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山形宮城へ行ってきました(瑞巌寺)P

遊覧船を降りて道路の反対側へ渡ります。

そこから延びている道は「瑞巌寺(ずいかんじ)」の「総門」へ通じる道でした。

境内に入ると右側の崖には人の手によって掘られた洞窟があり、その内部には塔婆・五輪塔・戒名等が無数に刻まれています。

境内には東日本大震災の際の津波の水位を示す看板がありました。海辺に近い場所とは言え、結構な水位だったことを伺わせます。

 

瑞巌寺の拝観料を受付で支払って、本殿へ向かいます。

受付からまっすぐ伸びる道をまっすぐ歩くと「中門」があります。

門をくぐった場所には本殿があり、庭の隅には伊達政宗が朝鮮出兵の際に鉢植えにして持ち帰った「臥龍梅」が植えられています。

 

「中門」を出て左側にある門をくぐります。

ここには国宝に指定されている「庫裡(くり)」から内部に入り、そこから先ほど見た本殿へ行き、見学することができます。残念ながら内部は撮影禁止であるため、写真はありませんが、なかなか豪華で部屋がたくさんありました。

 

「庫裡」と「本殿」の見学後、「庫裡」の真正面にある「青龍殿」という宝物館へ。伊達家に関する絵画などが展示されています。

 

宝物館の見学を終えた後、「円通院(えんつういん)」へ向かいました。 

 

 

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山形宮城へ行ってきました(松島湾周遊船)O

旅行最終日は昨日と変わって晴れてくれました。

チェックアウト後、JR仙台駅へ向かい、日本三景で有名な松島へ向かいました。

観光地として有名な松島の最寄りの駅「松島海岸」で下車します。駅前にある遊覧船のチケット販売所でチケットを購入。この時期は令和改元の記念として1000円でチケットを購入できました。

駅から歩いて5分ほどで遊覧船乗り場に到着しました。乗り場の前には「日本三景 松島」の看板が設置されています。

船着き場に停泊している「仁王丸」という船で松島湾を周遊します。

 

しばらく待っていると船は出港しました。松島湾には様々な島々があります。

ちょっとピンボケですが、「千貫岩」です。伊達政宗が「あの島を余の館に運ぶ物あらば銭千貫を遣わす」と言ったとされる小さな島。

「鐘島」です。自然に出来た4つの穴があり、波の音が鐘のように響いて聞こえることが名前の由来だと考えられています。

 まるでスフィンクスのように見える島・「仁王島」です。松島湾の島々の代表的な島の1つです。

約 50分ほどの周遊ですが、なかなか素晴らしい景色を見ることができました。

 

ただ、失敗したなと思いました。船の進行方向右側の方から見える島が多いということを知らずに左側に座ってしまったこと。 

 

まあ、左側からも見える特徴的な島もあるのですが・・・。

 

遊覧船から降りた後は、「瑞巖寺(ずいがんじ)」へ向かいました。

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山形宮城へ行ってきました(瑞鳳殿その2)N

「瑞鳳殿」の参拝を済ませた後、「涅槃門」を潜り抜けました。

そして、敷地の奥の方へ進んでいくと「戊辰戦争弔魂碑」があります。戊辰戦争で犠牲となった仙台の人々を慰霊するために建てられました。

石碑の前を通りすぎ道沿いをしばらく歩いていくと、階段と門が現れます。この上に2二代、三代藩主の墓所と「妙雲界廟」があります。

 

階段を登った真正面には二代藩主・伊達忠宗公の墓所「感仙殿(かんせんでん)」があります。

そして、「感仙殿」の左側には、三代藩主・伊達綱宗公の墓所「善応殿(ぜんおうでん)」 があります。「瑞鳳殿」同様昭和20年の空襲により焼失し、ともに1985年に再建されたものです。「瑞鳳殿」ほどではありませんが、やはり色鮮やかな彫刻があちこちに設置されています。

そして、「感仙殿」の左側には「瑞鳳殿」や「感仙殿」、「善応殿」のような霊屋(おたまや)はなく、九代藩主や11代藩主をはじめとした人々の墓石が建てられている「妙雲界廟」があります。

 

一通り見て回った後、青葉城へ行こうと思ったのですが、今度乗る「るーぶる仙台」がこの日の最終便だったこともあり、少し面倒になってそのまま仙台駅へ戻ることにしました。

 

仙台駅で夕食を摂った後、ホテルに戻りました。

こうして、旅行5日目は終わりました。

 

旅行最終日は日本三景の一つである「松島」を巡ります。


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山形宮城へ行ってきました(瑞鳳殿その1)M

仙台到着後、まずはホテルにチェックイン。

荷物を預けてバスターミナルへ。

そこから「るーぷる仙台」という仙台市内の観光名所を巡るバスに乗り、伊達政宗の霊廟「瑞鳳殿(ずいほうでん)」へ向かいました。

 

バス停から脇道に入っていき、「瑞鳳寺」というお寺の前を通りすぎると、急な上り坂が始まります。

参道の手前を右側にそれた場所には五代藩主以降の歴代藩主の公子、公女の墓所があり、苔むした石灯籠や墓がひっそりと佇んでいます。

再び参道へ戻ると、杉木立の間を山頂方面へ伸びていく石段があります。石段を登り切った場所に料金所があり、ここで初代藩主伊達政宗の霊廟である「瑞鳳殿」だけでなく二代、三代藩主の霊廟も参拝することができます。

料金所から少し歩いた場所に業火は装飾が施された「涅槃門(ねはんもん)」があり、この門の向こう側に「瑞鳳殿」があります。

涅槃門を潜り抜けると、20段ほどの階段があり、登りきるとすぐに「拝殿」が姿を現します。また、ここには資料館もあり瑞鳳殿再建の際に発掘作業で発見された風葬品の一部などが展示されています。

「拝殿」の向こうには唐門と豪華で色鮮やかな彫刻が施された「瑞鳳殿」が姿を現します。

 

「瑞鳳殿」は1636年に政宗の遺言ににより「経ヶ峰」に造営された墓所。1945年に戦災で焼失してしまいましたが、1979年に再建されさらに2001年に改修が行われたのだそう。 

 

「瑞鳳殿」でお参りを済ませた後、資料館で見学。

その後、仙台藩2代、3代藩主の霊廟を目指します。

 

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山形宮城へ行ってきました(山寺その3)L

「開山堂」のすぐそばにある石段を登って行きます。

すると1分ほどで「五大堂」に到着しました。

宝珠山を守る五大明王が安置されているお堂内部には参拝客が大勢しました。

五大堂からは山寺駅をはじめとした眼下に広がる素晴らしい景色を一望することができます。

 

しばらくこの眺望を楽しんだ後、再び「開山堂」まで戻り、今度は奥之院のある方へ向かいます。

奥之院へ向かう参道の途中にある「中性院」でお参りをします。

賽銭箱のすぐそばには撫で仏ともいわれる「おびんずるさま」が鎮座しています。病気が治るとも病気にかからないともいわれるありがたい像は黒光りしています。

そして、しばらく階段を登って行くと「奥之院」へ到着しました。「奥之院」の手前には大きな「金燈篭」が出迎えてくれました。名前には金がついているが実際は青銅製。

「金燈篭」のそばの階段を登ったところには2つの建物があり、正面から見て左側が「大仏殿」、右側が「奥之院」となります。なんとか足が痛くなることもなく奥之院までたどり着くことができました。

ところで「奥之院」から脇にそれた場所にくりぬかれた岩の中に「三重小塔」という重要文化財が安置されています。大きさは人の身長くらい。

 

奥之院での参拝が終わった後、もと来た道を下り始めました。結局、立石寺のふもとから奥之院を往復するのに約2時間ほどかかりました。

 

ふもとに戻ると雨は止んでいました。もっと早く店でくれたらぬれずに済んだのに・・・。

最後に山形に来たのに食べていなかった「芋煮」をふもとの食堂で食べました。いい出汁が出ていてとてもおいしかったです。

 

「芋煮」を食べた後、JR山寺駅から仙台方面への電車に乗り込み、終点仙台まで行き、ホテルに荷物を預けました。そして、まだ時間が合ったので、「瑞鳳殿」へ向かいました。

 

 



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