2019年11月23日の記事

福井へ行ってきました(一乗谷朝倉氏遺跡散策その2)K

石碑から延びる遊歩道を引き続き歩いていきます。

遊歩道を歩くとすぐの場所にはかつての土塁の一部である「下城戸跡(しもきどあと)」

の入り口があります。高さは4mほど。

遊歩道を進むとかつての城下町の跡地「平面復原地区」にたどりつきました。建物は残ってませんが、井戸の数やかつての水路の跡などを見ることができ、かつてはかなりの人々が住んでいたことをうかがえます。

「平面復原地区」から道路を渡り、さらに川の向こう側には「唐門」と呼ばれる門があります。この門は朝倉義景の菩提を弔うために建てられた「松雲院(しょううんいん)」の山門です。

「唐門」にはお堀に掛けられた橋を渡る必要があるのですが、橋のたもとには鯉のえさが置いてあるため、お堀の鯉は丸々と太っています。

唐門をくぐると五代当主・朝倉義景が住んでいた「朝倉館跡」があります。敷地内には16軒の建物が建てられていたそう。模型を見ると朝倉氏の繁栄ぶりをうかがえるのですが、残っているのは基礎の部分だけです。

「朝倉館跡」周辺の見物を終えた後「復原街並」へ。入場券売り場を通過してメインストリートに出てくるとタイムスリップした気分になってきます。京都を参考にして計画的に街を作ったのだとか。


武家屋敷が1軒だけでしたが復元されていました。庭には井戸や納戸、厠も建てられていました。

屋敷内にはマネキンが設置されていて当時の生活の様子を再現されています。

この町には武家屋敷だけでなく商家だったとされる建物も建てられています。

暖簾が掛けられた家も建てられていて、「染」と書かれた暖簾は染物屋だったらしく、染料が入っていたと思われる壺が置かれていました。

暖簾の掛けられた家の裏側には庭があり、そのうちの1軒には板葺屋根の便所まで再現されていました。


一通り町並みを見て回った後、出口にあるソバ屋で昼食をとりました。


まだ見ていない遺跡はあるのだけど、帰りの電車の時間を考えるとタイムオーバーになってしまいました。


「復元町並前」バス停から福井駅直行のバスに乗車。福井駅から特急にのり米原から新幹線に乗り帰宅することになりました。


はじめて福井に来たのですが、なかなかいい場所だなと思いました。

ただ、残念だったのは「天空の城」を見れなかったことですね。

チャンスがあったらもう一度来てみたいと思いました。


また今度どこかに行くことがあったら書いてみようと思っております。

それでは。また。
































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