2007年04月15日の記事

インテリで何が悪い

私は、高校時代の勉強が足りなかったため、昼の大学に合格できず、高卒でわが社に入り、夜間大学を卒業しました。
家が貧乏で、学費は自己負担の約束だったので、国公立しか行けなかったという事情もあります。(いい訳ですが)

私の能力不足のせいかもしれませんが、入るに易く出るに厳しい学校でした。
一般教養で単位の取得が遅れてしまい、学費が乏しい私は、留年せずに卒業するためにすっかり単位乞食になってしまいました。
つまり、自分にまったく興味のない講義でも、単位がとりやすいものばかりを選ぶというスタイルです。
受けたい講義もありましたが、年間11コマのうち8コマは取らないと卒業できない夜間学生には、取れる自信のない講義を興味でだけで受ける余裕はありませんでした。

それでも、私は、高卒にない知識、というか大局を見る大卒特有の考え方を持っていると自負しています。

ところが、昨今大学を出てくる青年を見るにつけ、あまりにその自負がないことを嘆かわしく思います。
しかし、原因は、むしろ、彼らにそれを期待しない連中、その知識を妬みこそすれ活用しようとしない連中のほうに問題があると感じています。

大学出の能力の正しい使い方は、技術を単に継承させるのではなく、アイデアの創出を促すことであり、大局を俯瞰し、情勢を把握し、チームや組織を成功へ導く下士官へと成長させることだと私は考えます。
それが、彼らに対する正当な期待であり、それにより、彼らの自負を奮い立たせ、その本来の能力を発揮させることができると思っています。

言い方は悪いですが、仕事なんて、外国人でも数年教えるといっぱしの棟梁になれるもんです。
だから、仕事を覚えるのが遅かったりしても決して怒りません。そんなものは個人差ですし、本人の興味にもよります。
それを目くじら立てて、「大学出たのに、覚えが悪い。」と勝ち誇ったように言っている高卒の現場人間には、「お前に大学の何がわかっているのだ。」と後ろからこっそり、鼻くそ鉄砲を撃っています。

私は、よく大卒の子達に「君は何学部?」と聞きます。法学部と答えたなら、「じゃあ憲法くらいは理解してるよね。」といい、経済学部なら、「資本主義の修正くらいは聞いたことあるよね。」と話を進めていきます。
「すいません。僕は、大学では遊んでばっかりだったので、よく知らないんです。」と物怖じする子がほとんどですが、私は敢えて“謙遜”だと決め付けます。
もし本心なら「じゃあ今日家に帰って、本読んで復習してこい!そんなのお前たちにしてみりゃ朝飯前だろう。」と言いたいです。
今の現場人間隆盛のわが社では、私の真意は伝わりにくいと思い、こらえていますが。

藤原正彦著「国家の品格」に、「一見無駄に見える雑学をよく知っているものが真のエリートであり、彼らが日本を救う。」とあります。

国がどうこうは別にして、世の中が、彼らの勉強してきたことに対し、正当に期待し、彼らもそれに答えるくらいのことは、常識になってもらいたいものです。

少なくとも、インテリで何が悪いんだ?と現場人間たちに問いたいです。

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