるを得ないのだ、察しろ。ああ、鳥肌が立ってしまった」

 ソージは大げさにぶるっと身を振るわせてみせ、あたしの携帯カイロを横取りし手もみする。

「気のおけない友達だと思っている、ということにしておくわ」

 なんてね。

 

 年末に帰ってきた彼にソージを紹介した時も、最初はどうなるかと思った。
「俺のいない間に彼女がお世話になったそうで、どうも」
「チャラチャラした男だな。頭の悪そうな格好でほっつき歩いて地元の恥を晒してくれるなよ。やっぱりバカップルだってことだな」
「あ、やんのかコラ。偉そうな面しやがって」
「ああ、脊髄反射か。駄目だ駄目。女の前でいきがりたい気持ちは分かるが、力に訴えるとは単純粗暴な男だな。この国の未来も暗いな」
「俺の女に気があるんだろ。手を出したら、ただじゃおかねえからな」
「下らん。愛に熱狂するのは結構だが、傍からすればみっともない振る舞いだと気付け」
「いいぜ、ならやってやる。どっちが上か、あそこで決めようぜ」
 二人ともみっともない意地を張り合って小競り合いを始めた。
 その後、男同士の対決と題して、最近できたばかりの総合スポーツアミューズメント施設に朝からこもりきり。元テニス部と元バスケ部、体育会系の二人は丸一日遊びほうけていたその間、あたしは審判役という名のまちぼうけ。
「口ほどにもない奴、と思っていたが」
「なかなかやるな、あんた」
 あれだけいがみあって、晩にはすっかり意気投合。肩を寄せ合ってカラオケを歌う始末。あたしという人がありながら、遊び疲れた二人が仲良く寄り添って眠りこけてるのにはちょっと呆れた。帰り際には二十歳になったら酒を酌み交わそうという約束までして。むっとしたあたしは、調子のいい奴らの頬をぎゅっとつねった。

 

 

 春の終わりに桜の花びらが散ってたとしても、それで終わりじゃない。
 夏には緑葉、秋には紅葉の、冬には樹氷の彩りと美しさがある。ただ気付かないだけで、人間も同じ。先輩にもいいことがありますように。

「朝野香織(アサノカオリ)さま、こたつとみかんが恋しい頃になりましたね。あたしはこたつのなかで猫みたいに丸くなっています」
 そんなオリジナルの時節の挨拶から綴った手紙をポストに預けたら、あたしの願掛けレターセットの二周目が始まる。色んなことがあって大変だったけど、それがおまじないの効果だったのかも、なんて思う今日この頃。次は何を願おうかな。

 

 

朝野香織(アサノカオリ):イラスト・虚淵幻

 

 


 ソージは今日も、おんぼろ駅舎の清掃や雑務を黙々とこなしていた。
 古時計のねじ巻きもその一つ。雪のカーテンで静まりかえった駅舎で振り子だけがちくたくちくたく、変わらぬ拍子で時を進めていく。
 ホームに初雪が積もる中を、かじかむ手に息を吹きかけて箒を握る。この仕事を始めてはや一年間以上、小さな駅だから多くの常連客と顔馴染みになり、仕事帰りの人々に一言二言、おかえりの言葉を交わすのが日課になっていた。今日の仕事は終電まで。
「よお、兄ちゃん。クリスマスも仕事とはご苦労だな。待ってる彼女はいないのか」
 仕事帰りらしきスーツ姿のサラリーマンが気さくに話しかけ、ソージも明るく、そして軽い口調で応じる。
「どうもお仕事お疲れ様です。お客さんこそどうなんですか」
「ほら、みてくれ。奮発したんだぜ」
 紙袋の上からはおもちゃらしき箱が覗いている。
「へえ、いいサンタさんですね」
「このために頑張ってるのさ。兄ちゃんの所にも来るといいな、サンタクロース」
「この歳では、あちらも俺を忘れてますよ」
「夢は大事だぜ。大人が信じなきゃ、子供も信じないぞ。待ち続けることさ」
「そうですね。いいクリスマスを」
「じゃあな、メリークリスマス」
 終電まで人々を見守りながら、聖夜はおごそかに過ぎていく。

 

 そしてとうとう最終列車が来た。

 肩にうっすらと積もった白雪にも構わず、最後の客を出迎える。 乗客は一人。両手に大きな土産物用の紙袋を下げている。
「久しぶりだね」
 乗客は出迎えた男に白い顔を赤らめて、ぎこちなく笑いかけた。
「ずっと待っていた。おかえり、アサガオ」
「ただいま、ハル」
 ちくたくちくたく、チクタクチクタク。
 チクタク。故郷で刻まれる振り子時計と都会で刻まれる振り子時計。
 遠くにあってもリズムは同じ。二つの拍子が同期する。
 二つの輪郭が一つに溶けて、積もった雪もふわりと消えた。

 

 

 

 

 

 

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サクラ色の日々のなかでG秋B

〜サクラ日々なかで〜

ブログ特別編集版:秋B

 

 

 

 

 電車に乗ってから初めて、あたしは入院先も知らずに着の身着のままで飛び出したことに気付いた。そして、もしもあの人が死んでしまったらという恐怖が襲ってきた。この不安な気持ち、足元が崩れ落ちて奈落の底へ吸い込まれていくようなこの感覚が、断ち切れない思いの証明。あたしは一人で震えていた。
 しばらくして、あの人の家族から電話で連絡を受けた。家族の人によれば、手術は上手く行って容態は安定しているとのことだった。すぐに駆けつけたいのはやまやまだけれど、仕事を持っている身では何時間もかかる都会へ行くのもままならない。その点、浪人生のあたしは身軽そのものだった。どうか息子をよろしくと頼まれたあたしは複雑な気持ちのまま終了ボタンを押した。
「あたしは、もう彼の恋人じゃないんです」
 その一言が口に出せなかった。不安定な通話ブースが、ただでさえおぼつかないあたしの足元をぐらぐら揺らす。立て続けに携帯が振動する。


「もしもし。あなた、たいした脚力の持ち主ね」
 椎名詠の声。あたしはまず食事代も払わずに急に飛び出したことを謝ってから、家族から聞いた容態を伝えた。
「初対面で食い逃げなんて大胆な子。まあ、いいわ。その熱愛に免じて許してあげるから、落ち着いたらまた連絡頂戴。アクシデントから始まって、ハッピーエンドで終わる素敵なラブストーリーを期待してるわね」
 曖昧な返事をして切る。そんなんじゃない。あたしは狭いブースの中でしゃがみ込んだ。込み上げてくる嗚咽。また着信。
「ソージ」
「やれやれ、お前って奴は。猪突猛進とはまさにこのことか」
 その落ち着いた声に、ほっと息をつく自分がいた。
「どうやら、今度は誤報ではないようだな。防犯上は好ましくないが、あの業界も苛烈な価格競争で人件費を削らざるを得ないからな。客の少ない深夜を一人で回す場合、あたかも奥にも誰かがいるそぶりをしながら営業をするものだが」
「よく知ってるね」
「あの店は好きでちょくちょく足を運ぶからな。観察していれば分かる。お前は面接対策にニュースぐらい見たらどうだ、と言いたいが此度は緊急だ。連絡用に携帯電話のバッテリーを温存する必要があるだろうから手短に。この件については帰ってからゆっくりするとしよう」
「ごめんなさい。あたしはやっぱり」
「『いかにせん都の春も惜しけれど、馴れし東の花や散るらん』、『熊野(くまの)』に出てくる歌だな。これも俺が指導した成果か」
「テストには出ないけど」
 軽口を叩く。
「心に残ったのならば大きな意味がある」
「そうよね」
「お前の分別のなさが時々羨ましくなる。俺には無理だった。どのような結果が待っているにしろ、確かめたらちゃんと帰ってこいよ」
「ごめんね」
「帰りの路銀を口座に振り込んでおいたから、忘れずに引き出しておけ」
「必ず返すから」
「構うな。俺にはそれぐらいしかできないし、教え子第一号に無様を晒させたくないだけだ。困った奴がいたらその分助けてやればいい。それが大人の対応というものだ。じゃあな」
 その不器用な優しさに、あたしは泣いた。

 

 


 写真:shanzhen

 

 辿り着いたのは、いくつもの建物が連なった都会の大病院。受付で足元の矢印を教えられた通りに進む。大きなエレベーターに乗り、8Fのボタンを押す。殺風景な廊下の手すりをつたって病室を探す。辿り着いたと思ったら、そこからあの時の女の人が出てきた。胸がぎゅっと締め付けられる。視線が合うと、その人はあたしに頭を下げた。
「私、十次(クルス)君と同じサークルの二年生なの。あの時は、夏の日差しに立ちくらみを起こしただけで。つらい思いをさせてごめんなさい」
「大学の、先輩。彼は大丈夫なんですか。刺されたって」
 病室から出てきたこの先輩に嫉妬を覚えたけれど、今はクルスの安否が大事だった。
「ええ、不幸中の幸いで内臓は傷ついてなかったから。術後の経過も順調よ」
「そうですか、よかった。よろしくお願いします」
「あの」
「彼の隣にはあなたがいる。あたしは彼が大好きだから、その幸せを壊そうなんて思えない。彼が大丈夫なのを確かめられただけで満足」

 あたしは病室に背を向けた。側にいたい。こんなに好きなのに。それは精一杯の強がりで。好きだから、涙を飲み込み、震える声でお別れを告げる。

「違うの、彼は」
 ああ、立ちくらみがする。ここから去ろうとする一歩がとても重たい。
「由耶ごめんな。今でも好きだから、ずっと待ってるから」 
 部屋の奥から声が聞こえてくる。思わず中に入ると、ベッドに寝かされたクルスがうわ言であたしの名前を呼んでいた。
「私はあなたたちを仲違いさせてしまった。けれど、彼の気持ちはずっと変わっていないの」
 目の前が曇って何も見えなくなった。
 彼が目を覚ますまでの間、あたしの誤解を晴らそうと彼女はぽつりぽつりと喋りだした。都会の大学を受験したことが原因になって、地元の彼氏と別れたこと。それからずっと想いを断ち切れずに一人で寂しかったこと。

 そんな時、サークルで懐かしいお国言葉を話す新入生がいた。名前は母袋十次。
「あなた達の恋は知ってたから、邪魔するつもりなんてなかった。素直にすごいなあって。先輩として、環境が色々変わって落ち込む彼を励ましてるつもりだった。でも、あの人に重ね合わせていた自分がいたのも事実」
 彼女を責める気にはなれなかった。恋をしているあたしにはそのつらさが分かるから。優柔不断で優しい彼はこの人の寂しさを感じ取って、放って置けなかったのかもしれない。
「サークルのみんなでお祭りに行った日、みんなの悪戯で私たちは二人きりになった。でも、彼は花火を観ているうちに、あなたを裏切ってる気がするからって、一人で帰っていった」
 彼もあたしと同じだったんだ、と分かった途端、またまぶたが熱くなってきた。
「その帰りだったの、彼が事故を起こしたのは。本当はちょっと転んでちょっと怪我をしただけ。でも、何とか二人に仲直りしてもらいたくて、大げさなメールであなたに知らせた。本当に悪いことをしてしまった、ごめんなさい」
 彼女は今日、何度目かのごめんなさいをつぶやいた。


 目覚めた彼は、縫ったばかりでつっぱるお腹の痛みに顔をしかめつつ、平謝りで謝った。自分の弁解を棚上げしてでも先輩を庇う様子はちょっぴり、じゃなくて相当妬けたけど、あたしは我慢してあげた。話の後で帰ろうとした彼女を引きとめ、一晩を過ごすうち、どうやらこのだらしのない彼としっかり者の先輩は、あたしとソージみたいな関係かなって思ったら許せる気がした。

 


 そうして今、あたしと回復した彼はバスと電車に揺られている。結局、彼が退院するまでの二週間ちょっと都会にいた。遅れてやってきた彼の家族には礼を言われたけれど、あたしにとってはごく自然なこと。実家からは着替えと、ソージに託されたらしい小ぶりのダンボール一杯に詰まった問題集や参考資料集が届いた。看病の甲斐があったのか、傷は予定よりもずっと早く回復した。
 退院した次の日、見せたいものがあると言って彼はあたしを連れ出した。
 二人で電車に揺られながら着いた場所は、紅葉が綺麗な大きな公園。そこは都会の匂いよりも、慣れ親しんだ故郷の匂いに似ている場所だった。久々でも同じ歩幅で歩けた。離れてた間もずっと一緒に歩いていたみたいに。
「なあ、由耶。桜が散ってしまった自分には魅力がない、って手紙で書いてたよな」
「花びらが散っちゃった後の桜には誰も見向きもしないよ」
 あの頃のあたしは不安だったのだ。

 自分の価値を見失って、彼の愛すら失いそうで怖くて震えていた。
「そうじゃないんだよ。見てみろよ」
「え、綺麗な紅葉よね」
「これさ、桜の木だよ」
 あたしは言葉を失った。 そんなの、今まで考えたことなかったから。いつも、桜の木が植えられた公園の側を通ってきたというのに、桜が綺麗なのは花が咲いたときだけって勝手に思い込んで、他の季節は気にもしなかった。
「ずっとそう言いたかったんだ。桜が散っても、それで終わりじゃない。秋だってこんなに綺麗なんだ。北の方では、葉っぱが散った冬には樹氷が見れるんだって。由耶も同じだよ、たとえ試験に落ちても一生懸命頑張る由耶が好きだ。例え遠くにいたとしても、これからもずっと好きでいる」

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サクラ色の日々のなかでF秋A

〜サクラ日々なかで〜

ブログ特別編集版:秋A

 

 

 

 あたしはソージに引き止められた。その後、あの人たちからの連絡はなかった。

 唐突な告白をされて以来、ぎくしゃくした日々が続いている。最初は、もてないからあんな風なのかと思った。恋する乙女への腹いせに突っかかってきたんだとばかり。
「私を口実にしないで」
 でも、こんなことを言われたら、確かに落ち込むし、引き摺っちゃうかもしれない。むきになって恋愛を否定して防衛線を張っていたソージの気持ち。あの人とのことで、はしゃぐあたしの姿が古傷を疼かせていたのかも。今はあたしも失恋して傷ついているから、ちょっとだけ分かる気がする。
 あのお高くとまっているソージの秘密。その恋愛がどんなものだったのか、あれから気になって勉強に集中できずにいた。

 

 

「えっと、池田さんだっけ。平森宗治の話が聞きたいんだよね」
「池田由耶です。苗字、平森だっけ。あ、好きなのどうぞ。あたしが持つから」
「じゃあねえ、これとこれと、あれと。ああ、これもいいかな。新作は抑えておかないと気が済まないのよね、私」
 メニューを十個ぐらい読み上げて、やっと止まった。朝からもの凄い量を食べる人だ。久々の外食で奮発しようかなと思ったけれど、ファミレスで落ち合って正解だったかも。
「あ、これも捨てがたいなあ」
 ううん、ビュッフェスタイルのお店にした方がもっとよかったかもしれない。

 テーブルの反対側でメニューとにらめっこしているのは友達の友達に紹介してもらった情報通。
 どこにでも噂好きな子っていると思うのだけど、そのなかでもとても凄い人で、学校内外の噂話から、生徒の趣味趣向を含めたプロフィールまで把握しているって話だった。片想いの相手のことが知りたい子から恋愛相談を受けることが多くて、友達の友達も彼の好みを教えてもらったおかげで付き合うことができたんだって。張り込みとか尾行にぴったりのタイプかも。
 でも、想像していたのと比べるとすごい地味な人が待ち合わせ場所にいた。ありきたりな服装に可もなく不可もない身長と体型、無難なメイク。外見的特徴はどこにでもいそうな人。その他大勢の人々に溶け込んで、背景みたいに存在感が希薄。人が多い所で待ち合わせをしていたら、見つけるのにもの凄く時間がかかりそう。

 彼女の後方では、大きなテレビがニュースを流している。
「私は決まったけど、池田さんはどうするの」
 呼び出しボタンを押しながら、彼女は訊ねてきた。相当の出費を覚悟したあたしは、一番安いアイスとフリードリンクを頼んだ。


「改めまして、私は椎名詠(シイナエイ)。いつの時代も情報は重要ね。彼に目星をつけるなんてなかなかいい趣味してるわよ、池田さんは。見た目によらず堅実派なのね」
「え、ううん。そういうんじゃなくて」
「茶化したりしないから安心して。こういうの慣れっこだから」

「そうなんだ」
「結構多いわよ。情報といっても、仲のいい子が知っていてもおかしくないような話ね。私は探偵ごっこをしないから、個人しか知りえないような秘密には踏み込まない。占い師でもないから運勢は見られない、それでいいかしら」

「う、うん」

「人づてに聞いた話や噂も含まれるし、全部が事実というわけでもない。だから、池田さんが平森宗治と親しい仲にあるのなら、無駄足かもね。観察する人によって捉え方は変わるもの、鵜呑みは困るの。判断材料はあげるけれど、あくまで判断するのはあなたよ」

 今まで色んな人に何度も説明したみたいで、前置きを流暢に喋る。
「分かってます」
「話が間違いだったせいで告白が失敗したって、逆恨みする子もいるのよね。趣味趣向だってね、時と場合、何より相手によるから」
「大変なのね」
「まあでも私、将来はカップリング関連の仕事がしたいのよね。人生を生き抜いていくためのパートナーを結びつけるのって、とても有意義に思えるから」

「探偵さんの方が似合いそうだけど」

「いやよ、あんな肉体労働」
「お待たせいたしました」
 やってきたメニューでテーブルが埋め尽くされた。ちょっとしたフルコース。これでも全部じゃない。
「デザートは、食べ終わった頃にお持ちしましょうか」
「それでお願い。じゃあ、いただきます」
「どうぞ」
 椎名詠の口にどんどんランチが飲み込まれていく。
「素敵。私の舌を甘美な情報で満たしてくれる」
 単価が安上がりで済んだって、喜んでいいのかな。

 

 写真:shanzhen

 

「平森宗治は高校時代バスケット部に所属、副キャプテンとして活躍。トレーニングメニューの開発に熱心で、面倒見がよく後輩からも慕われていた。成績は上の中。故事歴史に詳しくて、期末テストの細かい設問ミスを発見したぐらい。あのお堅い口調は、教師としての威厳を持ちたいと意識しているって話ね。彼が求める理想の教師像がちょっと古風なのは、教え子よりも物を知らない軟弱な教師がいたせいかしら。小学校時代に、歴史の授業で先生よりも知識があって、逆上された経験があるみたいだし。たまに出るぞんざいな言葉遣いの方が本来の彼」
 食後のアイスに舌鼓を打ちながら椎名詠は喋る。
「よく知ってるのね」
「これぐらいは、彼と親しい人なら誰でも知っているわ」
「彼は誠実で一途、言い換えれば頑固で融通が利かない人ね。昔の恋人を超えられるくらいの魅力がなければ、池田さんに勝算はないわね」
 椎名詠は、あたしがソージに片想い中だと勘違いしているみたい。ちょっと複雑な気分だけど、そっちの方が話が早いし、訂正はしないでおこう。
「昔の恋人ってどんな人だったの」
「これよ」
 椎名詠はフォークで指差した先にはお皿にのったスイーツがあるだけ。
「え、なに」
「地産物の小判芋でこのお菓子の原型を作ったのが平森宗治の元恋人。変に嫉妬心を出されても迷惑だから名前は伏せておくわ」
 そう言われてみれば、このスイーツの宣伝のぼりが立っていたっけ。
「たまにいるのよね、昔の恋人だからって嫌がらせをする女。私も気分が悪いし。恋の病にかかると人は理性を失うから。お互いのためよ」
「あたしは大丈夫だけど。大好きな人が悲しむようなことはしない」
「ポリシーだから。地産地消、観光PRの名物コンクールで、彼女が所属していた料理部が賞をとったの。彼は試作品をずっと味見していたみたいだし、さぞ誇らしかったでしょうね」
「へえ、そんなに凄い人だったんだ」
 理由をつけては、色んなお菓子を塾に差し入れていたソージの姿を思い出す。お芋を使ったのも多かった。
「周囲も羨むカップルだったけれど、その後二人の仲がぎくしゃくしだしたようね」
「なんで、二人で頑張ったのに」
「内幕じゃどんな流れになったのか。二人はそれぞれ違う大学に進学した。それでおしまい。交際はもうしていないんじゃないかしら」
 興味がない、その気がないとかで、自分の恋話に防衛線を張っていたソージ。夏祭りの時に「お前をみてると、昔を思い出す」って言ったソージ。どんな思いであの人の話をするあたしをみていたんだろう。

「ソージも色々あったのね」

「掃除」
「ああ、アイツはあたしをいつも小ばかにして、芋っぽいとか言うから、そう呼んでやることにしたの」
「あなたって、いじり甲斐がありそうだものね、クク。そういえば平森宗治は彼女にハルと呼ばれ、彼女をアサガオと呼んでいたわ」
「アサガオ」
「生真面目で奥手、こちらがじれったくなる位。お似合いの二人だったわね」
「そうなんだ」

「私、同級生だったから。信憑性はそれなりにあると思ってちょうだい」
 恋でつらい思いをしているのはあたしだけじゃないんだな。
「じゃあ、御代を下さいな」
 椎名詠は手を差し出した。
「え、ごちそうだけじゃ足りなかったの」
「別腹よ。気になっているお店があるのよ」
 ちょっと財布が心配になってきた。


「芋子さんが知っている噂話や都市伝説、怪談を教えて欲しいのよね。うちのサークルで特集組むのよ。大学祭で特集本を販売する予定だから遊びにきてよね」
「へえ」
 TVが淡々とニュースを伝えていた。
「次のニュースです。xx市の牛丼チェーン店xx屋xx店に刃物を持った強盗が押し入り」
「物騒な世の中ね」
 あたしは椎名詠に頷こうとして、読み上げられる名前を聞いて固まった。
「一人で店番をしていたアルバイト店員の母袋十次さんを持っていた包丁で刺して逃走、母袋さんは全治xヶ月の大怪我を」
 アイススプーンが手から滑り落ちる。

 お皿に落ちてガチャリと音を立て、止まっていた時間を進ませた。
「ごめんなさい、お詫びはまた後でするから」
「え、ちょっと」
 あたしはいてもたってもいられずにお店を飛び出していた。

 

 無我夢中で走った。

「だったら、俺のこと好きになれよ。俺もお前を恋愛対象として意識し、努力してやる」
 あのプライドが高いソージが、あそこまで言ってあたしなんかを引きとめようとしたのは、つらい過去を断ち切らせようとしたから。それは多分、自分も昔の恋愛を引き摺っていてつらい思いをしているからだよね。突っかかっりたくなるような理由も知らずにあたしは今まで。

 ごめんね、ソージ。でも、自分の気持ちに気付いちゃったんだ。やっぱり彼が好き。サクラはとっくの昔に散ってしまったけれど、あたしの心はまだあの人とサクラ色の日々の中を歩いている。

 ソージがこんな姿を見たら
「意味を説明せよ」
 なんていつものように言うんだろうな。だから、あたしはおんぼろ駅のほとんど使われなくなった黒板にあるメッセージを書き残して、街を出た。
『いかにせん都の春も惜しけれど、馴れし東の花や散るらん』
 ずっとあたしに勉強を教えてきた古典が得意なアイツなら、昔の歌に託したこの気持ちをきっと深く理解してくれるはず。

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サクラ色の日々のなかでE秋

〜サクラ日々なかで〜

ブログ特別編集版:秋

 

 

 あんなことがあって、弁解の手紙が何通も届いた。
 メールとか電話できちんと話そうとか色々書いてあったけど、全部無視したまま。怒ってるんじゃない、ただ彼の幸せを邪魔しちゃいけないと思うから。ソージじゃないけど、彼はきっとあっちに行ってから、価値観が色々と変わったに違いない。あの都会の人波にさらされて、こっちでのんびりと暮らしていた頃とは違う物の見方を学んだんだ。そんな彼は、あたしのゆっくりしたステップと合わせられなくなった。代わりにピッタリな人があっちにいた。ただ、それだけ。浮気とか裏切りとかとは、ちょっと違うんだと思う。
 未練がないといったら嘘になる。恨む心がないなんて嘘。物分りのいい、割り切りのいい大人の女になりたいと思っているだけ。その証拠に、うまく書けなくて捨てたお別れの手紙がゴミ箱を満杯にしている。こんな形でレターセットを使い切るなんて、春には思いもしなかった。 他には望むものなんてない。ただ早く彼の隣に戻りたかっただけで、他にはなにもいらないのに。
 皮肉だけど、あれから勉強はものすごく進んだ。コツがつかめてきたんじゃなくて、そうしてないとつらい考えしか出てこないから。胸が苦しくなって眠れない夜には机に向かった。そうして、明け方の涼しさにまどろんで、悪夢にうなされて起きる日々。
 悲しみを乗り越えるには、のめりこむしかなかった。あたしの気持ちを知らない塾の先生や家族は、模試も前よりずっといい判定が出たからと大喜びしている。ソージも彼らによく褒められているので鼻高々だ。
 でも、空しい気持ち。あたし自身は目標を見失ったままでいる。もう恋なんかしたくない。真剣であればあるほどにつらいから。

「よお、芋子。焼芋を堪能できる季節が近づきつつあるな」
 当然、両親や友達、塾の先生達はあたしに進路の決定をと急かす。人の気も知らないで。季節も待ってくれない。みんなうわ言のように忙しいと繰り返しているけれど、そうまでしてどこへ行きたいんだろう。あたしには分からない。
「上の空か。目星がつかないなら、とりあえず手堅いうちの大学を志望先に入れておくのを推奨するぞ」
 ソージはいつもこの調子だ。あの夏祭りで打ち解けたつもりでいるのか、いままでの威厳たっぷりの口調の中にざっくばらんな素の物言いが混じるようになった。
「散々偉そうに言っておいて、結局アンタは口説くのよね」
「振られた腹いせで俺に当たるのは辞めてもらおうか。ふう、お前といると恋愛中心主義の負の側面を痛感させられるな。自意識過剰は結構だが、知り合いのお嬢さんだからしっかり頼むと、塾長から念を押されているのが理由だ。頼むから合格ボーナスをふいにさせないでくれ」
「いちいちケチつけないと気がすまないなんて、つまらない男よね。あたしがこの前観た映画にもごちゃごちゃ言ってたでしょ」
「やれやれ、分からない奴だな。誰も言わないから、わざわざ教えてやっているのにな。商業主義で堕落した大衆向け恋愛映画を観て、自慢げに泣けるといわれても、ただ失笑するしかないよな。お前が勧める作品は話題性が先行する素人原作に今が旬の人気タレントを配置しただけではないのか。俺は知る人ぞ知る名作古典映画の時代背景や哲学的思索と向き合って、作品とじっくり対話するのが好きなのだ」
 ああいえばこういう奴。あっちもそう思ってるに違いない。あたしたちはいちいち食い違う。
「えっ、芋子はあの映画も知らないの。映画通を気取る割りに、全然知らないんだな。せっかく話を合わせてやろうと勉強してやったのに、もう少しは知っていてもらわないと張り合いがない」
 この一週間後、今時の映画を得意分野にしたらしいソージ。逆襲のつもりか、原作者の来歴とかどうでもいい薀蓄を語りだした。わが道を行くを気取っている割に、こういう所は子供っぽい。こんな小競り合いを周りの人は、仲がいい証拠と取るみたいだけど冗談じゃないわ。
「勝ち負け意識あるんじゃない」
「芋子は分かっていないなあ。俺ならば、本当に話にもならん相手は無視するな。そいつがいくら無様を晒そうが腹の中で冷笑するのみで捨て置く」
「構ってもらって感謝しろ、って言いたいのアンタは」
「新しい発想というのは異論、反論を取り入れて再考察を重ねた末に生み出されるものだよ。何でも一緒、無理矢理相手に合わせるのが仲のいい証、というわけではない」
 あの人と同じ大学に行こうとしていた、あたしのことを言っているんだろうな。
「だから、異論を出されたからといっていちいち気に止む必要はない。もっと建設的になれよ」
 それで励ましているつもりなの。

「あたしはかわいそうなんかじゃない」

 
「かわいそうに欲求不満なのだな。喜べ、糖分補給に最適の芋スイーツを持参してやったぞ」
 ソージは行列が出来ることで有名なケーキ屋の箱を慎重に取り出して長机に置く。ほんのりと甘い匂いが部屋に満ちる。
 箱の中には新聞紙風の包み紙に入ったスイートポテトを筆頭に、有名店舗のモンブランとか芋スイーツがぎっしり入っていた。
「最低。またお芋ばっかりじゃない。いつも言ってるけど、これってアンタが好きなだけでしょ」
「女は飴一個でも機嫌が変わるよな」
「いくら貢いでも、ソージはないから」
「えっ、こっちから願い下げなんだけど」
 おどけた顔で反論。腹が立ったので、ソージが好きそうなスイーツを先取りしてやった。
 一瞬、やられたというような表情をしたソージは大学の資料を机上に広げた。
「我が大学の特色として総合学科がある。進路を決めかねているお前のような者のニーズに応えるべく数年前に新設された学科だ。確かに一年次より専門化をする者たちと比較すると、進度は遅くなるがな。広い視野での専攻選択をサポートし、編入制度もある。就職にも地縁が使える。実家通いで国立だから金銭的には多少楽だ。何より学力も射程圏内だ。ベストではないにしろ、ベターな選択肢ではないだろうか。オシャレで綺麗な校舎はないが。奴はもう忘れろ」
「あたしはそんな軽い女じゃない」
 そう、そんな簡単に忘れられるわけなんて、ない。

  

写真:shanzhen



 ある日、突然長文メールがきた。知らないアドレスからだ。即削除しようとしたあたしの手を止めたのは、あの人がバイク事故にあったという言葉だった。あの人のアドレスと携帯番号も載っていて、あたしのことも詳しく書いてある。このメールが単なる悪戯ではないと言うみたいに、二人だけの思い出も綴られていた。
「あんなことの後だからな。顔が直接見えない相手に気が大きくなったとりまき連中の、悪ふざけの材料にされてもおかしくない。最近もそういう子供の悪戯気分で下らないことをしでかした大学生のニュースがあっただろう。気にするな、そんな戯言。愚者の暇つぶしに構うほど無意味な時間はない」
 事情を知ってるのはソージしかいなかった。他人事だからって、いつもの調子で反論する。

「でも、こんなに長文で。もし、交通事故にあったのが本当だったら」
「冷静に考えてみろ。仮に重大事故なら、まず親兄弟に連絡が行くはずだ。次に親から、息子の恋人と認識されている芋子に連絡が来るはずだ」
 あたしは、あの人の両親に電話をして鎌をかけてみた。
「連絡ないって」
「そういうことだ。嘘ではないとしても、精々自分で転んだ程度なのではないか。このメールは信憑性に欠ける。他人の善意を簡単に信じるな」
 メールの差出人は女性らしい。彼の大学の先輩であの時、あなたを勘違いさせてしまって申し訳なく思っている、彼とは付き合っていないと添えられていた。胸がちくちく痛い。例え、嘘だったとしても、からかわれているとしても。
「しかし、手の込んだ文章だ。こいつらは因果応報という言葉を知らないようだ」
 実際のメールを見せると、ソージはとても難しい顔をした。
「あたし、どうしたらいいの」
「なあ、由耶。絶対に行くなよ。過去はもう振り返るな」
 あたしの名前をちゃんと呼んだソージは、椅子から立ち上がろうとするあたしの腕を掴んで引き止める。いつも余裕しゃくしゃくの声が震えていた。秋だというのに、額に汗をかいている。
「本気の恋だもの、忘れられないよ。心配なの」
「だったら、俺のこと好きになれよ。俺もお前を恋愛対象として意識し、努力してやる」
「何よ、その酷い引止め方」
 上から目線で、乱暴で。人の恋愛をからかったのは誰。

 でも、痛いほどに真剣なまなざしがあった。

 

 

 

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