タルティーン司令部戦略課室長日誌

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映画の記事

ミッキーのミニー救出大作戦

20日、『ミッキーのミニー救出大作戦』(D)を、
24日、『ミッキーのミニー救出大作戦』(D)を観てきました。

 

同時上映の新作短編アニメ—ション『ミッキーのミニー救出大作戦』!
http://ugc.disney.co.jp/blog/movie/article/21790?category=anayuki

 

はっきり言います。

これを観る目的のためだけにでも

『アナと雪の女王』はDで観なさい。

 

内容は前述のように、初期のミッキーに見られる実験的スラップスティック作品のようなものになります。
個人的には、これらミッキー誕生当時のスラップスティック作品はあまり好きになれないのですが、本作はものすごく面白いと感じました
そして、恐らくはウォルト・ディズニー(Walt Disney19011966)が今も生きていたならば、絶対に彼自身が作りたいと思ったであろう作品とも思えました。

 

 

これ以上は何を書いてもネタバレになります。

 

 

いわゆるトーキーアニメ黎明期に見られるドタバタ劇なのですが、そんなドタバタの結果、スクリーンが破れ、ミッキーがその外側、つまり劇場観客席側に飛び出してきます。
これはDで観てもじゅうぶんに面白いのですが、Dでは文字通り観客席に飛んできます。そう、Dであることを最大限に活用したアニメなんですね。

 

こうした表現が長編映画で用いられると、観ている側としては疲れてしまうのですが、本作は短編であるため、疲れる前に終わるというポイントがあります。
それを思うと、単にDを最大限に活かしているだけでなく、短編という意義も持たせているわけで、そうした構成の部分も含めることで、より高く評価できる作品となります。

 

そして、技術的にもひじょうに長けています。
スクリーンはDの、しかも古風なモノクロアニメで描かれているのですが、スクリーンが破れた箇所からはDで向こう側が覗けます。
この動きがDとぴったり合っているのは、アニメーションの極めて高い技術力が感じられます。

 

こうしたDとDの両立は、サウンド面にも表れています。
スクリーンの向こう側の音声はモノラルで、ややこもった感じなのですが、スクリーンから飛び出してきた音はステレオのクリアな音で再生されます。
立体音響システムのDOLBY ATMOSで本作D版を観たのですが、この両者がギクシャクせず、見事に両立したかたちで聴こえており、サウンドエンジニアの力も見て取れました。

 

 

これまでもディズニーの短編映画には、技術力を凝縮した良作が数多くありましたが、それらは実験作的な側面が強く、誰もが楽しめるという意味に於いては難色を示すことになるものもありました。
しかし本作は、物語的にはトーキーアニメ黎明期の実験作的な雰囲気を醸しながら、そのじつ、単に技術力を見せ付けるだけでなく、大笑いできる楽しい作品となっており、高く評価できるものだと感じました。

 

 

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ドラえもん 新・のび太の大魔境 〜ペコと5人の探検隊〜

14日、『映画ドラえもん 新・のび太の大魔境 〜ペコと人の探検隊〜』を観てきました。

 

映画ドラえもん 新・のび太の大魔境〜ペコと5人の探検隊〜
http://doraeiga.com/2014/

 

丁寧にブラッシュアップされたリメイクです。

 

本作は1982年に公開された『ドラえもん のび太の大魔境』のリメイク作になります。

 

『ドラえもん のび太の大魔境』(日本、1982年、西牧秀夫監督)

 

そして、物語はほとんど旧作に同じです。

 

ですが、

旧作を観ている観ていないに関わらず、

お勧めできる映画です。

 

基本的にリメイク作というものは、旧作と比較される運命にあります。
それ故に、敢えて旧作とは別物を作るというのがある意味では正解でもあり、映画に限らず多くの作品では旧作のイメージを壊す方向で進められていきます。

 

これに対して本作は、むしろ旧作や原作を真正面から構え、より良いものへと構築するスタンスで作られています。
そしてそれは見事に成功していると言えます。

 

 

内容はタイトルが示す通り、冒険譚になります。
魔境と言うだけあって謎の遺跡(のようなもの)が登場するなど、『インディ・ジョーンズ』シリーズを髣髴させるシノプシスです。
秘境探検に憧れる主人公たち。それと前後して、主人公のび太はノラ犬を拾い、紆余曲折の末、ペコと名付けたその犬とともに探検隊を組んでアフリカのジャングルに向かう…というものがあらすじになります。

 

原作および旧作の段階からそうでしたが、ある意味でひじょうに原作者藤子・F・不二雄らしい作品と言えます。
藤子FがSF作家であることはよく知られていますが、本作はその舞台となる秘境の設定として、なにゆえに何人も立ち入れず、その詳細を知ることができないのかという根拠に「ヘビー・スモーカーズ・フォレスト」という、厚い雲に覆われ、地理的にも周囲から隔離された森としました。人工衛星に掛かる背景などはある程度科学的な印象を持たせてあり、SF的な要素があると言えます。
また、微ネタバレになりますが、物語全体を覆う時間軸にも本作の肝腎となる伏線があり、こうした時空間を用いたトリックは藤子Fの真骨頂でもあります。
これらを総合的に見ると、今作にこの作品を選んだことは、前作『のび太のひみつ道具博物館』に引き続き、原作者であり故人である藤子Fへの敬意が強く感じられると思えてきます。

 

 

以下、ネタバレを含みます。

 

 

基本的に旧作からの変更点は、改良と感じられるものばかりに思えました
そして、それらの変更によって特に感じられるのは、原作や旧作よりも強い説得力です。

 

例えば終盤での戦いでは、探検シーンで使われたひみつ道具がそのまま各自の武器として扱われ、伏線としてのメリハリが明確になりました。
また、のび太サベールの一騎打ちでは、電光丸の電池切れという演出が挿入され、これによりのび太“後が無い決死の戦い”が押し出されることになりました。直前のジャイアンの覚悟等とリンクした、説得力ある演出です。

 

この「後が無い」というのは本作全編でたびたび用いられるモティーフです。
言葉として明確に登場するものではありませんが、ジャイアンの提案(というには横暴ではありましたが)によってひみつ道具の多くが封じられ、さらに成行きからどこでもドアが使えなくなるといったことで、まずはジャングルからの帰還や退路が事実上消滅します。彼らにとってアテとなるのは最早バウワンコの遺跡しかなくなるわけですから、その場所がどのようなところであるかに関わらず進まぬわけにはいかなくなるんですね。
これは結果としてジャイアン自身の心身をも追い詰めていきます。自分の言動が招いた故に仲間の相談することもできず、ペコ「俺はどうしたらいいんだ!」と泣きつくシーンはこの象徴と言えます。
この流れは終盤、ペコことクンタック王子ドラえもんたちを逃して単身で死を賭した戦いに挑む場面でジャイアンが自ら退路を断り、彼のあとを追う伏線へと繋がっていきます。
ここでも旧作からの変更点として、ジャイアンがペコを殴るシーンが追加されました。この時点ではドラえもんたちは彼らを追い掛けていませんから、ジャイアンが戻ってこられる可能性はまずありません。自らの言動によって招いた一連の贖罪も含めた、ジャイアンの強い覚悟を描く上で、ひじょうに説得力のあるものになったと思います。

 

 

うまい演出はこうした点に留まりません。
原作の『ドラえもん』には、おやくそく的なものとして小学生向けえっちシーンとも呼べるしずかの入浴シーン等がありました。
諸々の事情から、いわゆる“わさび版ドラえもん”ではこうした演出は著しく減少するものとなりましたが、今作『新・のび太の大魔境 〜ペコと人の探検隊〜』では“描かないけれどもえっち”という演出を随所に盛り込んでいます。
賛否はあるかもしれませんが、私にはこれも原作への敬意が感じ取れるものに見えました。可能であろうかたちで演出していこうという、制作側の努力を感じます。

 

 

また、本作に限りませんが昨今の作品では旧作の時代に比べて制作上の技術力が格段に向上したことからCGを用いることができるようになりました。
今作ではバウワンコの巨神像空飛ぶ船等に用いられていますが、敢えてコマ数を減らすという描き方をしています。これにより、手描きのアニメーションとの親和性を図っています。
巨神像空飛ぶ船も大型のオブジェクトですから、大きな動きほど処理落ち感が強く、ともすればチープに感じられてしまうかもしれません。しかしそのリスクを負ってでも、手描きとの親和性を優先させた作りに、むしろ丁寧な制作スタンスを感じ取ることができました。

 

 

こうした全てを見るに、本作は30年以上の歳月を掛けて丁寧にブラッシュアップをして完成させた藤子F作品という印象を受けました。

 

 

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シネマ・トラベル

14日、映画『シネマ・トラベル −映画館でみる世界遺産の旅− マチュピチュ・ナスカ・アンコール遺跡編』を観てきました。

 

シネマ・トラベル −映画館でみる世界遺産の旅−
https://www.tohotheater.jp/event/cinema_travel/

 

世界遺産、こと、古代遺跡がらみのものが大好きな私は、かねてから観たいと思っていた映画でした。

 

と言っても、本作には現地の本物の映像は登場しません。DCGで再現された遺跡を探索するという主旨のものになります。

そのことに「なーんだ」と思う方もおられるかもしれませんが、しかし逆に言えば、通常は撮影ができなかったり、或いは現実には難しいようなアングルからのカット等も可能であり、私はむしろ面白い試みだと思いました。

 

空港から遺跡現地に直接向かい、これらにちなむ人物の解説を聞きながら探索するというものが、本作の流れです。
映画の中へと入り込みやすい演出ですが、良くも悪くもゲーム的な印象も受けました。
というよりも、可能であるならば本作はPCソフトとして世に出したほうが良かったのではないか、という気もします。実際、遺跡のある地域の解説やその背景については旅客機内の座席に備え付けられたモニタを操作しているような演出を以て行われていますし、このインターフェースをそのまま用いてソフト化したほうがインタラクティブに楽しめるように思えます。

 

CGの、見た目としてのクォリティはそれなりに高いです。少なくとも映画館の劇場スクリーンに耐えうる程度の品質ではありますし、実写的なレンダリングをしています。

 

しかしその一方でモデリング的には少々ものを言いたくなるような箇所もあります。
例えば遺跡に見られる穴などは実際にモデリングされたものではなく単なるテクスチャです。それも、凹凸をシミュレーションするディスプレイスメントマッピングではなく本当に単なるテクスチャマッピング処理
もちろん非常に大きな遺跡の、その全体をモデリングしている訳ですからコストは相応に掛かっているものなのだろうと思われます。ナスカに到っては、地上絵のある砂漠一帯をモデリングしており、規模は極めて大きいことが窺えます。
ですが、紹介や解説の行われるピンポイント的な箇所については、当該の細部もきちんと作り込んで欲しいと感じてしまいました。
こうした点も含めて、PCソフトとしてリリースするほうが作品には合っているように思えたのです。

 

 

なお、本作はTOHOシネマズのみで公開上映される作品であり、冒頭にはお馴染み『秘密結社鷹の爪』のショートアニメ『鷹の爪団!シネマ・トラベルへ行くの巻』が付されています。

 

鷹の爪団!シネマ・トラベルへ行くの巻

 

公式サイトに「同時上映」という文字は見当たらないので、本編の一部なのかもしれません。
内容は本作の世界遺産への旅を本物の旅行と勘違いした吉田くんが荷造りをはじめて云々というもの。
『鷹の爪』のファンも多いとは思いますし、当該作品をコンプリートしたい方も観に行かれるとよいかもしれませんね。

 

 

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劇場版しまじろうのわお!「しまじろうとくじらのうた」

14日、映画『劇場版しまじろうのわお!「しまじろうとくじらのうた」』を観てきました。

 

劇場版しまじろうのわお!「しまじろうとくじらのうた」
http://kodomo.benesse.ne.jp/ap/movie/2014-kujira/

 

「また何でそんなものを…

 

いえいえ、これが結構良作です。
映画館デビュー用の作品として、

強くお勧めできる一品です。

 

ひじょうに教養的であり、さりげなく弱肉強食について触れていたりもします。
また、意外なところからの伏線もあるのですが、後述するように、これもまた教養的要素に富んでおり、小さな子どもの脳を刺激する構成となっています。

 

映画館デビュー用作品にしばしば見られるクイズや呼びかけの演出も素晴らしく、また、それを促す画面上に表示されるテロップも気付きやすく読みやすいレイアウトとなっている点も評価です。

 

一方で、少し評価に悩んだものが「休憩時間」です。
この映画。映画館デビュー用作品であり、上映時間もそれほど長くはないのですが、途中に休憩時間として分が設けられています。
それ自体は良いのですが、劇場外に休憩時間のカウントを知らせる手段がなく、時間に間に合わない家族がいたらどうするのだろうと思ったのです。

 

 

以下、ネタバレを含みます。

 

 

本作は概ねつのシーンとヤドカリ監督たちのいる階層から成ります。
この、ヤドカリ監督のいる階層は映画本編の世界とは切り離されており、いわゆるストーリーテラーとしての位置付けになっています。
劇中にある休憩時間も、本編を中断してこの階層に観客を引き戻す演出を以て行われます。
従って、ヤドカリ監督たちのいる場面と本編とは直接つながりがありません。

 

ですが、伏線として素晴らしいと感じたのは、この場面で行われるクイズから展開される海の生き物に関する解説です。
子どもには少し背伸びをさせるような、やや難しい内容にも触れるのですが、その中で、カニは横にしか進めないという話が出てきます
大人であれば何となく聞き逃してしまう解説ですが、これが映画本編で重要なカギとなってきます。

 

本編「しまじろうとくじらのうた」の終盤で、しまじろう達は巨大なカニに襲われるシーンがあります。
ここでにゃっきいは、カニは横にしか進めないので正面に逃げることを提案します。
賢い子どもであれば、きっとこのことに気付いているはず。気付かなくても「あ、そうだ」と思うはずです。幼児向けの“アハ”とも呼べる作りに、私はとても感心しました。

 

 

ギミックの使い方もよくできています。
本作は、子どもの入場者には「くじらメガホン」と呼ばれる紙製メガホンが配られます。
映画の冒頭、これはしまじろうを呼ぶために使われますが、その後にも何度か使う場面がでてきます。

 

気が利いていると思ったのは、単にメガホンとして使うだけではなく、カニをくすぐるための武器としても用いられるという点です。
より観客一体型の映画として作り上げられているのみならず、モノの色々な使い方に気付かせる演出にもなっていると言えます。

 

また、あまり注目される点ではないかもしれませんが、紙製メガホンというギミックアイテムは、不用意な暴発もなく、しかも余計なガラクタにもならないんですね。
光ったり音が鳴ったりするギミックは、どうしても暴発の生じる可能性がありますし、ゆくゆくは「燃えないゴミ」になってしまいます。
しかし紙製のメガホンは当人が声を出さない限り何も起こらず、落としても大した音は立ちません。そして紙ですからリサイクルに回せますし、悪くても「燃えるゴミ」で捨てられます。

 

 

物語には起承転結もあり、本編冒頭で主人公しまじろうが抱えることになる悩みに対する解決も説得力のあるものとなっています。

 

映画館デビュー用として、小さいお子さんを持つ親御さんに、ぜひともお勧めしたい作品です。

 

 

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ファイア by ルブタン

日、映画『ファイア by ルブタン』を観てきました。

 

ファイア by ルブタン
http://fire.gaga.ne.jp/

 

フランスパリにあるキャバレー「クレイジー・ホース」。そこで催されたストリップショー「Fire」のドキュメンタリー映画になります。
クレイジー・ホースを題材とした映画はこれまでにも1977年と2011年の作があり、今作は靴デザイナーのクリスチャン・ルブタン(Christian Louboutin)が手掛けた「Fire」という名のショーについて、その演舞を交えながらルブタン氏やキャストらのコメントが綴られるものとなっています。

 

ストリップショーという内容がら、賛否があるとは思われますが、個人的にはこうした作品が一般のシネマコンプレックスで上映されるようになったことを好ましく感じています。ヌードに対するイメージは、フランスと日本とでは大きく違うであろうことは判りますが、世界的な視点に於ける芸術的表現としての裸体描写について触れる機会も限られていますし、ましてクレイジー・ホースにほいほいと行けるはずもなく、これらを知ることができる場を広く設けられるということについて高い評価をしたいと思いました。

 

非日常的な官能美。独特な音楽と光の中で舞うゴシック(いびつ)さ。そうした演舞も然ることながら、キャスト達の誇りの高さにはグゥの音も出せなくなります。

 

先述のようにルブタン氏はこのショーのプロデューサーでしたが、女性向けのブランドを抱える靴職人でもあります。
そして、これらについての解説が氏から行われますが、くだんのショーのために特化した靴というものを目の当たりにして、驚愕するより他にはありませんでした。
その中でも特に印象的であったものが、ハイヒール仕様のトウシューズ。そう聞いても現物をイメージできる人は少ないと思います。バレエで使われるトウシューズヒールが付き、爪先立ちをデフォルトの形状としたものです。
その靴自体がすでに官能的な美を醸し出しており、まさにショーのためだけに存在するゴシックさが感じられました。

 

内容が内容だけに、誰にでもお勧めできるというジャンルではありませんが、音楽も素晴らしいのでサウンドトラックはないものかと調べてみましたが、残念ながら無いようで、もしそうしたものもあれば、より広く感心を持ってもらえるだろうになどと思いました。

 

 

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