紅茶に寄り添って

紅茶や紅茶道具に関するあれこれ。と思っていたら色々手を出して収拾付かなくなったブログ。

2022年01月14日の記事

懺悔を、そして歓びをもう一度

日々暮らしていく中で、人は教わらずとも教訓として学ぶものです。
最初からある自信は過ちしか生まず、努力を経た経験から自信は得るものであるとか。
行動には覚悟が必要で、幸福な未来はいつだって行動から生まれるとか。
つまり精密機器を自信もなく分解してはならないのです。
夏休みの宿題は夏休みの内にやり遂げる覚悟を持つべきなのです。
しかし往々にして教訓とは活かされないものです。
電気コードが足に絡まると面倒なことになるのは教訓として知っているはずなのに、何本ものコードが床を這っているものです。
明日の朝早いから寝なきゃいけないのにスマホを弄り、今すぐしなければならないものでもない事柄が妙に気になって検索したりして、過ぎた時間に後悔するものです。
人はこれをバカというのです。

お正月から2週間が過ぎ、体重が2kg増えました。
油断していました。
お正月にホルモン食べて寝て、カレー食べて寝て、お善哉食べて寝て、お餅食べて寝て。
そんなことを繰り返してたら体重がズシンズシンと重くなるのは知っていたはずなのに。
と言っても59kgのBMIは20.5辺りではあるので、まだまだ大丈夫な範囲ですが。
この考えがダメなのです。
こう考える頭がダメなのです。
まだ大丈夫、まだ全然太ってない大丈夫を繰り返し、挙げ句に腹筋が一度も出来ない身体になり苦しいダイエットの日々を送る羽目になったことをもう忘れています。
教訓が活かされていません。






念願だった圧力鍋が来たと大晦日にスーパーをハシゴして買ったホルモン。
私は油ギッシリのホルモンをもつ煮込みにしたり、もつカレーにしたりしました。




もつトゥルントゥルンや! とアホみたいに喜んで、モツの油が詰まったお料理をお皿を舐める勢いで食べ尽くしていました。
罪深い行いを私は悔いています。
神よ。お許し下さい。








ホルモンを買いに朝イチでスーパーに走ったもののホルモンが置いてなくて、
ふと見たら半額シールが乱舞するスイーツの山を見つけ、
賢い私は「あの子半額シールのしか買わへん」と店員さんに思われないよう、買い物かごに牛乳一本だけ忍ばせて誤魔化す感じで買いました。
こういうプリン美味しいよね。







小豆からお善哉を作り、白玉を練って作ったり更にはお餅を焼いたり。
お餅以外を自作したので、どれだけドバドバと砂糖が入っているかを知っているはずではいました。だが欲望には勝てなかった。
反省します。白玉に抹茶を練り込んでいる場合ではありませんでした。
神よ、懺悔します。












もう言い訳しない。懺寝懺寝。
私だって二郎行きたいのにロット乱して怒られたら怖いからせめて二郎気分楽しみたいんだ。
唐揚げだって8月に食べに行きたかったのを年末まで我慢してたんだ。
偉いじゃないか。偉いんだから食べたって良いじゃないか唐揚げくらい。
イカの沖漬けのお寿司が本当に美味しくてね。3皿は食べたね。
あとマグロの軍艦が200円のが100円になってて、これも3皿は食べたと思う。

食べるというのは謝ることではないはずです。
命を糧に生かされ、なぜ神に懺悔をしなければならないのでしょう。
どうして罪深さに後悔しなければならないのでしょう。
そう、食べるということは歓びを以って迎えなければならないはずです。
教訓を得たというのなら、私はそれこそダイエットは出来ると言うことを努力と経験で学んだはずです。
そうとなれば食べましょう。
私はまだ大丈夫な範囲なのだから。
そう。まだ大丈夫。まだ。

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