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福井へ行ってきました(雄島散策)D

福井旅行1日目は「あわら湯のまち駅」付近のホテルに宿泊しました。

旅行2日目はまず駅前のバス停から「三国港」方面へのバスに乗車しました。

バスに乗ること約20分。この日の最初の目的地「雄島(おしま)」に到着しました。バス停のすぐそばには約230mの朱塗りの橋「雄島橋」があり、島までつながっています。

この「雄島」はご存知の方もいるかもしれませんが、心霊スポットだとうわさされる場所です。

「雄島橋」を渡っていくと島の様子がはっきりと見えてきました。断崖絶壁には柱状節理がびっしりと見えます。そして、この島は釣りスポットらしく釣り人が糸を垂らしていました。


ただ、この後乗船することになる遊覧船のガイドさんによると「雄島で釣りをしても魚はなぜか釣れない」そうなんですが・・・。


ねえ、みなさん。釣れてます?


そんな釣り人たちをよそに橋を渡り切ると鳥居と狛犬2体が姿を現しました。やはりこの島は神域と言われる場所の様です。

鳥居をくぐってちょっと歩くと、かなり急な石段が姿を現しました。そして、階段を登りきると道は二手に分かれています。私は、時計周りで島をまわることに。

森の中の道を少し歩くと古びた神社が姿を現しました。とりあえず旅が無事に終わりますようにとお参りをしておきました。

神社の真正面には鳥居があり、そこから海を一望することができます。ほぼ真正面には「東尋坊」と「東尋坊タワー」がくっきりと見えます。


森の中の道を抜けると道は海沿いへ。道をそれると崖っぷちまで行くことができ、なかなか素晴らしい景色を見ることができます。

そして「雄島」を約40分ほどで一周して「雄島橋」を渡り再びバス停まで戻ってきました。本当はバスに乗って「東尋坊」へ行こうと思ったのですが、当分バスが来そうにないので、海沿いの遊歩道を歩いて目指すことにしました。

















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福井へ行ってきました(丸岡城)C

永平寺からバスに乗ること約40分。

日本最古の現存天守閣と言われる「丸岡城」に到着しました。

バスから降り、小高い丘を登って行くとすぐに天守閣の足元にたどり着きました。

石垣のそばには「一筆啓上碑」と言われる石碑が建てられていて「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥せ」と書かれています。徳川家康の家臣本多作左衛門重次が陣中から妻に宛てて送った手紙として有名です。「お仙」とは後の丸岡城主本多成重(初代丸岡藩主(幼名:仙千代))のことです。この石碑が縁で、日本一短い手紙文の一筆啓上賞の起こりとなりました。

天守閣に登る石段のそばには石づくりのしゃちほこが置かれています。このしゃちほこは昭和15年ごろに修復される際に作られたものですが、昭和23年の福井地震の際に落下したもの。


石段を登り、天守閣内に入ると、日本最古の現存天守と言われるのも頷けるほどです。この天守は三層になっているのですが、階段がとても急で設置されているロープを掴んで上り下りしないとかなり危険です。

最上部に上ると丸岡の町を一望できます。こうして見るとあまり高い建物はないことが分かります。

天守閣から下りた後、資料館へ向かいました。

入口には丸岡城主の本多成重のぬいぐるみ?が出迎えてくれます。内部には丸岡城の歴史や遺物などの資料と丸岡城周辺の祭りなどについての資料が展示されています。

次のバスの時間まで時間があるため、城のすぐそばにある「一筆啓上日本一短い手紙の館」へ。


ここ丸岡は「一筆啓上賞」が生まれた場所で、「日本一短い『母』への手紙」をはじめとした手紙のコンクールに応募された手紙が趣向を凝らした方法で紹介しています。くすっと笑えるものやうるっとくるものなど様々なタイプの手紙を見ることができます。


この後、バスに乗車して本日のホテルのある「あわら湯のまち駅」へ向かいました。






































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福井へ行ってきました(永平寺その2)B

「仏殿」でお参りをした後は、「法堂(はっとう)」へ。

通常のお寺では本堂に当たるお堂で朝のお勤めなどの各種法要がこの建物で行われています。

お堂内部には「聖観世音菩薩」が祀られていて、階段の左右には阿吽の白い四肢が祀られています。天井からぶら下がる飾り?が本当に豪華です。

「法堂」でのお参りを済ませた後、一番奥にある「承陽殿(じょうようでん)」へ。ここは道元禅師を奉祀する御真廟です。日本曹洞宗の聖地ともいうべき場所だとか。

「承陽殿」でのお参りを済ませた後は七堂伽藍の一つ「大庫院(だいくいん)」へ。ここには、修行僧や参籠者の三度の食事を作る「典座寮」と呼ばれる台所があります。また、ここでは韋駄天が祀られています。なぜ韋駄天が祀られているのか。その理由は以下の2つ。


・大庫院で作られた食事が僧堂その他へ運ばれて行く際、少しでも時間短縮できるように。

・火を使うことの多い庫院から万一火事が起こった場合、自慢の駿足を生かし、「火事だ!」「火事だぞ!」と触れて回る役。


そして「韋駄天」が祀られている場所のすぐそばには永平寺名物の1つであるとても大きな「すりこぎ」がぶら下がっています。

「七堂伽藍」の一つである「浴室」の前を通過後、「山門」へ。外に出ることができないため、外観の写真はありませんが、門の両脇には四天王が安置されています。

最後に「祠堂殿(しどうでん)」へ。一般の方がらの納骨や供養などの法要が毎日行われている場所です。撮影禁止だったため、内部の写真はありませんが、位牌がずらりと並んでいました。そして、「祠堂殿」からは写経が収められた「報恩等(ほうおんとう)」を見ることができ、そのそばの木が赤く色づいていました。


七堂伽藍を一回りした後、境内を見て回った後、バス停へ向かいました。まだバスの時間まで少し時間が合ったので、昼食を取った後、次の目的地「丸岡城」へ向かいました。





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福井へ行ってきました(永平寺その1)A

福井駅からバスに乗ること約30分。永平寺最寄りのバス停に到着しました。

バス停からお土産屋の並ぶ坂道を上っていくと永平寺の入り口「龍門」にたどり着きました。

境内に入っていくと参道沿いには観音様が参拝客を見下ろしていました。

参道を進み、拝観料を支払い、「吉祥閣(きっしょうかく)」と呼ばれる一般の方々の研修道場へ向かいます。

「吉祥閣」内の一室の永平寺の巨大マップを前にお坊さんから「七堂伽藍(しちどうがらん)」をはじめとした永平寺についての説明を受けます。ちなみに「七堂伽藍」とは、法堂(はっとう)仏殿僧堂庫院(くいん)山門東司(とうす)浴室のこと。

お坊さんの説明の後、まずは「傘松閣(さんしょうかく)」という建物へ向かいます。この建物の2階には156畳敷きの「絵天井の間」という大きな和室があり、その名の通り、昭和5年当時の著名な画家144名による230枚の色彩がが天井に飾られています。

「傘松閣」を抜け、「七堂伽藍」めぐりスタートです。まずは「東司」を通り「僧堂」へ向かう急な階段を登ります。(「東司」は御手洗いなので写真はありません)

建物の中央に文殊菩薩が安置されていて、それを囲むように座禅ができる席がある「僧堂」の前を通りすぎた場所に「仏殿」があります。

「仏殿」内の中央には曹洞宗の本尊であるお釈迦様が祀られています。

ここでこの旅が無事に終わることを祈って、さらに奥へと向かいます。











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福井へ行ってきました@

11月の3連休を使って福井へ行ってきました。


東海道新幹線で米原まで行き、そこから特急「しらさぎ」に乗り福井駅で下車しました。家を出発して約4時間、北陸新幹線が建設中なので結構かかりましたね。


福井駅西口へ出ると北陸新幹線の工事の真っ最中。開業は4年後なので完成までまだまだでしょうか。


まずは福井定番の永平寺、東尋坊行きのバスのフリー切符を手に入れるためにバスの営業所へ。

すると営業所内のベンチには「恐竜博士」が座っていました。福井県では数多くの恐竜化石が発掘されていることから恐竜を観光の売りにしているようです。

福井駅東口前には福井で発見され、学術名に「フクイ」の名がつけられた恐竜のオブジェが設置されていて、時折恐竜たちは動きます。

これだけじゃなく、福井駅の壁面にも恐竜のイラストが・・・。2日目に勝山市にある恐竜博物館を訪れる予定なので少しワクワクしてきました。


福井駅前を少しうろついた後、また福井駅西口へ移動して、最初の目的地永平寺へノンストップで向かう「永平寺ライナー」に乗車しました。






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