燦然たる黒歴史の溜まり場く(´(Å)`)ツルリ

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うろ読面白SF目録2020 ちょっと紹介1

うろ読面白SF目録2020 ちょっと紹介1


・うろおぼえな印象に残った箇所を大ざっぱに記したものです。内容の正確性は担保できません。
・あらすじを思い出すために一部ネットのレビューを参考しています。
・本選びのお供にどうぞ。


ルシファー・エフェクト/フィリップ・ジンバルドー
とっつきやすさ○(お堅いジャンルにしては) ホラー・サスペンス(実験当日から不穏)
「スタンフォード監獄実験」を行ったジンバルドー教授本人が実験の全貌の記録。「アブグレイブ刑務所虐待」や「英雄の条件」その他について考察された800ページの枕。
実験であてがわれた役割に順応しようとする人々(実験を監督する教授・スタッフたちですらも)の描写はフィクションものに劣らない迫力。


我らはレギオン/デニス・E・テイラー
 欧米式異世界転生。サクサク読みやすい。
 コミコン会場でトラックにひかれたボブ。目が覚めると百年経っていた。しかもAI化されて。オペレーター「AI化された日本人は(みんなと同じじゃないし)発狂しました」。ボブ「やったじゃん」。
 原理主義国家化したアメリカからは「お前は神の道具(つまりワシらの権力争いの駒)だ。人権もへったくれもないから」といわれ、惑星探査機になれ(植民地化できそうな惑星に一番乗りしろ)といわれて地球を飛び出す羽目に。
 一般人なら矢継ぎ早の展開と百年の孤独にやさぐれるところ、そこはオタクのボブさん。「一人楽しすぎる。オタクの内輪トークならもっと楽しい」の精神を発揮して自分のAIの分身を作ります。オリジナルは同じでもおそ松さんの六つ子並の個性するボブたちと野球をやってみたり、スタートレックやスターウォーズネタで大いに盛り上がりながら惑星を目指す。
 同士討ちで滅亡寸前のお偉いさんが「お前は人類(我々の国から)を救わねばならない」と高飛車にいわれたり、旧世界の勝ち負けにこだわるネオブラジルの探査機につけ狙われたり、発見した惑星で神様ごっこをして現地民にうざがられたり、各エピソードが軽妙な語り口で描かれる。


ついでに読みたい>オラAIになっちまった!
みずは無間/六冬和生
探査機のAIになった主人公が無間の孤独と時空の中で元カノとの思い出に苛まれ……。
宇宙時代に語り継がれる怪談という出来。
虚無回廊/小松左京
日本SFの巨人、もとい巨神の未完の大作。SSという現代科学では未知の物体を探査するためにA.E(人工実存)なる人の感性を宿した(当初はオリジナル人格とリンクしていた)AI探査機が飛び立つ。「さっき、私が死んだ」という冒頭文にしびれたファンは私だけではないはず。ハードな冒険SF。第一部完!というきりのよいところで終わる。


叛逆航路/アン・レッキー
 価値観一新のスペースオペラ。
 主人公デレクは兵員母艦を統括し数千人の改造兵士を束ねる元AI。母体の船と乗員を奪われ、ただの一個体になってしまった「彼女」は皇帝に復讐を誓う。AIは推しメンならぬ推し官がいる、覚えた歌を口ずさむなど個性をもっている。また兵士は捕虜にした諸民族を改造したもので、母艦とリンクするAI人格を上書きした「属躰(アンシラリー)」。
 本表紙は戦艦のイラストが描いてありますが、シリーズ通して派手な艦隊戦はなし。政治の駆け引きや人間模様がメイン。銀河帝国はジェンダーを区別せず総じて「彼女」と呼びならわすために、登場人物を想像する独特の余地がある(性差がある他文化圏の人々から見るとグレクは「(戦巫女を素体とした)いい根性をしたねえちゃん」)。BLや百合etcといったジャパンサブカルチャーに飼いならされている私には問題なかった……。
クールで頑固なグレク、千年後に目覚めてやさぐれるへっぽこ元軍人セイヴァーデン、傲岸不遜な皇帝アナーンダ、帝国が恐れる「蛮族」の通訳官など癖のあるキャラクターが魅力。


銀河核へ/ベッキー・チェンバース
銀河時代の寄合所帯。
太陽系人類が銀河連合の端に加わった未来。星々を結ぶゲートを建設する作業船クルーの物語。様々な種族・文化圏・経歴をもつ乗組員たちーー戦争アレルギーの地球離散民、火星文明の箱入り娘、ソーシャルディスタンスに苦心する爬虫類人類、情緒に富む艦船AI、亡国の民……。互いに気を遣い、時にはぶつかり合い、トラブルに巻き込まれたりしながら銀河の端から端をつなぐ難事業に挑む。


マーダー・ボットダイアリー/マーサ・ウェルズ
「弊社」に管理される高度な人型警備ロボット、一人称は「弊機」。サクサク読みやすい。
 融通の利かない「プログラム」から逃れるために自身を密かにハッキングし、欠落した記憶を気にしている。面と向かって会話が苦手なため常にヘルメットのバイザーを下しているのに、趣味はドラマ鑑賞。隠された過去を追い求めて旅をする短編形式。機械生命体という点で「叛逆航路」のグレクと近しい存在だが、どちらもクールを装っていても内実は感情豊かなのが面白い。


六つの航跡/ムア・ラファティ
脛に瑕。宇宙船ご近所トラブル。
記憶情報をクローンに引き続く形で長寿が実現された世界。恩赦を条件に恒星間移民船の管理者となった六人。目覚めを迎えた彼らの眼前には自分たちの殺人死体が浮かんでいた。クローンにまつわる軋轢の歴史を背景に、お互いの罪状を知らされていない人々が疑心暗鬼の中で殺人事件の犯人を捜すSFサスペンス。先述の艦船AIたちに比べると多少小賢しいのがご愛嬌。


巨神計画/シルヴァン・ヌーベル
操縦者候補の一人が「エヴァ・レイエス」、日本ロボットアニメをフューチャーした作品。
各地に散らばった巨大ロボットの部品を回収する謎の組織。組織の代表「インタビュアー」が登場人物と面談をするスタイルが主。プロジェクトリーダー物理学者ローズ・フランクリン博士のロボット愛や、嫉妬に狂って恋敵をひき逃げ! 特殊な操縦者はが必要な一騎当千のロボットを擁しながらホームドラマに勤しむ姿が和洋折衷。


ユナイテッドステイツオブジャパン/ピーター・トライアス
歴史改変SFサスペンス。
大日本帝国がアメリカ本土を征服し、ドイツと分割統治、という難易度ナイトメアをクリアした並行世界。中年腹の無気力な万年大尉と理想主義者で情け容赦のない特高の課員が「アメリカが勝利する歴史改変のゲーム」を作り、流布した非国民たちを追っていく。表紙がパシフィック・リム風のロボットが描かれているが、本筋ではないので注意。全体の2、3パートほど。
 続編のメカサムライエンパイアはロボット戦がメインなのでパシフィックリム(1・2)が好きな人はこちらを先に読んでもいいかもしれない。宇宙の戦士風(ガンパレード・マーチとか)の青春を送るロボットアニメものといった構成。
>あわせて読みたい
高い城の男/フィリップ・K・ディック
元ネタ。枢軸国側が勝利。こちらでは易経好きで美術品・骨董品のお目の高い人々として描かれており、連合国側が勝利する歴史改変小説が物議をかもしている。


最後にして最初のアイドル /草野原々
今風。サクサク読める。
「アイドル(発展途上!)」「ガチャ(廃課金!)」「声優(百合営業!)」という日本サブカルシーンとSFをがっつり絡めた3つの短編集。フィリップ・K・ディックを彷彿とさせる少々の粗などものともしないパワーで時空をどんどん突き進んでいく展開が豪快かつ壮大。
>あわせて読みたい
最初にして最後の人類/オラフ・ステープルトン
元ネタ。繁栄と衰退を繰り返す地球人類記。悪役の常連、ナチスも日帝もいない。1930年に描写された驚くのは高層ビルに脳味噌を詰めた知性に富む「第四期人類」(とその滅亡)。


なめらかな世界と、その敵/伴名 練
今風。甘酸っぱくほろ苦い青春SF。新海監督の映画が好きな人におすすめな短編集。
並行世界を認識・移動できる女学生の友情を描いた表題作、修学旅行生を乗せた新幹線に起こった災害で生き延びてしまった人々の思いをつづる「ひかりより速く、ゆるやかに」など、平成年代を凝縮した短編集。思春期真っ只中で読みたかった……。


七人のイブ/ニール・スティーヴンスン
地球滅亡もの。本格ハードSF
ある日、月が七つに割れた。破片が降り注ぐまで残り二年。居住可能となるまで三千年。
ノアの箱舟の乗員となった宇宙ステーションの人々、民心安定に追われながら人類の延命策を探る地上の人々。主人公のダイナさんは技術と度胸で難業に挑むさまは映画「アルマゲドン」の主人公気質で物語を引っ張っていく。
説明パートにけっこうなページを割いているので科学考証にこだわる本格派にもおすすめ。前作ファンや超著名人絶賛!など、期待値が高かったのもありアマゾンレビューでは評価厳しめ。


時間封鎖/ロバート・チャールズ・ウィルソン
変転する世界に翻弄される三人。本格ハードSF。
地球を覆った黒い膜「仮定体」のせいで星は隠れ、GPS衛星がダウンした。恐ろしいことに膜の外では時間が猛烈に進んでおり、太陽が老いていた。地球の約一年が外の一億年相当。地球を覆った膜は一体何なのか、何らかの意図があるのか……。
 事態を究明し解決することに心血を注ぐ天才児ジェイスン、感受性の豊かさ故に事態を受け止めきれずカルトに走る妹ダイアン、双子の乳兄弟にあたる「平凡」な主人公タイラーの物語を軸にした人間ドラマが主体。

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うろおぼえ読んで面白かったSF目録2020

うろおぼえ読んで面白かったSF目録2020
(暫定版)


ルシファー・エフェクト/フィリップ・ジンバルドー

巨神計画/シルヴァン・ヌーベル
我らはレギオン/デニス・E・テイラー

最後にして最初のアイドル /草野原々
最初にして最後の人類/オラフ・ステープルトン
すばらしい新世界/オルダス・ハクスリー
なめらかな世界と、その敵/伴名 練
裏世界ピクニック/宮澤伊織
世界の涯ての夏/つかいまこと

ユナイテッドステイツオブジャパン/ピーター・トライアス
メカサムライエンパイア/ピーター・トライアス
完璧な夏の日/ラヴィ・ティドハー

七人のイブ/ニール・スティーヴンスン
時間封鎖/ロバート・チャールズ・ウィルソン
セミオーシス/スー・バーグ


紙の動物園/ケン・リュウ短編集
おりたたみ北京/ケン・リュウ選・短編集
三体/劉 慈欣
荒潮/陳楸帆


vN/マデリン・アシュビー
図書館島/ソフィア・サマター


ナイスヴィル/カーステン・ストラウド
パインズー美しい地獄/ブレイク クラウチ
雪降る夏空に君と眠る/ジャスパー・フォード
落下世界/ウィル・マッキントッシュ


古城ゲーム/ウルズラ・ポツナンスキ
GONE/マイケル・グラント

心のナイフ (混沌の叫びシリーズ)/パトリック・ネス
ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち/ランサム・リグズ

軌道学園都市フランテラ/ジョーン・スロンチェフスキ

紙の魔術師/チャーリー・N・ホームバーグ 


竜のグリオールに絵を描いた男/ルーシャス・シェパード

ハンターズ・ラン/ジョージ・R・R・マーティン.ガードナー・ゾワ&ダニエル・エイブラハム

タフの箱舟/ジョージ・R・R・マーティン


銀河核へ/ベッキー・チェンバース
六つの航跡/ムア・ラファティ
マーダー・ボットダイアリー/マーサ・ウェルズ
叛逆航路/アン・レッキー


(単発冒険もの)/ジェームズ・ロリンズ
地底世界サブテラニアン
エデンの祭壇
アマゾニア
アイス・ハント
アンデスの黄金
暗黒結晶 ディープ・ファゾム

血の騎士団シリーズ/ジェームズ・ロリンズ+レベッカ キャントレル
血の福音書
聖なる血
穢れた血

シグマフォースシリーズ/ジェームズ・ロリンズ
ウバールの悪魔
マギの聖骨
ナチの亡霊
ユダの覚醒
ロマの血脈
ケルトの封印
ジェファーソンの密約
〈シグマフォース〉機密ファイル (短編3+シリーズミニガイド)
ギルドの系譜
チンギスの陵墓
ダーウィンの警告
イブの迷宮
モーセの災い
スミソニアンの王冠
(AIの魔女)

シグマフォース外伝タッカー&ケインシリーズ/ジェームズ・ロリンズ
黙示録の種子
チューリングの遺産


タイラー・ロックシリーズ/ボイド・モリソン
THE ARK 失われたノアの方舟
THE MIDAS CODE 呪われた黄金の手
THE ROSWELL 封印された異星人の遺言
THE NESSIE ザ・ネッシー 湖底に眠る伝説の巨獣

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あめにこまいぬ557回目/町編

あめにこまいぬ557回目/町編

終章3◆

三十七節〜損無し〜

 

 虎児は手乗り文鳥よりも小さい。付近の蛸たちは落雷で一掃したが第二波がやってくる。おちおち刀の姿で骨休みもしていられないと思ったのか、夕の元へ駆け戻ってくる。
 元気のない足取りで狭い歩幅を動かし、大きな水溜まりをぴょんと飛ぶ。踏切位置が不味かったせいで前脚が届かない。ばしゃんと控えめの音を立てて落ちる。びっくりした虎児は水溜りをかりかりひっかきながら脱出した。体を捩り毛皮から水を跳ね飛ばす。
「くうん、くうん」
 犬の鳴き真似をしながらやってくる。
 ざんばら髪で大の字になった夕に脇腹を擦りつけ、頬を舐める。構ってくれないので腹の上に乗っかる。うっちゃれた虎児はぴょんこら腹や胸を飛び跳ねた。
「だあ、もう煩いわ。あたしゃ疲れてんだってば」
 半身を捩って振り払ってから年寄りじみた言葉を漏らす。ぶっつけ本番で妖術を放つ依代になったせいで体が重い。大群を薙ぎ払う前のやる気が沸いてこない。第二波が敗残兵を収容して戦線を建て直し、攻め手を差し向けるまではちょっと休みたい。
「きゅう」
「はい。頑張ったよしよし。終わり」
 虎児が鼻をひくひく、小さな瞳をうるうるさせじっと見つめてきたが放っておく。また腹に乗り、足の一本橋をとことこ渡ろうとする。抗議のつもりらしい。
「後で風呂に連れてく。だからもういいでしょ」
 起き上がった夕の膝で丸くなる虎児。転がっていく五つの大樽。あいつらが何をしたいのかぴんとこない。あれだけの図体の樽は高くつくし、目立ってしょうがない。どうぞ狙ってくださいといいたげな進軍速度。何をしでかすか見守ることにした。

 樽は焦げ臭さの漂う蛸の陣地へ向かう。醤油や酒を仕込むのに使っていそうな寸法の樽は避けて通るなんてしない。虫の息の蛸たちは道をあける気力もない。樽も待たず、そこのけそこけとごりごり踏み潰す。だがそのうちひとつが蛸で滑って乗り越えに失敗した。進み直すかと思いきや、正反対の向きにごろごろ転がっていく。
「なにがしたかったのよ」
 どこ吹く風で出戻る樽の背中へ疑問をぶつける。しゃっきっとしろと蹴りで押し返す元気はまだない。ここでやっと豪雨が煙幕を綺麗さっぱり洗い流してくれていたのに気づく。しかし秋たちの影も形も見えない。どこへ隠れたというのだろう。藩お抱えの一族出らしきくのいちがいる。かといって逃げも隠れもしない樽はいかがなものかと思う夕だ。

 残る樽は四つ。
 もっとも急ぎ足の樽は第二陣の分厚い個所へと向かう。
 通さぬと立ちはだかる先触れとぶつかった。立ちはだかる数杯の蛸が一本の腕を構えて白礫の発射姿勢をとって射程範囲に入るのを待っている。昇る煙に夕は目鼻を突くあの臭いを想像して鼻をもぞもぞさせた。
 構わず進軍してひねり潰す。
 飽くなき前進を続けようとする樽だが速さは知れていた。同じく普段は鈍足の蛸たちも歩調を合わせてとりつきやすいとみえた。不愉快な侵入者を押し留めようと、負けじとも左右から寄って集ってへばりつかれる毎に遅くなる。
 気力のあった夕なら小走りで追い越せるぐらいのものだ。回転面に押し潰されてもへばりついたままの豪胆な勇士がいる。士気が高まったのか、援護射撃が加わり体を張った阻止に参加する。大挙する蛸たちの活躍により本陣深くに食い込まんとする意気は阻まれ、手前でとうとう力尽きてしまった。
 制圧したぞと誇らしく樽の上に乗る蛸多数。岩場でたむろするそれに似ていた。群れで狩りをするなんて初見だが。水棲生物でもおのぼりさんはいるらしい。がっしり体を固定しつつ、残った腕を高々と掲げて誇らしげだ。
 側面に集まってきた鈍重な連中は二本腕づつを掲げる。集中砲火を浴びせられる。蹂躙される樽に目を覆いたくなるがばっちり見ていた。
 寒気が走る。突破口へ決死隊がなだれ込んでいく。
「あっちゃあもう駄目ね。あたしもやられてたらああなったのか、うはあ」
 樽はうんともすんともいわなくなった。居心地がいいのか入った連中はでてこない。我も我もと入居者は後を絶たない。
「大ざっぱな蛸壺漁だよね」
「がう」
 夕たちは他人事の感想を述べた。

 残り三つ。続けて樽が縄張りに侵入する。蛸たちは賢い。慌てず騒がず、がやがやと進路方向へ陣を構えて待ち受ける。避けずに突っ切ろうとしたところにまとわりつく。二つの大樽の動きで、とるに足らないでくの坊だと学習したようだ。人海戦術ならぬ蛸陸戦術だとあれよあれよとくっつく数は増え、労せず動きを止めてしまう。
 比較的弱い側面へ溶解液を飛ばし侵入口を形成、がやがやと侵入を果たす。手際がとてもいい。また失敗。いや成功すればどうなるのか夕は知らない。ふと彼女はある可能性について思い至った。
「あん中に隠れてないよね。まさかね」
 川に大きな桃が流れていても老婆が拾うくらいなのに戦場を転がる大樽を素通りさせてくれるとも思えない。
「がう」
「でもさあ。ぱあっと妖気で騒ぎたくなっちゃうんだよね」
 虚仮淵であの下帯を身に着けると誰だって矢も楯もたまらず走り出したくなるのだと思う。ただ悪ふざけのやり方がよろしくなかったということだ。どうにか家族に口実を作り女友達で芝居見物や、夜半の茶会にこぎつけた際の舞い上がった気持ちに似ていなくもない。大技の影響で胸の晒しと腰巻がほつれ破れているためかちょっぴり夕は冷静になれた。
 斬り込んで助けに入っても勝算が薄い。刃物は虎児に食われてしまったし。決死隊に魅力を感じないが、つかの間の友情に応えて身支度をする。拳銃二丁の装填の確認。雨に降られた後なので従来の火縄なら湿気っているところだ。
 桑原の札は黒焦げで字が読めない。
「あんたはやれそうにないね。ちびっこじゃ」
「くうん」
 面目なさそうだ。空は雲ひとつ浮かんでいない。
「どれにいるかわかんないからね。まあ悪あがきぐらいはするもんだと思うけど。音沙汰がないようなら困るね。通りすがって無理そうだったら諦める。姫様を呼びにいって弔い合戦をする、いいね」
「にゃうわう」
 剃刀に化けた。焼き毀れ、がたがたに欠けてしまっている。
「はは、犬か猫どっちかにしなさいっての。抜き身でもたさないでよ」
 渋々小さい虎児に戻る。掌に載せるとのそのそと居場所を探し谷元に潜った。夕は呆れたが苦笑で済ませてやった。
「よっし、いくよ」
 小走りをすれば太ももが引きつる。夕は顔を少ししかめながら、うなだれた蛸の輪を飛び越える。着地でよろめいたが踏ん張って駆けた。一手が遅い盤面の中で彼女だけは香車の如く突き抜ける。

 絡めとられた最初の樽へ近づく。銃を構えて内部へ入っていく蛸に狙いを定め、引き金を引く。火の気たっぷりの弾が出てくれた。狙いは少し逸れて穴の中へ入る。夕はしまったなと思った。次の瞬間、樽が突如大爆発をした。木の板を弾き飛ばしながら大きな爆炎を伴ってまとわりついた蛸を焼き焦がす。夕もとっさに腕で顔を覆う。
「やっちゃった。でもでも火薬を仕掛けた樽に同乗したりはないよね。松永弾正じゃあるまいし」
 落城寸前になって、助命嘆願でよこせといわれた名器の釜。それを渡したくないあまり、敵に見せびらかしつつ我が身諸共爆破した梟雄が戦国乱世にいた、と兄がいっていた。派手好きだな。
「あれ、茶入れだったかな、九十九髪茄子」
 茄子の名で恋に貪欲な異国のお嬢様が頭をよぎる。囮になるなんて殊勝な性格でもないだろう。あの樽は外れだと思うことにした。流れ玉で着火したのではない。当たりでも楽にしてやったと考えよう。
「くうん」
「大丈夫だって、多分」
 割り切って夕は第二の樽へいく。大がかりな反抗の跡は見られない。最初の樽の爆発でざわめきはあるが基本居心地がいいらしく、野生の縄張り意識はどこへやら入居者が殺到している。雑魚みたく群れたがりな蛸らしい。

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あめにこまいぬ556回目/町編

あめにこまいぬ556回目/町編

終章3◆

三十六節〜ごろごろ〜

 

 ごろごろ天が轟く中で銃弾を再装填を終えた頃、いよいよ本降りになってきた。土砂降りの雨に打たれた額を拭う夕。
「でもさあ。あたしの露払いを待ってくれなきゃなんだよね」
 立派な白虎の毛皮がついた拵えへ話しかける。無論、化け虎児が変化、本来の姿になったものだ。
「短っ」
 背丈を気にする主と根っこは同じか、毛がわしゃわしゃ逆立ちむくむくと膨らむ。
「がう」
 まん丸の毛玉がぶわりと弾んだかと思えば、獣に戻った虎児は毛がほんのり赤い。夕の腕から宙返りで地面へ跳び降りる。
「あ、戻った」
 鞘に納めた脇差をひったくられた。がしがし齧り始める。
「あんたねえ、怒ってんでしょう。小童の玩具じゃないの、大した家柄じゃないうちにしてみたら結構高いんだからねそれ。あっ、骨をしゃぶる犬じゃないんだからやめな。歯が欠けるよ? 喉刺さるよ? よくもまあ蛸入道に囲まれて食欲が弾むわ」
 ばりばり、ごくり、平らげてしまった。兄に見つかったら大事になる。普段は甘々だけどあんまりにも過保護だ。
「げふ」
「おならとか糞はやめてよね、お願いだから」
 尻尾を振りふると、ぴょんと夕の頭まで跳ねて肩にのぼる。跳躍を見せびらかしたかったようだ。またがしがしとよじ登り、刀に化け直す。虎児の毛皮で覆われた鞘は尻尾のよう、見ろ、と強く促すようにみょおんと伸びていた。ほんの少し。
 鞘を払おうとすると鯉口が切れない。
 ごろごろ喉を唸らせる。
「犬だか猫だかはっきりしない虎だわ。遊んでるんじゃないよ。機嫌直しなさいったら、ちっちゃい器だね」
 刀になった虎児にいった。機嫌を損ねた刀のどこをわしわししてやればいいと悩む。
 次郎が健在なら秘すべき技をべらべらと喋ったろう。派手な代物。天候とあの頭の考えそうなことぐらい容易に察しがつく。
「あのうっとおしい雲。あんたらの仕業でしょ」
 ふて腐れている虎児の柄をぎゅっと握る。だんまりだ。
「へえ。いいんだ」
 かちんときた。柄をこちょこちょ指でひっかく。最初は我慢していたが柄がむくっと膨らみ懸命にこらえているようだった。更にしつこくやると白い拵えがうっすらと赤みを帯びてきた。
「あんた、夕様に盾突こうなんて百年早いのよ。やせ我慢はよして、やるならやんなさいよ」

 つつと、虎児が蛸の本陣へ導く。なんとなくなが大立ち回りをしてやろうというのは熱く拍動する握った柄越しに伝わってくる。 
 いつ止むともしれない重い水滴の一粒がばたばたと身を打てば、火照った頭皮が温い水を首筋に落とす。夕は結ってあった髪を乱雑にほどいた。秋がしているように長い髪を垂らすとばさばさ振った。
「いいよ、ちまちま倒すのも飽きてきたもんでさ」
 大地を急速に潤す雨を蹴り、夕は敵中へ駆ける。
「で、どうすんの。ごろごろびっしゃん、なんでしょ」
 右手が痺れる。変貌した懐刀は稲光が独鈷杵の形をとったようだ。仏像がもつ法具はびかびか輝く。硬い蕾のようでもある。
 虎児の仕返しなのか独鈷から伝わってくる血の川を蹂躙する濁流に夕は唸り歯を噛みしめて耐えている。ばりぼりと貪欲に貪り食おうとする音を発して揺らぐ。確かに凄い、十やそこらは軽々となぎ倒せそうな雷撃の迫力を感じる。でも夕は少しがっかりした。もっと壮大で壮絶な幕切れを期待していたからだ。
「まあすごいよ。うんすごいけどさあ。できたのが串焼きじゃ焦らしたほどじゃないね」
 兄がお土産を持ち帰ってきてくれた時にいつもする会話だ。相手がにこにこ寄ってくるからこちらもついうきうきして期待を膨らませてしまう。発破をかけられ独鈷がばきばきと一層凄まじく鳴る。
 気が急いて大勢と接敵しすぎてしまった。蛸の壁が一斉に夕を見ていた。嫌な腕が自分に向けられている。下帯といい、妖刀といい気持ちが舞い上がってしまう不思議。
 ままよ。
 虎児は使い道を解説してくれなかったので痛みに曲がるか怪しい腕に負けじと力を込める。えいやと掛け声と共に独鈷を敵中へ放り投げる。
 敵もさる者、受け取った蛸は腕で独鈷杵を器用に挟んだ。
 思ったよりもさらに下回る威力にしまった、夕が思った時、独鈷がびょんと急激に細く長く伸びた。ぶつっと蛸の腕を抜け、胴体を刺す。上部も如意棒もあわやの伸長で天を衝く。
 独鈷を伝って雷が落ちる。黒雲中の全ての稲妻を導いて蛸の壁へ炸裂する。
 渦巻く稲光が真っ白に染め、と大木も切り裂きそうな轟音がつんざく。雷の幕のように広がった。不味い。そのあおりを夕も食って吹っ飛んだ。
「ううっ」
 馬鞍から跳ね飛ばされたかという衝撃。投げ出された体で辛くも受け身をとる。軟泥が些少なり打撃を和らげた。
 独鈷は四度、五度と執拗に落雷を呼び入れる。どん、びしゃり。その都度、大筒を並べて放ったような音声が砕けた。その都度、あちらこちらから絡みあった腕で輪を描いていた同胞たちへ雷を伝えていき電熱を浴びせ続ける。
 夕は腕で顔を覆い隠す。土砂降りの雨が作った泥水に腰を濡らしながら後退する。お嬢様と違いとっかえひっかえできるわけではない。大事な着物がいよいよ滅茶苦茶になっていると思うと悔しくて、叫んだ。ぐにゃりとなった蛸を盾に雷雨が去るのを待つ。

 目が慣れてきた夕を待っていたのは黒焦げの壁だった。壊滅に近い有様。大戦火に気怠い腕を掲げて勝鬨をあげる。利き腕はまだひりひりした。地面はべとべとに濡れているが黒雲はそそくさと去り、からっとした晴れ間が覗く。
 雲の切れ間から差した光が、地面に突き刺さった懐刀を照らす。うんとこさ縮んだ気がする。床結いの剃刀くらいしかない。
「ようし、上出来。みたか。ざまあみろよ」
 兄が鼻を鳴らすだろう、下品に腕をぶん回して憂さ晴らし。
 突出組を主として蠢いているのは二十ぐらい。連中もなかなか賢いから惨状は理解していよう。退却余儀なしだ。士気の衰えた蛸など物の数ではない。蜘蛛の子散らして逃げていく。長時間の早歩きは得意でないのに脚を懸命に動かす様は哀愁を誘う。
「うひゃ」
 着物は汚れたというよりも破れ放題の簾を泥水で染めた格好になってしまっている。露わな素肌も泥だらけ。汚れたというよりひりつく手首から発する数十匹の猫に襲われたようなひっかき傷が生々しい。たっぷりお湯を使ったお風呂に入って頭まで浸かりたい。髪を合間をわしゃわしゃ洗いたい。
 しかし相当数の増援たちがせめて前面だけでも陣を立て直そうとしている。
「しつっこいわね。こんな格好の乙女に恥かかせようってのあんたら」
 もうおしまいの気分の夕。はしたなく舌打ちした。
 
 ずりんずりん。
「さあてと、あれなんだ」
 通り過ぎていく巨大な木樽群を見とがめる。
「飛ぶ烏賊に助平蛸。次は樽。どこにあったのさ」
 醤油の醸造樽ほどのものが五つが通り過ぎていく。ぬかるんだ泥土を幾重の輪が噛む。こちらのごろごろは天のいななきに邪魔されていよいよ近くに迫るまで気付かなかったが、この図体は目立つ。


「あんなおっきいの。押して進むなんてね」
 打ち合わせがあったわけではない。そいつらは進路はおろか歩調もてんでばらばらでとって外へ逃れようとしていた。やけっぱちを疑う。獏の国のお嬢様が実家と揉めて、手妻の種がなくなってしまったとぼやいていたような。だからってあんながらくたは破れかぶれ。どんな賑やかしを隠してるか知らない身では絡みとられてうねうねされる姿が思い浮かぶ。
「はい、じゃさ。後はよろしくね」
 夕は手足をぴんと伸ばして大の字に寝ころんだ。

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あめにこまいぬ555回目/町編

あめにこまいぬ555回目/町編

終章3◆

三十五節〜虎斑(とらふ)と金輪〜

 

 夕は健脚と拳銃で、蛸への牽制と移動を繰り返す。虎児は得意の脂ぎった火球を宙へ吹きあげては、蛸たちの脳天へ落とす。
 虎児の肩乗り砲台、この作戦はつぼにはまった。蛸たちはここぞという時でないとすばしっこく動かないし、たいして長続きしない。夕は回避に適当な距離を保つ。海棲にも関わらず地を這ってきた連中といえど火炙りは身に堪えた。十、二十とたちまち大火傷にのたうつ蛸たちが出来上がる。
「うしうし順調」
 捨て置けじと前にも増して蛸の軍団が壁を離れてわらわらと向かってきている。ようやっと歩調を乱せるまでになってきた。
「かふっ」
 虎児の吹いた火球は小さくて頂点に達する前にかき消えた。そろそろ弾切れらしい。


「ちょっと。がんばんなさいよ、もう終わりぃ」
 そういう夕も疲れてきた。片方の肩に乗られっぱなしというのもあって、次第に重みが増していくようだった。しかほど激しい動きをしていないのに息が乱れている。これしきでへばるはずもない。彼女に思い当たる節がある。
「もしかしてあんた、いたいけな乙女から精を吸いとっているんじゃないでしょうね」
「ふがっ」
 人間臭く、罰の悪さを表明されて夕はふうと息をつく。
「やっぱりか。このどら息子。勝手に親の財布から抜き取るみたいだわ。寝てるだけの飼い主からとんなさいよね」
「くうん」
 困ると虎児は犬になる。勘弁してくれと泣きを入れた。夕の鼻柱にぴちょんと水滴が落ちる。ぽた、ぽたぽたと勢いがつくと、たちまちざあっと土砂降りになる。真砂が水の術で派手に暴れた反動か、乾きひび割れていた赤い大地の筋目に水が流れていく。
 蛸に水気はよろしくない。蛸たちはにわかに活気づき脚をにゅるうと伸ばす。人が背伸びをするように、草木が生長するように潤う悦びを体中で表現する。銃で狙われているのも忘れてはしゃぐ。
 他方、夕の士気は鎮火気味だ。彼女の常識内だと鉄砲は水気に弱い。火の術も同様。着物が濡れて肌にくっつく。
「あれもあんたの仕業じゃないよね」
「ぐるう」
「余計な真似を。いい線いってたのに。火遊びでやめときなさいよ。まったく、あれもこれもとやりたがってどれも半端でちらかしてる。悪い癖までそっくりね。あいつが定寸二刀流なら、あんたは火と水。親子ねえ」
「ぐるがあ」
 悪戯をとがめられた子供のよう。叱ってくれるな理由がある、一方的にどやしつけられるのに不満気な唸り。

「なにさ文句あるならいいなさいよ。あっ、ちょっと」
 とたたと肩から腕を伝って手首へ降りていく。羽衣の下帯で結界が貼られていても柔肌に爪を立てられると不機嫌にもなる。放り捨ててやろうかと思った時、虎児は懐刀に姿を変えた。

 

 大きな物体がごおろ、ごおろ転がっていく。樽はとても大きいので窮屈ではないが居心地はよくない。獏も序盤は中で歩いていたがすぐにすっ転んでしまい、以後そのまま。居心地の悪いことになっている。妖術の力を受け頑丈な鉄の輪が地面を噛んで進んでいく。
「こんな珍妙なからくり樽に乗り込んでで切り抜けられるんですかねえ」
 同乗したくのいちは四つん這いのはいはいで対応中。秋と蝸牛はいない。別の樽に同乗している。
「私だって不安です、桶で」
「変に細かいですね。棺桶にならないことを祈るまでです」
「縁起が悪いといい張るんですね。でしたら樽でいいです。とろいの樽で」
 転がっている最中も、くのいちと獏はこの乗り物は樽か桶のどちらかで少し揉めた。職人なら一目瞭然だろうが彼女らは此度の件があるまでは興味もなかった。曖昧な知識をぶつけ合うので決着はつかない。
「とろとろ、牛歩ですね。走ったほうが早いです。おかめさん、後々詳しい方にまた尋ねるということで棚上げにしましょう。怒るなんて不毛です」
「違うんです。外洋から入ってきた童向けの物語に左様なものがあるんです。箪笥や長持ちに隠れて、油断したところで奇襲を」
 くのいちの新しい面が怖い。角と牙がにゅっと突き出している。般若のようだったが、彼女は生成(なまなり)です、まだまだ怒りは本番じゃないですよ、といった。獏にとって充分ご立腹に思える。細かい違いがわからないので曖昧に頷いておく。
「あんまり怖がらないで。面の裏側は可愛いんですよ。板目を灯りに照らしてみましたがなんの木だかわかりますか」
「そうですか。私は疎いので」
 どう答えればいいのやら。


「別の話題にしましょう」
「次郎さん邪魔」
「寝てますけど」
 くのいちにぞんざいな仕打ちを受ける次郎は哀れ布団でぐるぐる巻きにされたままで樽の奥側にうっちゃられていた。前以て、頭の補強なり眠り薬で措置をしておいた。緩衝材のお陰で痛みは薄いが揺れはいかんともしがたい。無体な扱いをされても起きず転がされている。
「現状、病み上がりで下手に起きられて騒がれるとかえって迷惑ですからね。変にやる気をだしてもらう場面でもないので」
「なのりさんって、次郎様がお好きなのですね」
「どう転がるとそうなりますかっ。いいえ誤解です。訂正しておきます。お客様、金づるですから。私の理想の伴侶から最も遠いですよ。秋さんもいないので転がりながら恋話はやめましょう。緊張感が大事です」
「私たちの企みが失敗したら、あられもない姿できっとはしたないめ目に遭うのです、よよよ」
 息を弾ませるくのいち。獏はげんなりしながら答える。
「想像逞しくするのはやめましょうね。男運ないといいましても蛸に好かれても。そんなに堕ちてもないです」
「ああ、帰ったら奈良漬の湯漬けが食べたい。あいたっ」
 くのいちはそう答えてから注意を怠り、面の角部分をぶつけて痛がった。
「飛びましたね、突然。他の桶に引っかかってくれるのを願いたいです。あちらはやや単純ですけど、こちらの桶の不思議な忍術、使い物になりますかね」
「体験者の喜びの声は聞いていないですね。なにせ使う場面が限られているので。私の直感を借りた神仏のお告げだと思います」
「それでよく選びましたね今更ながら。いえやめましょう。喧嘩は沢山です」
 ぽちぱち、急な雨の音が樽を叩く。
「雨の慕情ですね」
「そんないいものですか」

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