タルティーン司令部戦略課室長日誌

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映画の記事

魔女っこ姉妹のヨヨとネネ

か月ほど経過してしまいましたが、13日、『魔女っこ姉妹のヨヨとネネ』を観てきました。

 

魔女っこ姉妹のヨヨとネネ
http://www.majocco.jp/

 

色んな既存作品に影響されまくりのゴッタ煮にして、しかし全く新しい物語を生み出した良作。
随所で既視感ありまくりなのですが、ここまで料理ができれば最早上出来です。

 

「盗作ってこと…?

 

悪く言えば同人誌的二次創作。人によっては細田守氏の影響を指摘することもあるようで、実際、私もそうしたモティーフを感じてはいましたが、それよりもシオンは某所で自らが仕事に関わっていた理由もあって孝洋健生のキャラクターデザインの雰囲気が『家庭教師ヒットマンREBORN!』ツナ獄寺に見えて仕方がありませんでした。良かったな、右腕どころか兄弟だぞ。(何違

 

 

さて、本作の主人公は魔法使いのヨヨ。ある事件に巻き込まれて異世界(我々の世界)にやってきてしまいます。
両方の世界には、何らかの事情で関連していると思われる事件が起こり、ヨヨ“こちら側の世界”の問題を解決しつつ元の世界に戻る方法を講じる…というものがあらすじになります。

 

突然の事件によって異世界に飛ばされるという話は枚挙に暇がなく、ことライトノベルMMO-RPG等では定番の設定です。
しかしその多くは現実世界で暮らす主人公が異世界に行くという話です。アニメーション映画であれば2006年の『ブレイブ ストーリー』等が典型的な例として挙げられます。
また、異世界から“こちらの世界”にやってくるというような物語でも、大抵は“こちら側の世界”の住人の視点で展開されます。異世界を広い意味で捉えるのであれば、『ドラえもん』等の作品も含まれるでしょう。

 

現実世界側の住人が主人公であったり、狂言回しであったりする最大の理由は、感情移入がしやすいからです。観客や読者の暮らす世界が基本となるため、特に説明がなくとも物語が展開できるという利点があります。
先述の『ドラえもん』の場合、未来から来たドラえもんが作品タイトルを飾ってはいるものの、我々に22世紀の世界など想像できようはずもなく、のび太の視点から、むしろ「ドラえもんが来た」という受け身で展開するほうが判りやすいのです。

 

しかし本作『魔女っこ姉妹のヨヨとネネ』の主人公はヨヨです。“こちら側の世界”に迷い込んで以降は狂言回し役である孝洋の視点からも展開されるようになりますが、基本は飽く迄もヨヨ
この思い切った構成が、まず素晴らしいです。既存作品のモティーフだらけにして新しい作品とは、そうしたことを言っています。

 

 

多少ネタバレになりますが、本作のキーワードとなるもののひとつにソーシャルゲームがあります。
コンピュータ世界と現実世界との交錯もまた既存作品に見られるモティーフです。先の細田氏の作品で言えば『デジタルモンスター』シリーズはまさにそれと言えます。

 

ですが本作にはいわゆるゲーム世界やコンピュータ世界は出てきません。ゲームのプログラムに魔法が組み込まれており、ゲーム内で入力されたことが現実に起きるという設定です。

 

「あれ?
 それって『女神転生』じゃ…

 

そうですね。いわゆるデジタルデビルストーリー(DDS)シリーズ悪魔召喚プログラムにモティーフを見出すことができます。
しかし悪魔が召喚されるわけでもなければ、デジモンが出てくる訳でもない。単に「願い事が現実に起きる」というだけです。

 

 

個人的にニヤリとさせられたのはヨヨがスケートボードで滑空するシーン。
ここに『バック・トゥ・ザ・フューチャー PARTを見た方もいると思いますが、私は同時に『エア・ギア』『名探偵コナン』を髣髴しました。
それでも、ここまで煮込んでしまうと、もうパクりじゃあない。(笑)

 

「ナスビが出てきたら『高橋名人』だったね

 

それは考えにありませんでした。(笑)

 

 

既存作品からの料理がうまいだけに、構成が秀逸です。
物語自体は原作にはないオリジナルゆえに、設定の一部は明らかにされないまま終わってしまう部分もありますが、伏線はよく練られていると思います。

 

惜しむらくは、前述のとおり原作である『のろい屋しまい』の設定が劇中ではまったくと言っていいほど語られておらず、説明不足の感があること。
また、タイトルが『魔女っこ姉妹のヨヨとネネ』であるにも関わらず、ネネが専ら裏方としての立ち回りになっているというのも疑問が付くかもしれません。
とは言え、その辺りの消化不良な部分を勢いでカバーしており、映画作品としては合格点と呼べるでしょう。

 

 

そしていまひとつ、この作品にアクセントを付けているアイテムが即席焼きそば
ヨヨ“こちら側の世界”に来て、孝洋が彼女に出した食事ですが、これが劇中にたびたび登場する上、なんと観客に本物が配られます

 

 

映画のラストシーンはヨヨネネに焼きそばを作る場面でした。
魔法世界ヨヨに感情移入して焼きそばを食べるか、それとも不思議な経験とともにヨヨに思いを馳せつつ孝洋に感情移入して食べるか。

 

 

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沖縄美ら海水族館 〜海からのメッセージ〜

20日、『沖縄美ら海水族館 〜海からのメッセージ〜』を観てきました。

 

 

沖縄美ら海水族館 〜海からのメッセージ〜
http://www.aeoncinema.com/event/churaumi/

 

水族館の映像なんてテレビで観れば十分じゃないか。
そう思ってはいませんか?

 

はっきり言いますが、それは間違いです。
そして、もしこの作品を観るならば、DVD化などを待たずに劇場に行くべきです。

 

ただしシオン的には「一応及第点」。

 

「それって良い映画なの? 悪い映画なの?

 

まず本作の背景から説明しましょう。

この映画は「こどもの映画館シリーズ 第」と銘打って、イオンシネマが企画製作したものです。

 

「あれ?
 イオン系シネマコンプレックスって、
 これまでも映画館デビュー用作品を

 沢山上映していなかった?

 

そうですね。
『れっしゃだいこうしん』シリーズ『こびと劇場』シリーズの他、『あらしのよるに 〜ひみつのともだち〜 シアターセレクション』シリーズ『やさいのようせいクイズげきじょう』、或いは一部の劇場に留まりますが『The SALADS』といった数多くの作品が上映されてきました。
しかし、これらはイオンが独自に企画製作したものではなく、飽く迄も上映しているだけでした。また、『The SALADS』の上映に掛かるプロデュースはイオンによるものですが、タイのCGアニメーション作品として既存のものであり、企画製作には関わっておりません

 

今回の『沖縄美ら海水族館 〜海からのメッセージ〜』はこれまでの諸作品とは異なり、イオンシネマが主導で企画を推し進めたものであり、そうした意味で位置付けが異なることから「こどもの映画館シリーズ」と新たに銘打ったものとなっています。
なお、「」とは言うものの、現時点で「」の具体的な企画があるという訳ではないようです。既に月には『れっしゃだいこうしん』の新作予定も発表されているほか、『劇場版トレインヒーロー』月に公開されるようですが、これらも特に本件とは関係ない様子です。

 

『れっしゃだいこうしん』シリーズ『こびと劇場』シリーズはもともとDVD作品等から再構成して起こされたものです。
また『やさいのようせいクイズげきじょう』はテレビ放映版を再構成し、『トレインヒーロー』もテレビアニメの続編として作られた劇場版。
これに対して本作『沖縄美ら海水族館 〜海からのメッセージ〜』は最初から劇場版作品として企画されているという点が、制作面で大きな違いとなってきます。

 

即ち、画がとても綺麗です。
そして映画館のスクリーンを想定した撮影が行われており、巨大魚の迫力も、まるで水族館にいるかのように感じられます。
これは一般のテレビの画面では味わえない迫力です。

 

「でもシオンさんは
 良作評価は出していないんだよね

 

構成が中途半端という気がしました。

 

本作は映画館デビュー用を意図しています。
こうした「子ども向け作品」は、じつは想像以上に難しいものなのです。

 

子ども向け作品に求められる要素には幾つかありますが、その中で、相反するつの条件があります。
それは「必要以上に子ども扱いをしない」ということと「子どもを置いてけぼりにしない、切り捨てない」ということです。

 

私はかつて『あらしのよるに 〜ひみつのともだち〜 シアターセレクション 〜きずな編〜』『こびと劇場を高く評価しました。これらは「子ども扱いをしない」と「子どもを切り捨てない」を両立させていたからです。幼い子どもには難しいと思われるテーマや言葉を使いつつ、しかしそれでいて理解できるような展開や構成を保っていました。

 

しかし『沖縄美ら海水族館 〜海からのメッセージ〜』には、例えば小学校中学年以上の漢字がテロップに普通に使われています。
それ自体はじつはそれほど問題ではありません。「子ども扱いをしない」ことになるからです。ですが「切り捨てない」を両立させるためにはルビが不可欠となります。
このルビが無かったり、あっても読みづらかったりというレイアウトであり、これは評価として厳しくせざるを得ませんでした。

 

また、映画館デビュー用作品として、退屈させないために一般の映画に比べて上映時間が短めだというのは良く、実際に尺的にはちょうど良いとは思いましたが、その尺の中身に若干の難が感じられました。
画は綺麗なのですが、もう少し好奇心を煽るような演出があっても良かったのではないかという気がしたのです。
とは言え、観客の小さな子どもの「ジンベエザメだ」「マンタだ」といった声が聞こえていましたし、それなりに合格点だったのかな…という印象も受けました。

 

 

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黒執事

日、映画『黒執事』を観てきました。

 

黒執事
http://wwws.warnerbros.co.jp/kuroshitsuji-movie/

 

アクションは悪くないのに色々と消化不良。

 

原作は枢やな氏の同名コミックです。話によると映画は原作とは完全に別物らしいのですが、原作を知りませんので、その辺りは評価に関係ありません。
また、原作のシエルに相当する清玄役を務めるのが剛力彩芽氏であることを批判する人もいるようですが、私はアンチ剛力でも剛力ファンでも無いので、この点についてもどうでもいいと考えています。

 

ミイラ化して死亡するという怪死事件が多発。その謎を解くというミステリになります。
探偵となるのが巨大玩具メーカの御曹司である清玄と、その執事セバスチャン。通常のミステリと異なる点として、セバスチャンは悪魔であり、特殊能力を持っているということが挙げられます。

 

「誰だおめぇ?」

 

「私は、あくまで、執事でございます」

 

なお、原作では美少年であったシエルが本作では女性が演じている理由として、本作では長男が会社を継ぐ習わしの家系に女の子しか生まれず云々という設定があてられています。
物語としても一応すじは通っているのですが、この設定はあまりうまく活かされていない感がありました。
ちなみに清玄の、女性としての本当の名前は汐璃(しおり)であり、微妙に原作の「シエル」の音を見出すことができます。

 

 

以下、ネタバレを含みます。

 

 

何が消化不良かと言って、謎解きが完結していないというところに尽きます。
観客に対しては黒幕が誰であるのかが最後に明かされますが、劇中の事件として解決したかたちにはなっていません。恐らく続編を作る予定でいるのでしょうが、仮にそうであったとしてもミステリ映画という観点から言って、これは中途半端に感じてしまいます。
また、中盤ほどまではそれほどテンポも悪くない印象なのですが、終盤は冗長な感じが否めず、しかもそれだけ引っ張って解決しないのですから不満が残ってしまいます。

 

伏線は意外としっかりしているのですが、その回収に到る演出も少々くどく、テンポを崩している気がします。
アクションも見栄えがあるのに、全体の構成がいまいちなので何とも残念な感じです。

 

また、勘の良い人ならば序盤で謎は解けてしまいます。変死事件の原因も、その黒幕も、わかる人にはバレバレだったりします。
色々なミステリ作品に触れている方であれば、少女誘拐の真相も見当が付くでしょう。ミステリのプロットとしては使い古されたものです。
ミステリ好きな人は、むしろ、超人的な能力を持つ執事セバスチャンやメイドのリンを交えた超常現象を含む類のミステリとして割り切って、どう演出されているかを楽しむべきかもしれませんね。
ただ、先述のように全体の構成がいまいちなので、それもまた……な気はしています。

 

 

 

「ミイラ化して死んじゃうけれども、その直前までは生きている。呪いとか、そういうのを除いたら、クスリくらいしか考えられないよ。でも、それだったら普通は警察が調べればすぐにわかるものだよね。それがわからないということは考えられるのは3つしかない。誰も知らない新薬か、捜査が攪乱されているか、それともその両方か…」
「あの蛇の意匠は、日本ではあまり知られていないが、世界的には医療の象徴だ」
「だったらもう間違いないよね。医療関係の人が関わっているはずだよ。…でも、それだけじゃないなぁ…
「何か?」
「こっちの情報が筒抜け過ぎちゃっている感じがするんだよね…

 

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ウルフ・オブ・ウォールストリート

日、映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』を観てきました。

 

ウルフ・オブ・ウォールストリート
http://www.wolfofwallstreet.jp/

 

私の趣味には合わない映画です。
しかし、そうした個人的な趣味を抜きにすれば、

映画作品として素晴らしいです。

 

本作は証券会社ストラットン・オークモントの創業者、ジョーダン・ベルフォート(Jordan Ross Belfort, 1962〜)の自叙伝に基づいたセミフィクション映画です。
エンドロール時に示されるように、実話をもとにしていますが、かなり誇張や脚色を加えたものとなっています。

 

この映画をハンゲームブログで取り上げるのは、かなり言葉を選びながら書かざるを得ません。
何故ならば、本作は全国の主要映画館で上映されるにも関わらず成人向けの指定がされており、内容的にもドラッグや性的表現ばかりが続く作品だからです。

 

 

ただ、誤解をして頂きたくないのは、決して本作は下劣な映画ではないということ。
映画作品としては、かなり優れたものとなっているのは間違いありません。

 

ジョーダンは、端的に言えば株屋です。従って、証券の取引に関する話が登場します。
ですが、この映画を鑑賞するにあたって、株の知識はまったく必要ありません。ストラットン・オークモント詐欺事件についても何も知らなくて構いません。そうしたことを一切知らずとも、物語についていけるような構成になっています。
主人公ジョーダンが、ときとして語り部となり、いわゆる第の壁を破って観客たちに呼び掛けてくるなどといったかたちで解説を入れるほか、展開を見ていることでそれなりに理解ができるように作られているのです。
この辺りは昨年公開された映画『スティーブ・ジョブズ』とは対照的と言えます。

 

また、ジョーダンは詐欺罪をはじめとした罪状を持つ犯罪者であり、かつ、先述のようにドラッグや性描写が連続する作品ではありますが、流血沙汰は一切ありません
多少ネタバレになりますが、家のカネやネックレスがなくなったことから横領の疑いで執事が高層マンションから落とされかけます。このとき、ジョーダンは警察を呼ぶことで事態を収めます。
ジョーダンがドラッグによりぐでんぐでんになり、その状態でクルマを運転した際も、数多くの事故を起こしながらも、人人撥ねることなく済んでいます。また、彼は正気を戻したときに、そのことを「良かった」と言います。
ジョーダンの罪や態度が許されるという訳ではありませんが、こうしたところに彼の良心を垣間見ることができ、単なるバイオレンス描写の続く成人映画とは一線を画しているところがあります。

 

 

個人的には、本作が18+指定であるのは、少し残念な気がしています。
本作の主人公ジョーダン年収49億円の男ですが、正直、ちっとも羨ましいとは思えないのです。
また、この下品な会社に入りたいとも全く思えません。

 

俯瞰視したとき、このジョーダンは果たして幸せなのだろうか、或いは、このストラットン・オークモントの社員達は幸せなのだろうかと疑問を抱きます。
単にお金が増えるということ、それのみに快感を覚えるというのであればともかく、現実的には「そのカネで何を手に入れたいか」「そのカネで何をやりたいか」だと思うのですよね。
もちろん何かを買ったり、何かをしたりという為にはお金が必要になるということは事実としてあるでしょう。しかし、それでも、その大金を手に入れた彼が果たしてどんな幸せを見出せていたのかとなると、意外と殺風景な気がしてなりません。

 

で。

 

それは飽く迄も私の感じたことであり、人によっては「俺にはやりたいことがあるんだ、それには何億というカネがいるんだ」ということもあるでしょうし、それは別に否定はしません。
そこで本作を通じて、こうした生き方を以てしてもやりたいか、それとも他の何らかの道で目指したいか、それは何故か、といったことを考察できるのではと思えたのです。

 

そうした観点に立ったとき、カネとか将来といったことを漠然とであれ、ある程度考えるようになった年頃であれば、本作から何かを感じ取るなどといったことができないだろうか。然れば、成人指定というのは勿体なくはないか。そのように感じたのでした。

 

先述したとおり、本作には証券に関する事前の知識はまったく必要ありません。そういう意味では中学生程度であれば、じゅうぶんに物語についていけると思います。
全編を通してカオス(混沌)な世界を描いていながら、これと並行してロウ(秩序)もその裏でしっかりと描かれています。
正直言って、私の趣味には合わない映画ではありますが、それでも映画作品として秀逸であるだけに、この指定は本当に勿体ないと感じました。

 

 

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中国版パーフェクトストーム(違)

 

中国初空母の壁紙に酷評の嵐、微博を中心にネットで言われ放題。
http://www.narinari.com/Nd/20120919146.html

 

 

別に中国がどうのなどという話をするつもりも無いのですが、これを思い浮かべましたよ、私は。

 

『パーフェクト ストーム』(アメリカ、2000年、ウォルフガング・ペーターゼン監督)

 

 

 

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